第46話 弁護人になったった
アイギスの故王宮目指して飛んでくる小型戦術核は、『アイテムとして収納する』ことで無力化することができた。
もしミサイルを撃ち落としていれば、放射性物質がアイギスの街に落下するし、撃ち落とした者も、当然放射性物質を浴びることになっただろう。
俺の取った行動は、地味だけどベストな方法だった、と思いたい。
ただ、いつか俺が死んだ時に、亜空間に収納したアイテムはどうなるんだろうな。
……機会があれば、宇宙にでも捨ててこようか、核ミサイル。
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天狗の翼を出した厨2丸出しな格好で、褐色肌の銀髪美女と抱き合って、アイギスの街へと降下していく。
降下するに従い、アイギスの街の細部、人々の顔まで、くっきりと見えるようになってきた。
そろそろ夕食の準備に取り掛かる人も居るのか、雑多な臭いに混じって、食べ物を煮炊きする香りが鼻をくすぐる。
路上には、荷を運ぶ馬車、商人らしき男たち、両手の籠に野菜などをギッシリ詰めて持ち歩くたくましい中年女性、走り回る子供たち、詰所の前で欠伸している警備兵。
飛んでいる俺たちに気付くと、ギョッとする人が大半だが、中には、風神のコスプレをした俺を見て、跪いて祈りを捧げる敬虔な風神教徒らしき人も。
彼らが、異世界の最終兵器の威力をその身で知らずに済んで、本当に良かった。
だが、アガタの所有する兵器の中には、まだ核があるかもしれない。
この世界の人々を守るために召喚されたはずの勇者。
魔王を倒すという大義名分があるのかもしれないが、愛する者を失ったからといって、自棄になって街一つ滅ぼすなんて、本末転倒にも程がある。
危険人物である彼女を、野放しにしておく訳にはいかないだろう。
少なくとも、大量破壊兵器だけでも取り上げておく必要があるな。
考え事をしているうちに、故王宮の中心、一際大きな議事堂の上空に到着した。
出た時同様、天井の穴から中へと降り立つべく、穴の中へ。
天井から議事堂内部を見下ろし、……そこで目にしたのは。
正座して、野戦服の前をはだけ、腹に銃剣を突きたてようとする、ドーランで迷彩柄に顔を塗った爆乳マッチョ女――アガタと。
その後ろに、聖職者の姿で、日本刀を八双に振りかぶる亜麻色の髪の美少女――愛理。
ちょ、それってまさか、
「切腹ぅ!?」
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「ちょっ、ストップ、すとーっぷっ!! 何やってるんだよぉ、2人ともっ?」
「何って、見ての通り、士道不覚悟で切腹、みたいな?」
「けじめは付ける。邪魔をするな。」
愛理もアガタも、動揺することなく、淡々とした表情だった。
俺がやってくることは、スキルで分かっていたのだろう。
何か事件が起きないと探知画面を起動しない俺と違い、武人としての習慣からか、愛理は絶えず周囲を警戒しているのだ。
しかし、愛理は、勇者――同郷の異世界人の首を、本当に斬るつもりなのか?
「知り合いのよしみで、私が介錯してあげるのよ。」
「と、とにかく落ち着こうっ! こ、心を開いて話し合いましょぉっ。ハラキリスキヤキフジヤマゲイシャとか、今時そんな日本人居ねえよっ!」
「アイザルトこそ落ち着きなさいよ。何言ってるのか意味分かんないわよ?」
普段落ち着きのないアルタミラさんに、落ち着けと言われてしまった。
俺は相当テンパってるらしい。
一方、知人を手に掛けることに本当に抵抗が無いのか、覚悟を決めた上でのことなのか、愛理の人形のように整った顔からは、表情が読み取れない。
愛理とアガタの後ろには、無事な俺たちの姿を見てほっとしているカゲミツと、これから切腹しようとするアガタを見て目に涙を溜めているアリス、その肩に手を置くトルメク国王ジョージ。
他の王族たちは、少し離れた場所から遠巻きに眺めている。
「相澤くん、これはアガタさんが望んだ『けじめ』なの。
この世界の人は核の脅威と言われてもピンとこないでしょうけど、ガイエナ諸王国会議に出席した王族全員を標的にした『弑逆未遂事件』、となれば話は別よ。」
愛理の言葉を引き継ぐように、王族を代表してか、太った壮年の男――たしか、イスハン国王――がよく響く低音で発言する。
「王族の弑逆は、アイギスの街だけの問題ではなく、ガイエナ諸王国そのものの存続にかかわる問題だ。
もしも、国のトップが全員居なくなれば、国政は大混乱に陥る。
指導者不在のどさくさに、近隣の大国は牙を剥くであろう。
国土は食い散らかされ、国民は奴隷のような扱いを受ける。
それだけではない。
帝国と商業都市国家、2つの大国が我先に利益を求めて衝突すれば、諸王国全土が戦火に包まれる。
その場合の死傷者は、アガタ殿の力で滅びる街一つの人口など、問題にならない数であろう。」
しん、と静まり返る議事堂。
愛理が話を引き継ぐ。
「――『死刑』。
彼女のしようとした事に相応しい罰は、それ以外有りえないでしょ?
と言っても、『勇者』を処刑するとなると流石に外聞が悪いし、他国から難癖付けられる可能性もあるし、他の勇者も黙っていないわ。
でも、自分の意思で死ぬなら問題無い。
自決して貰った方が、都合が良いのよ。
本人も、公開処刑されて晒し者になるくらいなら、ここで武人として自決する事を望んでるわ。
彼女が腹を切ったら、苦しませないように、私のオリハルコン刀『鬼神丸』で介錯してあげる。
それがせめてもの武士の情け、ってヤツかしらね。」
これは正論、なのか?
だが、このスッキリしないモヤモヤする感情は何だ。
「アガタさん、『けじめ』って、何に対して? 核で無関係な人を巻き込んで殺そうとしたことについて?」
アガタにもっと怒りをぶつけ、糾弾してやろうと思っていたのに。
自分から死ぬ、と言われては、振り上げた拳を下ろす場所が無い。
せめて、アガタが何を考えているのか、その気持ちを知りたい。
「ああ。
私の罪は万死に値する。
魔王を倒すという目的のためなら、手段は択ばない。そう思っていた。
大多数を生かすためには、少数の犠牲は已む無し、とも。
だが、そのお蔭で大勢の無辜の民を、そして、この身に代えて守ると誓ったアリスさえも殺しそうになったのだ。
私は間違っていた。
しかも、魔王と思って殺そうとしていた相手が、アリスと、この街を救ってくれたのだから。」
アガタの表情は、憑き物が落ちたように穏やかだ。
ここに乗り込んできた時とは、ほぼ別人である。
「どうやら、チートの力に溺れ、他人の命を顧みない傲慢な『魔王』と化していたのは、私の方だったらしいな。
キミを魔王呼ばわりして、済まなかった。
死んで責任を取らせてもらおう!」
右手で握った銃剣の切っ先を腹に向け、左手を柄頭に添えるアガタ。
そのまま一気に力を込めて……
「だぁぁぁぁっ、ちょっと待ったぁっ!」
アガタの割れた腹筋と、突き立てられようとした銃剣の切っ先との間に、右の手の平を滑り込ませる。
ザクリ、と手の甲に激痛が走った!
「痛てぇっ!」
「何をするっ!?」
痛みで思わず右手を引っ込めようとしたところ、アガタの左手に掴まれてしまい、バランスを崩して倒れかかると、
ぼふっ
柔らかい何かに顔面を突っ込み、視界を塞がれる。
「むぐぅ?」
窒息しそう(な気分)になり、慌てて体を起こそうと左手を着いたら、
むにゅり
布越しに柔らかいモノを思いっきり揉んでしまった。
「ひゃぅっ!? キサマ、どこを触ってるんだ!」
「うぁっ、す、すいませんっ、すいません! ついでにコレ下さい。」
慌てて立ち上がるついでに、胸を揉まれた驚きで握りの甘くなった銃剣を、アガタから取り上げておく。
刃渡りは16~17cmくらいか。
鞘と組み合わせて有刺鉄線を切断できるタイプの、多用途銃剣だ。
だが、本来なら特殊鋼を黒塗りされているはずの刀身は、結晶のように黒く透き通っており、時々虹色に輝いた。
イゾから貰った勇者武器の拳銃と、同じ材質のようだ。
これがアガタの勇者武器なのか??
アガタに視線を向けると、色気の無いブラに包まれた胸を押さえて、俺を睨んでいる。
こんな時にアレだけど、凄くデカかったな。
人型アルタミラをはるかに引き離し、イゾの所の熊獣人メイド・ベアトリスに匹敵する物量だ。
「全く、オトコはこれだから……。それより怪我を見せてみろ、ん……傷一つ無い??」
俺の右手を見て驚くアガタ。
刺された痛みはあっても、血は一滴も出ていない。
物理防御力MAXがもたらす不思議だ。
「一体どうなってるんだ、キミの体は? ……小銃弾では効かないはずだな。」
苦笑するアガタ。
効かない、といっても痛覚はしっかりあるんですけどね。
まぁ、小銃で撃たれたことをチャラにするのと交換で、胸を揉んだことはウヤムヤになったらしい。
「さて、その銃剣を返してくれ。切腹するのに必要だ。」
「いや、俺、ナイフとか興味あって。ちょっと、良く見せて貰っていいっすか?」
甘いかもしれないが、切腹なんてやめて欲しい。
この世界にどれだけの地球人が転移しているのか知らないが、せっかく同じ日本人の知り合いが増えそうなのに。
話して見ればそんなに悪い人じゃなさそうだし、反省もしてるみたいだし、実際の被害も出なかったんだから、なんとか死を回避させたい。
聖魔法で蘇生しても、俺の居ない時にまた自決されたら問題の解決にはならないので、本人も周りも説得する必要がある。
時間稼ぎをしながら、この場を丸く収める方法を考えよう。
「それは、オリハルコン製の勇者武器、『指揮刀マサムネ』だ。
この世界に転移する時、金髪の優男から『伝説級の剣をやる』と言われた。
咄嗟にイメージしてしまったのが89式小銃用の銃剣だったお蔭で、その形になってしまったんだ。
もっとも、銃剣として役立てたことは殆ど無いがね。
私の固有スキル『ワンマン・アーミー』は、一緒に転移してきた現代兵器を操る能力だが、この銃剣で攻撃目標を指示することが出来るんだ。
キミに小銃を突き付けた時にも、着剣してただろ?
元々小銃弾で倒せるとは思ってなくて、銃剣の切っ先でキミをミサイルの標的にロックオンしてたんだよ。」
なるほど。
現代の銃器は性能が上がっているので、白兵戦で銃剣の出番なんて殆ど無い。
それなのに銃剣を装着していたのは、そうゆう理由か。
「まぁ、オリハルコンだけあって、刃物としての切れ味は素晴らしいから、腹を切るにはもってこいだ。
切腹の後はキミにあげるから、好きにするといい。
さぁ、返してくれ。」
「そうですか~、分かりました……。
だが返さんっ!」
「んなっ、なぜ自決の邪魔をするっ?」
ドーランを塗りたくった顔を近づけ、ぎろり、と俺を睨むアガタ。
一瞬気圧されそうになったが、踏み止まる。
「……気に入らないんですよ。
死ねば解決する、ってその考え方が!!」
俺のモヤモヤの正体。
それは、一度は死んだのに、こちらの世界に転生できたことを奇跡と思っている俺にとって、簡単に死のうとしたり殺そうとする人間が許せない、ということなのかもしれない。
俺の一方的な押し付けかもしれないが、せっかく異世界で知り合った同じような境遇の人に、自決なんてして欲しくないんだ!
「あなた1人が死んだくらいで、誰にどんな利益が生まれます?
死んで貰っても、何の償いにもなりませんよ!」
「いや、しかしそれは王族たちの決定で」
この方向性は駄目か。では別の切り口で。
「そもそも、自分が死ぬならミサイルで民間人を大勢殺しても良い、って発想はなんですか?
その考え方、自爆テロをするテロリストとどう違います?」
「ぅ、……厳しいな、キミは。
国民を守るために自衛官になった私にとって、テロリスト呼ばわりされるのは応えるよ。
核ミサイルの件は、私が間違っていた。
アリスを喪ったと思い、正しい判断が出来なくなっていたんだ。
そのことは改めて謝罪する。済まなかった。」
そう言って、正座したまま深く頭を下げるアガタ。
「だが、私が自決するのは、核ミサイルを撃ったこと自体ではなく、『王族を殺そうとした罪』によるものだ。
これは、本来なら『公開処刑』されるところを、勇者としての面目を保つために『自決』を許された、いわば温情による措置。
キミが死ぬなと言っても、この国の法秩序は、私が生きることを許すまい。」
ならば、法を超える権力者――王族たちを言いくるめるしかない。
王族たちに向かって、アガタの弁護をすることにする。
「勇者アガタが殺そうとしたのは、あくまで『魔王』だと誤解していた俺1人。
王族の皆さんは標的に入っていたわけでは無く、偶々俺と同じ場所に居ただけです。
王族に対する配慮が足りなかったとはいえ、王族を狙う意思が無かった以上、『弑逆未遂罪』の適用は不当だと思います!」
「でも、相澤くんと一緒に王族が死んじゃっても構わない、という『未必の故意』はあったんじゃないの?」
愛理さん、よけいなこと言わないで! 検事じゃあるまいし。
っていうか、未必の故意、なんてどこで覚えたんだ、『ダン○ンロンパ』か何か?
「ああ、確かに、アリスが居ない世界で、他の者がどうなろうと構わない、という気分だったな。」
「アガタお姉さま……」
アガタも発言に気を付けろよ。有罪になっちゃうんだぞ?
アリスちゃんが泣きそうになってるし。
「あ~、皆さん、ちょっとよろしいですかな?」
場の空気を和ませるようなゆったりした口調の発言は、アリスパパのトルメク国王ジョージ。
「私は根が商人なので、物事を損得勘定で考えます。
勇者アガタはトルメク国、ひいてはガイエナ諸王国に好意的な勇者です。
実際、北の国境で発生したモンスターの『波』は、彼女の『くらすたぁばくだん』なる武器で、トルメク国に1人の犠牲者も出すことなく鎮圧されました。
また、これまでに勇者であることをかさに着て横暴な振る舞いをしたことはありませんし、王族を軽視するような言動もありませんでした。
聖者さまの言うとおり、故意に王族を狙ったわけでは無い以上、形式的に『王族を狙った弑逆未遂事件』として扱って我が国に好意的な勇者を失うのは、諸王国にとって損失が大きいかと。
それよりも、彼女を生かしておき、この機会に彼女を諸王国の戦力に組み入れる方が、我が国にとって利益となるでしょう。」
「だが、勇者に『命令』できる者などおるまい。武力だけに限れば、力関係は勇者の方が上なのだ。これまで通り、有事の際に『お願い』するのであれば、主導権は勇者側にある。それでは我が国の戦力とは言えまい。」
反論したのはイスハン王。
確かに一理あるな……
「では、アガタ殿に奴隷紋を刻んではどうでしょう? それで命令には逆らえませんよ。」
ジョージの発言に、緊張が走る!
「馬鹿な、そんなことをすれば、他国を一斉に敵に回すことになる!
そればかりか、他の勇者たちとも敵対関係になりかねない!
国が勇者を独占したり隷属させたりしてはならない、これは大陸、いや世界共通の了解事項だ。」
顔を真っ赤にして唾を飛ばしながら捲し立てるイスハン王。
他の2国、タジームとカスガンの国王も頷いている。
「でも、勇者アガタ殿と聖者さま、異世界人同士の個人間なら問題無いでしょう?」
ん、どういうことだ?
「異世界人同士の問題は、我らの関知しないところですからな。
そして、アガタ殿の主人となる聖者さまが、『トルメク国第三王女の婿』という立場になれば、万事解決です!
トルメク国王族の外戚の命令で、勇者の武力を行使することができるのです!」
「 「 おおっ!! 」 」
いや、ちょっと待って、俺がアガタのご主人さまでアリスの婿に!?
……いつの間にか、外堀埋められたった?
次話投稿は4月半ばの予定です。