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隠し部屋から出た七海は、皆の方を見た。
まぶたが腫れて目が赤いため、泣いていたことが丸わかりとなってしまう。
だけど今はそんなことを気にしている場合ではない。
七海は、皆にも読んでほしいと手紙を渡した。
そこに書かれた内容を把握し、全員が驚愕する。
ドーム内に閉じ込められた妖王。
玄宮の一派が全滅していたこと。
そのメンバーに七海の両親が含まれていたこと。
そのことを全員が知ることとなり、その場を陰鬱な空気が支配する。
「大丈夫、平気だから」
皆の気遣いを感じ、気丈にふるまう。
だが、声音と動きが強張り、全身が固くなっていることがひと目で分かってしまう状態だった。
「そんなはず、ありません」
そのことを見抜かれ、堪らずといった感じで礼香が七海を抱きしめた。
「いきなりだから、びっくりしたよね」
次いで、真緒もその輪に加わる。
二人の抱擁を受け、七海の張り詰めていた心が揺らぐ。
順に二人の顔を見れば、憂愁の情が湧き出ていることが窺えた。
きっと、思考ではなく、心でとっさに動き出してしまったのだろう。
七海は二人の行為を嬉しく思い、されるがままとなった。
「……二人とも、ありがとう」
七海は二人からの抱擁を受け、顔を俯けたまま礼を言った。
しばらくそのままの状態となった後、気持ちを落ち着けた七海は口を開く。
「うん……、それじゃあ、これからのことを話そう」
「承知しましたわ。ひとまず、手紙の内容をもう一度確認しましょう」
「結界と、その中にいる妖怪についてだね」
日記と手紙に書かれた内容を思い出しながら、お互いの情報をすり合わせていく。
その過程で、真緒が気になったことを口にした。
「ねえ、ナナちゃんのご両親が連絡を取っていた、鳳宮雅文って、きっとミカちゃんのお父さんだよね」
「苗字が一緒だから、そうだと思う」
真緒の問いかけに、頷く。
「でも、鳳宮家の今の当主はミカちゃんなんだよね。お父さんは、どうされているんだろう」
七海の肯定を聞き、真緒が首を傾げた。
何も知らない彼女からすれば、当然感じる疑問だろう。
しかし、七海はその答えを知っていた。
「ミカちゃんから亡くなったって聞いたよ。話題が話題だったから、詳しくは聞いていないけど」
幼い未花が当主を務める理由。それは両親が死去していたためだ。
そのことは当人から聞いていた。
ただ、デリケートな話題なため、軽々に詳細を聞くことはできなかった。
七海の返事を聞き、真緒が眉根を寄せる。
「ということは、結界の事って誰も知らなかったんじゃない?」
「……うん」
真緒の予想は当たっているように思えた。
きっと玄宮夫婦からの手紙を受け取った後、何らかの事情で鳳宮雅文が亡くなってしまったのだろう。
また、その死が突然だったため、誰にも玄宮家のことを伝えることができなかったに違いない。
「結界が壊れる前に見つけられてよかったです。……もし、壊れていたら、大変なことになっていましたわ。今なら、まだ手が打てそうですわね」
礼香がほっとした表情で呟く。
そこで弓子が動き出す。
「車に行って連絡してくる。兎与田、周囲の警戒を頼めるか」
「分かった」
兎与田が首肯し、二人は家の外へ向かった。
残されたのは、真緒、七海、礼香の三人となった。
そこで、真緒が口を開く。
「これからどうしよっか」
「結界に力を注ぎたい」
真緒の問いかけに、七海は即答した。
が、その言葉を聞き、礼香が不安そうな顔になった。
「でも、手紙を読む限り、それをすると魂の力が抜き取られるとあります。危険ではありませんか」
「ううん、それは当主の特殊能力を使った時だけみたい。私は当主じゃないから、大丈夫だと思う。この家、ずっと放置されたままだった……。結界もずっと放置されていたはず。だから、少しでも早く力を補充した方がいいと思う」
七海は、結界に力が補充されていない状態が長期間続いていると考えた。
そのため、今すぐにでも力を補充した方がいいと判断したのだ。
「……そうだね。あの結界を作るのは魂の力が必要みたいだけど、応急処置はそこまでじゃない。それなら一度やったほうがいいかもしれない」
と、真緒が慎重に言葉を選びながらも、肯定の意を示す。
七海も同じ見解だった。
体に負担がかかる可能性はあるが、死に至るとは考えにくい。
それならば時間的猶予を増やす意味でも、一度は力を補充すべきという結論に至ったのだ。
「ですが、あの結界は規格外の大きさ。抜き取られる力も、相当な量になるはずです。一旦戻って、玄宮家の人間に詳細を聞いた方が……」
堪らずと言った感じで、礼香が声を上げる。
しかし、七海は首を振って応えた。
「やるよ」
と、自分の意思を短く告げる。
こちらの強い決意を感じ取ってくれたのか、三人の間に沈黙が訪れた。
その間に弓子と兎与田が戻ってきた。
「すぐ戻って詳細を報告してほしいそうだ。で……、ここに戻ってくる途中に、お前たちの会話が聞こえたので、大体の内容は把握した。車を準備しておくから、さっさと三人で行ってこい」
弓子はそう言うと、家の外に出るよう顎で三人に促した。
「うん。じゃあ、ちょっと行って来る」
真緒が返事を返し、礼香と七海が首肯する。
今度は三人が弓子と兎与田を残し、家の外へ向かった。
真緒と礼香が先に進んでいく中、七海は玄関前で立ち止まった。
そして、無意識に家を眺めてしまう。
ここに家族が住んでいた。
もしかしたら、ここで生活していた未来もあり得たのかもしれない。
そう思うと視線が固定され、じっと見てしまう。
「ちょっとだけ見てから行く。先に行ってて」
「うん」
「ごゆっくり」
真緒と礼香は、七海の言葉に頷き返すと、先に洞窟へ向かった。
…………
七海は玄関前に立ち、家を見た。
開かれた引き戸から、中が少しだけ見える。
そんな眼前の景色に、写真で見た両親の姿が幻として現れた。
七海は現れた二人の幻を動かし、この家で生活している様子を想像した。
そんな風に呆然と家を眺めていると、兎与田が家から出てきた。
車へ向かうのかと思ったが、七海の背後で立ち止まった。
「本当の名字が分かったし、名前を変えるか」
七海に、そんな気は毛頭なかった。
こちらが黙っていると、兎与田が話を続ける。
「探せば、親戚も見つかるかもしれないぞ」
背中越しに声をかけられたせいで、兎与田がどんな顔をしているのか分からない。
返答に困る内容だったため、振り返るタイミングを失ってしまう。
「戸籍も変えられる。名家の仲間入りだな」
とても不器用な言い草だと思った。
今、兎与田がどんな気持ちでそんなことを言ったのか、何となく察せてしまう。
いつもそうだったからだ。
……自分によくしてくれた時、自分を気遣ってくれた時、――いつもそうだ。
小さいころ、生意気なお前を思い知らせてやると連れて行かれたのは、ただの遊園地。
お化け屋敷や絶叫マシンに乗ったときは、自分より怖がっていた。
本当は苦手なくせに、自分が行ってみたいと言ったのを覚えていて連れてきてくれただけだった。
アキラと喧嘩した時は軽く冷やかした後に、一緒に謝りに行ってくれて仲直りを手伝ってくれた。
小学校へ行くようになると、登校する時によくからかってきた。
だけど、どんなに忙しくても毎日必ず笑顔で見送ってくれた。
彼はそういった時、自分の本心が見透かされるのが恥ずかしくなり、心にもないことをぶっきらぼうに言ってしまう癖がある。
会って間もない頃は、何ていじわるなんだと思ったものだ。
だが、今では慣れたもの。いつものアレだな、としか思わない。
その位、家族としての時間を過ごしてきた。
自分は赤ん坊のころに施設に入った。
だから両親の顔を見たことがなかった。
そういう意味では、施設職員の方々が親代わりだったといえる。
小さい頃から施設にいたから、親に対する感覚も普通とは違っていたかもしれない。
だが、兎与田とは違う。
そう言い切れるだけの時間を二人で過ごし、親と子の関係を築いてきた。
だからこそ、相手の言葉の意味も察することができる。
玄宮となれば、生みの親と同じ名になり、きっと今より遥かに生活が落ち着く。
発言に含まれる皮肉を取り除けば、私に良い生活を送って欲しいという気持ちしか残っていないことが分かる。
結局、こちらのことを考えてばかりだ。
「……苗字は絶対変えないから」
相手の照れくささが伝染し、自分もぶっきらぼうにしか言葉を紡ぎだせない。
本当はもっと言うべきことがあるはずだ。
だけど、短く反発することが精一杯だった。
「だ、だけどなぁ……」
頑なさが窺える七海の否定を聞き、戸惑いを見せる兎与田。
きっと、こちらの将来を考えているのだろう。
だからこそ、自分がどういう気持ちなのか伝えたい。
ちゃんと言いたい。だけど、こういうことはどうにも恥ずかしい。
誰かに伝えると思うから、照れくさい。相手に話すと考えるから、言葉に詰まる。
それなら、自分に言い聞かせるように話せばいい。
「親戚とか、戸籍とかどうだっていい。私は兎与田七海。今も、これから先もね」
七海は、自分の気持ちを鏡の虚像に話すつもりで言った。
「だけど、お前の両親は玄宮さんだ。ちゃんと家族の名前が分かったんだぞ」
その声音は、心配しているのが、はっきり分かるほど揺れていた。
「別に、親が二人である必要なんてない。三人いたっていいんだよ。それに、養護施設の人たちだって、私にとっては親みたいなものだしね」
そう、自分の親が二人である必要はない。何一つ偽りのない気持ちだった。
玄宮夫婦が自分の両親だと分かったから、今まで一緒に生活してきた兎与田が親ではなくなる。
そんな風には思えない。
それは養護施設の皆もそうだ。
一緒に住んだ人は家族みたいなものだと思っていた。
物心つく前から施設にいたから、そう感じるのかもしれない。
自分にとっては皆、大切な人。
そこに優劣は存在しない。
みんな大好きで、みんな大切なのだ。
そこに玄宮夫婦が新たに加わっただけ。
だから――
「それじゃあ、ちょっと行って来るよ。……お父さん」
七海はそう言って兎与田に笑顔を見せると、真緒たちの後を追って洞窟へ向かった。




