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◆とある案内役
俺は東川。
行方不明となった雲上院咲耶さんの捜索メンバーに志願した。
そして、突然現れた助っ人の九白真緒という子の案内役を務めることとなった。
予想される雲上院さんの行き先は二つ。
俺たちは二手に分かれ、それぞれ捜索を行う。
片方には榊さんと雲上院さんの孫の礼香さん、それに彼女の護衛の後藤さんが付いて三人。
こちらは、突然現れた助っ人の九白真緒さんと俺、それと俺と同じく志願した西田の三人だ。
「この方向で合ってますか?」
先頭を進む九白さんから確認が来る。
「ああ。道なりに進めばいい。もう見えてくるはずだ」
俺は頷き返す。
なぜか、案内役の俺が二番目。九白さんが先頭だ。
だが、違和感がない。なんというか進行に無駄がない上に、後に続きやすい。
非常に慣れている感じがする。気配を消すのもうまい。
前に立っているのに存在が希薄だ。集中していないと見失いそうである。
そうこうしているうちに、廃墟となった住宅街に到着した。
「すぐ中に入って雲上院さんを探すか?」
この先は空き家が妖怪の巣窟となっている。
そのため、一気に妖怪との遭遇率が上がる。
中に入れば、雲上院さんの存在の有無を確かめて撤退するまでの間、ずっと動き続けなければならないだろう。
ここまで一気に来たし、休憩するなら最後のタイミングだという意味で尋ねた。
「そうですね。一旦ここで炙り出しをしてから中に入りますか」
「え?」
九白さんから予想外の返答が返ってきて、困惑する。
炙り出すってなんだ?
その間に、彼女は霊装をふるった。
途端、霊術が発動。ガスマスクをつけた男たちが十人現れた。
「な、何の術だ?」
「行ってこい」
俺が初めて見る術に驚愕している間に、彼女はガスマスク男たちに指示を出す。
すると、ガスマスク男の集団は散会し、人間離れした速度で町へ入っていった。
「お、来た来た」
数分後、ガスマスク男の一体が帰ってきた。
ランニングフォームのくせに強烈な速度でこちらへ驀進してくる。
その背後には大量の妖怪を引き連れていた。
「お、おい! 危ないぞ! すぐに逃げないと」
「ほいっ」
俺が慌てふためいていると、九白さんが霊装をふるって霊気を放った。
途端、ガスマスク男と一緒に妖怪全てが消し飛んだ……。
「逃げなくても大丈夫ですよ。次々来るんで、一応構えておいてくださいね」
「お、おう」
その後、同じ光景が九回続いた。
「これぐらい始末すれば、探索もはかどるでしょう。それじゃあ、行きましょうか」
彼女はけろりとした顔でそう言う。
「……分かった」
俺はゴクリと喉を鳴らしながら頷いた。
町に入ると、散発的に襲撃を受けたが手早く撃退に成功。
やはり、盛大な釣りを仕掛けたせいで、侵入がバレている。
しかし、襲い掛かってくる妖怪は単体。群れで来ることはなかった。
町に入る前に、九白さんが大量に駆除したのが効いているようだ。
お陰で非常にスムーズに捜索することができた。
「……いないようだな」
「ですね。聞いていた大型の妖怪も見当たらないですね」
「どうやら、こっちはハズレのようだ」
「レイちゃんの方に無線で連絡を取ってみます」
と、無線機を起動する九白さん。しかし、その表情は芳しくない。
「どうだ?」
「……繋がりませんね」
繋がらないということは、出ることができない状況ということだ。
妖怪が側にいるため声を潜めなければいけないか、妖怪と交戦中と考えるべきだろう。
九白さんは、その後も何度か交信を試みたが、すべて失敗に終わった。
「向こうが当たりの可能性が高いな。合流するか」
こちらは綺麗に片付いた上に、被害はゼロ。
これなら拠点に戻って休む必要もない。
向こうの応援に行く余裕もある。
そう思って尋ねると、九白さんが頷いた。
「すみませんが町の外まで一緒に移動したら、先に行きます。後から来てもらっていいですか?」
少し焦った様子の九白さんが、先行して向かうと言う。
きっと連絡が付かないことが気になっているのだろう。
「分かった。場所は分かるか」
彼女の実力なら、単独で行動しても問題ないと判断した俺は提案に同意する。
俺と西田の目的は彼女のフォローだ。
俺たちに合わせて、到着が遅れるのは本末転倒になる。
ここは先に行ってもらうべきだろう。
「地図で確認したので大丈夫です」
「俺たちも、後から追いかける。十分に気を付けてくれよ」
「もちろん。それじゃあ、行きます」
そう言った九白さんは、足音を殺した状態で走り出した。
そして、あっという間に見えなくなってしまう。
「すげえ、何て速さだ」
「俺たちは用心していこう。」
「ああ。こっちが怪我して戻って来てもらうことになったら最悪だからな」
俺と西田は頷き合うと、慎重にもう片方のポイントへ向かった。
◆雲上院咲耶
集中が途切れたせいか、当時のことが頭の中にぼんやりと蘇ってくる。
きっかけは、余暇が一切ない分刻みの教育に嫌気がさしたからだっただろうか……。
当時はまだ、親が決めた婚約者であり、友人であった夫と家出した。
学生であった当人たちにとってみれば、駆け落ちというより冒険に近かった。
家の者の捜索能力の高さを知っていた咲耶は、本気で逃げるため痕跡を消しながら北海道まで移動した。
しかし、追跡を撒くことを最優先にしたため、逗留場所がなく困ってしまう。
たどり着いたのは何もない農村。よそ者が訪れることのない場所だった。
そんな時、手を差し伸べてくれたのが、とある農家だった。
彼らは何も聞かずに泊めてくれた。
それから、一週間ほど家の手伝いをしながら住まわせてもらうことになる。
彼らや村の人と打ち解け、笑顔で会話ができるようになった頃、説得される。
村での生活を通して家族のことを改めて考え直した咲耶たちは家へ連絡。
迎えを待つこととなった。
そして、村の人たちが間に入ることにより、家出問題は穏便に解決。
そのことがきっかけとなって、村との交流が始まる。
それは、お世話になった農家に咲耶たちと年の近い子供がいたせいでもある。
長期の休暇時には村へ。季節の折には、村で穫れた作物が家へ。
そんな関係は咲耶が成人後まで続くほど、かけがえのないものとなっていた。
そして結婚。雲上院家の一員となった頃には、村全体との付き合いに発展していた。
関係は仕事を通したものに変化したが、お互いの関係はとても良好なものだった。
息子が生まれ、夫が他界し、月日が経過していく。
そんな中、妖怪の大量発生が始まってしまう。
掃討戦が開始され、全国の妖怪が北海道へ逃げ込む事態に発展。
村の人たちは疎開を余儀なくされ、散り散りとなってしまう。
幸い、死傷者は出なかったが、故郷へ帰れない状態が続くことになる。
そこで村出身の若者が村を取り戻そうと行動を始めた。
それに雲上院家として支援するも、うまくいかない。
そしてとうとう、死者が出てしまった。それは、初めにお世話になった家の者だった。
責任を感じた咲耶は、自らも行動に参加することを決意。
周囲の反対を押し切り、北海道へ。
個人の力に限界を感じると、霊薬を飲んで霊力を得て強化を図り、最前線で戦い続ける。
そんな中、一人、また一人と脱落者が出て、メンバーが入れ替わり続ける。
気が付けば村の出身者はいなくなっていたが、目的が変わるわけではない。
皆の望みは、もう一度故郷を見たいということ。
その願いをかなえたい。
自分も同じだから。
夫との思い出が詰まった大切な場所を取り戻したい。ただそれだけだ。
自身の年齢を考えると、それが最後の大仕事になると考えていた。
村を目指して戦っている間に人が増え、気が付けば、北海道を取り戻そうとする者たちの急先鋒として祭り上げられていた。
同行してくれた皆には事情を打ち明けず、黙って何年も活動を続けている。
本当に申し訳ないが、自分の定めたゴールは、あとほんの少し先。
もう少し進めば、村があった場所にたどり着ける。
結果、気がはやって焦り、取り返しのつかない状況となってしまった。
群れのボスと思しき大型の妖怪。あれを仕留めれば村への道が開ける。
狙うなら、傷を負わせた今しかない。今なら、単独で相対しても勝てる。
そう考えてしまったのがまずかった。
拠点を抜け出し、大型個体を捕捉することに成功する。
しかし、戦闘を開始すると、周囲から大量の妖怪が増援に集まり、完全に包囲されてしまう。
そんな中でも必死に戦い、囲みの妖怪を仕留め、大型個体との戦闘継続には成功した。
上手くいけば、共倒れには持ち込める。
あれを倒せば、きっと誰かが村までの道を開いてくれる。
しかし、無茶をしすぎた。ここまでだろう。
自身の身勝手な判断により、拠点にいる皆には迷惑をかけることになってしまった。
死力を振り絞り、最後の霊術を大型個体へ向けて放つ。
熱線のように研ぎ澄ました炎の槍が大型個体に命中。更に深手を負わせる。
それと同時に、意識がもうろうとなって崩れ落ち、膝立ちとなる。
妖怪に重傷を負わせた。あれは、ほどなく死ぬだろう。
しかし、こちらももう駄目だ。咲耶は死を覚悟した。
そんな今になって、疑問が浮かぶ。
これで本当に良かったのだろうか。
そう思ったのは、孫や息子の姿が思い浮かんだためだ。
もっと家族と触れ合うべきだったのかもしれない。だが、もう手遅れだ。
やり遂げたという気持ちと同時に、それと同量以上の後悔が湧き上がる。
そんな気持ちで目の前の妖怪が息絶える様を見ていた。
もう少し……、と思った次の瞬間、地面がわずかに揺れる。
負傷のせいで、自分の感覚がおかしくなったためかと思ったが違った。
息絶えた大型個体の後ろから、新たな増援が来たのだ。
しかも、それらはどれも巨大な個体。
今まで群れのボスと思って戦っていた妖怪と同等かそれ以上の存在が五体。
それに加えて、その部下ともいえる小型の妖怪が多数。
戦闘の音を聞きつけ、こちらへ向かって来る。




