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Monochrome ー白の少女と黒の亡骸ー  作者: うみうし
第二章 大地の民
12/43

閉店間際 路地の奥にて

 夜になり人もまばらな細い路地を歩いていた。白みがかった夜の自然光を手伝うための橙色の街灯がぽつぽつと灯っている。

「あ、ちょっと待って」

「うぁっ?」


 穂積の上着の裾からぱっと手を離した陽菜が高い声をあげた。

 急に重みが無くなり前につんのめりそうになりながら立ち止まった穂積が陽菜の方へと顔を向けたときにはすでに、陽菜はくるりと反転して今し方通り過ぎた路地へと入っていったところだった。

「おい。・・・・・・あーもう・・・・・・」

 あっけにとられた穂積も仕方なく陽菜の後を追って路地の奥へ歩を進める。

 視線の先で陽菜が開けた通りへと飛び出していくのが見えた。ひとつ通りを隔てた向こう側は雑草がところどころに生えた空き地になっている。その空き地に数人の男が輪になるように立っていた。どうやらそこに向かっているようだ。

 穂積が目を細める。

「あれは・・・・・・」

 嫌なものを見つけてくれたもんだ。

「何してるの」

「おい! 止まれ!」

 穂積の声が届くより先に陽菜が声をあげる。その声には珍しくいらだちが感じられた。

 全速力で通りを走り抜ける。買い物帰りの主婦が迷惑顔で避けていく。

 あの馬鹿!

 男たちが一斉に振り向き、輪が割れた。そしてその中に見えたのは、倒れ込んだ一人の少年。

「なんだ? 一緒に遊んでほしいのか?」

 手に武器を持った男が四人、陽菜に向かって凄む。

「その人から離れて」

 後ずさりながら、けれど陽菜も負けじと言い返す。その姿に男たちは下品な笑い声をたてる。それでも陽菜は逃げない。引き下がらない。

「あー、はいはい、ストップストップ」

 ようやく追いついた穂積がその間に割り込み、陽菜の肩をつかんで無理矢理後ろに追いやった。

 男たちの中心にいる少年は、皮膚が日に焼けて浅黒く、顔にはこのあたりではあまり見ないまるで猫のひげのような昔ながらの民族化粧を施している。

 間違いない。この間自分たちを襲った大地の民だ。

 よく見ると右目が少し腫れている。だが、あれほどの槍の使い手がいくら四人相手とはいえ、こんな簡単にやられるのだろうか。

「穂積っ・・・・・・」

「陽菜、お前は下がってろ」

「でも、」

「こいつら見たことがある。まぁ見ての通り手癖の悪いガーディアンだ。関わらない方がいい」

「あぁ!? テメェ何つった?」

 あからさまに気分を害した様子の男たちがにじりよってくる。体格は明らかに相手の方が上だ。それを無視しつつ、目線だけで振り返り陽菜に念を押す。

「わかったな」

「・・・・・・うん」

 ため息をつきつつ前へ出る。どうやら厄日はなかなか終わらないらしい。

「で? 何してたんだよ、お前ら」

 穂積がポケットに両手をつっこんで男たちの輪へと歩み寄る。話しながら手に神経を集中させていく。

「お前こそ何なんだよ」

「いやぁ、買い物に行こうとしたら同業者があんまりにも無様なことしてるもんで。つい声かけちまっただけ」

 少年が微かに目を開けて穂積を見た。頼むから動くなよ。

「あ? 『愚民狩ぐみんがり』の何が悪いんだよ? 巣を作り出した愚民なんかと仲良くできるかよ! 影狩りと同じようなもんさ、害のある生物を排除してるだけなんだよ俺たちはさぁッ!」

 一人の男がそう言って一歩進み、大地の民の少年を足で思い切り踏みつける。それを見たまわりの奴らがまた下品な笑い声をあげた。

 まったく、言い合う気にもならない。

「まぁお前たちの考えはどうでもいいんだけどさ、」

「やめて!」

 嫌気が差してふと微かに視線を逸らした瞬間、陽菜が男たちの輪の中に向かって飛び込んでいってしまった。

「ばっ・・・・・・!」

 引き留めようとした穂積の腕を器用にかいくぐり、陽菜は少年を踏みつけている足にすがりつく。面白がった男たちが一斉に武器を構えて、少年がはっと目を見開いて叫んだ。

「やめろッ!」

 少年は陽菜をどけようとするが上から踏みつけられ、バランスを崩して再び倒れ込んでしまった。陽菜はぎゅっと目をつぶりながらも男の足を引きはがそうと少年に覆い被さる。

 無防備な陽菜の目の前で少年に向かって容赦なく踏みつけている男のナイフが振り下ろされーー

 ーー次の瞬間、男の手にあったナイフは宙を舞っていた。

 ついでに少年を踏みつけていた男も派手に地面に叩きつけられ、土埃をあげながら地面を数メートルぶっ飛んでいた。

「・・・・・・ッ」

 少年の息をのむ音が聞こえたような気がした。

「別にこいつがどうなろうと俺の知ったことじゃないけどさ、目の前でこんなことされるのは気分が悪い」

 穂積がゆらりと上体を起こしながらつぶやく。

「それに俺には、今一刻も早くやらなきゃなんねぇことがあるんだよ」

 土埃が収まった頃、普段よりも低く、どこか落ち着いた声があたりに響いた。

 輪の中に残ったのは倒れ込んだ少年と、そこに覆い被さる陽菜と、ロッドを手に男たちをにらみつけている穂積だった。

 少年を囲んでいた男たちがとっさに一歩あとずさるが、すぐに各々の武器を構え直し穂積に向ける。

 穂積が顔を上げる。

「な、なんだよ。何が言いたいんだよお前は!」

「教えてやるよ」

 そして跳んだ。

 一瞬で間合いを詰める。

 神経を集中させロッドに光力を注いでいく。

「俺は何があっても閉店前にスーパーに行かなきゃなんねぇんだよッ!」

 体に染み着いたロッド使いと光力アシストによって次々に自分より大きな男たちをなぎ倒していく。

 数分後、空き地はあちこちに武器と男たちが雑然と散らばった物置と化していた。

「わぁ・・・・・・」

 陽菜が驚きの声を出しながら、はっとしていつの間にかしがみついていた少年の背中から離れる。

 それを横目で見つつ、まわりに散らばる男たちが戦意喪失しているのを確認してからロッドを手の中から消滅させた。

「おい。早く行かねぇと本当に」

 スーパーしまっちまうぞ。と、言おうとして、穂積の言葉はそこで止まった。

「なっ・・・・・・!?」

 あたり一面に砂埃が舞って視界が悪くなる。突然の事態に穂積の思考は一瞬止まりかけたが、それより早く鍛え上げた戦闘本能が身体を反応させていた。

 穂積は反射的に後ろに跳んでいた。

 今し方まで倒れ込んでいた少年が陽菜が背中から離れたと同時に動き、穂積へ向かって槍を突き出してきていた。

 穂積を捕らえ損ねた槍は、深々と地面をえぐりあたりに砂埃を巻き上げていた。

「てめぇ・・・・・・何しやがる!」

 砂埃の向こうに向かって叫ぶ。

 少年の声は聞こえない。そのかわり陽菜の叫び声が響いた。

「正面! 避けて!」

 避けてと言われても!

 唐突に砂の幕の向こうから槍が突き出され、すんでのところで横っ飛びにどうにかそれを避ける。

 それに続けてさらに何度も何度も何度も素早い突きが繰り出され、それを感覚とわずかな風切り音だけで避けていく。素早く突き出される槍は陰影で位置を判断することも難しい。

「クソッ! なんだって助けてやったこっちが攻撃されなくちゃならないんだよ!」

 徐々に視界が晴れていく。その向こうで少年は未だ武器を構えたまま穂積を睨み据えていた。そのさらに向こう、へたりこんだままの陽菜の姿が見えたが、そっちは特に危害を加えられた様子はなかった。

 光力の槍は小柄な少年の身長より高い。いや、もしかすると穂積の身長よりもあるかもしれない。そんな大振りの武器を少年はいとも簡単そうに軽々と扱っていた。

「なるほどねぇ、これが大地の民か・・・・・・」

 穂積も何度か見かけたことはあるが、まともに攻撃を受けたのはこれで二度目だった。もちろん、最初は三日前の森の中だ。

 大地の民は光力変換能力に長けている。太陽の光も、月の光さえも光力へと変えることができるらしい。そのうえ、一般的に他の民よりも強い光力を持っていると言われている。

 それが爆発的な身体能力の一時的向上を可能にしていた。

 だからといってそんな大振りの槍を使わなくても。というよりこんなに動く元気があるのならお前を足蹴にしていたあいつらに向けてくれよ。

 と、言いたかったが陽菜が自分より少年の近くにいる以上うかつなことは言えない。

「何しに来た」

 少年が口を開いた。少し高い声。年の頃は陽菜と同じか少し上くらいか。穂積よりは年下のような印象を受ける。

「ずいぶんな言いぐさだな、助けてやったってのに」

「助けられた? 俺が?」

「あーそうかい。ならとんだ鳥頭だな。三歩歩いたら全部忘れるってか。記憶力に問題があるって言われたことないか?」

「あ?」

「穂積っ! 何言ってるのっ」

「・・・・・・あー」

 少年がぴくりと反応する。今にも突き殺そうとするほどの殺気を感じて、そういえば陽菜がいたことを思い出した。

 自分もたいがい鳥頭だった。

 だが、口に出てしまった以上しかたがない。

「やるなら相手してやるけど早めに頼むぜ」

 手に神経を集中させる。光が具現化していく。

「お望み通り早めに終わらせてやるよ。お前なんかにそんなに時間いらねぇからな」

「本当元気だなお前・・・・・・」

 半ば呆れながらも片手に持ったロッドの感触を確かめるように軽く握り直し、投げやりにつぶやく。と、その刹那少年が地面を蹴り、穂積へと突進してくる。

 ーー速い。

 すんでのところでかわしていく。砂幕でよく見えていなかったが、怪我をしているというのに、改めて見るとかなりの速さだ。

 少年が槍を引き、重めの一撃を放つ。

「・・・・・・でも」

 穂積はそれにあわせて向かって左に飛び、そのまま低い体制で少年の懐まで一気に踏み込んでいく。

 少年の舌打ちが頭上で聞こえた。

 大身槍は当たれば攻撃力は高い。だがその長さ故に一度大きくはずしてしまえばリカバリーがしにくい。

 それになにより、少年はさっきまでの不良ガーディアンに襲われていて右目の視界が悪いはずだ。

 それでも少年はかなりのスピードで反応している。すぐに穂積から離れるように地面を蹴った。

 しかし。

「遅ぇよ!」

 思い切り振り上げたロッドは少年の手をしっかりと捕らえていた。少年の手に当たった瞬間に穂積は光力をロッドの外に放出し、少年の手から槍を吹き飛ばしていた。

 少年が槍として具現化していた光力を体内に取り込み直す間すら与えなかった。槍は少年の手を離れ、空中で光の粒となって消えた。

 反動で少年自身も地面に倒れ込み、砂埃を巻き上げながら転がっていく。

「クソッ」

 少年はすぐに立ち上がろうとした。

「はい、勝負あり」

 が、それよりも速く穂積が上にのしかかり、目の前でロッドを構えていた。この至近距離から光力を食らえばいくら手加減しても無事ではすまない。

「あーっ!」

 少年が叫び声をあげ、両手足を放り出して天を仰いだ。

「楽しかったー! お前強いなー!」

「・・・・・・は?」

「あー・・・・・・」

 今度はうめいた。

「腹減った・・・・・・」

 そうつぶやいたきり、少年は動かなくなってしまった。

「穂積っ」

 へたり込んでいた陽菜が慌てて立ち上がり、足がもつれそうになりながら駆け寄ってきた。

「なんか・・・・・・」

 なんか、すごく無駄に疲れたような気がする。

 全身の集中力がすっぽ抜けていくのを感じながら穂積はため息をついた。視界の端では陽菜がぽかすか少年の肩を叩いて声をかけている。もう好きにしてくれ。

「飯・・・・・・」

「なに? どうしたの? 大丈夫?」

 なんだか色々なことが急激にどうでもよくなり、すっかり白みを帯びた空を見上げながら今日の夕飯のメニューに思いをめぐらせる。

「穂積どうしよう、動かない」

 まだスーパー開いてんのかなぁ。

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