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38話.肝試し

 途中の町で休憩をとりながら馬車に揺らされること数日。

 目的地の近くで馬車を降りた私達は荒れ果てた道を突き進んでいた。


 暗雲に覆われた空の下、閃光と共に轟音が鳴り響く――。


『いやああ! 雷無理! 無理ーっ!』

「雷までこわいの? あなたってこわいものばっかりね……」

『だって! いきなり停電したら据え置きゲームもドーン! って落ちちゃうんですよ!? それまでの進行状況がパアですよ!? オートセーブ中だったりしたらセーブデータごとお気の毒なことになるかもなんですよ!? 下手したら本体までご臨終ですよ!?』

「またわけのわからないことばっかり言って……」


 その時、ひときわ大きい轟音が鳴った。


『うわああああ!!』

「ぎゃああああ!!」

「二人して仲良く叫ばないの!」


 霊に詳しい男と霊そのものなんだから、何も知らない私より堂々としていてほしいわ……。




 辿り着いた廃城は湖のほとりに建っていた。

 この暗がりの中で霧を纏う城は物々しい雰囲気を漂わせているけれど、晴れの日に見たらきっと素敵な眺めでしょうね。


「そういえばあなた、名所巡りをしたいとか言っていなかった? 良かったわね、これで一つ巡れたわよ」

『こんな不気味なとこは嫌ですよ!!』

「しっ、お二人ともお静かに……! 霊がざわついています」


 いつになく真面目な声色を出す衛兵は自分の荷物を漁っている。

 その姿に私は小声で尋ねた。


「何をしているの?」

「少し、準備を……。悪霊が手に負えなかった時のことを想定して、霊感仲間のツテで除霊アイテムを購入したんです。効果があるかはわかりませんが……」

『ベルに、謎の液体が入った小瓶に、パワーストーンっぽいブレスレットにネックレスときて、お札、壺、ブッサイクな人形……ビビ君、騙されちゃってません?』

「だ、駄目で元々だよ。何も用意しないよりはマシだろ?」

「でも、平民のあなたには高かったんじゃないの?」

「そっそれは……俺、普段あまり金使いませんから! 貯まる一方で困っていたくらいですよ、あはは!」


 明らかに無理をした笑いを浮かべる衛兵。

 ……お給金、前回よりうんと弾ませないとね。


「ではご令嬢様。ご令嬢様もこれらを装備してください」

「えっ。私までこんな趣味の悪いものを……?」

「身だしなみ用ではございませんので、デザインはお気になさらず!」


 衛兵から強く勧められた私は仕方なくネックレスとブレスレットを身に着ける……。


「あとこちらも抱いていてください!」

「ええっ……?」


 この不気味な木彫りの人形まで? 子供だって抱かないわよこんなもの……。

 衛兵が大真面目な顔をしているから抱いておくけど……。


 衛兵は衛兵で私と同じネックレスとブレスレットにくわえて、小瓶とベルもペンダントにして首に下げ、謎の魔法陣が描かれたお札を体中に張り付け、壺を脇に抱えているし。


『あやしげなパーティが出来上がっちゃいましたね……』


 町で出会ったら近寄りたくない集団でしょうね……。




 準備が整った私達は城に入る。

 内装は多少朽ち果ててはいるものの、想像していたよりは綺麗な状態が保たれていた。

 寂れたエントランスホールには当然のことながら人影一つ存在していな――。


『あああああああああ!!』

「ひいいいいいいいい!!」

「えっ、なに!? なんなの!?」

『ジュノさんには見えないんですか!? この部屋、幽霊がうじゃうじゃしているじゃないですか!』

「えっ、そうなの……?」


 亡霊のことが見えるから、てっきり他の霊も見えるだろうと思っていたのに。

 目をこらしてみても、やっぱり何も見えない。


「ままままさかここまでいるなんててて」

『も……もう帰りましょうよお……!』

「二人してそんなに怖がらないでよ……私まで怖くなってくるじゃない!」


 とりあえず私はランタンを片手に一歩前へ出る。

 大丈夫、大丈夫よ。悪霊と交流するためにここまで来たもの。多い方が好都合よ!


「皆様ごきげんよう! お初にお目にかかります、私はジュノ・ディアモロっ! あなた方とお話をする為にここまで参りました! あなた方の姿は見えませんが……こちらにいる二人が私に全てお伝えします! よろしければ少しお話いたしませんか!?」


 返事は聞こえない。


「ひぎゃああああ!!」

『うぎゃああああ!!』

「悲鳴ばっかりあげていないで説明しなさい! 今どういう状況なの!?」

『来てます! こっち来てますうううう!!』

「つまり話に応じてくれているということね!」

『そんな雰囲気じゃないですよお!! 許さないとか憎いとか言いながら敵意むき出しにして襲い掛かってきてますううう!』

「なによそれ……! ちょっと霊達、聞いてる!? 私はあなた達から恨まれるようなことなんて何もしていないわ! 復讐がしたいのならちゃんと加害者に仕返しなさい!」


 私は攻撃に備えて身を固めながら何も無い空間を睨みつける。

 しかしいつまで待っても攻撃らしき衝撃はやって来なかった。体に痛みが走るわけでもないし、そよ風すら感じない。


「ねえ、今どうなっているの? 何も感じないんだけど……」

『ジュノさん纏わりつかれちゃってますよ……』

「……どうやらここにいる霊はそれほどの力を持っていないようですね」


 つまり悪意を持っていてもそれをぶつける手段は持っていなかった……ということかしら。

 霊達の無力さに気づいたからか、二人は少し落ち着きを取り戻していた。


「実体が無いとはいえ私の体に触れるなんてとんだ不届き者ね……。話をする気がないなら除霊アイテムとやらで消えてもらうわよ」

『ひえっ……ジュノさん、容赦無いですね……』


 その後、私は宣告通り衛兵に除霊アイテムを使ってもらったのだけど……結果はお察しの通りのものだった。


 けたたましい音が鳴るベルは霊達にとっても耳障りだったようだけど、生者であるこちらにとっても充分に騒音なのだから対死者用アイテムである意味がわからないし……。

 謎の壺は一応霊を集める効果がある本物の対死者用アイテムだったけど、蓋が付いていないせいで壺の中に入れても封じられないし……。

 人間に貼れば霊が近寄りにくくなり、霊に貼れば消滅させることが出来るというお札は、霊がいるらしき場所に衛兵が貼り付けようとしてもそのまま宙を舞い床に落ちるだけだった。貼れないじゃない。でも実際、衛兵の周囲には霊が寄って来ていないそうだから人間に貼った際の効果はちゃんとあるのかもしれない。

 思っていたより当たりが多かったようだけど、除霊の目的が果たせるものは一つもないわね。


 ちなみに亡霊に対してはベルがやっぱり耳障りだったくらいで、壺に自ら近づいても吸い込まれもせず、札が貼られている衛兵にも普通に近づける程度には効果が無かった。


「やっぱりあなたって霊の中でも特殊な存在なのね」

『えへへ、あたしって意外とすごいやつ?』

「こいつは人の魔力を奪ったり魔法を使うことが出来る程の強力な悪霊ですからね……」

『いやいや、この悪霊軍団を目の前にしてまだあたしのこと悪霊扱いするんですかビビ君!? こいつらと比べたらどう見たってあたしのほうが可愛いでしょうが!』

「雰囲気はともかく、やってることを考えたらこの亡霊の方が遥かに悪霊らしいわよね……」

『ジュノさんまで! ひどい!』




 こうして除霊は不可能、そして対話も不可能と判断した私は城の奥へ進むことにした。


「他の場所ならもっとまともな悪霊がいるかもしれないわ。一通り見てまわりましょう」

『ええっ、まだ帰らないんですか!? 奥に強力なボスとかいたらどうするんですか! せめてちゃんと戦える人連れてきましょうよ!』

「戦える人って、誰に頼むっていうのよ……。私達が狂人扱いされるだけでしょ」

「やばいのが出てきませんようにやばいのが出てきませんようにやばいのが出てきませんように……」


 怯える二人を引き連れて廊下を歩く。

 私には誰もいない廊下に見えるけど、この辺りにも霊がいるのかしら。


 一つ一つ扉を開けて部屋を見回しながら移動していく。二人曰く、霊の姿はあるようだけど会話に応じてくれる者はやはりそうそういないようだった。


 この城のことは教養として知ってはいる。

 元々はこの地を治める貴族が所有する城だったけど、貴族が領主の地位を国に返還したことで城の所有権も国に移りそのまま廃城になってしまったという、この国では山ほどある話の一つでしかなかったはず。

 特に何か大きな事件や虐殺が起こったわけでは無かったと思うのだけど……。


「なんで恨み言しか言わないような霊ばかりなのかしら。歴史では語られていないだけで、ここの元領主はよほどの悪逆非道を尽くしていたということ?」

「いえ……そういうわけではないと思いますよ。ここは霊が集まる力場になっているみたいなんです。だからここにいるのはこの城で過ごしていた人間ではなく、余所者ばかりということですね……」

『立地条件最悪すぎじゃないですか……』

「しかもこの城の力場は霊の心を変質させている気がします……。あまり長居はしない方がよろしいかと……」

「そんなこと言われたって、目的が果たされないことには帰れないわよ」


 構わず前へ進む私は内心、ここが血生臭い現場ではないらしいことに安堵していた。




 なんとなくだけど、奥に行けば行くほど、空気が重く冷たくなっているような気がする。

 衛兵が話した力場とやらに近づいていっているのかしら。


 そんな風に、亡霊以外の霊を見ることが出来ない私ですらこの場の異質さを感じ取れるようになった頃。

 私の腕の中で一つの異変が起こった。


「アキャキャキャアキャアキャ!」


 腕に抱いている人形が、突如狂った笑い声をあげだしたのだった。


「っ!!? いっ……いーーやーーーっ!」

『うわああああああああああああああ!!』

「ひいいいいいいいいいいいいいいい!!」


 流石の私もこの怪奇現象には耐えられず、思わず人形を投げ捨てる。

 悲鳴と共に、人形が床に落ちる硬い音が廊下に響いた。そして捨てられた人形の笑い声も耐えず響く。


「なんなの!? なんなのこれ!?」

「そそそそれは悪霊が人間に取り憑こうとした時に身代わりになってくれる人形でしてっ……! ご、ご令嬢様の代わりとなってくれたのではないかとっ……!!」

『ってことは人形無かったらやばかったじゃないですか!! やっぱり奥に行くほどやばいのが出てくるんですよここ!!』

「そ、そういうこと、ね……。い、いいじゃない。奥へ行くほど強力な霊がいるということは、話が通じる霊もいるかもしれないわ……!」

『まだ進む気ですか!? もう帰りましょうよお!』

「いやよ! 私はこんなところで退くわけにはいかな――」


 その時、急に辺りが暗闇に包まれた。


「えっ……!?」


 私が持っているランタンと、衛兵が持っていたランタンの光が同時に消えた?


「亡霊!? 衛兵君!?」


 それに、こんな状況だというのに二人の声がしない。

 まるで私一人がこの空間に放り込まれたかのような……そう思っていると、再び廊下が光で照らされた。

 だけどそれはランタンの光によるものではない。廊下の壁にかけられている蝋燭が一斉に灯り出したのだった。

 それも紫色の、怪しい火によって。

 辺りには亡霊も衛兵も、先ほど投げ捨てた人形すらも見当たらない。


「どうなっているのよ……」


 二人がいなくなった途端、急に寂しさと不安に襲われる。

 そうか。私、あの二人がいたから平気だったんだ……。

 でも、一人になっても……私は、立ち止まるわけにはいかない。


 だって、このまま魔力を得られずに……私が扱う呪いの魔法も認められないままになってしまったら……。

 今まで想像したくなかった最悪の未来が、クオレスの婚約者という立場すら失う未来が、来てしまうかもしれないから……。


 だからどんなに可能性が低い道だとしても、自ら諦めるわけにはいかないの……!


 その想いを胸に自らを奮い立たせ、震える足を前に進める。


 廊下の壁には沢山の扉があったはずなのに、行けども行けども他の部屋に繋がる扉は現れない。

 もしかして、何処かに誘導されてる……?


 延々と続く廊下を歩き続ける。あの二人がいないせいか、妙にその時間が長く感じられる。

 響くのは私の足音だけ。

 もしかして終わりなんて無いんじゃ……そう思って俯きかけた時だった。


「ごきげんよう」


 その声につられて前を見上げると、そこには身なりの良い装いをした幼い少女が立っていた。

 私に見える……ということは、霊ではない? それとも……。


「ごきげんよう……。あなたのような子がこんな場所に一人でどうしたの? もしかして――」

「ええ。まいごですの」


 とてもただの迷子とは思えない、落ち着いた態度。

 だけどこの少女が私をここまで呼び寄せた存在なのか、私にはわからない。

 ただ……ここは話を合わせておかないと危険だと、直感が告げていた。


「そうなのね……。それは心細かったでしょう」

「ええ。それは、それはとても。さびしくて、さびしくて、死んでしまいそうでしたわ」


 そう言いながら一歩ずつこちらに近寄ってくる少女。その姿を見て何故か冷や汗が噴き出てくる。

 理由はわからない。わからないけど、全身が危険だと私に伝えている。それなのに足は縫いつけられたかのように一歩も動かせない……!


「お兄様をいっしょに探してくださいませんか?」


 間近まで迫って来た少女は私を下から見上げる。


「で、でも私、あなたのお兄様を知らないわ」


 口だけはどうにか動かせた。だけど本心は口に出来ず、取り留めの無い返事で濁すことしか出来ない。


「いいえ、貴女はご存知ですわ。わたくしのお兄様――サンドリクスお兄様のことを」


 サンドリクス……それって――。

 思考の途中で私の手は少女の両手に優しく掴まれ、そのまま意識は小さな少女の中に溶けていった。

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