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27話.最後の攻略対象

 第一試験が終わって幾日か経った頃には、学園内は略奪女の噂で持ち切りになっていた。

 なんでも試験でとんでもない力を次々に発揮したとか、試験中に突如発生したトラブルに巻き込まれた他の学生達を助けたとか、しかも一人でそのトラブルを解決したとか……。

 注目の的となった略奪女は亡霊が予言した通り属性の見直しが行われ、新たな属性である聖女属性に認定されることになった。


 噂に懐疑的な者もいるようだけど、大多数が略奪女のことを好意的な目で見るようになっている。


 しかしまさか……その噂が学園の外にまで広まって、そのせいで私までこんな目に遭うなんて、思いもしなかったわ……。




『ジュノさん、大丈夫ですか……!?』


 私は今、石造りの部屋の中で体を縄で縛られて転がされている。





――今から数刻前の事。

 略奪女は「ジュノさんの婚約者さんが手紙でアドバイスしてくれたおかげで試験を乗り越えられたから」と言ってクオレス宛のお礼の手紙を私に渡してきた。

 手紙を受け取ってやった私はすぐに立ち去ろうとしたのだけど、そんな私と話をしたいらしい略奪女によって半ば強引に引き留められてしまった。


「あ、あのっ! ジュノさんって、どんな食べ物が好きなのっ?」

「……なんであなたにそのような事を教えなくてはいけないの?」

「そ、それは……わたしがジュノさんのこと、知りたいから……」

「あなたが知る必要なんてないわ」

『いいじゃないですかジュノさん。教えてあげましょうよ!』


 そんなやり取りをしていたのがひと気の無い場所だったのが悪かったのでしょうね。

 突如物陰から賊達が現れ、私達二人に襲い掛かってきたのだ。


「なんなのこいつら……!?」

「変な金髪の方が聖女だ! 捕獲しろ!」

「ジュ、ジュノさん! 逃げて!」

「もう一人も逃がすと面倒だ! 捕らえておけ!」


 賊達の狙いは略奪女一人のようだったのだけど、ついでとばかりに私も捕らえられ、略奪女と共に賊達のアジトへ連れ攫われることとなってしまった。




 そして今に至る。


『しかしまさかジュノさんがこのイベントに巻き込まれることになっちゃうなんて……運が悪かったですね』


 亡霊はこの出来事についてよく知っているようね。

 だったら回避させてほしかったわ……。


『このイベントはですね、このゲームに五人いる攻略対象のうち一番最後に登場するキャラ、ロウエンの初登場イベントなんですよ。ほら、さっき銀髪の男見たでしょ? あいつです』


 銀髪の男。その男のことだけはよく覚えていた。

 現れた賊の中でもひときわ強く、煙の魔法を使って略奪女の意識を奪った不遜な態度の男。


 そう、あれも略奪女の攻略対象……恋人候補の内の一人なのね。

 ……略奪女ってあんな賊徒とも恋をするの!?


『ロウエンはねー、ユアナちゃんと同じく平民生まれの魔力持ちなんですけど、学園には行っていないんです。過去のトラウマが原因で、貴族だけが魔力を独占するこの国に不満を抱いたとかで、この義賊の一団に入って……まあこれからいろいろあって学園に入ることになるんですけどね』


 普通、そんなやつ入学どころか魔力封印の上で何かしらの刑を下されることになると思うけど……またあの略奪女がしゃしゃり出てお咎めなしにでもなるのかしら。


『ロウエンは平民なのにすごい力を持っているユアナちゃんの噂を聞いて、味方に引き込もうと強引に連れてきたわけなんで……ジュノさんは完全にとばっちりですねえ』

「最悪……」


 自分の吐いた溜息が冷たい床に当たって顔にかかる。

 私の方は本当にどうでもいいのか、私をこの部屋に放り込んだきり誰もここに近寄りもしない。


『でも安心してください! 他の攻略対象の誰かがユアナちゃんを助けに来るんで、ジュノさんも助かりますよ! きっと』

「その略奪女とは全く別の場所に連れてこられたみたいなのだけど? あの女のついででここまで探しに来てくれるのかしら……」

『あっ……』


 亡霊がしまった、とでも言わんばかりの顔をして固まる。

 ……安心どころか不安感が増す一方なのだけど。

 こんな私をわざわざ助けに来てくれる人なんていないでしょうし……。


『どどどどうしましょうジュノさん!? このままじゃジュノさん、放置されたままになっちゃうかも……!』

「こうなったら自力で抜け出すしかないわね……」


 とはいえ、今の私は縄に縛られたままの状態。しかもこの縄は魔力を封じる力が込められた魔道具らしい。

 魔法を使っての脱出は不可能だった。……とはいえ、私が魔法が使えたところでその力で脱出できたかどうかは怪しいけれど。


『でしたらお任せください! あたしが魔法、使っちゃいますんで! 扉よ、おなかぺこぺこのネズミになーれ! ビースト・カース!』

「えっ、ちょっと……!」


 私が制止の声をあげるよりも早く、亡霊のヘタクソな魔法が発動してしまう。


『さあ! ネズミさん、ジュノさんの縄を食い千切っちゃってくだ……あれっ!? ジュノさんまでネズミになってる!!』


 目の前にあった鉄の扉とともに小さなネズミの姿となった私は亡霊を小さな目で睨みつけた。




「あまり勝手なことしないで! さっきの呪いだって壁までネズミになってこのアジト自体が崩れる可能性だってあったでしょう!?」

『ううー……上手くいったんだからちょっとは褒めてくださいよおー……』


 部屋から出た後に解呪してもらった私は亡霊を怒鳴りつけていた。

 ネズミになったおかげで縄から簡単に抜け出すことも出来たし、扉が無くなった部屋からも出られたけど……感謝してこのお調子者をつけ上がらせるわけにはいかないわ。


「……それで、何処へ向かえば外に出られるのかしら」

『それはあたしにもさっぱり……。このゲーム、テキストを読むだけで進行してましたからダンジョンのマップ情報なんかは一切わかんなかったんですよね』


 亡霊の知識に頼ることは無理、か。

 闇雲に歩くしかなさそうね……。


 私はまず武器になりそうなものを探し出し、小型の斧を持っていくことにした。

 小さくても結構な重みを感じる。


『ジュ、ジュノさんが令嬢にあるまじき武器を……!』

「しょうがないでしょ。私達の魔法じゃ頼りないんだから、武器くらいは持たないと」

『いやまあ確かにそうですけど! それだとうっかり殺しちゃったりしません!?』

「貴族令嬢が賊どもを屠ったところで罪には問われないんじゃないかしら」

『ひええっ……命を奪うことにためらいが無さすぎる……! だ、誰も出てこないでー……!』




 その亡霊の祈りが通じたのか、歩けど歩けど人影に出くわすことは無かった。

 でもそれって……どんどん変なところに迷い込んでいるってことだったんじゃないかって、洞窟のような空間に出たところでようやく気づいてしまうのだった。


『なんですかここっ……!? このアジトって洞窟と繋がっていたんですか!?』

「……私達、ちゃんと外へ出られるのかしら」

『いや絶対引き返したほうがいいでしょこれ! 引き返しましょう! って、道塞がれちゃってるー!?』


 後ろを振り返ると、たしかに今通って来たはずの道が壁で塞がれていた。


「洞窟からの侵入者を阻むための仕掛けでしょうね。私が今立っている位置に反応したのかしら」

『なに呑気に言ってんですか! 戻れなくなっちゃったじゃないですか!』

「き、きっと大丈夫よ! 壁にはちゃんと明かりが灯っているし、きっと外への通路として使われているのよ!」


 私は亡霊に対してだけでなく自分にもそう言い聞かせながら前進した。




 そうして道なりに進んでいくと、前方から黒い影がにじり寄って来るのが見えた。


 黒い霧に覆われた、巨大な芋虫のような禍々しい何かが蠢いている。

 それは魔法によって生み出されたスライムやマンドラゴラのような名のある魔法生物達とは違う。

 かつてこの国を荒らした魔人によって生み出された、名も無き生き物。


「魔物……」


 その存在の名を呼ぶ私の声は震えていた。

 知識では知っていても、実物と遭遇することなんて初めてだったから。

 そのおぞましさに足がすくむ。

 クオレスはいつもこんな存在と対峙しているの……?


『ジュ、ジュノさん!!』


 亡霊の焦った声で我に返った私は、手にしていた斧を目の前の魔物めがけて振り下ろした。


「やああっ!」


 しかし振り下ろした斧はぶにぶにとした感触に阻まれ弾かれてしまう。

 だめ、全然傷つけられない……!


『ジュノさん、下がって! 石化しろ! メドューサ・カース!』


 私より前に出た亡霊がまた勝手に魔法を唱えた。

 その強力すぎる力によって、目の前の魔物だけでなくその奥にある通路まで石造りの建物のように石化してしまう。

 ……亡霊の体がさっきより薄くなっている気がする。


「勝手なことしないでって言ったでしょう!?」

『でも、ジュノさん今危なかったじゃないですか!』

「敵わないとわかったら逃げるから! あなたは余計な心配しなくていいの!」


 だからお願い。無理しないで。




 その後も何体か魔物の姿を目撃したけど、私はそれらから見つからないよう身を隠しながら前へ進んでいった。

 ただ隠れているだけなのに、汗と動悸が止まらない。

 この時の私は亡霊と会話することさえも忘れていた。


 長い長い通路の奥には魔法陣が地に描かれた部屋があった。

 あの魔法陣が何処かへ転移するための魔法陣であれば良いのだけど。


 そう思いながら部屋へ踏み込み魔法陣に近づいたその時――。

 巨大な影が天井から落ちてきた。

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