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57話.【クオレス】⑤

 かつてのジュノは、私以外の者など目にも入れたくないとでもいうかのような令嬢だった。

 令嬢の仮面を被り表面上だけは礼儀を払いつつも、誰とも関わりたくないといった空気を隠しもしない。


 それが、今はどうだろう。


 彼女の周囲には多くの人間がいる。それらに対する態度が、以前よりもずっと柔らかなものとなっている。


 あの聖女とでさえ、わだかまりが無いわけではないのだろうが、決して険悪な関係ではない。

 私としては、目にも入れたくない存在だというのに。

 聖女自身に思うところは無いが、その姿を見ると犯してもいない罪と向き合わされる気分になる。

 私と同じものを見た筈のジュノは何故、あの聖女と関わっていけるのだろう。


 あらゆる者達から祝福される彼女の姿を遠くから見ているしかなかった。


 きっとこれは彼女にとって良い変化である筈なのに。


――裏切られた。


 何故そのような事を思う。

 彼女が何を裏切ったというんだ。


――私だけを見続けるのだと思っていたのに。


――私以外の人間など不要なのではなかったのか。


 身勝手にも程がある思考を振り払う。

 良い事だ。良い事ではないか。人間は一人や二人では生きていけない。彼女が他者と繋がりを持つ事は決して悪い事ではない。


 それよりも問題なのは、ついに彼女の力が学園からも認められてしまった事だ。

 彼女を取り巻く障害はもはや何も無い。このまま彼女が呪いの力を行使し続けたらどうなる事か。

 あれほど無害な使い方をしているジュノ・ディアモロならば、きっと呪いに呑まれて魔人になる事態も起こらないだろう――学園はそう判断したのだろうが、そのような根拠の無い楽観的な考えに同意など出来るものか。


――では何故あの時助けた? 見捨てておけば、あれ程の盛況になる事も無かっただろうに。


 本当はそうしてしまいたかった。

 しかし守ると決意しておきながら彼女が悲しむ様を見過ごすなど、婚約者として失格だ。

 どんな時でも味方であると示さなければ、きっともう二度と信じてもらえなくなる。

 そう思ったら体が動いていたんだ。


 これまでの行いによって、少しは信用してもらえるようになっただろうか。


 彼女自身に興味があると嘘でも示したくて、手料理を食べたいと口にした。

 ……しかし私では気の利いた感想など一切言えず、噂で耳にした試食会には呼ばれもしなかった。

 ジュノとしても私以外の者に試食をさせた方が遥かに有益だったという事なのだろう。

 私の行為はむしろ彼女の負担にしかならなかったのではないだろうか。


 自身の魔力が低いことを気に病んでいるかもしれない彼女がこれ以上気負わなくて済むようにと、養子をとる選択肢がある事を示した。

 魔力の高い子を産めなくても良い。魔力を抜きにしても女体に大きな負担がかかる行為を強要はしないと言いたかった。

 ……だが言葉が足りずに彼女を誤解させる結果となった上、誤解を解いても彼女の表情は晴れなかった。

 私がジュノとの子を望んでいないと思わせたのかもしれない。

 しかしそれ以上かける言葉が、彼女の心を晴らす言葉が見つからなかった。


 異世界の話をされた時は、私自身その存在を認識しているにも関わらず強く否定してした。

 深い考えがあったわけではない。ジュノにも否定してほしかった。他の世界の私なんてものを忘れて欲しかったからだ。

 しかし私の言葉は彼女に悲しい笑みを作らせる事になってしまった。

 それを見て気づく。ジュノが見てきたものを知っている筈なのにそれを認めないなど、それこそ非情な行いではないかと。


 ジュノの事となると空回りしてばかりだ。


 今回の選択だって正しかったかわからない。

 真にジュノの為を思うなら何もすべきではなかったかもしれない。


 ジュノは控えめながらも嬉しそうな笑みを皆に浮かべているというのに、私の心はそこから程遠いところにあった。

 ……君がそんな笑顔を私以外の者に見せるなんて事も、今までは無かったのに。


 彼女の笑みを曇らせないよう、今の思考を悟られぬよう笑みを作りながら祝いの言葉を述べる。

 本来は表情を作る事もしてはならないが、それよりも第二の魔人になる可能性を秘めているジュノの心を守る事を優先させるべきだと思ったからだ。

 それにこのような祝福すべき日に水を差すわけにはいかなかった。

 私は上手く笑えただろうか。




「……それでね、試験内容も決まったし、専用の畑も貰えることが決まったし、あと、専用の調理室も作ってもらえることになったの!」

「そうか。……良かったな」


 あれから幾日か過ぎた日の事。

 クッション製の魔法生物達を連れたジュノと庭園を歩きながら、彼女の話に相槌を打つ。


「今の君は楽しそうだな」

「そう、かしら」


 その反応からして自覚は無いようだが、今のジュノはとても充実しているように見える。

 昔から様々な事に手を出してはいたが、ここまで一つの物事に心から打ち込んでいる事は無かったのではないだろうか。

 今までの彼女からしてみれば魔法の道は上手くいかない事だらけだろうに。いや、だからこそなのか。


 ジュノは少しずつ着実に変わっていっている。

 今散歩に連れ出している魔法生物にしてもそうだ。以前の彼女なら役目を果たした道具はすぐに廃棄しただろう。

 それをしないという事は情がわいたのか。私以外のものには一切目をくれなかった彼女が。


 様々なものに目を向け、情を抱くようになっていく。そんなジュノの変化が、私には。


――苦しい。


「……クオレス? 大丈夫? 少し休みましょうか……?」


 顔を覗き込んできたジュノと目が合う事で私はようやく我に返った。


「いや……何も問題無い」

「……そう」


 ジュノは私の言葉に全く信じていない様子で俯いた後、すぐにその顔を上げる。

 そして明らかに無理をした笑みを浮かべた。


「そういえばね、ほら、討伐隊の方々って持ち運びが簡単な保存食を用意しているのでしょう? 私の呪いを使えば、もっと小さくて、栄養豊富で、長期保存も出来る食糧も出来ると思うの。とても良い案だと思わない? それからね、私、魔物の毒を解毒出来る薬草を作れるようになって――」


 己の力がいかに私にとっても役立つものであるかを説明してくるジュノ。それを聞けば、たしかに我々からしても非常に有益な力となるだろうことは容易に想像出来た。魔物が使う猛毒の解毒など、長年待ち望まれてきたものでさえある。

 しかし、それでも彼女には力を使って欲しくない。


 説明するジュノの顔が暗く沈んだものとなっていく。

 まさか今の思考が顔に出ていたのか。気づいて表情を消そうとしても、もう手遅れだった。

 他の者達なら気づかないであろう変化でも、彼女は見逃してくれない。


「やっぱりクオレスは……呪いの力なんて、嫌い?」

「……私には」

「好きも嫌いも無い、かしら。だったら、私が呪いの魔法を使うのは? 応援してくれる? それとも反対したい?」


 その問いには何も言い返せなかった。

 沈黙を後者と受け取ったのだろう。足を止める彼女の周りを魔法生物達が心配そうに取り囲む。


「……こんな力でごめんなさい。それでも私にはこの力しか無いから」


 力無く微笑みながら、ジュノははっきりとそう宣言した。


――私が反対していても、その力を行使し続けるのか?


 結局彼女を傷つけてしまっているのに真っ先によぎった思考は恐ろしく高慢なもので。


――ジュノが、私から離れていく。


 漠然とした不安に囚われる。

 苦痛も不安も感じてはならないのに、逃れられなかった。気づいてはならない感情に気づかされてしまう。


――一体誰だ。誰がジュノを変えてしまった。あの衛兵か? それとも誰に対しても馴れ馴れしいアニマ卿か?


 ジュノが変わっていく事に何の不都合があるというのか。私に依存しなくなるのならむしろ良い変化ではないのか。

 考えはまとまらず、犯人探しまで始める始末だった。


「むう。むう」

「……ああ、ごめんなさいね。散歩の途中だったのに」


 声をあげた魔法生物を撫でるジュノ。

 それが羨ましいのか、他の魔法生物達もジュノや私に催促するように擦り寄ってきた。

 以前のものとよく似た状況に、その時耳にしたジュノの言葉がよみがえる。


――だったら、私がクオレスのことを好きだからその気持ちがこの子達にも宿ったのかもしれないわね。


 私にじゃれる魔法生物達を見て平然とそのようなことが口に出来るほど、私へ向ける好意が当たり前のものとなっている証の言葉。

 今更あの程度の言葉を聞いて動揺するなど思ってもみなかった。

 胸の底からこみあげるものが熱となって顔にのぼるのを感じ、咄嗟に彼女から顔を背ける事しか出来なかった。


 好きだと言われれば高揚し、彼女の関心が他に向かえば苦しみ、不安を覚え……嫉妬する。

 自覚してはならなかったというのに、もう誤魔化しようが無かった。




 私は、ジュノの事を――。

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