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だけど、動きや感覚に支障が出るほどの温度ではないと思うんだけど……。
自分自身は異常がないせいか、余計に疑問に感じてしまう。
「私は何ともないけど。まあ、外に出よっか」
どのみち、ナナちゃんを休憩させたかったので、さっさと外に出てしまうべきだろう。
私は二人を促して、外へ向かおうとする。
だけど、ナナちゃんもレイちゃんも、その場から動こうとしない。
「ごめん。力を使いすぎたみたい。うまく立てなくて……」
「なぜでしょう。わたくしも力を入れないと立っていられないのですが……」
そこで二人の異変に気付く。顔色が白く。指先が震えている。
……これはまずいかもしれない。
「二人とも、息を止めれる? もしくはハンカチで口と鼻を塞いで」
「どうしたの?」
急な私の指示を聞き、ナナちゃんが疑問顔になる。
一刻を争うし、説明しながら動くか。
と、二人が立ち止まっているところまで戻ろうとする。
「……毒かもしれない。私が二人を担いで外に出るよ。十分くらいは楽勝で息を止められるから、安心して」
「十分はおかしい……」
「麻痺しながらツッコまなくても……」
私はナナちゃんのツッコミに呆れ顔になりながら、周囲を警戒する。
毒なら、撒いた相手がどこかいるはず。
その予想は的中し、物陰から人が現れるのが見えた。
私は一旦立ち止まり、構えを取る。
姿を現したのは、見覚えのない中年の女だった。
女は余裕の表情で、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。
「今更、息を止めても無駄です。貴方はたっぷりと毒を吸った。後は血の巡りの問題です」
「お、探す手間が省けた」
私はそう呟くと、女へ向けて駆けだした。
「なっ!?」
女は毒を吸った私が全力ダッシュで接近してくることが信じられなかったのか、声を上げて固まったままだった。
そんな隙だらけの状態を見逃す理由もなく、みぞおちに大きい一発をお見舞いする。
「ガハッ!」
女はくの字に折れ曲がって膝をついた。
「よし。自分は動けてるんだから、解毒薬を持ってるよね……」
後は身体検査をして解毒薬を探し出せばいい。
私は女の腕を極めた状態で、相手の服の中を探っていく。
すると手書きの地図のようなものを発見する。
なんの地図だろう? 気になるけど、今は後回しだ。
一旦それをポケットに回収し、解毒薬探しを再開する。
と、ここでレイちゃんが女の顔を見て声を上げた。
「え、胃根?」
どうやら、この女とレイちゃんは顔見知りだったようだ。
というか……、胃根という苗字に聞き覚えがある。
確か……、レイちゃんが幼いころの教育担当だった人の名前だったような……。
一度しか聞いていないから、確信がもてない。
「お久しぶりです、礼香お嬢様。こんなところで会うなんて偶然ですね」
胃根は、私に拘束された状態でレイちゃんに笑いかけた。
途端、レイちゃんの眉間にしわが寄る。
「偶然では会えない場所でしょうに」
「いえ、本当に偶然なのですよ。信じてもらえないかもしれないですが」
「まあ、詳しい話は後で聞くよ」
私は拘束を強め、二人の会話を強制的に終わらせる。
今は解毒薬を探さないと……。
そう思って必死に胃根の服を探っていると、急にナナちゃんが声を上げた。
「……え、足が」
そう言った彼女の足には、木の根のようなものが絡みついていた。
「く、わたくしにも……」
声を聞いて慌ててレイちゃんの方を見ると、同じように木の根が絡みついている。
私たちの動揺を見て、胃根がしてやったりという顔になった。
「気づくのが遅かったようですね」
どっちだ……。いや、両方を攻撃しようとしているのか。
二人の下へ行くには距離が空きすぎている。
それに加え、移動すれば胃根の拘束を解くことになってしまう。
「二人とも気を付けて!」
私はとっさに声を上げ、霊装を構える。
足を拘束しただけで終わるはずがない。すぐに次撃が来るはず。
しかし、霊気放出では一方向しか攻撃できない。
二人同時に狙われた場合、いくら早撃ちしても片方の迎撃が間に合わない可能性がある。
その迷いと、二人を交互に警戒していたことが仇となり、一瞬行動が遅れる。
「避けて、ナナちゃん!」と、レイちゃんが叫んだのと同時に、ナナちゃんの背後の土が盛り上がり、何かが飛び出した。
「……え」
力を使い果たした上に、毒を受けた状態のナナちゃんは、とっさに動くことができなかった。
そのことに気づいたレイちゃんが、霊装で自身に絡みついた木の根を払って飛び出した。
ナナちゃんとレイちゃんが射線上で重なり、私の位置からでは霊気放出が出来ない状態になってしまう。
その間に、レイちゃんがナナちゃんを庇うようにして覆いかぶさった。
その背を土からはい出した茨が打つ。
レイちゃんの首に傷が出来るのと、私が放った霊気で茨が消失するのが同時となる。
二人が激しく動いたため、狙いを定めるのが遅くなってしまった。
私がちゃんと予測できていれば、狙えた状況だ。
すると、拘束された状態で胃根が笑い出した。
「フフフ、まさか雲上院礼香が他人を庇うとは思いませんでしたね。ですが、当たったことに変わりはありません。残り、二人です」
「変な属性霊術使って、やってくれたね」
私は胃根の腕を折る勢いで力を加えた。
が、まるで関節がないかのような反応が返ってくる。
「霊術……? アハハ! これはそんなものではありません。この攻撃方法に名前何てありませんが、あえて言うなら妖術でしょうか?」
胃根がそう言い放った途端、全身が変化していく。
人肌に見えたものが、植物の茎を思わせる質感に変わり、ところどころから小さな枝葉が生えだす。
「まさか、妖怪だったとは……」
人の姿に化ける妖怪が居るなんて驚きだ。
「この姿を見て、怖くなりましたか? 初めから子供三人で敵う相手ではなかったのですよ。一人殺せばそれで良いのですが、わざわざ目撃者を残す必要もありません。私の毒で麻痺した貴方たちにできることは何もない。皆、ここで仲良く死になさい! まずは一番近いお前からだ!」
勝利宣言した胃根が、私を睨みつける。
「はぁ……、次からは妖怪を判別する方法を調べておかないと」
見ただけでは正体に気づくことができなかった。
できれば対処法を知りたい。
何か解決策が見つかるといいけど。
「次? 次などありませんよ! それより、体の具合はどうですか? いくらなんでも、そろそろ痺れて動けないはず。ククッ、やせ我慢は体に毒ですよ」
ニヤニヤと口元をゆがめた胃根が、私に聞いてくる。
「あ、言ってなかったっけ。私、小さい頃から毒の耐性を付ける訓練を受けてるから、効きが悪いんだよね。弱い毒なら効果ないし。それにしても、妖怪なら妖怪って初めからそう言ってくれればよかったのに」
私は、ため息をついた。
「ほほう? 毒の訓練まで受ける霊術師の一族がいるとは知りませんでした。ですが、いくら毒に強くても霊力が低ければ意味がない。霊術師とはそういうもの。毒で死ねない分、苦しむことを後悔なさい!」
そう言った次の瞬間、大量の茨が土の中からはい出してくる。
不意打ちが失敗に終わり、手数の多さで攻撃することに切り替えたのだろう。
そんな胃根をよく見れば、足が地面にめり込んでいた。
あの茨たちは胃根の足の裏から伝わって周囲に展開されているのだろう。
つまり、あの複数の茨は、体とひとつに繋がっているということだ。
「妖怪って言ってくれれば、最初から手加減しなくて済んだのに」
私はそう呟くと、至近距離で霊気を放出。
胃根の頭を消し飛ばした。
途端、下半身と土から這い出た茨が茶色く変色し、枯れていく。
そして、最後は塵となって消えていった。
胃根が消失したことを確認すると、急いでレイちゃんの下へ駆け寄る。
「レイちゃん、大丈夫!?」
「もう、マオちゃんは心配しすぎですわ。ちょっと掠っただけですの。この程度、痛くも何ともありませんわ」
と、首を手で押さえたレイちゃんが、ゆっくり立ち上がる。
「ごめん、私が動けなかったから」
ナナちゃんが顔をゆがませて謝る。
「いや、ナナちゃんは何も悪くないよ。結界に力を使った上に、毒を受けていたんだから、動けるわけないよ。私が、もっと早く気づいて手を打っておけば良かったんだよ……」
あの瞬間において、ナナちゃんに非はない。
むしろ悪いのは私だ。
もっと注意深く動いていれば、レイちゃんが怪我することはなかった。
反省しないと。
私とナナちゃんが項垂れていると、レイちゃんが私たちの頬を思いっきりつねった。
「二人とも! 私が自分で判断して、自分で動いた結果です。もう自分を責めるのは無しですわ。いいですわね!」
「「はい」」
レイちゃんの迫力に押され、自然と二人同時に首肯してしまう。
「それを聞いて安心しましたわ。だから、絶対に喧嘩したら駄目ですよ……」
レイちゃんがほっとした表情を見せた次の瞬間、大きくふらつき、倒れそうになる。
「レイちゃん!?」
私は慌ててレイちゃんを支えた。
次に、ふらふらのナナちゃんがこちらに近づき、レイちゃんの額に触れる。
「……大丈夫、意識はある。けど、熱が高くて朦朧としてるみたい。とにかく、外に出ないと」
「もしかして、あの茨に毒が? 妖怪を倒しても毒はなくならないの?」
「わからないけど、多分そう」
私の予想に、ナナちゃんが頷く。
――私とナナちゃんは、発熱していない。
熱の原因は、レイちゃんだけ受けた茨の攻撃と考えるべきだろう。
胃根の身体を調べたが、解毒剤は持っていなかった。
周囲には何も落ちていない。
胃根自身が妖怪で、毒が効かない体質であったのなら、そもそも解毒剤なんて存在しないのだろう。
そのことを察知した私とナナちゃんは、顔を見合わせる。
「……私はいい。置いて行って。とにかく、レイちゃんを早く運んで」
と言うナナちゃんを無視し、私は二人を両脇に抱えた。
「二人でも問題ないから。それよりバランス取って。その方が運びやすい」
「分かった」
私の有無を言わせぬ物言いに、ナナちゃんが頷く。
ナナちゃんの返事を確認した私は、全力で洞窟の外へ駆けだした。




