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日記を読み終えた七海は、二通の手紙を手に取った。
片方は封が開けられており、夫婦に宛てられたものだと分かる。
もう片方の手紙は、宛名を書く段階で止まっていた。
妙に分厚い。封が中途半端になっていた。
封を開ける。中には便せんと、もう一通の手紙が入っていた。
中に入っていた手紙は、きちんと封がされ宛名は玄宮七海となっていた。
七海は中に入っていた手紙を一旦置き、便せんを読む。
そこには返事を催促する内容が書かれていた。
一度連絡が来てから、音沙汰がないがどうなっているのか。
まだ、組織内での混乱が収まらないのか。
しかし、こちらも待っていられない状況となった。
妖怪が結界を発見し、破壊活動を始めてしまった。
時を同じくして、結界内部からの圧力も増し、非常に危険な状態となっている。
このままではまずいと判断し、再度連絡を取ることにする。
また、中に娘に宛てた手紙を同封するので届けてほしい。
といった内容だった。
その文章から、この手紙が四柱の一人、鳳宮家当主に当てたものだと分かった。
……もしかして、と開封されていた夫婦宛ての手紙を手に取る。
差出人が鳳宮雅文となっていた。
多分この手紙が娘を養護施設に預ける際に一度だけ来た連絡というやつなのだろう。
そこで一旦、七海は鳳宮雅文が出した夫婦宛ての手紙を確認することにした。
内容は、玄宮夫婦が報告した内容への返事だった。
状況は理解したが、このことを公にできない、とあった。
なんでも、高位霊術師の毒殺が相次いでおり、組織内が疑心暗鬼に包まれているとのこと。
統率が乱れている今、結界のことを伝えても更なる混乱につながる。
妖王が行動不能の今こそが好機と捉えるものと、向こうが攻めてこないことが確実となった今こそ、増強に努めるべきという意見で対立する。
そこまで明確な判断を迫られる状況となってしまうと、組織の分裂は免れない。
現在の混乱した状況下では、最悪、どちらかに強硬派が現れ、死人が出る。
高位霊術師が殺されて数が減っている今、それだけは避けなければならない。
ひとまず、毒殺の犯人が捕まり、組織内の雰囲気が落ち着くまで、この事実は伏せておくという事だった。
加えて、毒殺の犯人は狡猾であり、特定には時間がかかること。
そこから更に、組織全体が落ち着くには数年かかるだろうが、辛抱してほしいということが書かれていた。
手紙の内容を把握し、連絡を密に取り合っていなかった理由が分かった。
日記と二通の手紙を読み、七海は全体の背景を掴んだ。
娘を預ける際に手紙を出し、その返事が来た。その後、鳳宮からの連絡を待つが一向に来なかった。その間に妖怪が現れ、結界の損耗が激しくなった。そして、再度手紙を出そうとした……。ということだろう。
残っているのは、玄宮七海宛ての手紙のみ。
七海は、その手紙を開封した。
初めに簡単な自己紹介と、自分が父親である旨が書かれていた。
また、この手紙が届く頃には、自分たちは生きていないであろうということも書かれていた。
その後は何度も謝罪が書かれていた。
急に手紙を送りつけてすまない。
親と名乗り出て混乱させてすまない。
今まで会うことが出来ずすまない。
――と。
そして、自分たちの後を継いでほしいということが書かれていた。
この手紙が届くころには、結界がどうなっているか分からない。
もし、結界が健在であれば、劣化を遅らせてほしい。
結界が壊れていた場合は、霊獣と契約し妖怪と戦ってほしい。
その際、中に封じ込められていた妖怪用に新しい結界を作れば、命の危険がある。
だから、その判断は慎重に行ってほしい。
結界の中にいる妖怪は掃討戦で妖王と呼ばれ、妖怪軍団の長だった。
非常に強力な存在であり、簡単に勝てる相手ではない。
だが、逆に言うと妖王を倒せば、ある程度の平穏が約束される。
先の掃討戦では大量の命が失われた。そういった被害をなくすためにも、力を貸してほしい。
本来であれば、好きな道を選んでほしいと言いたいところだが、それは叶わない。
霊獣と契約できるのは、玄宮の人間のみ。代わりはいない。
平穏を手に入れるため、玄宮の人間として力を発揮してほしい。
最後に、親として何もしてやれなかったことを許してほしい。
願わくば、これから先も幸せな生活を送り、健やかな成長を遂げてくれることを祈る。
手紙はそう締めくくられていた。
七海は読み終えた手紙の筆致を眺めながら口を開く。
「誕生日プレゼントのぬいぐるみ、大事にしてるよ」
毎年届いたぬいぐるみは、今も大事に飾ってある。
自分は想われていた。
毎年、誕生日を祝ってもらっていた。
そのことが分かり、嬉しさがこみあげてくる。
それと同時に、ある時期から誕生月に何も届かなくなったことの理由も察する。
初めてプレゼントをもらった時の嬉しさを相手に伝えられないことが分かって、胸に穴が開いたような気持ちになった。
「……お父さんとお母さんに会えなかったのは、とても寂しかったけど、皆にはとてもよくしてもらったよ」
今より幼い子供のころ、何度会いたいと思ったことか。
だが、そう思っていたのは、自分一人ではなかった。
施設には親に対して負の感情を持つ子が多かったが、自分と同じ気持ちを持つ子もいた。
そういった部分で、少し気がまぎれたのは確かだ。
何より、指導員の方、施設職員の方々が本当によくしてくれた。
自分や皆の心に寄り添い、心の負担が軽くなるよう尽力してくれたのだ。
後に知ったが、施設によっては酷い環境となっている場合もあるそうだ。
そういった施設へ行くことがなかったのは、両親と鳳宮家のお陰だろう。
辛いと思う時もあったが、そういう時は同じ境遇である施設の皆と励まし合って頑張ってきた。
だから今まで、両親がいない寂しさとも、うまく付き合ってこられた。
二人と生前に会えなかったのは残念でならない。
だけど、心配しないでほしい。
謝らないでほしい。
「私は元気にやってたんだから」
生みの親である両親のことを知れたのは、本当に嬉しい。
ずっと願っていたことだから。
二人の思いと決意を知れたのも、ありがたい。
自分がどうすべきか、はっきりしたから。
二人がここで頑張ってくれていたおかげで、本州の被害は食い止められていた。
誰にも知られていない状態で、ずっと結界を守っていたのだ。
「お父さんとお母さんが守った結界は、まだ壊れていない。まだ大丈夫だよ」
二人が命をかけて守った結界は健在。
中に封じ込めたものは解き放たれていない。
「私ね、こう見えて霊術師なんだよ」
資格は持っている。
そんなものを持つ前から、妖怪退治ならやってきた。
自分の中の霊気に気づき、それでお金を稼げると分かったその時から。
養護施設にお金を送るため、ひたすら倒し続けてきた。
今となっては、何匹倒したか分からない。
自分の中で一番得意なものと言っても過言ではない。
歳月をかけて積み重ねた経験が、ゆるぎない自信となっている。
七海は手紙を畳むと胸に当て――
「任せて。後は私が何とかするから」
――自分の思いが届くよう、語り掛けた。




