37話.冬の長期休暇
「クオレス!!」
「ご令嬢様! も、申し訳ございません! 現在は入室禁止中でして……!」
医務室の扉の前で衛兵に押し止められる。
騒ぎを聞きつけたのか扉の前には人だかりが出来ていて、その中には意気消沈した様子で立つ略奪女の姿もあった。
「ユアナさん! 一体何があったの!? クオレスは……クオレス様は無事なんでしょうね!?」
「落ち着けよ、ジュノ! クオレスは生きてるって!」
「触らないで! 生きてるってなによ!? クオレス様が死ぬわけないでしょ!?」
後ろから追いついた殿下の手を払いのける。
医務室が入室禁止になるほど深刻な事態だとわかっていて平静でいられるわけが無かった。
『どうして……ゲームではロウエンがクオレスを襲うイベントなんて無かったのに……』
亡霊にとっても今回の事件は知識の範囲外らしく、ずっと困惑したままでいる。
落ち込んだ様子の略奪女が、やっとその口を開いた。
「また……ロウエン君が、黒い人に操られちゃったの……」
「……また?」
黒い人というのは、きっと亡霊が話していた魔人の手先のことでしょう。だけど以前も出現していたなんてこと、私は知らない。
『実は魔人の手先は、既に一回登場しているんですよ。ルートが分岐する前に、共通ルートで顔見せだけする感じで。それがこの前の誘拐騒動の時……ジュノさんが他の部屋に押し込められた後に起こった出来事なんです』
「ロウエン君のアジトに連れて行かれた時ね、途中でロウエン君の様子がおかしくなったの。それで、わたし……グリモアに書かれていた魔法を使って、ロウエン君の心の中に入ったんだ。ロウエン君の心の奥には黒い人がいて、その人がロウエン君を操ろうとしていたみたいなの。その黒い人をロウエン君から追い出すことは出来たんだけど、その後逃げられちゃって……」
亡霊が説明する声に略奪女の説明が被さる。そう聞こえているのは私と衛兵だけで、他には略奪女の声しか聞こえていないんでしょうけど。
「そして今回も同じことが起こったというわけね。それで、その黒い人とやらは今どうなっているのよ」
「ロウエン君からは追い出せたんだけど……また……」
「逃げられたっていうの!? 何やってるのよ……!」
「ジュノ、落ち着けって! 脅威は去ったんだ! ひとまずはそれでいいじゃないか!」
殿下のその声に周囲の野次馬どもが同調しだす。
「そうですわ! ユアナさんを責めないでくださいまし!」
「ユアナは二人を救おうと懸命に頑張っていたよ」
「聖女属性といっても、彼女も一人の人間です。全知全能なわけじゃないでしょう」
「そうよ。ユアナちゃんに期待を背負いすぎるのもどうかと思うわ」
「みんな……」
周囲の声に感極まった様子の略奪女。
ああ、また私が悪者にされているのね。
事態は深刻だということも知らないで。
『ゲームでは二回目の時はちゃんと倒していたのに……なんで……? 闇堕ちの時期が違うから?
本来はこんなに早く闇堕ちすることなんて無かったから……今の時点じゃまだユアナちゃんの力が足りなかった……?』
「……そもそも、なんでやみ……黒い人に操られるような事態になったのよ。何か原因があったんじゃないの?」
亡霊の分析を聞いて浮かんだ疑問を略奪女にぶつける。
やみおちになる事態さえ防げていれば、クオレスが怪我を負うことも無かったのに。
「わたしが駆け付けた時にはロウエン君はもう変化しちゃってて、クオレスさん? と二人で戦ったんだ……。だからどうしてっていうのは、わからなくって」
「クオレス様と、二人で……」
恋人紛いの行為ではないのに、二人が協力して戦ったのだと思うとそれだけで胸が鈍く痛んだ。
「あの、ご令嬢様。戦いが行われた場所には監視水晶があった筈ですので、それを見ていただければ何かわかるかもしれません……」
「……そう。ありがとう、衛兵君」
結局、その日はクオレスに会うことは叶わなかった。
後日、学園から見せてもらった監視水晶にはクオレスとロウエンが言い争う光景が映し出されていた。
『また手合わせの願いか? 相手をするのはかまわないが……君も懲りないな』
『俺は! お前のような男に負けるわけにはいかんのだ!』
『何故そのように私を目の敵にする? そんなに負けた事が悔しいのか?』
『ふんっ! そういうお前こそ俺を恨みがましい目で見ているではないか!』
『私はそのような目などしていない。ただ……君には一つ忠告しておきたい事がある』
言い方こそ淡々としているものの、クオレスは冷たく鋭い目つきでロウエンを睨みつける。
『今後彼女には一切近づくな。お前達が犯した蛮行は決して許される行為では無い』
『彼女……だと? 貴様! 俺の尊厳を踏みにじるだけでは飽き足らず、女までも――ユアナまでも俺から遠ざけ、奪おうというのか!』
その時、クオレスは何かを言いかけたようだったけど、次の瞬間クオレスの目は大きく見開かれ、言いかけた言葉が紡がれることはなかった。
ロウエンの体から黒い霧が生まれ、その身を包んでいき――銀色に輝く獣人の姿に変えてしまったからだ。
『この国を潰すことしか考えられなかった俺に、平民でも魔法を使える国に変えていこうと道を示し手を差し伸べたアイツを、この胸に巣食う恨みを少しでも溶かしてくれたアイツを、よりにもよってお前のような男が奪うというのか!!』
唸るような怒声をあげたロウエンは獣のような動きでクオレスを襲う。
クオレスは咄嗟に剣を召喚して応戦するも、ロウエンの熾烈な攻撃に苦戦を強いられた。
魔人の手先の影響によってロウエンの戦闘力が飛躍的に向上しているのは目に見えて明らかだった。
その後略奪女が駆け付け、自分ならロウエンを救う方法があるとクオレスに伝え、クオレスはその魔法を使わせる為に略奪女の身を庇いながら戦うこととなった。
そしてこの時にクオレスは大怪我を負ったのだと、私は知ってしまう。
略奪女を守る為に、自らの身を挺して……。
『なるほど。今回はクオレスの言葉がトリガーになったんですねえ。ゲームよりも二人の仲は悪くなっているようですし、クオレスへの憎しみも利用されちゃったのかも……』
「クオレス……」
『だ、大丈夫ですよジュノさん! ユアナちゃんがあの魔法で助けたってことは、ロウエンが抱えていた心の闇も少しは晴れたってことですから! クオレスを憎む気持ちも無くなったかもしれませんよっ!?』
「……そう。それならいいのだけど」
亡霊は、私がクオレスのことを純粋に心配しているだけだと思っているようだけど、私の心はそんな綺麗なものじゃない。
ユアナには一切近づくな……か。
クオレスがそう発言したことも、あの女の為に傷ついた姿も、私の心を深く抉る。
今だけはあなたの身を案じたいのに、こんな状況でも嫉妬してしまう私は本当に……醜い。
クオレスの体は三日後には完治したらしいけど、結局彼には会えなかった。
なぜなら、完治して間もなくクオレスは魔物討伐の任務に駆り出されてしまったから。
それも長期的な遠征らしく、彼の姿を一度も見ることが出来ないまま冬の長期休暇が訪れてしまった。
『ゲームのユアナちゃんにはクオレスの長期遠征についていく選択肢もあったんですけど、この世界のユアナちゃんは学園に残ったままみたいですね。良かったですね、ジュノさん!』
「……ええ、そうね」
私にはついていく選択肢なんて与えられないのね……。
身支度を済ませた私は学園の入り口で衛兵を待つ。
『うう……。本当に行くんですかあ、ジュノさん。あたしイヤですよお、本物のお化けが出るところなんてえ』
「あなたって本当に怖がりね……」
『そうですよ! あたしホラゲーもプレイできないタイプですもん! 本物のお化けが出ないホラゲーや映画やお化け屋敷でさえ嫌なのに、なんで本物が出るとわかりきっている心霊スポットへ肝試ししに行かないといけないんですか!』
「私の魔力を高めるためって言ったでしょう? そもそも、あなたが私の魔力を奪った張本人なんだから少しは協力しなさいよ」
『ううっ、それはわかってますけどお』
亡霊は嫌そうな顔をしながら身を震わせる。
この寒空の下でみすぼらしい恰好の亡霊が身震いすると、本当に寒そうに見えてしまうわね……。
やがてせわしない足音が聞こえてきたので私達は会話を止めて音がする方に目をやった。
しかしこちらに駆け寄って来ていたのは衛兵ではなく大荷物を持った略奪女だった。
「こんにちはっジュノさん! ジュノさんも何処かにお出かけするの?」
「……ごきげんよう、ユアナさん。少し遠出をね」
「旅行かあ、いいなあ。楽しんできてね! わたしはね、お友達を村に連れて帰るところなんだよ」
「ユアナさんの村に……」
つまり、貴族令息令嬢達がうまぺかの村に連れて行かれるのね……。
『あたしもユアナちゃんの村に行きたいなー! ユアナちゃんの村ってのどかなんですけど魔道具も結構置いてあって意外と便利良さそうなんですよ!』
そこにだけは絶対に行きたくない。
「ジュノさん。この前はありがとう。わたしの料理の感想、正直に言ってくれて」
うまぺかに毒される令息令嬢の姿に想いを馳せて一人遠い目をしていた私に対し、略奪女が唐突に礼を言ってきた。
「何よ、今頃になって。あなた、あの時は泣いていたじゃない」
「そ、それはジュノさんの食材を無駄にしちゃったのが悲しかったからで……本当のことを言ってくれたのは嬉しかったよ。みんな優しいから、村でも美味しいとしか言ってもらえたことがなかったの。でもみんな無理しているように見えて、だけどみんなの言葉を疑いたくなくて……わたし、自分の料理が美味しいのかどうかよくわからなくなっちゃってたんだ」
「もれなく気を使われちゃってるじゃないの……」
『優しいっていうのも困りものですねえ……』
「だからジュノさんの言葉が聞けて良かった。わたし、これからはもっと頑張るね」
「あれは頑張ってどうにかなるものじゃないと思うけど」
もしかしたら村の住人達は略奪女に無駄な努力をしてもらいたくなくて適当なことを言っていただけなんじゃないかしら……。
特に今の略奪女には料理の努力をする必要なんて無いわよね。
村で生きていくならまだしも、貴族になるなら料理なんて出来なくてもいいもの。
略奪女ほどの力の持ち主なら卒業は難しくないでしょうし。
「それと、黒い人のことも……みんなはああ言ってくれたけど、やっぱりわたしにもう少し力があれば……って思うんだ。だからいろんなこと、もっと頑張らなくっちゃねっ!」
頼むからそれだけに注力してほしい。
もっと事態を重く受け止めて欲しいのだけど、もしかしたら略奪女は魔人のことをまだ何も知らないのかしら。
「ねえ、ユアナさん。ユアナさんは黒い人とやらの正体を――」
「ユアナちゃーんっ! お待たせしてごめんなさいっ!」
私が話しかけていた途中で、複数の足音と共に令嬢達が現れる。
その顔ぶれには見覚えがあった。
以前、私の取り巻きのような動きをしながら略奪女に嫌味を吐き続け、スチューリアによる嫌がらせ騒動が起こると途端に態度を変えて私の陰口を言いふらしていた令嬢達……。
「ううん、わたしが早く来ちゃっただけだから! みんな、今日は来てくれてありがとう」
「ユアナさんの生まれ育った場所がどんな素敵なところなのか、楽しみですわ」
『……あっ! あの人達、ユアナちゃんに悪口言っていた人達じゃないですか!? あんなやつらとも友達になっちゃったんですか!?』
和気あいあいとした様子で会話する略奪女と令嬢達に対し、ようやく令嬢達のことを思い出した亡霊が心底驚いた表情を浮かべている。
……思えば、スチューリアのことだって許していたもの。略奪女ならあんな令嬢達のことも許してしまえるわよね。
そんなこと、私には出来ない。
だって私はまだ、スチューリアのことも、その女達のことも許してはいないもの……。
「それじゃあまたね、ジュノさんっ!」
略奪女は軽やかな足取りで令嬢達と共に去っていった。
衛兵がやって来たのはそれからしばらく経ってからのことだった。
「申し訳ありません!! 急な仕事に追われてしまって……!」
『いやいや待たせすぎでしょビビ君! ジュノさん氷漬けになっちゃうところでしたよ!』
「ならないわよ。……お仕事ならしょうがないわ。私こそ、もう少し温かいところで待つべきだったわね」
手はかじかんでいたけれど、心の広すぎる女を見てしまったばかりの私には怒る気力なんて湧かなかった。
ここまで読んでくださって&評価やブックマーク登録、ありがとうございます。
書き溜めていた分が無くなりましたので次話からは更新ペースが遅くなります。
それでもよろしければ最後までお付き合いくださいませ。




