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◆九白真緒
「……まさか、こんな」
私は手渡された依頼内容を見て、絶句した。
「さすがにこれは、盲点だったね……」
と、肩を落として落ち込むナナちゃん。
きっと、依頼達成が困難になったことで落ち込んでいるのだろう。
ここは元気づけないと。
「大丈夫、きっとなんとかなるから!」
「そんな、根拠のない励まし方はやめてよ!」
「でも、私たちには信じることしかできないし」
「もっと簡単な解決策があるでしょ!」
と、激しい口論になる私とナナちゃん。
そんな私たちを見て、白けた表情のレイちゃんが半眼で睨んできた。
「二人とも……、その芝居めいたやり取りをやめていただけませんこと」
イライラがマックスに到達したのか、レイちゃんが私の頬を軽くつねってくる。
「ごめん……、つい……」
ちょっと調子に乗りすぎてしまった。
でも、この寸劇の原因はレイちゃんにあるんだよね~。
「だって、レイちゃんが嫌がるから……」
レイちゃんが拒否さえしなければ、何の問題もない話なのだ。
しかし、当の本人は頬を膨らませてそっぽを向く。
「ありえませんわ!」
と、レイちゃんが声を張り上げた現場は、自転車売り場の前。
何を揉めているかと言えば、未踏破エリアの調査依頼についてだ。
迷宮を攻略し、調査依頼の詳細が知らされた。
その中に、霊術を使えない者に未踏破エリアは危険なので参加させてはならない、という制限があったのだ。
つまり、どういうことかというと、車が使えなくなってしまったのである。
全員、運転免許を取れる年齢じゃないからね。
まあ、私は私有地で練習したから、車の運転自体はできるけど。
だからといって、人が居ないからという理由で運転が許されるわけでもないのである。
そんなわけで、移動手段をどうするかという話になった。
やはり、徒歩で行くのは時間がかかりすぎる。
それなら、自転車だね、という話に落ち着いたのだが、そこで問題発生。
レイちゃんが自転車に乗った経験がなかったのだ。
自転車の二人乗りは違法なので、一人一台で運用する必要がある。
そこで、出た解決策が『補助輪』。
これなら未経験者も安心。誰でも一流の自転車乗りにしてくれる、素晴らしい文明の利器。
――それが補助輪。
が、レイちゃんがごねた。
曰く、格好悪い、と。
そんなこんなで、自転車売り場の前で激論が繰り広げられる展開となってしまったわけである。
「ここは補助輪を付けるべきだと思うな」
私たちは今、学校を休んで来ている。
それなのに依頼をこなすわけでもなく、自転車の練習に時間を費やすのは、さすがにまずい気がする。
「今から練習しますわ! すぐ乗れるようになってみせますの」
追い詰められた表情のレイちゃんが、必死に訴えかけてくる。
「いやあ、さすがにそれは難しいと思うよ。私も乗れるまで結構かかったし」
と、ナナちゃんが難色を示す。
自転車に乗るにはコツを掴む必要がある。この『コツ』というのが厄介で、個人差がある。
すぐ乗れるようになる人もいれば、習得に日数を要する人もいる。
一日や二日で乗れるようになる人っていうのは、案外少ないと思うのだ。
「どんな練習にも耐えて見せますわ! わたくし、やり遂げて見せますから!」
「……凄い熱意だ」
レイちゃんの迫力ある熱弁に圧を感じ、数歩後退る。
ここまでやる気があるなら、少し練習してもいいんじゃない? という視線をナナちゃんに送ってみた。
「本当に、どんな練習でも頑張れるの?」
「もちろんです!」
ナナちゃんの最終確認に、レイちゃんがブンブンと首を縦に振る。
腕組みしたナナちゃんは渋々といった感じで、口を開く。
「なら、時間制限を設けて練習しようか。制限以内に達成できなかったら補助輪ね」
「それで構いませんわ!」
鼻息荒く、身構えるレイちゃん。
「じゃあ、自転車猛特訓だね」
というわけで、依頼の前に自転車の特訓をすることとなった。
◆とある老人
私は、いつもの散歩コースを歩き、公園に入る。
そして目当てのベンチを目指す。
ここのベンチで休憩がてらに日光浴をするのも、日課の一つとなっていた。
指定席のベンチに腰を掛け、辺りを見回す。
そこにはいつも通りの光景があった。
この時間帯に犬の散歩に来ている人や、ジョギングしている人を見かける。
そんな中、いつもは見かけない子供たちがいた。
どうやら、自転車に乗れない子の練習をしているようだ。
なんとも微笑ましい光景だが、今日は平日。
こんな時間帯に練習していて学校に遅刻しないのだろうか。
案外、休日に行事が行われて代休なのかもしれないな。
そんなことを思いながら、練習風景を眺める。
様子を伺うと、自転車を乗ろうとしている子に対し、二人の子がそれぞれ別のアプローチをしているようだ。
桃色の髪の子が、金髪の子に熱心に指導している。
「こう、グッといってガガッって感じ? そうそう、そこはキュッといって」
うん、言語化が下手だ。きっと、自分自身は感覚で何事も出来てしまう天才肌なのだろう。
さすがにあれでは教えられる方も困るだろう。
案の定、きょとんとした顔で、どうしたらいいか分からない様子。
それを見かねて、もう一人の黒髪の子が声をかけた。
「速度だね。倒れるのが怖くてゆっくり走ると逆にバランスを取るのが難しいの。だから、滅茶苦茶速く走って。で、倒れると思ったら逆方向に体重をかけて。それを繰り返しつつ、速度で誤魔化すの」
うん、要求していることがおかしい。
倒れるのが怖いから速度が遅くなると言っているのに、速度を出せとは、これ如何に。
しかも、倒れる前に反対方向に体重をかけろというが、そんな反射神経は超人しか持ち合わせていないだろう。
だ、大丈夫かな。教える人の人選を間違えているとしか思えない。
見ていて、凄く心配になる。
赤の他人だが、ここは私が教えに行った方がいいだろうか。
と思ったが、一歩遅かった。
「分かりましたわ!」
快活な返事をした金髪の女の子が、自転車を思い切りよく漕ぎ始めた。
アドバイス通り、全力中の全力で。
自転車は猛スピードで進み始めるも、一瞬でバランスが崩れた。
危ない!
と、思った瞬間、女の子は自転車が倒れる反対方向に体を傾けた。
しかし、傾けすぎだ。今度は傾けた方向に倒れそうになる。
すると、女の子はすぐさま逆方向に体を傾けた。
しかも、その間ずっと自転車を全力でこぎ続けている。
自転車は凄まじい速度で前進しつつも、大きく左右に揺れる。
……怖い怖い怖い。見ているこっちの心臓が持たない。
あんな速度で転倒すれば、怪我をしてしまうのは間違いない。
そんな私の心配をよそに、自転車は爆走。
その間に左右の揺れは少しずつ減っていく。そして、ついには体を傾けることなく、前に進めるようになっていた。
「出来ましたわ!」
喜びのあまり、後ろへ振り返って声を出す女の子。
その瞬間、完全にバランスが崩れ、倒れてしまう。
が、いつの間にか見守っていた黒髪の女の子が側にいて、自転車を支えていた。
……え、いつの間に移動したんだ?
「よそ見したら駄目だよ」
「嬉しくて、つい……」
「でも、乗れるようになったね。凄いよ」
「二人のお陰ですわ」
などと喜びを分かち合っている。
その後、三人は自転車の練習を続け、満足すると帰っていった。
初めはどうなるかと冷や冷やしたが、気が付けば一瞬で自転車を乗れるようになっていた。
どこをどう見ても、強引な練習方法に思えた。
あの練習が成立したのは、女の子の身体能力の高さがあってこそだろう。
さて、良いものが見られたし、休憩も終わりにして散歩の続きを始めるか。




