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33話.浜辺のバカップル

 何度か練習していく内に、私は自身の速さに慣れ、動きを制御出来るようになってきていた。


「ふんっ、ようやくコツを掴んできたか」


 汗だくとなって膝に手をつく私を、腕組みをしながら見下すロウエン。

 ほんっとエラそうな男ね……。

 殿下とこいつ、身分が逆なんじゃないの?

 ……いや、こんな男が王になったら国が滅ぶわね。


「ではそろそろ本番だ。この修練場をひたすら駆け抜けろ! それを俺が……」

「待って! ちょっとは休憩させなさいよっ……」

「仕方のないヤツめ。ではこれでも吸っていろ」


 ロウエンは自分の右の手の平に息を吹きかけ、淡く光る煙の玉を作り出す。


『あっ、それゲームでユアナちゃんに使ってたやつですね!』

「癒しの力が込められた煙だ。疲労回復に使うがいい」

「……今どこからその煙出した?」

「口だが?」


 平然と言われた言葉に私は激昂した。


「好きでもない男が吐き出したものを吸い込む女が何処にいるっていうのよ!! 馬鹿じゃないの!?」

『ゲームのユアナちゃんは普通に吸ってましたね』


 馬鹿じゃないの!?


「俺の体からは俺ですら陶酔するようなかぐわしい香りが出ているのだ! その俺の体から出した煙の方が癒しの力も増すというものだろう!」

「勝手に一人で陶酔していなさいよ! この変態!」


 私は頑として変態から煙を受け取らないまま休憩を終えた。




 その後、私は後ろから追いかけてくるロウエンから逃げるように走り続けることになった。

 ロウエンは煙で私を捕らえようとしたり、煙に紛れて自分の姿を消すことで先回りしようとしたり、更には木製のナイフまで投げてくる。木製とはいえ投げナイフなんて、危ないわね……ちょっとは加減してよ。

 だけど尋常でない速さを身に着けた私はなんとかそれらをかわし続けていた。


 亡霊はそんな私達を上から眺めている。


『にしても若い男女が二人で追いかけっこって、アレみたいですよねえ。浜辺でバカップルがやるやつ!』


 なにそれ?


『あっ、もしかしたらジュノさんは知らないかな? 「あはは、まてよー」「うふふ、つかまえてごらんなさーい」とか言いながらきゃっきゃうふふするやつですよ!』


 なにその馬鹿っぽいやり取り。

 ……まさか今の私達、傍から見たらそう見えるっていうの!?


 そういえば……。

 今って、あの男が私を捕まえようとしているのよね。

 それって……クオレス以外の男に、体を触らせてやるってことなんじゃないの!?


「そんなの嫌あああああああっ!!」

「うお!? なんだその速さは!?」

『今のジュノさんトワルテ級じゃないですか!?』


 私は決して捕まるまいと必死で逃げ続ける。

 ……だけど脚力は上がっても体力まで上がったわけでは無かったらしく、儚くか弱い令嬢である私はあっという間に体力の限界を迎えてしまったのだった。




「ふっ、捕まえてやったぞ! しかしお前、この程度でへばるとはだらしないな! これでは特訓にならんではないか!」

「は、離してよ……!」


 ロウエンは暴れる私を組み伏せて馬乗りになっていた。


「ならん! このままお前の体力作りに移行する!」

「私のようなか弱い令嬢にどこまで求める気よ!? 体力作りなんて最初から必要無い男と組んでいなさいよ!」

「お前、知らんのか? 自慢じゃないが、俺はここじゃ嫌われておるのだぞ! いいから俺に付き合え!」

『平民な上に今話題のユアナちゃん誘拐した賊党ですもんね……』

「ほんといやっ、こんなとこ誰かに見られたら……離してええっ!」


「何をしている」


 凍てついた声が上から降ってくる。

 見上げなくてもわかる。私がこの世で一番愛する人の声。


「クオ、レス」


 それでも私は声のした方を見上げて彼の名を呼ぶ。

 クオレスは無表情で私達を見下ろしていた。

 ……よりにもよって、クオレスに見られてしまうだなんて!


「ち、違うの! これは、特訓中でっ」

「特訓……?」


 浮気だと思われたくなくて咄嗟に言い訳をしてしまったけど……なんで馬鹿正直に話してしまったのよ私は!

 この男と二人きりで特訓する程の仲だと思われてしまうじゃない!


「そうだ! この女は俺が強くなる為に必要なのだ。こいつの婚約者だろうが俺達の邪魔はさせんぞ!」

「邪魔なのはあなたよ! 早くどいて!!」


「……特訓相手が必要だと言うのなら私が今度相手をしよう。だから彼女を離してくれないか」

「ほう、お前がか。気に食わん男ではあるが、こいつよりはよほど役立ちそうだな。いいだろう」


 そう言ってロウエンは私から離れた。その間際。


「こんな男を引き寄せるとは。お前、案外使えるではないか!」


 機嫌を良くしたロウエンは私の尻をバシバシと叩いた。

 こいつ、クオレスの前でなんてことを……!!


「うう……っ」


 怒りと羞恥で顔が熱くなる。

 クオレスはそんな私に一瞬だけ視線を向けた後、ロウエンの方を見た。


「……覚悟しておくのだな」

「はっ! それはこちらの台詞だ。再起不能になっても恨むなよ?」


 口元に浮かべる笑みとは裏腹に、ロウエンがクオレスを見る目はやけに刺々しかった。




 ここにもう用は無いと言わんばかりにロウエンが立ち去った後。

 私は修練場の隅で体を休めていた。


「水だ」

「ん。ありがとう……」


 クオレスから水筒を受け取る。ベルトが巻かれた丸い水筒はよく魔物討伐時に持って行っているのか、結構使い込まれている様子だった。

 これって、いつもクオレスが使っているのよね……?


「どうした?」

「な、なんでもないっ!」


 水筒に口をつけて飲む。

 これも魔道具の一種なのか、中の水はよく冷えていた。


「先ほどの男……君を攫った一味の一人ではないのか?」


 私の隣に座ったクオレスは横目で私を見た。

 あなたにとってはユアナを攫った一味、でしょうに。


「ええ。よくご存知ね」

「君はあのような男と仲良くしているのか」

「仲良くなんてしていないわ! 頼まれ事をしただけ……というか、取引に応じたのよ」


 そう。情報を得た代価としてあれの恋路に協力しているだけ。


 ……それより、クオレスちょっと近すぎない?

 私、あんなに走った後でたくさん汗をかいた後なのだけど……。もしかしたら汗臭いかも……。


 私は彼から少し距離をとった。


「……どんな取引をしたのかは知らないが、そのような事は私に相談してくれないか」

「クオレスに?」


 あなたが隠している情報を得た代わりに、あなたの恋敵の応援をするって話を??

 話せる要素が一つも無いわ……。


「気持ちは嬉しいけど……内容にもよるから」

「君は私の婚約者だろう。君に危害を与えた男と手を組むなど、理由も無く看過できるものか」


 心配しているようにも、嫉妬しているようにも聞こえる言葉。

 肝心な時は私ではなく真っ先にあの女へ手を伸ばすクオレスが言うと笑えてしまうわね。


「つまりなあに? 私にもっとあなたの婚約者らしく振る舞えってこと?」

「そういう意味では……。むしろ婚約者らしく振る舞うべきは私の方だ」

「ふうん。自覚があるのね」

「だから私にそのように振る舞わせてはくれないか」


 クオレスは私に距離を詰めて迫ってきた。

 な、なんでこんなことするの!?

 ただでさえ汗をかいた後なのに、そんなことされたら余計に顔が熱くなっちゃう……!


「く、くっつかないで! いま私あせばんでるから!」

「私はそのような事気にしない」

「私が気にするの!! お願いだから離れて!」

「……すまない」


 クオレスは大人しく身を引いた。

 一体なんのつもりなのよ……。本当はそんなことしたくもないくせに。

 いよいよ自分の恋心を自覚して、婚約者である私に対して後ろめたい気持ちになったとか?

 それで義務感から私と恋人っぽいことをしようとしているのかしら。


 ……彼と恋人っぽく、だなんて。嬉しいことの筈なのに、彼の気持ちが他に向いているというだけでこんなにも虚しい気持ちになるのね。




 それなのに。


「今度二人で遠出をしないか? 君の都合の良い時で構わないのだが」


 こうも正面切って誘われてしまっては、断ることなんて出来やしない。


 私って、どうしようもなく愚かなのかもしれない。


「……ええ。是非」


 そう返事をした。その時だった。


――今度二人で遠出をしないか? 君の都合の良い時で構わないのだが。


 ……また聞こえてしまった。見えてしまった。

 それもあの女に言ったのね。

 いい加減うんざりしてくる。


 やっぱりあの女といる時のあなたの方が幸せそうな顔をしているじゃない。

 それにひきかえ、今のあなたは……。


「ジュノ」


 どうしてそんなに思いつめた顔をしているの。

 あまつさえ顔色まで悪くなっている。苦しみを隠しているかのような、蒼白顔。


「私を見てくれ。今、ここにいる私を」


 すがるような声。

 どうしてそんなことを言うのか、私にはわからなかった。


「私はいつだってあなたのことを見ているわ」


 あなたとは違って、ね。


「そんなことより酷い顔よ。あなたこそ水を飲んだ方がいいわ」


 私は水筒を彼に返して、また彼から逃げるように去る。

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