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洞窟の入口は腰をかがめないと入れないくらいの狭さだったが、中へ入ると広かった。
中へ入った私は、懐中電灯を照らし、先頭を進む。
内部は人口のトンネルと言っていいほどの広さがあった。
大人が十人ほど横並びで進んでも余裕のある空間が確保された通路が奥まで伸びている。
道は一本道であるが、絶妙に曲がりくねっているため、先は見えない。
足元を確認しながらゆっくりと進んでいくと、途中で止まらざるを得なくなった。
「え、進めない」
なぜか、前に出した懐中電灯から抵抗を感じる。
正面に何もないのに、つっかえたのだ。
強い風が吹きつけてきたのかと思ったが違った。
どうやら見えない壁があるようだ。一歩下がり、小石を投げてみる。
「跳ね返りましたわ!」
石の挙動を見て、レイちゃんが目を見開く。
何もない空間に小石が当たり、こちら側へ戻ってきたのだ。
私は慎重に指先を前に突き出してみた。すると、厚めの布団に触れたかのような感触が返ってくる。
痛みや痺れを発する類いの罠ではなかったようだ。
「なんだろう、これ」
グイグイと力任せに押してみると、突き破れそうな感触がある。
それほど強度があるわけではないようだ。
「力で押せば破けそうなんだけど、やってみる?」
「天井に張り付いているのなら、崩れませんか?」
「……確かに。刃物で切れるかな。包丁を出すね」
「不思議な感触ですわ……」
「へぇ、どんな感じ? え……」
私が包丁を出そうとしている間に、レイちゃんが見えない壁に触れ、それに触発されてナナちゃんも触る。
すると、ナナちゃんが驚いて小さな声を上げた。
何か反応があったのだろうか。
壁が見えないだけに、状況がよく分からない。
「マオちゃん、見えない壁が壊れましたわ!」
どうやら、三人で突いたらあっさりと壊れてしまったようだ。
柔らかい感触であったが、もっと力を込めないと壊れない印象だっただけに拍子抜けだ。
「おお、やったね」
と、喜んだのもつかの間。背後で何かが崩れるような大きな音が聞こえた。
慌てて音のした方へ戻る。
すると、土砂が崩落して入口が塞がれてしまっていた。
崩落は小規模なものだったが、残った隙間から外に出ることは難しそうだ。
埋まった部分を掘り返そうとすると、崩落が再開する恐れがあるので、むやみに触らない方がいいだろう。
「ごめん、私のせいで……」
見えない壁に最後に触れたナナちゃんが、申し訳なさそうに謝る。
「あの程度のショックで崩れるなら、私たちが崩していたかもしれないし、気にすることないよ」
あれは運が悪かったとしか言いようがない。誰にも予想できなかったことだ。
「そうですわ。とりあえず、先に進んで他に出口がないか探しましょう。無ければ、霊術で破壊して出ればよいのです」
「そうだね。それじゃあ、進んでみますか」
「うん」
レイちゃんの言葉に頷いた私とナナちゃんは、進行を再開。
見えない壁がなくなった先に、出口があれば御の字である。
しばらく歩くと、奥から光が見えた。
外に繋がっているのかと思ったら、違った。
辿り着いた先は、途轍もなく大きな空間になっていた。
その中心には、ドーム状の巨大な建物が見える。
その建物が発光していたのだ。
本来なら、その建物を見て驚愕したことだろう。
だが、それより目を引く存在があった。
なんと、その建物に向かって、巨人と呼ぶに相応しい大型の人型妖怪が体当たりをしていたのだ。
大型妖怪は体当たりに集中しているせいか、背後から近づいた私たちに全く気が付いていない。
強大な敵と遭遇し、一気に緊張感が増した私たちは自然と霊装を取り出した。
そして、アイコンタクトで不意打ちをすることを決定。
指でカウントダウンをし、ゼロになったタイミングで同時攻撃をすることを身振り手振りで話し合う。
それぞれ霊装を構えて狙いを定めると、カウントダウンを開始。
ゼロになったところで、私とレイちゃんは霊気放出、ナナちゃんは霊術を使って攻撃した。
時間を使ってじっくり準備した攻撃は、相手が気づく前に接触。
背後からの不意打ちは見事に成功し、妖怪を一撃で消し去ることに成功した。
「ふう、上手く行ったね」
「ええ、こちらに全く気付かなかったのが幸運でしたわ」
「すごい大きさだったし、正面から戦ってたら強敵だったかもね」
ナナちゃんの言う通り、本来は手ごわい相手だった気がする。
相手の妖怪が周囲を警戒するのも忘れて、ドームに向かって体当たりしていたせいで、無防備だったのが勝因だろう。
「あの妖怪が体当たりしていたけど、これは何だろう」
結局、このドームはなんだろう。大きさは、まさしくドーム球場ほど。
建築様式からみて、最近建てられたものというよりは、遺跡とかそういったものの感じがする。
だけど、見た目は綺麗で時間経過による劣化が見当たらない。
大昔のものという印象ではないのだ。
なんとも不思議な建物である。
「初めは家のようなものかと思いましたが、入口がありませんわね」
レイちゃんの言う通り、この建物には入口らしきものが見当たらない。
窓に相当するものもないし、中の様子が一切分からない。
「このドームから、外に落ちていた石よりも強い霊気を感じる」
そう言いながら、ナナちゃんが何気ない動作でドームに触れた。
すると、「うっ」と声を上げて衝撃を受けたような反応を示す。
大丈夫と、聞けば、「霊気が吸い取られるような感じがしたから、慌てて離した」とのこと。
物は試しと、私とレイちゃんもドームに触れてみる。
しかし――
「私は何ともないよ」
「わたくしもですわ」
――何も起きない。
霊気を吸い取られるようなことはなかった。
しかし、触れる距離までドームに近づいたことで、気づいたこともあった。
内部から強烈な気配を感じたのだ。
その気配は、巨大などす黒い塊が不規則に高速回転しているといった感じ。
一言で表すなら、邪悪。
感じているだけで気分が悪くなってくる。
「ドームの中から嫌な感じがするんだけど……」
私がそう言うと、レイちゃんとナナちゃんも首肯する。
「ええ、凄く気持ち悪いですわ」
「ここから離れた方がいいと思う。出口がないか探そう」
というわけで、ドームの周囲を回りながら、他の通路がないか探すことになった。
すると、新たな通路を発見した。多分、退治した妖怪が入ってきた道だろう。
少し上りとなっている道を進んでいくと、光が見えてきた。出口についたのである。
外に出てみると、山の中腹だった。眼下には林を挟んで拓かれた土地が見える。
どうやら元は畑だった場所が荒れたようだ。
畑沿いに視線をたどれば、民家を一つ発見する。
周囲に家はその一つだけ。元が農家だったなら、家と家の間隔が離れているのかもしれない。
「結局、あのドームって何だったんだろう」
外の空気を吸って、ひと心地ついたナナちゃんが呟く。
「妖怪が体当たりをしていましたし、きっとあのドームを壊そうとしていたのですよね?」
「で、中から凄く嫌な気配がする、と……。大量の凶石が保管してあるとかかな」
あの妖怪は私たちのことに気づかず、ドームに気を取られていた。
つまり、あの中には妖怪垂涎のお宝でもあったのではないだろうか。
妖怪が我を忘れて飛びつくとなると、真っ先に凶石が思いついた。
「なるほど、それで中の凶石を手に入れようとしていたのですわね。マオちゃん、名推理ですわ」
レイちゃんが、なるほどと深く頷いた後、ナナちゃんが腕組みして考え込む。
「凶石って、あんな嫌な気配したっけ?」
「……そう言われると違うかも。凶石も多少変な感じはするけど、あそこまでではない」
ナナちゃんに気配について指摘されると、自信がなくなってきた。
「じゃあ、別の何かがあるということですの?」
「多分ね。でも、その何かが分からないけど……」
レイちゃんとナナちゃんが腕組みして考え込む。
「う~ん……。あの家に手がかりとかないかな。ドームから近いし」
私は視線の先にある民家を見ながら呟いた。
理由は近くにあるからという、一点のみ。
ただの一軒家にしか見えないから、望み薄だけど。
「一応行ってみましょうか」
「そうだね」
レイちゃんとナナちゃんも、家の調査に賛成してくれる。
他に思いつくことがなかった私たちは、ドームの手がかりを求めて、近所に建つ家に向かった。




