36話.うまぺか
料理対決が終わったところで、私は失意に沈んだまま料理を略奪女にふるまうことになった。
「本当においしそうっ! いただきまーす!」
ええ美味しいはずよ。少なくともあなたの作った物体よりは。
それなのに私の料理は敗北してしまった……。
なんなのよ……。クオレスといい他の連中といい、私が作ったまともな料理より略奪女の気持ちがこもった手料理のほうがいいっていうの?
そんな恨めしい気持ちを抱きながら、略奪女が料理を頬張る様子を眺める……。
「う……うまぺかあっ! あっ、やっちゃった……っ」
……は?
え、なに今の奇声。
奇声をあげた張本人である略奪女は顔を真っ赤にさせていた。
「あ、あのねっ……わたしっ、村で育ってきたからっ、ここに来る時に頑張って都会の言葉覚えたんだけどっ、貴族の人とお話する時の言葉遣いじゃなかったってここに来てからわかって、それでもう一回頑張ったんだけど、それでも村の言葉がたまに出ちゃうときがあってっ……それで」
「アハハ! そんなに恥ずかしがらなくていいじゃないか! 可愛いよ。なあ?」
「ぷっ、くく……そ、そうだな……」
「ボ、ボクはべつに……」
慌てふためく略奪女の肩を抱いて笑うトワルテに、笑いを堪える殿下、照れた様子で顔を背けるハーヴィー先生。
それぞれの様子から、全員が今の略奪女に対して好ましい感情を抱いていることがよく伝わってきた。
……今の奇声、そんなに可愛かった? 私にはよくわからないわ……。
『出ましたねえっ! ユアナちゃんの田舎言葉! 肉串食べた時でさえ出なかった「うまぺか」を引き出しちゃうなんて、ジュノさんすごいじゃないですかっ! それだけおいしかったってことですよ!』
別に嬉しくない。
あんな料理を生み出す女から美味しいなんて言われても「あ、ちゃんと味覚復活したんだ良かったわね」くらいにしか思わない。
それにしても、略奪女の本来の言葉遣いって相当珍妙なものなのね……。
だから最初に会った時、かしこまった言葉遣いが上手く使えていなかった、と。今はちゃんと使えるようになったのかしら。
……こんな田舎娘の何処がいいっていうのよ。
「本当にうまぺ……美味しいよ、ジュノさんっ! わたしの分も用意してくれて、本当にありがとうっ!」
そう言って本当に美味しそうに、それもにこにこしながら食べる略奪女の姿を周囲の連中は微笑ましく眺めている。
その様子を見て私はこう感じてしまった。
私の料理が、あの女の笑顔を引き出すための小道具にされている……と。
勝てない。
この女より美味しい料理を作ったって、この女との勝負においてはなんの意味もなさない。
文字通り、この女の食い物にされてしまうだけ。
不味い料理を作ろうと、恰好悪い言葉を使おうと、そんな欠点も含めて愛される。
どんな状況になろうと、人を惹きつけるのは略奪女の方なんだわ……。
そうやって、クオレスのことまでも……。
『やっぱりユアナちゃんってメシマズキャラだったんですねえ……』
「あなた、クオレスの好物はあの女の料理って言っていたわよね……? 本当にあんなものをクオレスに食べさせていたの……?」
『料理の見た目までは出てなかったからなんとも……。ただ、クオレスは「今までに食べたこともない面白い味」「もはや美味い不味いどころの話ではない」「流石に笑うしかない」って評価していましたよ』
「流石に笑うしかない料理ってなんなのよ!? それ褒めてないでしょ!?」
『いや、まあ、たしかにそうでしょうけど……でもあの不愛想キャラなクオレスが超激レアな笑顔差分を……じゃわかんないか。あのクオレスが声まであげて笑ったんですよ? それってすごいことじゃないですか?』
「……クオレスのそんな姿、見たことないわ」
そもそもクオレスが素直に感想を述べたところだって見たことがない。
『でしょー? 「いい訓練になりそうだからまた作ってくれ」とまで言っていたんですよ!』
「訓練扱いされる料理もなんなの……?」
まともな料理扱いはされていない、けど……。悪くは思われていなかったようね……。
彼を破顔させるほど不味い料理、か。
……私には真似できない芸当だわ。
ただ不味いものを食べさせるだけでは同じ結果は得られないことくらい、目に見えているもの。
それに、やっぱりクオレスにそんなもの、食べさせたくない。
私はわけのわからない敗北感を抱きながら食器を洗った。
その二日後。
「俺が来てやったぞ!」
「あら、お久しぶりね。大口叩いたわりにはクオレス様にボロ負けしたらしいロウエン君?」
「貴様……! まあいい。今日は朗報を届けにきてやったのだ! 感謝するがいい!」
ロウエンはまたずかずかと教室に入ってきてはソファに座り込む。
……後で拭いておかなきゃ。
「なに? ユアナさんとお付き合いできるようになったの?」
どうせ違うんでしょうけど、と内心鼻で笑いながら尋ねておく。
「昨日ついにあのトワルテに勝利することが出来たのだ! 昨日の奴は本調子では無かったようだがな。勝ちは勝ちだろう?」
『昨日って……。もしかしてトワルテ、ユアナちゃんの料理で体調崩しちゃったんですかね……』
一人だけおかわりまでしていたものね……。
「それはおめでとう。これでユアナさんに近づくことが認められるように――」
「さあ!! 次はあのにっくきクオレスを打ち負かす番だ! 奴の弱点を教えろ!」
「ちょっと! なに目的見失っちゃってるのよ!? クオレス様を倒す必要なんてないでしょうが!」
『ボロボロにされたからって逆恨みするのは流石にかっこわるいぞー!』
「元々奴のことは気に食わなかったのだ! やはり封印属性は俺の敵だ!」
そういえばこの男、クオレスのことをやけに刺々しい視線で見ていたわね。
「あなた、クオレスに……というより、封印属性に因縁でもあるの?」
「ふっ、よくぞ聞いてくれたな!」
「いえ、別に聞きたいわけじゃないんだけど」
そう言っているのにロウエンは長々と語り出した。
事の始まりはロウエンの父が魔力に目覚めた頃までさかのぼる。
ロウエンが平民であるように、その父もまた平民だった。
この国では平民が魔法を使うことは認められていない。公に認められるようになるには、魔法学園を卒業することで貴族籍を得なければならなかった。
しかし実情として平民がこの学園を卒業することは決して容易くない。貴族の令嬢令息に対するそれよりもより厳しく審査され、その殆どが卒業出来ぬまま魔力を封じられるのだという。
それでも、貴族籍さえ得れば貴族維持費として国民が払った税が分配され、富を得られる。そんな甘い蜜に釣られて学園に入る多くの平民達とは違い、ロウエンの父は学園には行かなかった。
淡い夢にすがった結果力を失ってしまうよりも、今ある力を周囲の人々の為に使いたい。ロウエンの父はそう考えたらしい。
そして魔法が使えることを隠したまま周囲の者を救ってきたのだけど……それも長くは続かなかった。
魔力がある事を国に知られたロウエンの父は、魔力を悪用して罪を働いたという冤罪をかけられ、強制的に魔力を封印されたのだという。
「俺は……善行をしていただけの親父に罪を着せた貴族どもが、そして親父を執拗に追い回し痛めつけ、挙句その力を奪った封印属性の者が憎いのだ!」
「クオレスとはなんの関係も無いじゃない……」
「いいや、大有りだ! 奴の容赦ない攻撃は親父をいたぶった奴と同じものだった! あのような忌まわしき魔法で俺に恥をかかせおった奴のことは到底許せん!!」
結局はただの逆恨みなんじゃない。クオレスはただ特訓の相手をしてあげただけなのに。
「どんな理由があろうとクオレス様の弱点なんて教えてあげないわ。そんなことよりあなた、そろそろユアナさんと仲良くなっておかないとまずいわよ。彼女、あなたはトワルテ様のことが好きだって思っているみたいだから」
「なんだと!? 俺が……あの女をか!?」
「結構お似合いだと思うけど?」
「悪い冗談はよせ!! くっ、ユアナめ……! お前は俺の物だということをその身にわからせてやる!!」
「罪に問われるようなことはやめなさいよ……?」
不穏な言葉を吐きながら飛び出ていくその背を見送る私。
『これで進展してくれますかねえ』
「どうかしら。あまり期待していないけど」
『それにしてもロウエンにあんな裏設定があったなんて知りませんでしたよ。だからゲームでもクオレスに対してはちょっとギスギスしていたんですねえ』
「あんな変な男に目を付けられて……クオレス、大丈夫かしら」
『んー、今のところ実力差があるみたいですけど、ロウエンはユアナちゃんと一緒に成長していく大器晩成型ですからねえ……。もしも成長したロウエンとやりあうことになったら相当激しい戦いになると思いますよ』
亡霊のその言葉を聞いた私は、略奪女を巡ってクオレスとロウエンが壮絶な戦いを繰り広げる場面を思い浮かべてしまった。
……なにを卑屈な想像しているのよ、私は。
気を紛らわすためにも私は今日の自習に取り掛かった。
その数日後、私の抱いた不安が的中したかのように事件は起こる。
黒い霧を纏い変貌したロウエンがクオレスを襲撃した――。
その話を殿下により聞かされた私は即座に医務室へと駆けだしていた。




