54話.学園祭前編
よほど力仕事に長けた属性の使い手でない限り、道具や品物等の搬入作業をするのは屋敷から来た使用人の役目というのが一般的らしい。
しかし私は使用人を一人も連れてきていない。
そして平民のユアナにはそもそも使用人なんてものがいない。
女手二つで力仕事は文字通り荷が重かった。
そんな時に協力を申し出てきたのは丁度暇をしていたらしいロウエンだった。
十中八九ユアナにいいところを見せるためでしょうね。
はりきったロウエンは魔法で出した煙を操って次々に荷物を運搬していく。
「すごいねロウエン君! もこもこした煙で物が運べるなんて!」
「ふっ、そうだろうそうだろう! 俺はすごいだろう! それがわかったならユアナよ。そろそろ俺の物となれ!」
「もうっ、また物とか言って……。人は物じゃないんだよ!」
なにあの会話。噛みあってない気がするのだけど。
『ユアナちゃんはやっぱりニブチンだなあ』
ロウエンはなんとかユアナに接近して友人関係を築き上げることに成功し、現在は積極的に想いをぶつけていっているようなのだけど……どうもユアナはロウエンからの好意をよくわかっていないらしい。
そんな馬鹿なことある?
無事に搬入が終わった後は作り置きした料理を野外パーティーと同じような要領でテーブルの上に並べていく。
模擬店といっても金銭のやり取りがおこなわれる訳ではないから、料理は誰でも自由に手に取れる形式だ。
ほこりが落ちないようそれぞれにガラスドームを被せておいて、料理が無くなり次第補充する。
あとは実際に呪いをかける様子も見せるよう、木製テントの屋台での調理も多少する予定となっている。
「それじゃあ……メイジとエナとフックは空から垂れ幕で宣伝、ビャッコとキナコはビラ配り、グレンとチィはお客様をここまで誘導して。クロエとユキは店の目印になるようにここでパフォーマンスね」
「ぴい」
「くん」
「むー」
「にゅ」
私の指示にクッション達が返事をする。
この子達、いつの間にか声が出るようになったのよね。
たしか最初に声を出すようになったのがクロエとグレンとビャッコだったから、もしかしたら以前逃げ出した時に散々な目に遭った経験がこたえて、助けを求められるように声を出すようになったのかもしれない。
口はつけていないのに何処から声を出しているのかしら……。元の動物の鳴き声とも違う声だし。
ちなみにクッション達の名前は全て亡霊が名付けた。
メイジはメジロ、エナはシマエナガ、フックはフクロウ、ビャッコとキナコは白銀のキツネと金色のキツネ、グレンは灰色のウサギでチィは肉食獣柄の猫、クロエは黒猫でユキが白ウサギのクッションとなっている。
準備が一通り終わったところで周囲の様子を確認する。
広々とした芝生の広場には料理を振る舞う模擬店が集まっているけど、店と店の間はそれなりに距離があるから客が入り乱れることはないでしょう。
『ああっ!? ジュノさん! あそこにかき氷屋さんがありますよ!?』
「あれは氷じゃなくて雪属性の魔法で作られた蜜雪よ」
『じゃああっちのわたあめは!?』
「雲属性が作った味付き雲ね」
『食べられる雲かあ、いいなあ……。どっちも食べたーい!』
「言っておくけど他の店を見てまわる余裕なんて無いわよ。今日は我慢なさい」
亡霊は他の店の料理に興味津々だった。
私にとっては競合相手なのよね……。他の店にとってもそれは同じようで、周辺から刺々しい視線を感じる。
……いや、なんで私の方にばかりそんな視線を向けてくるのよ。
「やあ、久しぶりだね。ジュノ君」
突然後ろから声をかけられて振り向くと、そこには全く見覚えの無い男が立っていた。
「……まあ、お久しゅうございます」
とりあえず適当に合わせておく。
貴族令嬢たるもの、同じ貴族令息令嬢達の顔と名前と属性くらいは覚えなければならないのだけどね……。
そうは思っていても、クオレス以外の男のことなんて知りたくもないとも思ってしまう性分の私はなかなか他の学生のことを積極的に調べられずにいた。
「入学パーティーの時はとても寂しい思いをしたよ。やっぱりきみとは一曲踊りたかったな」
『あっ、もしかしてこの男……入学式でジュノさんにウザ絡みしたモブ男ですか!?』
私はその時の記憶を思い返した。
そういえばパーティーでクオレスと顔を合わせる前、ものすごく不愉快な気分になっていたような気がする。
その後更に不愉快な気分になってしまったから、それ以前の出来事はあまり印象に残っていないけれど。
でも、たしかにいたわね……しつこく私に声をかけてきた男が。
「ご存知だと思うけど、僕もここで模擬店をやるんだ。ほら、あそこ。溶岩属性のステーキ店さ。優雅だろう? 今日はお手柔らかに頼むよ」
『溶岩で焼くステーキですか! それもおいしそうだなあ』
「……こちらこそ、お手柔らかに」
手を差し伸べられてしまったけど、挨拶の握手くらいはした方がいいのかしら。
そう思って嫌々手を伸ばそうとした時――。
「でもさ、ちょっとズルいんじゃないかな。聖女の力を借りるだなんて」
唐突に毒づく男の視線は模擬店の前にいるユアナに向けられていた。
そのユアナは私の料理に関してまとめたメモを必死に読み込んでいて、こちらの視線には全く気づいていない。
「……お言葉ですが、ズルい……とは? 他の属性の学生が手伝いをすることは珍しい話でないとお聞きしましたが」
「だって、心優しいと評判の彼女ならきっと誰からの願いも聞き入れてしまうじゃないか。その彼女がきみの手伝いをしているということは、きっときみが一番乗りだったんだろう? 誰だって聖女の知名度を利用したかっただろうに、きみが独り占めしてしまうなんて不公平だよね」
「なにか勘違いしていらっしゃるようですが、私への手伝いはユアナさんから申し出たことですよ」
「どうせそう言わせるような空気を作ったんだろう? 言っておくけど、ユアナ君と仲が良いのはきみだけじゃないよ。あまり調子に乗らない方がいい」
男は言いたいだけ言って自分の持ち場へ戻っていった。
なによそれ……。まさかユアナがこちらにいるというだけで妬みを買ってしまっているの? もしかして他の連中も同じようなことを思って私を目の敵にしているのかしら。
あの男の場合は私に誘いを断られたことも根に持っていそうね……。
『相変わらずウザいですねー。あの溶岩マン!』
亡霊が付けたあだ名を聞いて、そういえば結局名前を聞かなかったことに気づいた。
他の溶岩属性の者には悪いけどそれ以外に特徴も無いし、私もあの男のことは溶岩男とでも呼ぶことにしましょうか。
学園祭の開始時刻になり貴族達が学園へ来園してくると同時に、学園内に宣伝の為の魔法が飛び交いだす。
空には光属性が打ち上げた光の花や、泡属性が作った花入りシャボン、星属性が創作した一面花畑の天体等が上がり、色鮮やかな空間を作り出していた。
地上では泥で出来たゴーレムや二足歩行のロウソク、マンドラゴラ等が道案内をしており、更に音属性が行進しながら音楽を奏でて動物や火や水を踊らせ、その音楽に合わせながら舞属性もダンスをすることで様々な幻影を生み出す様はさながら盛大なパレードのようだった。
『ゲームでも見ましたけど……リアルだとより賑やかですねえ! あたし、ちょっといろいろ見てきますね!』
亡霊は目を輝かせながら賑わいの中へ飛んでいった。
こんなに派手な魔法が交差する中で、あの子達は上手くやれているかしら……。
その心配は杞憂だったのか、それとも聖女属性のユアナがいるおかげか、多くの客人が訪れるまでそう時間はかからなかった。
「皆様、ようこそお越しくださいました。わたくしが呪いの属性の覚醒者、ジュノ・ディアモロでございます。本日はわたくしが真心込めて呪った料理を心ゆくまで堪能してくださいませ」
「いらっしゃいませっ! わたしは聖女属性のユアナです! 今日はジュノさ……まのお手伝いをしておりますっ!」
二人で礼をした私達は、これらの料理にどのような呪いがかかっているか、その呪いがいかに安全なものであるか等の説明をおこなった。
だけどやはり呪われた料理には誰も手をつけようとしない。「食した者も呪われるのではないか」「よりにもよって体に入れる物に呪いをかけるだなんて」……そんな声が聞こえてくる。
料理を食べに来たというよりはただの見物人ね……ユアナの方が気になっている貴族も多いようだし。
それでもめげずに私はそれぞれの料理の説明をはじめた。
「こちらのゼリーは果物の星空をイメージしたドームゼリーとなっております。一見青色のゼリーに無数の粒が入っているだけのように見えると思いますが、ルーペで観察していただけますとこの一粒一粒が飾り切りされた果物であることが確認できます。どうぞご覧になってください」
「まあ……細かいわね」
見るだけなら、と客人達がこぞってルーペでゼリーを眺める。
目が肥えているであろう彼らに見られても恥ずかしくないよう、飾り切りの特訓には特に力を入れた。
呪われている料理に対して食べる意欲を湧かせるためには、見栄えの良さは最重要と言ってもいいでしょうからね。
ルーペで見る、という積極的行動をさせることによってその見た目に注目する意欲は桁違いにあがる。
普段の料理なら目で楽しむのは程々に済ませるであろう彼らは、ゼリーの中にある飾り切りを一つ一つ注視していった。
中には、一際気合の入った飾り切りを見つけるとまるで宝物を発見した冒険家のように感嘆の声をあげては周りにも見せびらかす殿方もいた。
魔力が上がった分さらに小さく縮小化できるようになったからこそ作れたゼリーは、客人達の興味を引く役割をしっかりとこなしてくれたのだった。
その後も私は、ナイトメア・カースをかけて育てた野菜や果物による、イレイズ・カースの縮小化を活かして作った数々の料理を紹介した。
リースのように盛りつけたミニサラダや、今度は時間をかけてブイヨンから作ったスープ、カットした果物の大きさをイレイズ・カースによって全て均等に揃えて作った花束のようなフルーツパイやケーキ、様々な種類を揃えたサンドイッチに果実を絞って作ったジュース等々……。
一つ一つ料理の説明をしていくにつれ客人達もその味が気になりはじめたらしく、彼らは従者に命令して毒見をさせはじめた。
そして当然、どの毒見役にも異変は見られなかったのだけど……それでも貴族達は疑念を消すことが出来ず、なかなか手が出せないようだった。
そこで私はユアナに目配せをした。
「みなさま! まだ心配なのでしたらわたしもジュノさ、まの料理をいただきますのでっ! よおくご覧になってくださいっ! でも、おいしい料理がなくなっちゃっても知りませんよっ!」
私の意図を完全に読み取ったユアナはテーブルの上にある料理の一つ、チーズと塩漬け肉とヴラドトマトとフリルリーフを挟んだバゲットサンドに手を伸ばす。
「んーっ、うまっ、おいひいぃ……っ! ふわふわしたサンドイッチもいいけど、わたしはこういう硬さもあるパンが好きなんです。外はカリッカリで、中はもちもちしてて……それに、ヴラドトマトの甘さと酸味がお肉のしょっぱさとよく合ってすごくおいしい! ジュノさんが作ったお野菜だから、お肉やチーズの味に全然負けていなくって! でもシャキシャキしたフリルリーフのおかげで全然くどくないんです!」
この女、自分で料理をすると人を殺しかねないものを作るくせに、料理の感想はちゃんと言えるのよね……。
だからこそ味見に付き合わせていたわけだけど、そこまで食材のことがわかるなら食材を皆殺しにするような真似をしないでほしい。
ユアナはどの毒見役よりも美味しそうに、そして幸せそうに料理を頬張っていく。
その様子に周囲から喉を鳴らす音が聞こえた。
「……今この国で最も貴重な属性である聖女属性の覚醒者がああも躊躇せずに食べているんだ。本当に安全なんじゃないのか?」
「たった一人の聖女属性に危険性のある料理を食わせるなど、まず学園が許さないだろうしな……」
「そもそもあれらが危険物だったらこうして店を出すことも許されていないでしょう」
客人達が口々に囁く。
ユアナが料理を食べたことでようやく納得がいったのか、それともその幸せそうな笑顔につられたのか、張り詰めていた場の空気が明らかに和らぐ。
そこから彼らが料理に口を運ぶまでは時間がかからなかった。
客人達が料理を食べだしたことでようやくこの場がパーティーらしい空気に包まれる。
ハーヴィー先生からの指導を受けたおかげもあってか、私の料理は彼らの舌を唸らせるに足る出来となってくれたようだ。
呪いにより縮小化された食べ物は、見た目こそ小さくても元の食べ物と同じ分の栄養を持っているから食べ過ぎにだけは気をつけてほしいと注意喚起したのに、明らかに食べ過ぎている客人も少なくない。
体内にイレイズ・カースで呪われた物体が密集している場合、つまり食べ過ぎた場合は呪いが解けないように設定してあるからお腹が破裂することは無いと思うけど……小さいままでも栄養にはなるから確実に太るわね。
そしてその賑やかな空気に釣られるように、新たな客人が次々と集まってきている。
「この果実ジュース、なんと果実の甘味だけで作られているそうですのよ。そうとは思えないくらいの甘さに驚いてしまいましたわ。ぜひ貴女もお飲みになって」
「まあ……そんなに? そこまで言うなら少し飲んでみましょうか」
元々いる客人達から勧められた新たな客人達はたいした抵抗もなく料理に手をつけていく。
先程まで誰も料理に手を付けなかったことが嘘のような賑わいに私とユアナは笑みを深めた。




