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外に出た私たちは、待機していた大人たちと合流。
レイちゃんを車に乗せて移動しながら、無線でヘリを呼ぶ。
ヘリと合流すると、車を放置し、全員で連絡済みの病院へ向かった。
検査の結果は――。
「応急処置をしましたが、これ以上の治療をするべきか判断が難しいです」
病院に駆け付けたレイちゃんの父親の昭一郎さんが、どういうことか尋ねると、担当医師が苦い表情となる。
「状況を聞く限り、ただの毒物ではなく妖怪の能力が関係している毒と見るべきでしょう。そうなると、従来の治療をすると逆効果になってしまう場合があります。実際、雲上院礼香さんの症状が悪化していないのは、霊気による抵抗が行われているからと推察します」
「霊気による抵抗?」
聞き慣れない言葉を耳にした昭一郎さんが尋ねる。
「この毒、のようなものは、本来もっと進行速度が早く、ものの数分で死亡してしまうものと思われます。ですが、そうなっていないのは、礼香さんが無意識に霊気を使って毒の進行を食い止めているからです。この場合、下手な薬を投与すると霊気の発現に影響を与えて逆効果になる可能性が……」
「……何か手はないのでしょうか」
「この病院にある対妖怪用の医療知識では、これが限界です。現状を打破するには、もっと妖怪の毒や、その解毒方法について詳しい人物でないと不可能かと……」
「そういったことに詳しい人物をご存じではありませんか」
昭一郎さんが担当医師の肩を掴み、必死の形相で尋ねる。
「知りうる限りに問い合わせて出た結果をお話ししています。……残念ですが、これ以上は。いや、…………そういえば、東北に霊術師関連の薬学に詳しい人物がいると聞きます。医療関係者ではないですが、その人に聞けば何か分かるかも」
「何という名前ですか!?」
「すみません、名前までは……。でも、すぐ調べられます。新しい霊薬を作り出した人ですよ。有名な事なので、そこから調べれば名前もすぐに……」
「矢間田!」
二人の会話を聞いていた私は、該当人物に思い当たり、つい叫んでしまった。
――そこからは早かった。
すぐに全員で都内の病院へ移動。
そこへ母の部下たちが矢間田さんを確保して連れて来てくれた。
矢間田さんは、工場建設の関係で上京していたため、居場所を特定するのは簡単だったようだ。
なぜかマスクと手錠で拘束されていたけど。
「か、金はないぞ! 家族も金持ちじゃないからな!」
矢間田さんが、もがもがと布越しに叫んでいる。
完全に金目的で誘拐されたと誤解しているようだ。
「事情を説明する時間が惜しかったので、半ば強引に連れてきました」
「ご苦労。後はこっちでやる」
母は部下をねぎらうと、矢間田さんのマスクをはぎ取とり、話しかけた。
「金なんかいらん。むしろ金をやる。だから話を聞け」
「あ、あんたは……! 金は欲しい! けど、大人しくさせるために銃を向けるな!」
「いいから、さっさとこっちに来い。金は弾むから期待しておけ」
「おい! 背中に銃口を押し付けながら言う台詞じゃないからな!」
母は無駄を省くため、銃で矢間田さんを操縦する。
……あの人、普通に話すと横道にそれやすいから、こういう非常時は母のとった手法が適切、なのかもしれない。
母は矢間田さんを巧みにコントロールし、最速で検査を終えさせた。
「で、どうだった?」
少し疲労の色を見せる矢間田さんに、母が結果を尋ねる。
「妖怪の毒だね」
「それは分かってる。解毒させる方法はないのか」
「儲かりそうな薬を一通り作った私の見立てでは、とある解毒薬で治せるわ」
「解毒薬があるのか!?」
矢間田さんの見解を聞き、母を筆頭に周囲が沸く。
解毒薬があるなら何とかなりそうだ、と私もほっとする。
「妖怪の毒には種類と強度があり、今回の毒は一番複雑で一番強度の高いものよ。どこでこんな毒を貰ったの? レア中のレアよ?」
「その話は長くなるが、毒を特定するのに話した方がいいか?」
「いえ、特定は済んでいるから、話さなくてもいいわ。それより問題は、薬のストックがないことよ。新たに調合する必要がある」
「わざわざ作らなくても、誰か持っている人はいないの?」
矢間田さんが持っていなくても、他に持っている人がいるかもしれない、そう思って尋ねた。
「多分いない。そして、調合も難しいわ」
「どういうことだ。時間が惜しいから簡潔に話せ」
母が、鋭い眼光を向ける。するとビクッと震えた矢間田さんが、わけを話した。
「素材よ、貴重な素材がいるの! 売買が禁じられているから、原則入手不可能なのよ! だから、私も依頼でしか作ったことないし!」
「それで、素材というのは何だ」
「霊獣よ。霊獣の部位なら毛だろうが、爪だろうが、皮だろうが何でもOK。ただ、その霊獣様は霊術師にとって神聖な存在。勝手に、むしって薬の素材に使うなんて不敬そのものなのよ。それでも、時間と金を使えば、いずれ手に入るだろうけど。それじゃあ、間に合わないってこと」
「なんで、そんな素材を使った薬のレシピがあるんだ。誰かが作っているんじゃないのか?」
「レシピは、ずっと昔に作られたものよ。昔は、今ほど医療技術が発達していなかったから、そういう薬を使う機会もあったみたい。今は、妖怪の毒も現代医療である程度治療できるから、使用ルールが変わったの」
母と矢間田さんの話をまとめると、霊獣の素材が必要なことが分かった。
ついさっきまで結界を見ていたため、霊獣と聞けば玄武が思い浮かぶ。
が、今の玄武は魂となって結界になっている。素材を手に入れるのは不可能だ。
だけど、他にも当てがある。
「ミカちゃんに頼めばなんとかならないかな」
ミカちゃんは現四柱の一人。鳳宮家の当主だ。
霊獣についても詳しいはず。なんなら素材を持っている可能性だってある。
私の言葉を聞き、ナナちゃんが「私、聞いてみる」と、携帯端末でミカちゃんに連絡を取った。
「もしもし。うん。急にごめん。でも、急ぐの。実は……」
ナナちゃんはミカちゃんに事情を話し、霊獣の素材について尋ねた。
だが、結果は――。
「……そう。持ってないって。今から手に入れるのも難しいみたい」
こちらを見たナナちゃんは、残念そうな顔で首を振った。
その話を聞いた私は、通話を代わってもらおうとナナちゃんに向かって手を差し出した。
「代わってくれる?」
「うん」
携帯端末を受け取った私は、他の人に会話を聞かれないように少し離れた場所へ移動した。
「もしもし、真緒だけど」
『すまん、マオちゃん。レイちゃんのために何とかしたいのじゃが、そういったものは厳重に管理されていて、今すぐ持ち出すことはできないんじゃ。時間さえあれば、何とか融通できるかもしれんが……』
「それじゃあ、質問を変えるよ。保管場所から素材を盗むのと、霊獣から直接素材を採取するのだと、どちらが短時間でできる? ちょっと、急ぐんだ」
事情を知っているミカちゃんは、絶対人に話してはいけないはずの機密を惜しみなく私に伝えてくれる。
『……侵入難易度はどちらも高い。後は、マオちゃんたちの能力との相性によるじゃろう。素材の管理場所は小さい金庫室のようなもの。霊獣の住まう場は霊獣大社と呼ばれ、重要人物を警備しているホールのような施設。金庫室は、そこへ至るまでの警報の数が多い。金庫を開ければ、間違いなく警報が鳴る。霊獣大社は、敷地面積が広い分、警備する人の数も多い。それに加え、霊獣が大人しく素材を採取させてくれることはない。間違いなく戦いに発展するじゃろう』
ミカちゃんの説明を聞いた後、私は少し考えて答えを出した。
「ありがとう。じゃあ、霊獣大社の場所を教えてくれる?」
『正気か!? ……いかん、人が来た。住所と地図を画像で送る。後で消去しておいてくれ』
ブツリと通話が切れる。ミカちゃんが通話を聞かれる前に切ったのだろう。
しばらくして、画像が届く。そこには、「知っているのは、ここだけ」とメッセージが添えられていた。
四柱の家は、それぞれ関りが深い霊獣が一体いると聞く。
きっと、ミカちゃんの担当の霊獣しか場所が分からないという事なのだろう。
「ちょっと当てができたから行って来る。みんなは他のところから素材を入手できないか探してて」
私はナナちゃんに携帯端末を返しながら、皆にそう伝えた。
すると、真剣な表情のナナちゃんが私の手を掴んでくる。
「わ、私も付いて行っていい? ここじゃあ、できることが何もないから……」
「ナナちゃんは休んで。力を使った上に毒を貰って、くたくたでしょ」
今のナナちゃんは、レイちゃんが緊急事態だから何とか気持ちで動いている。
本当は、すぐ横になって休みたいはずだ。
「そんなの関係ない!」
ナナちゃんが私の手を掴む力を強め、叫ぶ。
私はその手を軽く払った。
「でも、反応できないじゃん」
そう言って背後に回り、首に手刀を叩き込む。
「え?」
一瞬の出来事に、ナナちゃんは何が起きたか分からないまま気絶した。
「それじゃあ、ちょっと行ってきます」
私はその場にいた大人にナナちゃんを預け、病室を後にした。
足早に病院の出入り口に向かうと、母が待っていた。
私を見て声をかけてくる。
「今からやろうとしていることは、犯罪行為だ。分かっているのか?」
「……」
何も答えることができなかった。
「私は、部下を路頭に迷わせることも、捕まらせることもできん。だから、私も会社の人間も手伝えない。それでもやるのか」
「ごめん」
謝ることしかできなかった。
「霊術師に伝手はない。やれば介入できないし、もみ消すことも出来ない」
「うん」
つい、相槌を打ってしまう。
「突発的なもので、計画を一切立てていない。一旦は逃げられるかもしれんが、あとで100%バレるぞ。それでも行くのか」
「行くよ」
私は簡潔に答えた。
色々聞かれたが、迷いは一切ない。
「そうか、なら急げ。捕まってもいい。後で何とでもしてやる。だから、素材だけは何が何でも手に入れてこい」
そう言うと母はニヤリと笑い、私の背を叩いた。
「任せて」
私は母にサムズアップを返すと、目的地へ向けて駆けだした。




