53話.ドラゴン討伐
新作料理が出来上がった私はその味を確認してもらうため、休日にカフェテリアの一つを貸し切りにして試食会を開くことにした。
今回新しく作ったものはこちらでは馴染みの無い料理だから、より多くの意見が聞きたい。そう思ってユアナに知り合いを呼んでくるようにお願いしたのだけど。
「それじゃあ友達みんな連れてくるね!」
「……そんなにたくさんは作れないわよ」
ユアナにとっての友達って何人いるのよ。どうせ私もその中に入れているんでしょうし……下手したらほぼ全ての学生を呼ぶつもりなんじゃないの。
想像するのも恐ろしくなった私は数人に絞るように強く言っておいた。
そして集まったのは。
「言っておくけどお前さんの料理がおいしかったから来たわけじゃないよ! ユアナのために仕方なくさ!」
減らず口を叩くトワルテ。
来るとは思っていたわ。
「よ、よお。久しぶりだな」
少し気まずそうな殿下。
私も少し気まずい。けど以前感じてしまったような愛おしさはあまり感じなかった。私の魂に刻まれた王女の想いが薄れていっているのかもしれない。
「ジュノの料理の腕も随分上がったからね。今日のも期待してるよ」
「お、俺みたいなのがこんなところにお邪魔してしまってよいのでしょうかっ……!?」
ハーヴィー先生と衛兵は私が呼び寄せた。
先生は甘い物好きだから今日の料理はあまり満足できないかもね。
衛兵は亡霊が『ジュノさんの料理食べられなくなって悲しんでいると思いますよ』って言っていたから呼んでおいた。いつも「美味しいです!」しか言わないから感想には全く期待していない。
「ふっ! この俺に食われることを光栄に思うのだな!」
なんでロウエンがいるのよ。
「ふふ。再びお会い出来ましたね、ジュノ様」
うわ、レイファードまでいる……。
亡霊の話からするとレイファードってユアナと全然親しくなっていないはずよね? 本当になんでいるのよ。
「それにしてもあのジュノ様が手料理を振る舞ってくださるとは。このような場にお招きいただきありがとうございます、兄上」
レイファードはそう言って殿下にうやうやしく会釈した。
……え? 兄上?
『アニマはレイファード様の家に養子に入っているっていう設定なんですよ。その関係でレイファード様はアニマの正体を知っていまして。あ、ちなみにですけど、本当はアニマの方が誕生日は後なんですよ』
怪訝そうにした私に気づいたのか、亡霊が説明を入れる。
ああ……表向きはそういうことになっているのね。数か月分年下でも弟扱いするのは恐れ多いから兄として扱っているのでしょう。
それよりも、殿下が呼んだのね……。
「招いたっていうかさあ……レイファードがどうしても行きたいってせがんだんだろ」
「ふふ、申し訳ありません。でもしょうがないでしょう。兄上ばかりがジュノ様とお近づきになるなんて妬いてしまいますよ」
「あのなあ。ジュノは婚約者持ちだぞ」
「もちろん存じておりますよ」
レイファードは殿下と話をしながらも時折私に色気づいた視線を送ってくる。
ううっ……この男、本当に苦手だわ……。
「それよりもユアナは何処に行ったんだい。まさかお前さん、ユアナになにかしたんじゃないだろうねぇ!?」
「人聞きの悪いこと言わないでよ。やるならもっと隠密にやるわ」
『そこはやること自体を否定しましょうよジュノさん』
食って掛かるトワルテに私は扇で顔を隠した。だっていかにも唾を飛ばしていそうなんだもの。相変わらず令嬢らしさの欠片も無い令嬢ね。
それと、否定はしたけどなにかはしてしまっているのよね。と言ってもトワルテが想像しているようなものではないでしょうけど。
その時、一つの足音がぱたぱたと近づいてきた。
噂をすればなんとやら、ってところかしら。
「準備が終わったようね」
「お待たせジュノさん! こ、これでいいのかなっ?」
現れたユアナの姿を見てその場にいた殆どが目を見開かせた。
それもそのはず。白を基調としたエプロンドレスに身を包んだユアナの頭からは小刻みに動くウサギの耳が生えていたのだから。
正確には頭ではなく、ヘッドドレスからなのだけど。
更には服の後ろ側、腰の辺りからはウサギの尻尾も生やしている。命が宿った服はユアナ自身が動かなくてもふわふわと揺れていた。
もちろんこれらは私のビースト・カースによって作られたもので、発案したのは亡霊に他ならない。
白を基調にすることで聖女らしさを出しつつ、私の呪いの宣伝もさせる。使用人の服をもとにしているから機能性も高めで動きやすい。
スカートはボリュームを出すことによって呪いによるふわふわした動きをより魅力的なものとして演出している。
亡霊の発想をもとに私がデザインを考えて仕立て屋に仕立ててもらったその服は、学園祭で私の手伝いをさせる時のための衣装として素晴らしい出来になったのではないかしら。
特にこの女を私の使用人扱い出来るところが良いわね!
『はあーっ! やっぱりかわいい! ユアナちゃんかわいいよー!』
「ユッユユユアニャァッ!? にゃんだいその恰好はあ!!」
あのトワルテが噛みながら間抜け面を晒してる……。
「これはこれは。可愛らしいですね。ねえ兄上?」
「えっ……あっ……そ、そうだなっ……」
「お、俺の為にそのような格好で出迎えてくるとは……!」
「……っ。や、やるじゃん、ジュノ。これはいい宣伝になると思うよ」
「ほへえ……これもご令嬢様の魔法なんですか……」
殿下とロウエンとハーヴィー先生は顔を赤くしているわね。先生なんか直視出来ないみたいで私の方に顔を背けてしまったし。
その中でレイファードは涼しい顔をしながら褒めている。あと衛兵は普通に感心しているだけみたい。
とりあえずは上々の反応といったところかしら。正直、私としてはあまり面白くないけど。
「……どうやらアタシはお前さんのことを誤解していたみたいだ。お前さんとは親友になれそうだよ」
「なれないしなりたくもないわ」
私は肩を抱こうとするトワルテの腕から逃れた。
さて、全員揃ったことだしそろそろ料理のお披露目といきましょうか。
『あ。何気にこの集まり、クオレス以外全員集合じゃないですか? ……一人だけハブられたクオレスかわいそう』
亡霊はよくわからない同情をしているけど、クオレスをこの場に連れて来るわけないでしょう。
なんで私がクオレスとこの女を引き合わせなきゃならないのよ。
「それじゃあ衛兵君、大きな杯だから一緒に運んでくれる?」
「はっ、はい! かしこまりました!」
「あ、それならオレも運ぶよ」
殿下が快く手を挙げたことによって、私と衛兵の二人で運ぶつもりだったそれは殿下と衛兵の手によってテーブルの上まで運び込まれることとなった。
その間に私は料理を持ってくる。
「よっ、と……本当にデカい杯だな」
殿下達が慎重に杯を置く。何も入っていないけれど金属製の巨大な杯は重たかったことでしょう。
「それでは料理を乗せますね」
私はクローシェを被せたごく普通の大きさの皿を手にする。
そして杯に近づいたところでようやくクローシェを外し、中にある料理を手で直接触れないようにしながら杯の中央に置いた。
「わあっすごい! ドラゴンだ!」
「これはまた……精巧に作られていますね」
「これもジュノが作ったのか!? すごいな、料理っていうよりは彫刻みたいだ」
「鱗から見える皮膚の色からして、チョコレート……? いや、でも湯気が出ているし、匂いも……」
「立派だけどこの器に対しては小さすぎるんじゃないかい?」
「そうだな。それにとても人数分の量には見えん」
ユアナとレイファード、殿下はその見た目を賞賛し、ハーヴィー先生はその料理が何か考察しようとし、トワルテとロウエンは怪訝そうに目を細める。
「この料理の真の姿はこれからお見せするわ。【成長せよ! 炎より生まれし沼地の竜よ!】」
イレイズ・カースの解呪条件に設定した言霊を放つ。
すると杯の中央に置かれた料理は瞬く間に巨大化し、その巨大な器になんとか収まる程度の大きさとなった。
もうもうと沸き立つ湯気と香辛料の香り。
そこから現れたるは、ホーンキャロットで作られた赤い鱗や角を持つ巨大な竜。豆芋を埋め込んで作られた瞳は黄金に光り輝いている。
四つ足で踏ん張り翼を広げながら身を低くしている様は相対する人間達を威嚇しているかのよう。
我ながらいい出来栄えになったんじゃないかしら。
「ひいいいいっ!?」
「おおおっ!?」
「うわあっ……!」
衛兵が悲鳴をあげ、殿下が驚き、ユアナが感嘆の声をあげる。
「ほう……ジュノ様の魔法はこのような事が出来るのですね」
「きょ、巨大化するなら早く言わんかっ!」
腰が引けているロウエンがなかなかに間抜けね。
「こりゃあ……なかなかの迫力だね。でも結局なんなんだい、この食べ物は?」
「スープよ」
トワルテからの質問に答えると亡霊以外の全員が驚いた反応をした。
「固体じゃないか、って言いたいのでしょう? 大丈夫よ。ちゃんとこれからスープになるから」
そう言いながら私はそばに置いていた剣を手に取る。
魔剣でもなんでもない、見た目より軽めに作られた普通の長剣。
「この剣で竜の首を落としてくださる方はいらっしゃいませんか? 竜の命尽きし時、竜にかけられた呪いもまた解かれ、あるべき姿に戻るでしょう……なんてね」
「なるほど、そういう演出ね。希望者がいないならボクがやってもいいけど……」
「ふっ、俺がやってやらんことも――」
「オレやりたい!」
「ではアニマ様、お願いいたします」
私は明瞭に希望を述べた殿下に剣を渡す。
それを見てハーヴィー先生とロウエンは少し肩を落としていた。やりたかったのならもっとハッキリ言いなさいよ。
「ふんっ……こんなことでいちいちはしゃぐとは、お子ちゃまめ」
『ロウエン完全に負け惜しみですね』
「それじゃあ、いくぞ。……はあっ!」
殿下が勢いよく剣を振り下ろし、竜の首を斬り落とす。
ゼリーよりは硬い程度の首は簡単に斬れたことでしょう。殿方には少し物足りなかったかもね。
首が落ちたことによってメドューサ・カースの解呪条件は満たされ、見る見るうちに竜の首と体が溶けていき杯を満たすカレーのスープとなった。
『ちゃっちゃちゃーん! ドラゴンをやっつけた!』
「竜の討伐、おめでとうございます。……いかがでしょう。これほどの大仕掛けな料理ならば人目をひきつけられると思うのですが」
「すっげえいいと思う! こんなの置いてあったら絶対目立つよ!」
「いやはや、ここまで変化に富んだ料理は初めてお目にかかりました。本番でも首を落とす役は客人にさせるのでしょう? きっと盛り上がると思いますよ」
殿下とレイファードが好意的な感想を述べる。
他の連中も良い表情でスープの変化を眺めていたし、手応えありね。……ユアナだけ少し暗い様子なのが気になるけど。
「悪くない余興ではないか。だから次は俺にもやらせろ!」
「残念だけど一回で終わりよ」
『よっぽどやりたかったんですねえ、ロウエン……』
「そこがもったいないよね。スープになった後から来た客は一連の変化が見られないわけでしょ?」
「ええ。ですので何体か用意して数刻ごとに披露することにしようかと考えております」
歯噛みするお子ちゃまロウエンは無視してハーヴィー先生に返事をする。
演出の話もいいけど、そろそろ本題に移りましょうか。
今日一番確認してほしいのはユアナの衣装でもドラゴンがスープになる様子でもなく、スープの味そのものなのだから。
人数分の食器や飲み物を配り、スープに浸すためのパンも用意する。
味付け等はこちらの世界の好みに合わせて、亡霊に作った時のものからは大きく変えている。
あのカレーライスとやらも亡霊の世界にあったものとは全然違ったみたいだけどね……。落ち着いたらまた挑戦することにしましょう。
米はこちらではあんま食されていないからパンと合わせるようにして、パンに染み込みやすくなるようサラサラに、味そのものもパンに合うように調節している。
ただ、一番心配なのがその辛さだった。
こちらでは辛味の強いスープなんてものは全く馴染みが無い。亡霊からしたら物足りないくらいだそうだけど、私からしたら充分刺激が強い。きっと私以外の者にとってもそうでしょう。
「うおっ! ピリッとくる……!」
殿下をはじめとしたスープを口に含んだ全員がその辛さに一瞬目を見開かせる。
「あ、あの……やっぱり、辛すぎたかしら……?」
心配で声をかけるけど、意外にも彼らの手は止まらなかった。
「いや、うまいよ! 最初は少しびっくりしたけど、食べていくうちに癖になってくる感じ」
「お前さん、こんな料理も作れるんだねぇ。アタシは嫌いじゃないよ」
「俺はもっと辛くてもいけるぞ!」
「そうだね。辛さはもっと強くてもいいと思う」
ロウエンの言葉はやせ我慢かと思ってしまったけど、次のハーヴィー先生の言葉は間違いなく率直なものでしょう。意外な感想に今度は私の目が見開く。
「本当に……? もっと辛くして大丈夫ですか?」
「ジュノが提供したいのは美味しい料理じゃなくて、安心安全な呪いの体験でしょ。その体験を来客の記憶に強く残るようなものにするなら味ももっと刺激的なくらいでいいと思うよ。美味しいのが大前提ではあるけどね」
「ジュノ様の呪いの体験、ですか……。そういう事でしたら私も先生と同意見です。料理単体として見れば充分目新しく刺激的ですが、先程までのパフォーマンスと比べるとむしろお優しい位かと」
「たしかに、ドラゴンを倒して手に入れたスープならもっと強そうな味でもいいかもな。口から火が出そうになる辛さ! なーんてどうだ?」
「食ったヤツまで竜になっちまうってワケかい。いいねえそれ!」
「ほ、本当にそこまでして大丈夫なの……?」
私が想像した以上にスープの辛味は受け入れられたみたい。というよりもそれ以上を望まれていた。
たしかに、学園祭で振る舞うことになる料理は毎日誰かに提供するような代物ではない。客人にとってはきっとたった一度きりの経験になる。
食べ慣れない個性的な味だと思って主張を抑えめにしてしまったけど、むしろもっとハッキリさせた方が良かったのね……。
「それにしてもよくこんな料理思いついたよね。作り方も一体どうやったの?」
「ああ、それは……」
私はハーヴィー先生の問いに詳しく答えた。
遠い異国――正確には異世界だけど――の料理をもとに作ったものであること。
その料理のかぐわしさに惹かれた私は、この料理であれば遠くからでも香りに誘われる客人が現れるのではないかと考えたこと。
そしてその辛い味付けから、まさに殿下やトワルテが言ったように炎を吐く竜を想起して竜の形をかたどったことを説明した。
次にその竜の作り方について。
まずは、具材をよく煮込んで溶け込ませたスープを作る。それとは別に火を通した野菜も用意する。
スープが出来たらそれらを数個の小鍋に分けてイレイズ・カースをかける。理由は……この場では明かせないけど、私には大量の液体に呪いをかける魔力が無いからである。
だから小分けにしてそれぞれに呪いをかける必要がある。そして野菜にもイレイズ・カースをかける。簡単そうに聞こえるけどこの作業が一番難しかった。
全てのスープと野菜を同じ比率で縮小化しなければ、呪いを解いた時にバランスが大きく崩れてしまうからだ。全く同じ比率になるよう魔法をコントロールするのにかなりの時間を要した。
縮小化が成功したら、今度はスープをドラゴンの型に注ぎ入れる。
ドラゴンの型は一応自作だけど……流石に自分で造形するのは難しかったから、小竜の剥製を購入してそれで型取りをした。
その型にスープを注ぎ入れたらメドゥーサ・カースをかけて硬化させる。硬くなったら型から外し、野菜をデコレーションする。
ゼリーより少し硬い程度だから刺し込むのは簡単ね。だけど少しでもアラがあると後々巨大化した時に大きく目立つものとなってしまうから丁寧に飾り付けていく。
これで成長前のドラゴン形態が完成。
あとはナイトメア・カースをかけて時間の進みを遅くさせて冷めにくいようにしておけば、時間が経っても湯気が立つ料理になる。
『みんなも作ってみてね!』
説明が終わったところで亡霊がそう言った。私以外に作れる人なんていないでしょ。
試食会は開いて大正解だった。その後もスープの色をもっと赤くして火竜らしくしてはどうかとか、本物の竜の肉も入れてはどうかとか面白い意見がいろいろと聞けた。
私は一品の料理として見ていたけど、皆は一つの作品として見ているから目の付け所が違う。とても有意義な時間だったわ。
ユアナだけは「首を落とすって……ちょっとかわいそうじゃないかな……?」なんてつまらないことを言っていたけど。どこまでいい子ちゃんなんだか。
私はユアナ以外からの意見をもとにカレースープ改め火竜スープの改良を重ね、他の準備も全て着々と整えていった。
そして迎えた学園祭当日。
大量に作った料理が無駄になってしまわないか不安を抱きつつも、私は模擬店が並ぶ広場へ歩を進めた。




