19話.手紙
昼時をとうに過ぎたバルコニーには略奪女達以外の学生の姿は無かった。
私は少し離れた場所から連中の様子を覗き見る。
略奪女は私が指示した通りに猛獣達を調教出来たようね。
ペン立てから伸びた鳥の嘴は略奪女以外の人物が接触してきたことを知らせ、手帳の内側から生えた肉食獣の牙は犯人を捕らえ血液という証拠を残し、インク瓶の中から出てきた蛇の尾は犯人の身体を拘束し、靴につけた犬の鼻は匂いを追跡し、ランプに付与した鳥の羽根は犯人を空から追跡する。
そしてどれか一つでも接触されたら全員で連携して犯人を追い詰める。
もしも犯人が魔法による遠隔操作だけで私物を盗むなりして物に一切近づいていなかったとしたら、この作戦は上手くいかなかったことでしょう。
だけど盗まれた私物には凝った細工が施されていたことから、犯人は必ず私物に接触している。
そう踏んだ私は猛獣達の調教方針を略奪女に伝えた。
私としては内心、そう易々と出来ることではないと思っていた。
でも略奪女はわずか一日足らずで完璧なレベルにまで仕上げてしまったみたい。
その猛獣達は現在、一切姿が見えなくなっている訳だけど、この場にいるということは鳴き声や物音、透明な人影に噛みついたり絞めつけている様子から伺える。
この透明な人影が魔法で略奪女の私物を透明化していたのでしょうね。
自身も対象物も透明にすることで誰からも気づかれることなく犯行に及んでいた。そんなところでしょう。
『透明になる魔法なんてのもあったんですねえ……。もしかして透明属性でもあるんですか?』
そんな属性は無かったはずだけど……一体何の属性かしら。
「いい加減姿を見せな! ユアナ、こいつの正体がわかるまで回復するんじゃないよ!」
「う、うん……お願い! 早く出てきて!」
「オレ達はこれまでの被害を学園に報告して被疑者への攻撃許可を取っている。抵抗するようなら手荒にいくぜ?」
友人女の後ろにいる略奪女は一刻も早く傷を治したいようだった。こういう時はいい気味って笑っておきなさいよ。
殿下の一言で観念したのか、透明な人影は自身を痛めつけている猛獣達と共にその姿を現した。
『おろ、ジュノさんの太鼓持ちしていたメンバーとは違いますね。あたし、てっきりあいつらが犯人だと思っていたんですけど……』
でも見たことのある顔な気がするわ。多分いずれかの授業で同じ組になっているのだと思う。
「スチューリアさん?」
略奪女がその女の名らしきものを呼び、呼ばれた女はバツの悪そうな顔をする。
「知り合いか?」
「まあそうさね。アイツ、アタシらと同じ光属性だよ」
『へええ、光属性で透明化ですかあ。光学迷彩みたいなかんじですかね?』
聖女属性と認定される前の略奪女や、友人女と同じ属性ね……因縁でもあるのかしら。
「みんな! もういいよ。戻ってきて! スチューリアさん、今回復するからね!」
略奪女はこの場の張り詰めた空気などお構いなしに真犯人を助ける。
それを好機と見たのか真犯人は略奪女に泣きついた。
「ワタ、ワタクシっ、本当はこんなことしたくなかったんです! ジュ、ジュノ様から脅されて、こわくて仕方なくってぇ……っ!」
『ハアァ!? 何ほざいてんですかあのクソアマ!!』
珍しく口が悪いわね……。
私だって腹が立っていたはずなのに、亡霊が先に激怒してしまったから逆に冷静になってしまった。
「悪あがきはよせよ。首謀者がジュノだとしたら、呪われているように見せかけた小細工なんてするわけ無いだろ」
「そ、そんな、小細工なんて、ワタクシ知りません。ワタクシはいつもジュノ様のもとに届けていただけですから……」
「私が、なあに?」
殿下に対してみっともなく言い訳する真犯人にいい加減見ていられなくなった私は、たおやかな笑みを浮かべながら奴の目の前に現れてやった。
「ジュ、ジュノ様……!? なんで」
「ふふ、まるでよく知った間柄のような口ぶりね。私にとってはあなたと言葉を交わすのはこれが初めてなのだけど?」
うろたえる真犯人に今度は憐みの目を向けてやる。
「それにしても、大変なことをしてしまったわね。貴族の誇りそのものである魔法の力をこんなつまらない悪事に使ってしまうだなんて。間違いなくあなたには重い罰が下されてしまうことでしょう。二度と魔法を使えない体にされ、華やかな世界で生きることは未来永劫出来なくなることは確実……ああ、おかわいそうに。手は差し伸べてあげられないけど、同情くらいならしてあげるわ。ご愁傷様」
『よ、よりにもよってジュノさんが魔法の悪用を批判しますか……』
真犯人は私の言葉に一瞬逆上しそうになるものの踏みとどめてしまった。
そしてその表情をこれ以上ないほど悲痛なものに変える。
「ひ、ひどいですわ。ワタクシを切り捨てるおつもりなのですね……っ! ユ、ユアナさん、貴女なら信じてくださいますよね?」
真犯人は涙を浮かべ、体を小刻みに震わせながら悲痛な声で訴えかける。
『あのクソアマ、なんとしてでもジュノさんを首謀者にするつもりですね……』
信用勝負となると、正直分が悪いわね……。
略奪女と友人女にとっては、私より同属性である真犯人の方が馴染みの深い相手でしょう。
特に友人女は私のことを疑っているし……略奪女もああいう演技されたら簡単に騙されそう。殿下なら公平に見てくれるかもしれないけど……。
そう思っていた時だった。
「いいかげんなこと言わないで! ジュノさんはそんなことしないよ!」
略奪女が、らしくない荒げた声を出す。
その声に私だけでなく、その場にいた全員が驚き固まった。
「ジュノさんは……自分の身を削ってまで、わたしにいたずらをしている人を見つけようとしてくれるくらい、正義感があって優しい人なんだよ!」
『ユアナちゃん、それは違うよ!!』
「いっぱい怪我しているし、マナ中毒にもなって……中毒になったってことは、それだけたくさんの薬を飲んだってこと……何度もマナが尽きるくらいいっぱい魔法を使ったんだよね? ジュノさんはそれくらい本気で頑張ってくれたんだよ! そんなジュノさんを悪く言わないで!」
「……なにそれ。この程度の魔法でそこまでなるなんて、ジュノ様って雑魚なんじゃない。それを良い子ちゃんぶった言い方して、気持ち悪い。お前さえ、お前さえいなければワタクシが一番でしたのよ!」
激高した真犯人が手の内から何かを出す。
それは魔法ではなく、縄に縛られもがく鞄だった。
「ユアナの鞄か!」
「おいおい、アイツだけ捕まっちまったのかい!?」
「カバンちゃん……苦しそう……!」
略奪女達が反応する中、真犯人が邪悪にほくそ笑んだ。
「この中には先ほどの授業で制作していた魔道具も入ってますよねェ? 時折遅くまで残ってはコツコツと作りあげ、あと少しで完成のご様子……どうせこれも物凄い力を秘めているんでしょうねェ。ワタクシが最初っからやり直させてあげますわァッ!!」
「やめてえっ!!」
真犯人が鞄を空高く放り投げ、その鞄に目掛けてまばゆい光の魔法を無詠唱で撃つ。
それと同時に略奪女からも特大の光の魔法が無詠唱で繰り出され、二つの光が衝突した。
その光景に私は目がくらみよろめく。
光がぶつかりあう衝撃に弾かれ軌道を変えた鞄はバルコニーの外へと投げ出された。拘束していた縄も同じく光の衝撃によって千切れたのか、鞄は口から物をばら撒きながら落下していく。
あの様子では、略奪女が作った魔道具も……。
「助かりませんでしたわね。ご愁傷様!」
「テメエ! 待ちやがれ! 【光矢の如し走者】!」
高笑いする真犯人は再びその体を透明に変え、足音を立てて逃げ出した。
それを追う友人女が走りながら詠唱を唱える。
するとその体が輝き出し、一筋の光となって縦横無尽に駆け回っていった。
『おおっ! あれはトワルテの十八番! その名の通り光のような速さで体を動かせる魔法ですよ!』
追いかけっこには有利でしょうけど、それで透明化した相手を捕まえられるのかしら……。
逃げた方向に真っ直ぐではなく不規則な軌道を描いているのを見るに、不意打ちでぶつかって捕獲するつもりなのかもしれないけど。
「あなた達も行きなさい! ……って命令して!」
「あっ、うん! みんな、もう一回がんばって!」
略奪女の声掛けに応じて猛獣達が走り去っていく。あれだけお利口ならもう猛獣なんて表現は似合わないかもしれないわね。
鼻が利く物もいるから、匂いまで消されていないのなら追えるでしょう。
この場に残っていた殿下は略奪女の方へ歩み寄り、その肩に手を置いていた。
「ユアナ……さっきのは言わない方が良かったぞ。マナ不足ってのはそう簡単になるようなものじゃないんだ」
「え。アニマ君、それってどういう……?」
「……ジュノにも事情があるんだろ。これ以上は詮索してやらない方がいいぜ」
殿下は時折私に気遣うような視線を向けながら略奪女を優しく諭す。
やっぱり気づかれてしまったのね。あの真犯人も察してしまったようだし……。
『いや、本当にどういうことですか? もしかしてジュノさんの最大MPが少ないってのがバレたってことですか!?』
そういうことでしょう。
並程度の魔力持ちだってマナ不足には陥るけれど、マナ中毒になる程マナを回復しなければならない状況なんてまず起こりえないらしいからね。
勘付かないのはマナを消費する環境とは無縁だった平民育ちだけじゃないかしら。
このことが学園内に広まったら、いよいよ私の地位は地に落ちるわね……。
「よくわからないけど……あの、ジュノさん、ごめんなさい! わたし、なんだかよくないこと言っちゃったみたいで」
「別にいいわ。どうせいつかは知られていたでしょうから」
「……後のことはオレがどうにかするから、二人とも心配しないでくれ。二人は落ちた物の回収を頼む!」
私の不安を見透かしたかのような言葉を最後に、殿下もこの場から走り去る。
どさくさに紛れて物の回収を頼まれたんだけど……私、関係無いわよね?
私はただ自分の無実を証明する為に真犯人を見つけようとしただけだし……。
そう思っている内に略奪女が私のところまで駆け寄ってくる。
「ジュノさん、もう具合は大丈夫? 顔の痣は消えたみたいだけど……腕見せて!」
こちらが返事する間もなく略奪女は私の袖をまくり、まだ傷だらけの腕を露出させる。
そういえば医務室では眠っていただけだから、まだ傷の手当てを受けていなかったんだった。
「今なら効くかも……!」
言うや否や、略奪女が目を閉じると私の全身が光に包まれ全ての傷が癒えていく。
「良かったあ。今度はちゃんと効いたね!」
「……あなたがこんなことする必要は無いって言ったじゃない。私のことより落ちていった物でも拾いに行ったらどうなの」
『んもう! ジュノさん、お礼言いましょうってば!』
「そうだった! それじゃあ行こうっ! 【純白の翼】!」
珍しく略奪女が詠唱を唱えると、その背中から光で出来た白い翼が出現する。
『おおっ!? ジュノさんにも天使の羽が生えちゃいましたよ!?』
「え!?」
亡霊の言葉に驚いて自分の背中を確認すると、確かに略奪女の背中にあるものと同じ翼がそこにあった。
「動かし方はわからないと思うけど、危なくならないように動いてくれるから安心してね! 行くよ!」
「ちょっと……キャアッ!?」
略奪女に手を引かれた私はそのまま引きずられるままにバルコニーの外へ投げ出された。
しかし下へ落ちる感覚は一瞬すら無く、私達二人は翼の羽ばたきによってゆっくりと下へ降下していく。
『この魔法は例のグリモアに書かれている聖女属性専用魔法なんですよ! 聖なる翼を与えてもらえるなんてジュノさんやりますね!』
いつも浮いている亡霊は翼なんて無くても私達と同じように降下してきていた。
確かに我が身一つで空を飛ぶ感覚なんて生まれて初めて味わうけど……だからって有難がるものですか。
「ね、大丈夫でしょ? 空を飛ぶって気持ちいいよね!」
略奪女はそんな私に対し無邪気に笑いかけてくる。
……私とクオレス二人を見て照れて逃げたり、私達のことを素敵だと思ったなんて言ったりする様子からして、この女は私とクオレスの邪魔をする気なんて無いように見える。
誰とも敵対したくなさそうな言動ばかりする癖に、私のことを信じて他の令嬢に歯向かっていく。
そして私の怪我のことを私以上に気にする。
こっちは初対面の時に陥れようとしたというのに、略奪女は私のことをちっとも悪く思わない。
……本当にお人好しな女。
私はそんなお人好しが嫌いだけど……未来の歴史のことなんて知らなければ、少しはこの女に歩み寄る気になれたのかしら……。
庭園の中へ降り立つと、歯を生やした鞄が転がりながら略奪女のところへ戻って来た。
「カバンちゃん! 良かったあ、無事で。え? 中に入っていたものはこれだけしか見つけられなかったって? 頑張ってくれたんだね。ありがとう! 残りはみんなで探そう?」
ええ……この女、調教どころか会話まで出来るの……?
『ユアナちゃん! あたしの声は聞こえないと思うけど、あたしも一緒に探すからね! ジュノさん、見つけたら教えますね!』
私も手伝うことが完全に確定事項になっているわね……。まあいいけど……。
私達は手分けして庭園の中を探した。
だけど庭園の花壇や茂みの中に入り込んだのであろう物を見つけるのは容易でない。
庭園の中漁っている私達の姿が目立っていたのか、学生達が次々と足を止めこちらの様子を伺っている。
そしてその内の何人かが略奪女に近寄り、協力を申し出てきた。
「君には以前大怪我したところを救ってもらったからね。今度は僕が君を救う番だよ」
「あの時ユアナさんがいたから学園に戻ってこられたんです! ユアナさんが困っているなら放ってはおけません!」
「あんたには借りがあるからね。ちょっとだけなら協力してあげる」
「水臭いですわね。あたしが力になりますわ」
「探し物ならまかせてよ」
略奪女と何かしらの交流があったらしい者達が続々と集まってくる。
略奪女は平民育ちだから、多くの学生から嫌われている……そう思っていたけど、その一方で略奪女は、自身の人柄によって多くの学生達を惹きつけてもいるようだった。
その様子を見て察してしまう。
私が助けなかったところで、略奪女自身が求めさえすればいくらでも略奪女を助ける者が現れるのだろうって。
嫌っている者がいまだに多いのも事実。だけど、その者達だってきっといつかは手の平を返す。略奪女の実力が表に出てくれば、見下すどころか敬うようになる。そうして略奪女の前に敵は存在しなくなる。
そう思うとなんだか空しくなってしまった。
『見たことないモブがいっぱいだあ……もしかしてゲームじゃ省略されていただけで、ユアナちゃんって攻略対象のイケメン以外からもモテていたのかな。考えてみればユアナちゃんみたいないい子の周りに数人のイケメンしか寄ってこないってのも変ですもんね。……あれ、ジュノさんどうしちゃったんです?』
やる気の無くなった私はその大きな輪から外れていく内に庭園から出ていた。
しかし、その行動によってついに略奪女の私物を一つ発見することに繋がった。繋がってしまった。
とても目立たない場所にあった、一通の手紙。
略奪女宛てのその字は、とても見慣れたもので。
拾って裏を見ても差出人は書かれていないけど、私にはわかってしまう。
この封筒だって、私宛てでよく届いていたものと同じ。
まだ未開封だったそれを開けて、中身を読む。
『ちょ、ジュノさん何やってんですか!! それユアナちゃんのでしょ!?』
亡霊の制止する声なんて今の私には何の意味も無い。
その中身を読んで怒りが湧いた私は、その手紙の送り主――クオレスのもとへ向かった。




