34話.呪われし野菜
「美味しい……っ! 呪われた野菜、美味しいーーーっ!」
『ジュ、ジュノさんがジュノさんらしからぬテンションで飛び跳ねてる!! そこまでおいしいんですか!?』
「美味しい! 呪われていないものより明らかに味が良くなっているわ!」
私が今口にしたのはナイトメア・カースをかけて教室内で育てた野菜だった。
成長や腐敗を遅らせる、悪夢の呪い。
精神に悪影響を及ぼすことから生き物への使用には適していないと思っていたけど、植物に関してはそれが悪い作用にばかり働くわけでは無いらしいことがたった今わかった。
「水や栄養を充分に与えていても、悪夢の呪いによって自分が過酷な環境に置かれていると錯覚した植物が生きようと頑張って栄養を蓄えた結果、美味しくなった! と、推察してみたわ!」
『あー、そういやストレス与えると野菜や果物が甘くなるって聞いたことあるなあ。本当に水減らすのとはまた違った育ち方になりそうですね』
「ナイトメア・カース……これは思っていたよりもずっと有用な呪いね」
『そうですね! ……ジュノさん、もう観念して食べ物路線いっちゃいましょうよ』
無駄な脂肪をつけたくない私にその気は無かった、けど……。
「これほど良いものが出来るなら……悪くないかもね」
魔法で食品を開発、改良することを仕事にしている貴族達は普通に存在する。
それが学園が認めるほどの功績になるかはわからないけど、未だに何の成果も無い現状を打破するには良い機会かもしれない。
……体型維持、頑張らないと。
野菜や果物の開発をするとなると、教室内の栽培では限界がある。
そう思った私は学園内の畑を一部借りられないかと事務局へ相談しに行った。
すると、植物系の学生達が使っている畑を学生達から直接許可を得て借りるように言われたから、言われた通り学生達に頼みに行くことにしたのだけど……。
「申し訳ありません。今は空いている畑が無くて……」
「この辺りは作物を育てるのには向いていない、かと」
「う、うちは動物の飼育もしているのでっ! 作物が食べられてしまうかもしれないですっ!」
草属性からも、花属性からも、木属性からも適当な理由を付けて断られてしまった。
「ごめんなさいね。無理を言ってしまって」
だけど私は怒りも悲しみもせず、淑女らしく微笑む。
「呪いなんてかけられたら畑が使えなくなっちゃうよ」
「やっぱりこわいですよね……」
「いくら聖女を一度は助けたといっても、ねえ」
「その畑だけならまだしも、周りにまで影響与えそうだよな……」
そんな陰口は聞こえなかったことにしながら。
『まだまだ呪いのイメージは悪いままみたいですね……』
仕方のないことだけど、やっぱり少し堪える。
「ジュノ、畑探ししてるんだって?」
意気消沈している私にそう声をかけてきたのは殿下だった。
誰から聞いたのかしら。耳が早いわね。
「そうですけど……」
「まだ見つかってないならオレの畑貸すよ」
殿下の、畑?
まさか殿下の私有地じゃないでしょうね……?
「お言葉ですが、畑とはいったい何処の……?」
「そりゃこの学園内のだよ」
「アニマ様は雷属性ですよね? 栽培や園芸と関連のある属性とは思えないのですが」
殿下が雷撃を出していた姿を目にしていた私はつい疑問を口に出していた。
関連の無い属性のくせに、畑を貸してもらえるだなんて……王太子特権なの?
『あー、そういえばジュノさんには教えていませんでしたっけ』
「オレは雷じゃなくて天属性だよ。雷だけじゃなくて、小さい太陽とか雲とか雨とかも出せるんだ」
天属性。
まさか希少属性の中でも極めて価値の高いとされる、かの万能属性だったなんて。
流石王族……と言いたいところだけど、属性って遺伝しないらしいのよね。
運に恵まれている、ってことでいいのかしら。その強運含めて流石王族という気もする。
「素晴らしい属性をお持ちなのですね」
「いや、いろいろ出来る分器用貧乏になってるとこもあるんだぜ? 雨属性ほど雨を自在に操れないし、雲属性みたいに乗れる雲は作れないし」
「それでも充分すぎる程だと思いますけど」
『実際便利ですよアニマの魔法は! 暑がってるユアナちゃんの頭上に雪降らせて涼しませたり、びしょ濡れになったユアナちゃんの服を一瞬で乾かしたり!』
すごい属性のはずなんだけど、亡霊の説明だとあまりすごく聞こえないわね……。たしかに便利そうではあるけど。
殿下に案内されて辿り着いた畑は、鬱蒼とした林の中にあった。
更に林の周囲には高い建物がそびえたっている。見るからに日当たりの悪い場所だった。
だけど畑自体は輝きに満ちあふれている。
なぜなら殿下が作った小さな太陽が、畑に生命の光をもたらしていたから。
「今は天候を作り出して作物を効率的に実らせる課題をやってるんだ。やっとコツが掴めてきたところだから、ジュノが植えるやつもついでに面倒みとくよ」
殿下が手をかけてくださらないと、ここに植えたものはすぐにしおれてしまうでしょう。
相手が殿下ということで気後れはするけど、他に選択肢も無い。ここはお言葉に甘えることにした。
「お心遣い、感謝します。アニマ様」
『ててーん! ジュノは「アニマの畑」を使えるようになった! チュートリアルをはじめますか? 畑の使い方はメニューのヘルプから確認できます』
よくわかんないけど無視しておきましょう。
その後殿下は土作りや種まきや苗の植え付けまで手伝ってくださった。
「よしっ、これで全部植えたな!」
「何から何まで、ありがとうございます。……アニマ様には助けていただいてばかりですね。なんとお礼をすれば良いのか……」
「いいっていいって! 妹を助けるのは兄の務めだからな!」
「ちょっ……撫でないでもらえます!?」
頭をわしゃわしゃと撫でてきた殿下の手をとっさに払いのける。
婚約者がいる令嬢に……という以前に、散々土をいじった手で女の頭を撫でるんじゃないわよ!
「悪い悪い。ついつい」
「まったく……本当に馴れ馴れしいんだから」
「はは、よく言われるよ。じゃあ馴れ馴れしいついでにさ、ジュノの野菜が育ったらオレも食べてみたいなーって言ってみたりして」
「その程度のことでしたら、かまいませんよ。お口に合うかはわかりませんけど……」
変なものは食べさせられないわね。
そうして殿下の畑に種や苗を植えてから数週間後。
呪いの影響で成長は他より遅れていたものの、元々成長が速い魔法植物であることや土にも魔法がかかっていること、殿下の魔法で順調に育ったおかげもあってあっという間に収穫時期が訪れた。
「ジュノさーんっ! お手伝いに来たよー!」
「勘違いするんじゃないよ? アタシが来たのはお前さんじゃなく、ユアナの為さ。……まあ、力仕事ならアタシに任せな」
なんで略奪女とトワルテが……。
「はは、悪い。ついユアナに話しちまって」
全く悪びれていない様子で謝る殿下。
「……まあ、いいですけど」
歓迎する気にはなれないけど、殿下がいる手前もあって断りにくい。
こうして私達は四人で収穫作業をすることになった。
『うわーん! もうやだー! 虫多すぎ! こっち飛ばないでよおーっ!』
ちなみに亡霊は悲鳴をあげながら畑にいる虫から逃げ回っている。いつも思うけど、実体が無いんだから気にしなくていいでしょうに。
あれからロウエンと会っていないけど、略奪女とはちゃんと上手くいっているのかしら。
……の前に、トワルテは倒せたのかしら。
気になった私は探りを入れることにした。
「ねえユアナさん。ユアナさんって気になっている殿方はいるの?」
「ふえぇっ!? い、いきなりなにっ!?」
略奪女は頬を染めながら素っ頓狂な声をあげる。
なにそのウブな反応。恋人候補が五人もいるような男好きのくせに。
「そんな演技しなくていいから教えてよ。ここからならアニマ様も聞いていないわよ」
「え、演技じゃないよう……。そういうことに憧れはあるけど……最近は勉強で忙しくって考える暇もなかったし……」
「だったら仲のいい殿方はいないの? とりあえずアニマ様以外で」
「うぅん。ハーヴィー先生とはよくお話してるかな。でも先生は先生だし」
ロウエンとレイファードの名前は出てこないのね。
先生と接触が多いのは当然でしょうし、殿下はあんな性格だから誰とでも仲が良さそうだし……もしかしてこの女、誰とも進展出来ていないんじゃないの?
だとしたら危険な状態ね。いつクオレスに行くかわからないわ……。
「なんなんだい、さっきから。ユアナのこと根掘り葉掘り聞き出そうとしやがって。お前さんのことだからどうせろくなこと考えちゃいないんだろ。少しは自分の話もしたらどうなんだい」
「私の話? 私はもちろん、婚約者様一筋よ!」
「あぁ、そうだったね……つまんない話聞いちまったよ」
両手に大量の作物を抱えたトワルテが話に割り込んできては、勝手にげんなりとした反応をしてくる。
「そういやお前さんの婚約者……剣属性の男だろ? アイツもお前さんに似て苛烈な性格をしているね」
「クオレス様が?」
クオレスには合っていないとしか思えない表現に、思わず聞き返す。
「結構前に修練場で見たんだけどね……あのロウエンを木剣で完膚なきまでに叩きのめしていたのさ。アニマー! お前さんも見たろー? ロウエンがボロ雑巾になったとこー!」
「ん? ああ……あの時のか。あれは血も涙も無い戦いっぷりだったな……」
トワルテに大声で呼びかけた殿下は、珍しく暗い表情をしながらこちらに近づいてきた。
「ありゃ模擬戦なんてもんじゃないよ。アタシには殺気が見えたね」
「表情を一切変えずにやるのが余計こわいんだよな。まさに冷酷無比ってかんじで……」
余程恐ろしかったのか、殿下は寒そうに身を震わせる。
クオレスって戦いのこととなると厳しくなるのね。
『クオレスってそんなキャラだっけ……?』
会話の輪が出来ていることに気づいたのか、いつの間にか亡霊がそばに寄って来ていた。
「そんなことがあったんだね。ロウエン君、大丈夫かなあ」
「相変わらずユアナはお人好しだねえ。あんな男のこと心配するんじゃないよ」
「えっ、でもトワルテちゃんだって心配だよね? いつもロウエン君と二人で遊んでいたし」
「あれは遊んでいたんじゃなくて、向こうが勝手に突っかかって来てるんだっての!」
「うんうん。トワルテちゃんかっこいいもんね」
「嬉しそうに言うんじゃないよ!」
『……これ、マズいことになってません? 「まずはトワルテを倒そう作戦」がユアナちゃんから誤解される結果になっちゃってるっぽいですよ。あの様子だとユアナちゃん、ロウエンはトワルテのことが好きだって思ってるかも』
略奪女とトワルテの会話を聞いた亡霊が、心配したような呆れたような顔をこちらに向けてくる。
ええ……。なんでそんなことになっちゃうのよ。亡霊が見た歴史でも似たような流れがあったんでしょ?
その疑問に答えるかのように亡霊は話を続けた。
『ゲームのロウエンルートだって、別にロウエンから仕掛けていたわけじゃないですからねえ。ユアナちゃんに近づこうとするロウエンをトワルテが目の敵にして「ユアナをモノにしたいならまずはアタシを倒しな!」とか言ってボコッていたところをユアナちゃんが「もうやめて!」って止めに入ることで、二人の仲は進展していったんですよ』
それって、結局トワルテには勝てなかったってこと? なっさけないわね……。
だけどこれで納得出来た。
本来はトワルテの方から勝負を仕掛けていたのね。
それをロウエンが最初からトワルテに狙いをつけたんじゃ、略奪女が勘違いしてしまうのも仕方ない……のかしら。
……まあいいか。一人くらい脱落しても大丈夫でしょう。多分。
あの横柄な男に対して同情する気は起きなかった。




