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 自家用飛行機と車を乗り継ぎ、到着したのは、さびれた空気が漂うオフィス街。


「で、用事って何?」


 目的地へ向かう途中、先を歩く母に尋ねた。


「ある人物に会いに行こうとしていたんだ」


「ふうん?」


 一体誰だろう。青森に親戚の人でもいたのかな?


 などと、私が予測していると、母が事情を説明してくれる。


「ほら、今回の依頼で同行しようとしたら、霊術師じゃないから参加は認められないって弾かれただろ」


「うん、唐突だったよね」


 事前にそんな説明はなく、現地で急に言われた追加要素だった。


 そう考えると、やっぱり嫌がらせだったのではないだろうか。


「あの時、これからもこういう事が起きるんじゃないかと思ってな。だから、雲上院さんとも相談して霊薬を大量購入することにしたんだ」


「じゃあ、これから会いに行く人って」


「霊薬の製作者だ。名前は、矢間田妙ヤマダ タエ。直接話して個数を決めた契約をするつもりだ」


 母の説明を聞き納得する。


 これから先、レイちゃんが霊術師として活動する際に、同様の妨害を受けると厄介だ。


 かといって、護衛に霊術師を雇うと偏見によるトラブルが発生する恐れがある。


 それなら、今の護衛に霊薬を飲んで貰った方がいいという判断に至ったのだろう。


 だけど、それを行うにあたって、気になることが一つある。


「それで霊薬が買えるようになったとして、誰が飲むの?」


「……まあ、それは追々考える」


 返答を濁す母。


 私が作ったレプリカを飲んで、のたうち回った父を見ているから明言を避けたようだ。


 レイちゃんのお父さんも、私のレプリカを飲んで散々な目に遭っている。


 果たして、犠牲者は誰になるのだろうか……。


 私は、まだ見ぬ犠牲者に向けて、心の中で手を合わせた。


 そんな風に母と会話している間に到着したのは、小さな雑居ビル。


 どうやらここに件の人物が居るらしい。


 皆でエレベーターに乗り、三階へ。


 三階は様々な会社がオフィスとして使っているようだった。


 私たちの目的地は、一番壁際で隅っこの部屋。


 たどり着きはしたが、ネームプレートが煤けて読めない。


 明かりがついていないけど、本当にここなの?


 母がノックし、扉を開ける。アポは取ってあるらしいけど、清々しいくらいに無反応。


 というか真っ暗だ。本当に誰か使っている部屋なのだろうか。なんとも薄気味悪い。


 そう思っていると、一人の女性が物影からぬっと姿を現した。


「電話くれた人?」


 波打った髪が片目を隠し、絶妙に痩せこけた顔の持ち主が、どんよりとした目でこちらを見つめてくる。


 驚いたレイちゃんが、私の手をぐっと握ってきた。


 うん、これは怖い。疲れてやつれた顔が暗がりから出てきたら、誰でもびっくりするわ。


「連絡した九白だ」


 母が一切動じずに対応する。


「……そう。まあいいわ。で、貴方達は霊術師?」


「私は違う。娘たちは霊術師だな」


「ほんとに? その子たちは、どこの派閥なの? 」


 霊術師かどうかに、妙にこだわる矢間田さん。


 そんな彼女の問いに、母が答えていく。


「娘とこの子は、霊薬を飲んで霊気を発現したから派閥には所属していない。こっちの子は、一応鷹羽派になるのかな」


「微妙な立場だけどね」


 母の視線を受け、ナナちゃんが苦笑いしながら肩をすくめる。


 一連のやり取りを見て、矢間田さんがやつれた目を大きく見開いた。


「え、あれを飲んだの? 私が人を苦しめるためだけに作った臭苦汁を?」


「今なんて?」


『くさにがじる』という聞きなれないワードが気になり、つい会話に入り込んでしまう。


「霊薬は私が作ったものよ。世の中の金持ちやリア充が苦しむ様を見て悦に入るためだけに作った最高傑作よ」


「……と、いうことはあの味や匂いはわざと?」


 まさか、霊薬がそんな目的で作られたものだったとは……。


「その通りよ。元々は金持ちの購買意欲を刺激するため、若返り効果のある代わりに異常に不味い高級美容液になるはずだったのだけど、紆余曲折あって霊薬になったわ。あの味にたどり着くまでに何度試飲して悶絶したか……。でも、ただ不味くて臭いだけの汁にしたわけじゃないわ。本来の霊薬より霊気を発現する期間を半分に削減することに成功したのよ。私って天才じゃない?」


 早口でまくし立てた後、自慢げに胸をそらす矢間田さん。


 そんな矢間田さんの発言の中に、気になる部分があったことに気づく。


「ちょっと待って。今、本来の霊薬って言いませんでした? 霊薬って貴方が作ったもの以外にも存在するんですか?」


「ふっ、正確には存在した、というべきね。私の作った霊薬が半年で成果が出ることが分かった時点で、以前からあった霊薬は売れ行きが激減。高齢な最後の作り手が引退した後は生産も中止。その作り手が翌年に亡くなった後は製法も失われ、本当の意味で消え去ったわ!」


 やれやれ、我ながら自分の才能が恐ろしいわ、と遠くを見つめながら呟く矢間田さん。


「ちなみに、本来の霊薬の味は?」


「苦味強めの漢方薬って感じね。飲み続ける期間は一年。効果は属性数が二属性か三属性で発現するって感じ。一属性になる確率は私の霊薬より抑え込まれている点は評価できるわね。まあ、私以外が作ったにしては、それなりの出来ね」


「そ、そんな……」


「えぇ……」


 矢間田さんの言葉を聞き、私とレイちゃんは絶句。


 漢方薬程度の味なら、苦にならない。楽勝だ。


 本来の霊薬を飲めば、もっと楽に霊気を発現できたことになる。


 しかし、その場合は一属性ではなく、二属性か三属性になっていた可能性が高い。


 その事実を聞き、どう受け入れれば良いか分からなくなる。


 そんな私たちを見て、矢間田さんが満面の笑みで近づいてくる。


「で、どうだった? 不味かった? 臭かった? ねえねえ、あれを半年間も飲み続けたんでしょ。どう? どうだった?」


 う、うざい……。


 振舞った得意料理の感想を聞くような雰囲気で、嬉しそうにグイグイ聞いてくる。


「滅茶苦茶不味かったし、臭かったですよ……」


「大変でしたわ……」


 言葉にすると、非常に少ない。


 だけど、異様に実感のこもった言葉が私たちの口からこぼれ落ちた。


「そう! そうよね! そういう風に作ったんだもの! はぁ~、最高に気分がイイわ」


 矢間田さんのテンションが爆上がりし、小躍りし出すくらいのはしゃぎっぷりで大喜びしだす。


 本当に心から嬉しいのが、ひと目で分かるほどだ。


 顔の周りに花のエフェクトが舞っているかのようである。


 人が不味い汁を飲んで、苦しむ様を想像して喜ぶなんて……。


 ……この人、相当アレだな。


「それで、今日来た要件なんだが……」


 と、ここで母が話題を戻そうとする。


 が、それを矢間田さんが遮った。


「待って! 霊薬を飲んだってことは、貴方たち金持ちなんでしょ! リア充なんでしょ!? 霊薬飲みきって霊気も発現しちゃって、最高にハッピーなんでしょ! そんなやつらが喜ぶことなんて、私、何一つやりたくない!」


「おい……」


「話しかけんな、リッチ金持ち富豪が! どうせ私のことを貧乏人で根暗のクズだと思っているんでしょ!」


「そこまで思ってない」


 と、母が呆れたように言う。


 さっきまで大喜びだったのに、今は激怒。


 矢間田さんの感情の触れ幅が激しすぎる。


 これは大変な交渉になりそうだ。


「帰って! リア充は帰って! 東京で霊術師として活躍してたら、目を付けられて東北に逃げるしかなかった私なんて、どうせ落ちこぼれのクズよ! 私を見ていると下がいてほっとするんでしょ!? そうなんでしょ! どうせ私は二属性よ!」


「私は一属性ですよ?」


 切れる矢間田さんに、私が属性数を答えると、きょとんとした顔になった。


 一番騒がしかった彼女が黙った為、その場が一瞬で静まり返る。


「え、一属性なの?」


「はい」


「わたくしもですわ」


 矢間田さんから問いに頷いて返し、レイちゃんが続く。


「ええ!? 二人とも」


「「はい」」


「ってことは、高い金払ってあの汁を半年飲み続けた挙句、やっとのことで霊気に目覚めたと思ったら一属性だったって、そういうこと?」


「そうです」


「その通りですわ」


 こくりと頷く。


 改めて事細かに解説されると微妙にイラッとする。


 相手が矢間田さんだからだろうか。


「そ、そう。ねえ、どんな気持ち? 霊気を発現して、どんな気持ち? 無駄なことしたって気分? それとも半年棒に振ったって気分? ちなみに私は二属性だから。一属性じゃないし。はー、やっぱり霊術師は属性数が命よねー」


 と、急にマウントを取り出す矢間田さん。


 平静を装っていても嬉しくて仕方が無いことが、大きく湾曲した目元から窺い知れる。


 ……いくらなんでもニヤニヤしすぎだよ。


「まあ、説明を受けたときはハズレを引いたと知ってショックでしたね。今は特に何も思っていないですけど」


「わたくしはお友達とお揃いで嬉しかったですわ」


 私たちは今の心境を素直に答えた。


 まあ、今となっては属性数なんて、どうでもいいんだよね。


「へ、へえ~、強がっているのが、ちょっと涙ぐましいわね……。まあ、それならいいわ。話を聞いてあげる」


 どうやら私たちが一属性なのが、いたく気に入った様子。


 機嫌を直した矢間田さんが話を聞いてくれることとなった。


「実は……」


 いつ気分が変わるか分からないので、母が素早く事情を説明する。


「ん、あの汁が大量に欲しいから作ってくれ、って言っているように聞こえるんだけど?」


「その通りだ」


 聞き間違えたと思って確認してくる矢間田さんを前に、静かに首肯する母。


「正気なの!? あまりにマズ過ぎて今では全く売れなくなった、あの汁を大量に欲しいって言うの?」


 今、全く売れなくなったって言った気がしたけど、気のせいだろうか。


「そうだ。できるか? ひとまず五十人分は確保したいんだが」


「え、五十×半年ってことよ? 分かって言っているの?」


「ああ、金ならある。問題ない」


「へ、変態!? まごうことなき変態だわ!」


 淡々とことを進めようとする母に対し、事あるごとに盛大なリアクションをする矢間田さん。


 そんなに母の言っていることが変なのだろうか。


「おい。作るか、作らないのかどっちだ。さっさと答えろ」


 焦れて苛立ってきた母の眼光が強烈に鋭くなる。


 母はいつも即決即断で行動している。だから、こういう風な対応を取る相手を前にすると、時々実力行使に出る場合がある。……そろそろやばいかも。


 矢間田さんも、そういった気配を察したのか急に姿勢をピンと正し、まくし立てるように話し出した。


「あ、はい! 在庫分はすぐにでも販売可能です。現在量産できる環境がないので、新しく作ることは不可能なので諦めてください。すみません」


 と、謝罪しながら断る矢間田さん。


 だけどその後、強引な母の説得に応じ、大量生産することが決まった。


「よし。寝る間も惜しんで作れ。あと、監視を付けるから逃げようと思うなよ」


「ははー!」


 前屈のストレッチをしているかの如く、深々と頭を下げる矢間田さん。


 というわけで、母の用事は問題なく終わったので、東京へ帰ることとなった。




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