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◆???
我が一族には、代々受け継がれてきた秘術が存在する。
その力は、体への負担が大きいため、一定の年齢に達するまで使用が禁じられている。
一族の中でも適性がある者にしか扱えない特別な力。
夢に見るほど憧れた力だった。
しかし、才能が開花しても制限のため、すぐに使うことは叶わなかった。
だが、つい先日、無事に誕生日を迎えた。
禁が解ける年齢に達したのだ。これでようやく術が使える。
この力は一度使えば、次回使用可能となるのは三年後。
期間を空けずに使用すれば、死亡する恐れがある。
三年というのは、一族が体を張って試した生死の境界線。
それほど体に負担を強いるのだ。
両親が死去している今、力を使えるのは自分のみ。
代替が存在しない希少な力ではあるが、制御できる類いのものではない。
そのため、有事に備えて温存しておくというような使い方は適さない。
どちらかというと、出し惜しみせずに、さっさと使うべきものだ。
使って、なるべく早く次の三年後が来るようにする。
そういった運用が適切とされている。
今夜、力を使うことは最側近には伝えてある。
緊張を和らげるために、先祖から伝わる書物に目を通す。
生まれてから今に至るまで何度も読んだため、その内容は全て頭の中に入っている。
そのことを確認し、気持ちを落ち着かせる。
次に、力を使った際の個人差についての口伝を思い出す。
書物に書き記すほどのことではないが、知っておくと円滑に事を進めやすくなる類いの情報だ。
問題ない。全て覚えている。今日に備えて何度も繰り返してきたことだ。
――後は実行するのみ。
そう身構えると、手に汗がにじむ。やはり、緊張しているのだろう。
だが、気負う必要はない。
この力単体では、何ももたらさない。
重要になってくるのは、自分の判断と行動。
――それでは、使うとしよう。
己のため、一族の未来のために。
◆炎泉蓮司
炎泉蓮司は、これからの事を話すため、自身の書斎に娘の留美を呼び寄せた。
「上手くいくとは思っていなかったが、雷蔵との交渉は決裂した」
その言葉を聞き、留美が深く頷く。
「あれだけ足しげく通っても、歯牙にもかけられませんでしたね」
「向こうの決意も堅いということだ。雷蔵の意図も分からなくもない」
雷蔵との交渉成立が一番の理想であった。が、それが難しいということも理解していた。
娘が暗い顔で問いかけてくる。
「あとどのくらい待てばよいのでしょうか」
「待てば、いずれは人も揃うだろう。だが、その時には相手も数を揃えている。そのことを雷蔵は分かっていない」
「そうなれば、こちらの被害も前回と同様に……」
結局何も変わらない。準備をして挑めば、確実に勝てるという保証などないのだ。
ならば、相手も準備している今の内に叩くべき。
だが、そのことを話しても、雷蔵は首を縦に振らなかった。
かといって、このままむざむざと手をこまねいて、ただ見ているわけにはいかない。
何とかしなければならないのだ。
「説得は諦め、かねてより同時進行で進めていた別計画に注力する」
「そうですか。私も賛成です。今のままでは時間だけが過ぎてしまう」
炎泉の決定を聞き、危機感を覚えていた娘も同意する。
「うむ。そうなると、お前も計画の主軸のひとつとなって動くことになる。うまくやれているか?」
「今のところ接点はないに等しい状態です。そのため、相手はこちらを意識していないと思われます」
「ならいい。怪しまれるような行動は避けなさい」
「分かっています。ただ、その時が来るまで、やることがありません。何か手伝えることはありませんか」
娘の献身性と積極性に、強い謝意が湧き上がる。
だが、今は動く時ではない。
「現状維持に努めなさい。学校に関われる人間は少ない。校内の様子が分かるだけでも、こちらは助かっている。今は、無理をする必要はない。下手なことをして、その時に動けないようでは困る」
「分かりました」
「それでいい。準備はこちらで進めていく。まずは鎧を入手する」
「霊鎧ですか」
娘の問いかけに、首肯で返す。
霊鎧、先の掃討戦では使用されなかった切り札の一つだ。
当時は、量産計画が立ち上がっており、解析作業をしていたせいで使用することができなかった。
だが、結局解析は失敗し、量産は叶わなかった。
今は、厳重な管理体制の中で保管されている。
本来なら、一目見ることも難しい。
だが、炎泉という名を使えば、霊鎧の保管場所へ赴くのは容易い。
入手するのは、それほど難しくないはず。
ただし、強奪した報せが方々に回れば、動きづらくなる。
霊鎧の入手は、計画決行日ギリギリまで引き付けるべきだろう。
「そうだ。とにかく、期限までに戦力の増強を図るつもりだ」
「完全な実力行使ですね」
「怖くはないか」
一人娘をこのようなことに巻き込むのは、本意ではない。
だが、選べる選択肢が減ってしまった今となっては、やむを得ない。
炎泉の問いに、留美は首を横に振った。
「そのような気持ちより、勝るものがあります。それは怒りと成就」
言葉に込められた強い思いを感じ取り、娘の決意を思い知る。
「そうだな。私もそうだ。もう後には引けない。覚悟を決めなさい」
「今決める覚悟などありません。気持ちは既に決まっています。今は待つだけです、その時を」
「ああ。必ず成功させてみせる」
娘の決意を聞き、炎泉は計画の成功を約束する。
やるからには必ずやり遂げてみせる。
留美は強く頷き返した後、しばらく考え込み、口を開いた。
「……ひとつだけ気がかりなことが。兎与田七海です」
「例の出自不明の五属性か。あれが選出されることはない。学年が違うし、条件を満たしていない」
兎与田七海。どこからともなく現れた五属性。
属性数を考えると厄介だ。だが、身元が不確かな人間は選考から漏れる。
「それは承知しています。気になっているのは、兎与田七海が計画の対象とそれなりに親密な関係を持っていることです。学年が同じせいか、行動を共にする機会が多いようです。対象の力で同行を強引にねじ込まれる可能性があります」
娘の説明を聞き、万が一の可能性があることを知る。
できれば、余計な邪魔が入るのは避けたい。
「ありえない話ではないか……。もし、同行することになれば、五属性の護衛が追加されるようなもの……。それは、厄介だ。実力はどの程度か分かるか?」
「不明です。ただ、霊術師の資格を有しているようです。詳しく調べますか?」
「いや、いい。対象と仲が良いなら、不用意に近づくべきではない。それに、資格を持っているなら、やりようもある」
「と、いいますと」
「協会の力で遠征させる。計画を実行する当日にいないように仕向けよう」
「なるほど。どちらに向かわせるのですか」
「北海道だ。それならいくらでも理由を考えられる」
炎泉の名を使えば、若い霊術師を短期間北海道へ出張させることなど容易い。
出自が不明な子供が相手なのであれば、いくらでもやりようがある。
それらしい理由を付けて送り出し、しばらく帰ってこられないようにすれば問題ないだろう。
それを聞き、娘が苦笑する。
「どうした?」
「いえ、先日も下級生が北海道へ向かうのを見送ったばかりなのに、また別の人間を見送ることになるとは思っていなかったもので。私たちが、別の高位霊術師を先に北海道へ送り出すことになるなんて皮肉な話ですね」
「違いない」
北海道へ行きたくて仕方がない自分たちが行けず、邪魔者が先に行く。
なんとも笑えない話だ。
娘の言葉に、炎泉も思わず苦笑を返した。




