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◆鳳宮未花
――真緒たちが本州に到着した頃。
鳳宮未花は休日にもかかわらず、学校を訪れていた。
本日、峰霊中学は創立記念日で休校である。しかし、今日は特殊な催しが行われる。
職員の間ではお清めという通称で呼ばれる行事だ。
何を行うかと言えば、体育館の地下に収められた防御壁発生装置の動作確認作業である。
しかし、当の防御壁発生装置は故障したままとなっており、起動することはない。
なぜ故障したままとなっているかと言えば、使う機会がない上に修理費用が高いからだ。
そのため、今は起動確認作業を行った振りをするだけ。
昔は実際に装置を起動して、防御壁を発生させていたが今は違う。
防御壁発生装置に問題がない事を確認する振りをし、装置に霊力を注ぐ振りをし、装置を起動させた振りをする。
その一連の動作がお清めをしているように見えたため、いつしか裏でそう呼ばれるようになった。
完全に形骸化した行事となってしまったが、それでも尚続いている。
なぜ続いているかと言えば、装置が故障したことを公にしたくないからだ。
以前は創立記念日に防御壁が発生するのを近隣から目視で確認できていた。
が、防御壁発生装置が起動しなくなって数年。
周囲に暮らす者、行事に参加しない生徒や関係者、生徒の保護者。
皆、薄々勘づいてはいる。が、誰も矢面に立ちたくないし、責任を取りたくない。
事なかれ主義が全体に蔓延した結果、今の状態が維持され続けていた。
今の状態を少しでも長引かせたい学校側としては、なるべく人目につかない環境を作った。
元は全生徒参加だったのを、一般生徒を休みにし、選ばれた生徒のみが参加するという形に変更。
参加した生徒には、防御壁発生装置は機密に当たるので詳細を口外しないよう言っておく。
そうすることで、今まで乗り切ってきた。
ただ、今年に入ってから大規模改修の噂を耳にするようになった。
その話を聞いた未花は、嘘とまではいかないが大げさに誇張された話だろうと予測した。
今まで資金がなくて手が付けられなかったのだ。
それなのに、補修を通り越して大規模改修を行うなんてありえない。
フォーゲート大会優勝の際、事実と異なる話を喧伝した校長ならやりかねない。そう思った。
今回の行事に参加する生徒は、学年ごとに霊力が高くて優秀な者を一人選出。
代表となった生徒たちが、装置に触れて霊力を注いだポーズをとる。
本来は非常時のための訓練と位置付けられていたものだったが、今は装置が壊れたことを隠すために優秀な生徒に希少な経験をさせる場へと変化した。
今年選ばれたのは三年が炎泉、二年が黒崎、一年が鳳宮。
三年の炎泉は、十家の炎泉家の長女。
二年の黒崎は、その炎泉家の派閥で優秀な家。
一年の自分は、現在の四柱が一人。
そうそうたる面子である。
三人は校長に連れられ、体育館の地下へ。
施錠されている扉をいくつも潜り抜け、その先にある小さなホールへと着いた。
ここで生徒に装置へ霊力を順に注いでもらう振りをして終了――、のはずだった。
だが、なぜか三年の炎泉が装置に近づいた瞬間、全ての照明が消えてしまったのだ。
一瞬の出来事だった。誰も声を上げないまま、辺りが完全な暗闇と化す。
しかし、停電ではなく、電源を落としただけだったためか、数秒で明かりが戻った。
照明が復旧したホールにはマスクをつけた集団がおり、行事の参加者を包囲していた。
怯える校長が一番に拘束され、次いで生徒たちの番かと思いきや、そうはならなかった。
炎泉と黒崎が集団に合流し、残された未花が一人孤立する状況となった。
「この人数差です。抵抗は諦めてください」
集団の中から前に出た男が、丁寧な口調で話しかけながらマスクを取る。
その正体は、今回の行事を視察することになっていた十家の一人。
炎泉家当主、炎泉蓮司だった。
その正体に驚愕し、声が出ない校長。
状況を把握し、炎泉蓮司を睨みつける未花。
残された二人は対照的な反応を示す。
「鳳宮未花。貴方には委任状を書いてもらう。簡単に言えば、自身が若輩で未熟なため、成人するまで炎泉に当主を任せるという内容です」
「当主の座を譲る? ありえないのじゃ。現在の運用で問題は発生していないのでな」
「貴方の処遇を含め、決して悪いようには致しません。当主の立場を悪用しないと約束しましょう。我々は悲願を達成したいだけ。ご納得いただけたら、こちらに一筆頂きたい」
「納得するわけがなかろう」
炎泉が契約書を見せるも、未花は鼻で笑って拒否した。
しかし、その対応も想定内だったのか、炎泉は淡々と話を進めていく。
「できれば荒事は控えたい。この男が傷つけられたくなければ、こちらに署名を」
と、炎泉は書類を掲げながら、部下に拘束された校長の方を見た。首元には刃物が付きつけられていた。
「鳳宮さん! 助けてください! お願いします」
怯え切った校長が未花に涙ながらに訴えた。
また、自身も背中に刃物を突き付けられる形で、行動を強要されそうになる。
「そこまでして権力が欲しいとは。おぬしも意外と俗物だったのじゃな」
「権力? 欲しいですね。北海道を取り返せるならなんだって欲しいし、なんだって差し出す。私の肉体のピークは終わった。そうなると、霊術師として全力を出せる期間も残りわずか。その間になんとしても北海道を取り戻す。そのためには何だってやる」
「それなら、もう少し穏便にやって欲しかったものじゃ」
「穏便な手段は全て試して駄目でしたよ……。十家は腰抜けばかりだ」
そう呟く炎泉の顔は失望の色に染まっていた。
「しかし、お主たちの勢力だけでは数に不安が残る。そうは思わんか」
「だから、四柱となり、十家を無理やり動かす」
「それで委任状か。やり方がいささか乱暴すぎるな。到底うまくいくとは思えん」
人質を取られ、自身も危険にさらされる状況となっても、未花は首を縦に振らなかった。
「書け。この男で動かないのであれば、貴方を傷つけて書かせるだけの話だ」
「じゃから、無理だと言っておろう」
未花は炎泉の脅迫を頑なに拒んだ。
校長がすがる様な視線を向けてくるが、顔を逸らして知らぬふりをする。
要求に応じたところで、自分はもちろんのこと、全てを目撃した校長もただで済むはずがないのだ。
「しばらくの間、お二人の行動は制限させていただくことになる。窮屈な思いをさせることになると思います。ですが、北海道奪還の暁には、当主を辞し、罪を償うとお約束します。貴方を標的にしたことは申し訳なく思う。だが、四柱当主に接近できる機会は今回しかなかったのです。当主の座、この炎泉蓮司にしばらくお譲りいただきたい」
見る限り、炎泉はある種の冷静さを有しているように思えた。
怒りに任せて強行に出るような気配はない。
また、こちらを脅してはいるが、なるべく人質である自分たちを傷つけないように配慮していることが窺える。
本来であれば、校長を見せしめに痛めつけた上に殺し、自身も強引に署名させ、口封じのために殺すべき。
だが、そういった気配は感じ取れない。
むしろ、ここまでやっておいても尚、穏便に済まそうとしている雰囲気すらある。
だが、そもそもの話、向こうはこちらを暴力で制圧し、人質を取って脅迫しているのだ。
未花は四柱当主として、どんなことをされたとしても、絶対に応じるわけにはいかなかった。




