42話.とんでもない思い違い
冬の長期休暇が終わり学園に学生達が戻って来た頃。
私はハーヴィー先生が管理する植物園で薬草の手入れをしていた。
手入れしている薬草には全て私のナイトメア・カースがかけられている。
『どうですかジュノさん? 新しい薬草になりそうですか?』
「まだ始めたばかりなんだから何もわからないわよ……」
私が作った作物をいろいろ調べたらしいハーヴィー先生はわずかにだけど本来その作物には無いらしい栄養素を検出したとかで、これを魔法薬草に応用すれば新たな効能の薬草が作り出せるかもしれないと言って私にこの植物園の一画を任せてきたのだった。
休暇明け早々にこの話を持ってきた時のハーヴィー先生とのやりとりを思い出す。
「最初会った時は意地悪言ってごめん……。ほら、呪いの定義から外れるようなことをしたら精霊の怒りを買いかねないって言ったでしょ? あれはその、嘘っていうか……いや、そう思っている連中がいることは事実なんだけど、ボク自身はそういう風に思ってはいなくてさ。実はボク、精霊が見えるんだよ」
『そういえばそんな設定ありましたねー! ハーヴィー先生は子供の頃から精霊と遊びながら魔法の勉強をしていたんですよ!』
魔力を持つ者の一部には精霊が見える者が存在する……という話だけは一般常識として知ってはいても、実際に精霊様を見たという話を聞いたことはこの学園内ですら一度も無かった。
まさかこんなところに精霊様を見る者がいただなんて。
「精霊ってのは皆が思っている程真面目な連中じゃないんだよ。お気楽で、能天気で……その時の気分で新しい属性を作るようなヤツらでさ。中にはその尻拭いをしようとする精霊やまとめ役をする精霊もいるけど……。そんな連中だから、定義から外れるような使い方をしたところでみんな面白がるだけだと思っていいよ」
「でしたら、何故最初にお会いした時はあのようなことをおっしゃったのですか?」
「そうでも言わないと引き下がってくれないと思ったからだよ。学園のヤツらは今でもアンタに呪いの魔法を使うのをやめてほしいと思ってる。でも結局アンタは模索をやめなかった。だったらボク個人としては頑張るヤツの方を応援したいと思ってさ。アンタの気がまだ変わっていないならこの話、受けてくれないかな」
「……ええ、ぜひとも。お引き受けいたします」
生意気なガキとしか思っていなかったけど、意外といいヤツなのかもと少しだけ思い直した。
『それにしてもここの植物だけは皆元気ですねえ』
「この植物園にはハーヴィー先生試作の結界が張られているそうだからね」
植物園内はハーヴィー先生が育てた魔法植物が小さな森のように茂っているけど、ここ以外の学園内の植物は殿下が生み出してしまった黒雲の影響を受けて枯れたりしおれたりと甚大な被害を受けている。
殿下の畑に植えていた私の野菜や果樹も例外では無かった。
その光景を見た時は想像以上に落ち込んだ自分に驚いてしまったけど……今回の事件は私の蒔いた種が引き起こしたこと。誰かを恨めるような話ではない。
ちなみにあの黒雲はおおやけには突如現れた魔物の仕業ということになっていて、殿下が魔人の手先に利用されたからだという事実を知る者はごくわずからしい。
そしてそもそもの発端は私だということは殿下と私、亡霊、衛兵しか知らない。
王女の霊については他言無用だと、他でもない殿下が私におっしゃったからだ。この国の王族貴族からすれば幽霊の存在なんて簡単に認められるものではないものね。
一人の兄として妹の霊を信じることは出来ても、一国の王太子としてはいろいろと難しいのでしょう。
理由はどうあれ、私は殿下から庇われる形となっていた。
そしてその殿下とは最近は全く顔を合わせていない。
それは私が王女の記憶に惑わされないよう、殿下が配慮してくださっている結果なのだけど……。
……会いたい。
違う。会いたくない。
殿下のことを考えるとおかしな想いが胸を掻き乱してくる。
私はクオレス以外の男にこんな気持ち、抱きたくないのに……。お父様のような浮気者になんて、決してなりたくないのに……。
歯噛みした私は気持ちを鎮めるため水中花を眺めた。
あの氷の湿原に咲いていたものと同じ花。
それを見てあの夜に思いを馳せる。クオレスのことを考えている間はいつだって私らしい私でいられるから。
……だけど、あの夜はそんなに良い思い出にはならなかった。
氷の下で光を放つ花は本当に綺麗で、その光に照らされるクオレスも神秘的な美しさを湛えていたのに。
愛しているとまで、言ってくれたのに。
「……クオレスはどうしてあんな無理をするのかしら。心に決めた相手がいるくせに……」
そこまでしてこの婚約を守らなければいけない理由でもあるの?
彼からの愛を得られない私は、せめてこの婚約関係にすがり付いていたかった。
愛されなくてもそばにいたかった。
でも、この婚約が彼をあそこまで苦しめて悲痛な顔をさせてしまうのなら。
いっそ……婚約解消して楽にしてあげた方がいいのかもしれない……。
私ではユアナに勝つことなんて出来ないもの……。
『いや、別にあのクオレスはユアナちゃんのこと好きになってないでしょ』
そんな私の悲観的な考えを亡霊の軽い一言が一瞬にして吹き飛ばした。
好きに、なってない? クオレスが? は?
「何言ってるのよ……!? どう見ても惚れ込んでいるでしょうが!」
『ジュノさんはやけに確信しちゃってるみたいですけど、そんなシーンありましたっけ?』
「だって、初めて庭園で遭遇した時からクオレスはあの女を熱心に見つめていたし……助言の手紙まで書いていたし……賊どものアジトでは真っ先にあの女の方を抱きかかえていたじゃない!」
『は!? いやいやいや、待ってくださいよ!? あの時クオレスが助けたのはジュノさん、あなたの方だったじゃないですか!』
「え……?」
私の記憶とはまるで違うことを言われて混乱する。
クオレスが私を助けた? ……亡霊は私を気遣ってそんなウソをつくようなヤツじゃない。
『ユアナちゃんのことなんて目もくれないでジュノさんの方に飛んでいったんですもん。あれ見てクオレスの好感度低そうだなーって思いましたよ』
冗談でもなんでもなく、亡霊は本気でそう思っているらしい。
「あなたの見間違いなんじゃないの……?」
『えーっ、あたしがジュノさんとユアナちゃんを間違えるわけないじゃないですか! 見間違えたのはジュノさんの方じゃないですか? あの時のジュノさん、意識がもうろうとしていたみたいですし』
「た、たしかに私はあの後すぐ意識を失ってしまったけど、だからってそんな見間違え方するわけ……」
そこまで言って一つの事柄に思い当たる。
「幻覚……?」
私は度々、クオレスがユアナと仲睦まじくしている幻覚を見ている。
その光景を見ている時はいつもそれがただの幻覚なのだと認識出来ていたけれど、あの時は意識が混濁していて幻覚を現実の光景と混同してしまった……?
そういえば……。
あの時、誰かに抱かれていた感覚があったことを思い出す。
クオレス以外の誰かだと思っていたから、それが誰の腕だったかなんて想像すらしていなかった。
あの腕がクオレスのものだとしたら、私はとんでもない思い違いをしていたことになる。
でも……。
「監視水晶で見た光景の中でクオレスはロウエンに言っていたじゃない。彼女には一切近づくなって……」
『そういえばそんなこと言ってましたっけ……。でもそれ、普通にジュノさんのことじゃないですか? ジュノさんとロウエンが一緒に特訓しているの嫌がってたじゃないですか』
「たしかにそう……だったけど……」
クオレスは私のために怒ってくれていたの……?
湧き上がった感情は喜びでも安堵でもなく、困惑だけだった。思いもよらなかった話にまだ気持ちが追い付かない。
だって信じられないじゃない。
いつも幻覚で見ているクオレスはあんなにもユアナのことだけを見て、愛しているのに。
「……クオレスは……ユアナに想いを寄せていない、の……?」
それどころか、真っ先に助けたのも、近づくなって言ったのも私のことだったというのなら……。
「クオレスは私のことを……」
そこまで言いかけた途中で私は思い直した。
「……好きではない、わよね」
『そこは、まあ、そうでしょうねえ……好きだったらあんな目で見てこないと思いますし……』
「そう、よね……」
私のことが好きだったらあんな辛そうな顔にはならないわよね……。
好きでもないんでしょうって聞いたら、いかにも図星だった様子で黙りこくってしまったし。
『とりあえずクオレスはユアナちゃんのことも……ジュノさんのことも、好きになっていないと思いますよ』
「……よかった」
全身の力が抜けた私はその場にへたり込む。
『え、ちょ、ジュノさん!? どうしたんですか!』
「私のことが好きでなくても、いいの……彼が他の誰のことも好きになっていないのなら、それで……」
ようやく追いついた感情に一筋の涙が流れた。
クオレスが自分の恋心を押し殺しながら私に愛を囁いたわけではない。
それが私にはすごく嬉しい。
『なんだ、安心しちゃっただけですか……。もー、心配させないでくださいよお』
文句を言いながらも亡霊は私と同じところまで下りてきて重みも温もりも無い手を背中に回していた。
もしかしたら撫でていたのかもしれない。
その後、私は今まで見ていた幻覚の事を亡霊に話した。
『ジュノさん、そんな幻覚見ちゃうくらい情緒不安定だったんですか……』
「そう、なのかしら……。でもただの幻覚にしてはあまりにも鮮明なのよね……」
『んー、魔法の世界だからなんかあるのかなあ。誰かから幻覚魔法かけられちゃってるとか? でもその幻覚の内容って【消えた乙女のグリモア】のゲーム画面で、あたし達しか知らない内容ですよね』
「そのことなんだけど……最初の悪夢で見た不思議な画風で描かれた絵物語とは見た目が全然違うのよ。現実の人物と何も変わりがないくらいで」
『イラストじゃなくて三次元化しているってことですか? だから現実とごっちゃになっちゃったんですね』
「今まではちゃんと区別出来ていると思っていたから、そこまで深刻には捉えていなかったんだけど……混同することがあるのなら大問題だわ。だから亡霊……私が、クオレスがユアナと共にいるところを見てしまった時はそれが現実のものかどうか、その都度確認させてほしいの」
『それくらいお安い御用ですよ! あたしはいつでもジュノさんと一緒にいますからね!』
亡霊の力強い返事に微笑む。
クオレスが無理をしていることには変わりないのに浮かれてしまう私はやっぱり性根が悪いのかもしれない。
それでも前向きな気持ちになれた私は薬草の手入れへと戻った。




