冬コミがあるそうです
「狐の。この付近に神性を保持している存在がいるじゃろう? 案内せよ」
温泉旅行の二日目の深夜。皆が寝静まった後に狐と闘神二人で深夜徘徊を行っている。社員一同が騒ぎにならないように深い眠りに落ちる術式と結界は展開済みだ。
仲間を売ることに抵抗があるのか子狐は沈黙を保ったままだ。痺れを切らした闘神が蹴り飛ばす。
『…………ひぃ! 分かりました! 分かりましたから蹴らないでぇ!』
「もちっと従順じゃと思ったが我の思い違いであったか? ――ならば存在する必要もあるまい」
『!! わ、私は役に立つなの! あっちに行けばクソ偉そうな妖怪がいるの! さっさと行ってブッコロスの!』
調教したての獣は反抗心の塊だ。厳しい躾けが必要だなと闘神は心に決めた。山中の木々を蹴りながら高速移動していく。
しばらく進んで行くと深い木々で隠された渓谷が見つかった。まるで隠れ潜むような自然環境の配置に力ある存在の介入があったことを証明していた。
「あそこか? 臆病者の雰囲気しか感じられないな」
『この一帯では一番古くから存在しているの。みんな森爺って呼んでるの』
「どれ、引きずり出してやるか――」
異空庫から軍刀を取り出し構える。名匠に丹念に鍛えられたこの刀は普段から鍛錬に使用する程のお気に入りとなっている。闘神が編み出している抜刀術は日々研ぎ澄まされている。
「闘神流抜刀術――断空」
山を断つ斬撃が渓谷を隠している木々を破壊していく。
『……うわぁ。殺されなくてよかった……って、また放ってるぅ!』
暴虐の限りを尽くす強力な斬撃を一度しか放てないなど闘神にはありえない。二度、三度、力ある存在が出てくるまで放つつもりだ。
「――ふむ。出て来るのが遅かったのう」
渓谷に隣接していた山の木々が薙ぎ倒され、崖が崩壊し、土砂崩れすら起きていた。大量の土砂が渓谷に流れ込みようやく山爺とやらが出てきたようだ。
見た目は爺なのだがデカい。とにかくデカい。その身長は周囲の山を超えている。渓谷の奥深くに寝ていたのか、巨大な筋肉の塊である腕が土砂をブチ抜いてきた。
上半身が出て下半身も出てくるも足が一本しかない。どこかの有名な妖怪だったのだろう。顎髭が長く頭髪は後方に結んで垂れ流している。
「貴様かぁっ!! 儂の住処を荒らす奴は! ここには沢山の無害な連中もいるのじゃぞ! 平穏を乱し自然を破壊するとは――――」
闘神の放つ断空が山爺の片腕を切り飛ばした。腕からは血液が噴出し、落とされた腕は木々をなぎ倒しながら転がって行った。
激怒していた山爺は急に冷めた表情になり、冷徹に闘神を睨みつけた。
そんなものは知った事かと喧嘩を売っていく闘神。
「ごちゃごちゃうるさいのじゃ。――はよう闘争を楽しもうぞ」
「はぁ――コレだから戦狂いは嫌いなんじゃよ……そう言いながら儂にどれだけの者が討ち滅ぼされたんじゃっけ? ――のう、クソチビよ? 寝言は寝ていうがよい!」
残る片腕を高所から闘神振り下ろした。その物理的衝撃は凄まじく周囲の地形すら破壊した。だが――
「軽い。軽いぞクソ爺。そんなもんものでは我は殺せぬぞ?」
軍刀を術式で物理強化しながら受け止めていた。地形まで強化していないので陥没して埋まりかけているので格好は付かないが。
華奢な腕に力を籠め巨腕を跳ね除けた。それから数度、拳と軍刀が打ち合った。
「グッ。クソチビのどこにそんな膂力があるんじゃッ! 最近の若い者は真恐ろしいのッ! クッソ」
「ハッ! 耄碌してボケでも始まったんじゃないかの? 我の実力すら見抜けぬとはの」
巨体が跳躍する。宙で回転し速度を攻撃へと転化させる。一本足から繰り出されるストンピングが炸裂した。
爆発したような轟音が響く。踵から繰り出された衝撃は地平線まで地を割り砕いた。
敵の最大の攻撃を受け止めなくて何が闘神か。変なポリシーを持っていた阿呆は断裂した大地の深くに沈んでいった。
「かかかっ! だっさいのう。そのままこの地が貴様の墓場じゃ――剛拳葬送」
片腕を大きく後ろへ引き固定する。ビキビキと血管が走り莫大な呪が装填された。目標はもちろん地下に沈んだ闘神だ。
「クソガキは――死ね」
ボッ。と空気の壁を破壊しながら巨腕の一撃が大地に放たれた。その攻撃の凄まじさは近隣の県でも地震が観測されるほどだ。
「ちと周辺を荒らしちまったぜ。たまに勘違いしたはねっ返りを見るが――――」
心臓が貫かれる。
「闘神流刀術・針通し」
山爺の足元には突きを放ち終えた闘神がいた。すぐさま足元にいる闘神を始末しようと山爺の拳が襲い掛かった。
だが、腕の根元から切り飛ばされてしまう。闘神は残念そうな顔をしながら呟いた。
「貴様の底はもう見た、疾くと死ね。――闘神流抜刀術・空間断ち」
軍刀に何十もの強化術式を重ね掛ける。過去に未完の術をえるしぃちゃんが放っていたが闘神の完成された“空間断ち”は練度がまるで違う。
軍刀が軋みを上げるも何とか耐え空間が悲鳴を上げながら切り裂かれて行く。
山爺は身体が縦にわかれたれながら最後の捨て台詞を吐いた。
「――可哀想じゃのう可哀想じゃのう、操り人形の木偶は。かかかっ――神の位は渡そう。じゃがそれが空虚なものでなければいいのう? はーはっはっはっ」
そう言いながら裂けた次元に飲み込まれていった。
「戯け。老害は若者に座を譲るのが世の決まりじゃ――」
周囲に散った神性を回収する為に慈愛の女神謹製の簒奪術式を発動させた。
展開された術式陣に吸い込まれて行くが最後まで笑い声を上げ続けた山爺に、闘神は少しばかりイラついていた。
「約束通りの上質な“位”じゃ。――おい、狐。いつまで呆けておる。かえるぞ」
『は、はいぃぃ! 親分! まさか山爺をブッ殺しちまうなんて……さすがですぜ』
山爺が殺された事に驚いたのか三下ムーブを始めた子狐。やはり小物だなと思われてしまう。
破壊された渓谷は廃れていく。眠っていた山爺によって自然が保たれていたからだ。均衡が崩れた領域は周辺の魔に連なる者による縄張り争いが発生する。
闘神の手によって調和の取れた自然は滅びたのだ。
◇
今回の旅行に社員全員でやってきている。旅館を出るとお土産の品を片手に帰路へ着く。
「昨日の夜中にこの辺りで地震が起きたんやて。全然気付かへんやったわ」
「そうですねぇ。ぐっすり寝てましたからね」
非戦闘員である蓮ちゃんときららちゃんは昨日の異常に気付かない。
鈴ちゃんの背中でスヨスヨ寝ているえるしぃちゃんが原因だと薄々戦闘強者の社員は気付いていた。その内側に内包された存在感が増えている事も。
「雷蔵君。深夜この辺りで異常は観測できているかい?」
「ああ、間違いなく森の主と言うべき存在が消えちまってる。禁忌領域がさらにヤバくなっちまってるって退魔士協会に報告が流れてきている」
「彼女かな? 今も垂れ流している存在感が凄い事になってるね」
軍神と雷蔵は目を覚ました瞬間に周辺の異常に気付き密かに調査を行っていた。その原因に気付いていたが確認の為に調査を行った。
えるしぃちゃんの存在感が増したことで周辺の妖魔が一斉に逃げ出している。恐らくあのままだと周辺の勢力図が一斉に変わりそうだね、と軍神は苦笑いをする。
「軍神の旦那。なにか女神に異常が起きてんのかね? 握手会の事件以降何かが動いてる気がしてなんねえ。あの件は俺も失態だとは思ってるんだけどよ」
「そうだね。女神の心変わり……か。彼女の中にいる慈愛と闘神の女神様に直接聞いてみるかい?」
「冗談でも辞めてくれ! この前の一件で俺や退魔士協会は目を付けられちまっている。今度こそ首が吹っ飛んじまう」
「君も剣術爺も必死に訓練するようになったしね。――かの女神が人類の事を想ってくれれば……嬉しいんだけどねぇ。あんなに可愛い寝顔をしているのにとっても強いなんて、ね」
軍神の視線の先には鼻ちょうちんを膨らませぐーすか寝ているエルフがいた。寝顔は本当に天使の様に可愛い。
「ほら、辛気臭い話を辞めて早く帰ろう。彼女の居場所は僕たちで守って行こうよ。彼女が帰って来る場所があればそうそう酷い事にはならないと思うよ? 僕は」
「…………了解。退魔士協会との折衝はそう言う事で進めとく。――というか敬語を辞めろっつっても慣れないですよ。軍神殿」
「ははは、今は同僚じゃないか。仲良くやって行こう」
パンパンと雷蔵の背中が叩かれる。筋肉の塊の冗談でもかなりのダメージが入っているようだ。雷蔵は咳き込んでしまう。
結局えるしぃちゃんの垂れ流す存在感が目を覚ますまで収まらず、妖怪の大移動が発生する。帰宅の際通過する地域の退魔士支部が大混乱する事になった。
◇
エル・アラメスプロダクション内に新しい機器とデスクが搬入されている。冬コミに出すための同人誌製作の作業を行っているのだ。
問題が一点だけある。それは――
「なんでわたしのアヘ顔を自分自身が修正しなきゃいけないの?」
「せやかて間に合わんから手伝う言うてくれたやん? その恥ずかしがりながら作業する姿はちょっと滾るけどな」
銀髪エルフが触手であんなことやこんなことをされているエロ本をえるしぃちゃんが編集のお手伝いをしているのだ。
触手がエルフの四肢を絡めとりぐっちょぐっちょな粘液でアヒンアヒン言わされているページが高性能液晶タブレットの画面に映し出されている。
なまじ肉体性能が高いえるしぃちゃんは蓮ちゃんの作業を見取り、技術を会得してきている。簡単な四コマ漫画なら自分でも描ける程に成長してしまっている。描写が少々性的な方向に偏ってはいるが。
並べられたデスクでは社員達が冬コミのグッズ製作を行っている。きららちゃんは自身のコスプレ写真集の編集。ウィザー丼はエロゲの製作など確認の趣味が反映されている。特に赤字を気にせず趣味を堪能できるエル・アラメスは一種のサークルみたいなものになっていた。
すでに企業ブースは確保しておりグッズの準備も出来ているので今の作業は完全な余禄だ。
最近、剣術爺や呪術爺、忍術婆や超能力者の舞子が戦闘訓練で事務所にいないので常駐する人間は減っている。普通の事務所は戦闘訓練を行なう社員などいないのだが、ここではそれが常識のようだ。
雷蔵は交渉係なので常にいないのだが半ば忘れられている。軍神も最近は特に忙しそうだ。
同人活動にカメ子も参戦しているが“腐”の世界が良く分かっていないえるしぃちゃんはそっと見守っている。そのカメ子は風呂に入らず家にも帰らず作業を行っていたところを発見され怒られている。なんでも事務所の生活環境と高性能な機器が揃い過ぎて居心地がいいらしい。
上下階に待機所兼仮眠室が揃っているのでいつの間にかカメ子が住み込んでいそうだ。
「ふぅ。終わったよ~。ちかれた」
「ありがとさん。これで冬コミも問題無しやな! ――えるしぃちゃん夏コミの時みたいに撮影するん? それとも、きららちゃんとコスプレする?」
「ん~。きららちゃんと一緒なら面白そう」
「! えるしぃちゃん私と一緒にコスプレをしてくれるんですか!! 魔法少女ですか? 女戦士ですか!?」
興奮した様子で話しかけて来る。きららちゃんの脳内ではすでにえるしぃちゃんをコスプレさせることが決定しており。様々な衣装を着せる気満々になっていた。
彼女は前々からえるしぃちゃんをコスプレさせる機会を虎視眈々と伺っていたのだ。
「ふぇっ!? 最近アニメ見てなかったから今の流行りはわかんないよう」
「ふんふん。お任せを! この私がえるしぃちゃんにぴったりの衣装を用意しますとも!」
「……大丈夫かな。蓮ちゃんも一緒に……コスプレしよう?」
「せやな、去年ウチもコスプレしとったけど、凝っているわけじゃなかったからな。きららちゃん衣装のコンセプト一緒に決めん?」
「了解です。ああ、楽しみですねぇッ!」
二人できゃっきゃうふふとコスプレの衣装決めが行われることになった。その二人を遠目に鈴ちゃんの膝へ飛び込んで行く。
鈴は冬コミも販売員として関わるだけで特に出し物はなかったはずだ。ゆっくりお菓子を食べながらえるしぃちゃんの作業を眺めていただけだ。
膝に乗って甘えて来る彼女を存分に甘やかす係となっていた。
「冬コミ楽しみだねぇ~。こうして出し物をみんなで考えたり楽しんだりするの夢だったんだ」
「ふふふ――良かったアル。ほら、美味しいクッキーを買ってきているから食べるネ」
ひな鳥の様に開けた口へクッキーを入れられる。最初のギスギス感が良くここまで改善されたものだ。
えるしぃちゃんは内側に入った人間に対してはかなり甘い。雷蔵は微妙なラインだが社員みんなにはとっても優しい。
頭を撫でられながらクッキーを堪能する。少しづつこの事務所はえるしぃちゃんにとって守るべき場所、帰る場所へとなっていく。
家で一人で配信を行っていた頃には戻れないかもしれないなと思いつつも、あのボロアパートを引っ越すことは今のところ予定していない。
一ヵ月に一回どころか結構な頻度でオーナーの婆さんと茶菓子を一緒に食べているようだ。




