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 ◆矢間田妙



 私の名前は矢間田妙。


 しがない二属性の霊術師だ。


 そんな私も昔はブイブイ言わせていた。


 高校卒業と同時に霊術師デビューし、それはもう暴れまわった。


 二属性なので霊力は大したことなかったが、そこは工夫でカバー。


 漁夫の利を狙って手柄をかすめ取ったり、他人を利用して競合をつぶし合わせたり。


 妖怪退治も霊気が駄目なら物理で勝負。車で轢いたり、銃で撃ったり。


 霊術にこだわっている奴の頭が固いという持論を展開し、周囲を挑発し続けた。


 まあ、若気の至りという奴だ。そのせいで、面倒臭い四属性の霊術師たちに目を付けられた。


 調子乗ってんじゃねえぞ、ってな感じで受けた嫌がらせの数々。


 耐えられなかった私は、あっさり逃亡。超速で逃げた。


 奴らが威張っていられるのは関東圏内だけ。


 というわけで東北にひとっ飛び。これで安心。追撃も来ない。


 こっちに移ってから霊術師は半引退。


 霊術師専用の薬師として、慎ましくやろうと思っていた。


 が、ここでも私の隠しきれない才能が爆発。いくつかの既存薬の改善に成功した。


 自分でも知らなかったが、どうやら私は薬師の天才だったようだ。


 というわけで、調子に乗った。肩で風を切り、ブイブイ言わせていく。


 結果、洒落にならない範囲で目を付けられた。


 最終的に金と権力を持っている人たちに囲まれて、ガチで詰められた。


 まあ、調子に乗って横柄な態度を取り、マウントを取り続けたせいなので自業自得ではある。


 だが、あいつらへの恨みは忘れない。この私に嫌がらせしたことを後悔させてやる。


 という思いを込めて、汁を作った。別名、湾曲したストレス解消ともいう。


 出来上がったのは、強烈に苦くて臭い汁だ。これを奴らに飲ませて一泡噴かせてやる。


 奴らは金持ち。若返りの美容液とでも銘打てば、大金を積んで買うに違いない。


 汁を作るにあたって、材料を吟味し最高の素材を使用した。


 奴らは素材へのこだわりが強い。


 とにかく高そうなものを選べば、味が多少変でも喜んで口にするはず。


 高くて、希少で、効能がある素材が売っていると聞けば、足を運んで金を積んだ。


 入手した高級素材から入念かつ、丹念に有効成分を抽出する。


 その際、苦味、渋み、臭み、えぐみ、といったものも別途抽出。


 それらを、薬効を破壊しないように細心の注意を払って調合していく。


 不味くなれ、不味くなれ、と念をたっぷりと込めて。


 私は何度もテイスティングし、限界の先へ到達した。


 最早、人間が嚥下するのは不可能な領域の汁を作り出すことに成功したのだ。


 しかしここで気付いてしまう。


 知名度がない。


 完成品はきっちりと有効成分を大量に含んでいる。


 が、それを知らせる術がないし、売り出す伝手もない。


 美容液を売り出そうにも、私の悪名の方が奴らに知れ渡ってしまっているのだ。


 結局、解決方法は思い浮かばす、私が高級素材を買いあさって散財した挙句、散々苦い汁を飲んで苦しんだだけ、というあまりにお粗末な結果を迎えることとなってしまった。


 それもこれも、私を悪者扱いしてくる奴が悪い。あいつらはクズだ。いなくなってしまえ。


 という思いが通じたのか、私が単に天才だったのか。


 臭苦ジョーク汁に、とある効果があることが分かった。


 なんと、この汁。飲み続けると霊気が発現するのだ。


 マジかよ。怨念は重いけど、割と軽い気持ちで作ったのにどういうことだ。


 というわけで、臭苦汁は爆発的に売れた。


 ここが勝負時と判断した私は、グレーな融資という名の黒い借金でビルドアップ。


 臭苦汁の大量生産に乗り出した。


 結果、私の懐は潤った。これなら私を詰めてきた奴らを許してもいいかもしれない。


 そう思ったのがまずかったようだ。


 臭苦汁は初速こそ素晴らしい売れ方をしたが、そのあと滝のように一気に右肩下がり。


 完全に売れなくなった。誇張抜きで一本も売れなくなってしまったのだ。


 追い打ちをかけるように返品まで来た。そして部屋が臭苦汁で埋まった。


 理由は単純。まずかったから。誰も飲みきれない。みんな途中で止める。


 そりゃそうだ。そういう風に作ったのだから、そういう風な結果になる。


 誰だ、こんな汁を大量に作った奴は。


 しかもこの汁、原価が高いから売価も高い。


 結果、在庫として持っておきたくないから、返品されてきたってわけ。


 残されたのは、潰れた工場と大量の臭苦汁と多額の借金だけ。


 その後は心を入れ替え、フリーの霊術師として馬車馬のように働き、たまに売れる臭苦汁で利子を返す日々を過ごすようになった。


 全てを切り詰めた生活を心掛けた結果、我が家の財政は何とか瀬戸際で踏みとどまっていた。


 ギリギリ持ちこたえたのは、この数年で何度かジョーク汁が大量に売れたことが大きい。


 そのお陰で、首の皮一枚で繋がっていた。


 だが、もうダメかもしれない。


 昨日、電気と水道とガスが止まった。


 借金取りから勧められているカニ漁船に乗り込む日も、そう遠くは無いだろう。


 今日はそんな私に来客が来る。


 借金取り以外では珍しい。会うだけで面会料を取るといったのに、来るという。


 その金でライフラインの何を復活させるべきか。悩ましい問題だ。


 そんなことを考えていると、件の客が来た。


 簡単な自己紹介で場を温めた後、電気の付かない部屋に迎え入れ、用件を聞く。


 するとこいつら、霊薬を飲んでいたことが分かった。


 霊薬を半年分買えるほど金持ちなのは許し難い。


 しかし、あの汁を飲み切ったというのか。


 私でも一杯飲んだら吐きそうになるのに、気合い入ってるな……。


 しかもそこまでして、一属性だという。


 これは許してあげてもいいかもしれない。


 改めて話を聞くと、臭苦汁を大量発注したいという。


 正気か? 


 私も面と向かって、お前は正気か、と聞かれたことがあるが、まさか同類に巡り会うとは。


 とはいえ、私が正気を疑われたのは一度切り。


 世間での私の評価は新霊薬を作った稀代の天才薬師ということになっている。


 まあ、実際天才的な才能があるし、それで調子に乗って色んなところに目を付けられたわけだけど……。


 とにかく、金を稼げるチャンス到来である。でも嫌だ。


 作るのが面倒臭い。工場も手放したので大量生産できる環境がない。


 霊薬は製法が面倒だ。ひとつずつ手作りしていたら、私の精神が崩壊する。


 それに、最近忙しそうにしてるけど何してるのって聞かれて、「気が狂うほど不味い汁を一心不乱に作り続けている」とか答えたくない。


 まあ、そんなことを聞いてくる知り合いも友人も居ないが……。


 あの汁はジョーク汁のくせに、かなり精密な作業工程を必要とする。


 というわけで、在庫分は売るが新たに作ることは断った。


 だけど、こいつら中々粘ってくる。


 そこを何とか、と引き下がろうとしない。


 よし、追っ払おう。適当なことを言って諦めさせよう、そうしよう。


 少し申し訳無さそうな顔を作って無理だと言う。


 そしたら、相手が滅茶苦茶不機嫌になった。


 っていうか、この人怖い。


 私も一応霊術師として食ってきたから、妖怪の威嚇なんかに耐性があるけど、この人滅茶苦茶怖いよ。


 何とか諦めて帰ってくれないかな。


 と思ったら、どこかに電話をかけて話し出した。


 電話を終えると、自信ありげな顔でこちらを見てくる。


「よし、人員も含めて工場を提供する。お前の提示する条件を全て飲む。その代わり、契約と同時進行で工場を稼働させるぞ」


「……え」


 今断ったのに、同意前提で話が進んでいく。


「在庫分だけでは、これから飲ませたいと思っている人数に届かない。全員同時期に飲み始めたいから、ある程度の数量を確保したい。一刻も早く人数分を揃えるため、多少強引に行かせてもらう。いいな」


「え」


 何一つ同意していないが、受け入れたという体で話が進んでいく。


 そもそも相当な人数に飲ませるって言ってるけど、一体誰に飲ませるつもりなんだ。


 え、従業員に飲ませるの?


 パワハラで訴えられないの? それ。


「えっと、在庫は凄い量ですよ? そう簡単になくならないですよ?」


 飲んだらまずかった。だから工場で生産した分はやっぱりいらない、とか言われても困るんですけど。


「段階的に人数を増やしていく予定だから、全然足りないな」


 この人、全従業員にアレを飲ませるつもりなの?


 外見通り、とんだドSだな。


 雇用主という立場を利用して、従業員に苦くて臭い汁を飲ませて愉悦を味わう。


 人間性を疑うわ!


 いくらなんでもブラック企業過ぎるだろ!


 まあ……、こっちとしては爆売れしちゃったわけだけど。


 在庫全部捌ききっちゃった。やったぜ。


 ついでに、在庫分が無くなるから現在の利用者に支障が出る、とか何とか言って特別料金もふんだくってやった。


 本当は現在の利用者なんて誰もないないけど、言ったもん勝ちだ。


 これで借金を返せる。こんなことになるなんて、誰が予想できただろう。


 明日から電気とガスと水道も使えそう。


 カニ漁船も乗らなくて済みそうだ。


 ヤバイ、泣けてきた。


 私が気づかれないように涙を拭っていると、一属性の女の子が話しかけてきた。


「わたくしの家の方でも、大量利用を考えておりますの。工場建設にあたって、お金に糸目はつけませんので、どんどん要望をおっしゃってくださいね」


 イ、イカレてやがる!?


 なんで、あんな高くてクソマズイものを大量に欲しがるの。


 変態なの? 変態集団なの!?


 お陰でメッチャ利益出るけど……。


 私がビビッていると、女の方が質問してくる。


「ちなみに、どれくらい保存が利くんだ」


「封を切らなければ二十年くらいですかね」


 早く腐ると、廃棄で赤字になるから、そこは頑張った。


 冷暗所で保管すれば傷まない。自慢の逸品だ。


 でも売れなかったから、ずっと保管し続けることになって維持管理費がヤバイことになってる。捨てなくても、結局赤字というオチだ。


 しかも在庫の量が多すぎた結果、かなりの数の霊薬を冷房が止まった直射日光が降り注ぐ屋外に等しい環境で保存する羽目になった。


 まあ、ヤバそうな奴から出荷していったから、手持ち分の劣化度は低いと思う。


 あ……、二人が一属性なのってもしかして……。いや、気のせいだろう。


 劣化していたら、この世のものとは思えないほど味が悪くなるし、飲めば気づくはず。


 あの二人が単に運が悪かっただけだろう。そうだろう。


 私の作った霊薬は傷まない。二十年持つ。間違いない。


「それならストックしておきたいな。必要分を生産し終わったら、そのまま保存分の生産をしてもらう。作った分は全てこちらで消費するから、一般への流通が止まるが問題ないか?」


 え、おかわり?


 どんだけ従業員が苦しむ様を見たいんだよ!


 金持ちは価値観が狂った奴が多いって聞くけど本当だった。


 マジで住む世界が違う。何なの、この人たち。


「まあ、しばらく販売しないと事前に言っておけば大丈夫なんじゃないですかね」


 誰も買う奴なんていないから、放っておいても問題ないが格好をつけた返答をしておく。


 とりあえず、イカれたお得意様をゲットだぜ。


 これで借金の心配はしなくてよくなった。


 やっぱり臭苦汁なんていらないとか言われないよう、精一杯ご機嫌取りしていかねば。


 こいつらの気が変わったら、一瞬で人生が詰む。


「よし、商談成立だな。工場建設後、すぐに生産に取り掛かれ。いいな?」


「は、はい。誠心誠意、愛情をこめて作らさせていただきます! これからよろしくお願いいたします」


 私は精一杯の笑顔を作った後、深々と頭を下げた。




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