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(何だ? 空気が動いてる? 別に窓は開いてないし、扇風機もエアコンも付けてないぞ?)
礼司は納戸の中に視線を走らせ……
「あれか」
壁材が割れて隙間が出来ている箇所がある。
(この向こうは……外だっけか? しかし、真っ暗なんだよな。もしかして“何か”隠したスペースがある……とか?)
そして壁に手を当て……
(……まさか)
「どしたの? 何か気になることでもあったの?」
「ああ、ちょっとね。そこのメジャー貸して」
「え? いいけど……何なの?」
「何か、おかしいんだ。すまんね」
受け取ると、戸口から奥の壁へとメジャーを当てる。
次いで、今度は寝室の北側の廊下へと向かった。
家の北面の壁には、段差らしきものはない。故にこの廊下の幅は、あの納戸の奥行きとほぼ同じであるはずだ。しかし、襖と廊下の対面にある掃き出し窓までの距離は……
「明らかに長いな。つまり……」
「え? 隠し部屋、とか?」
「“部屋”ってほどじゃないよ。精々奥行十数センチくらいかな?」
そして再び納屋へと戻る。
「ふむ……」
コツコツと奥の“壁”を叩いてみる。
その反響は……
「薄い、な……」
“板”と言っていいレベルだろう。裏には柱や胴縁、筋交といった下地材は使われていないようだ。そして、この向こうの外壁は、土壁。
つまり……
「やはり、この向こうに空間があるな」
「そうなの⁉︎」
(とはいえ、開けるべきか否か……。永羽やミヤビの言葉もあるしな。“何か”、見てはいけないものが、とか?)
礼司は逡巡する。
が、
「そっかー! とりあえず、引っぺがしてみるね!」
「えっ、ちょっ、いや待て!」
その間に美奈が踏み台とバールのようなもの持ち、すぐさま納戸へと入る。そして、割れ目へとそれを突っ込んだ。
途端に溢れる“嫌な”気配。
「むぅ、いかん! 離れろ!」
「え? ……ふえっ⁉︎」
直後、穴から“風”が吹き出した。
それは、ただの風ではない。妙な“重さ”を持ったどす黒い空気。
すぐさま礼司は美奈を抱き抱えて避難させようとし……
しかし“それ”は思わぬ勢いで部屋を渦巻き、礼司と美菜を捉えてしまう。
「……ッ! 何だ、コレ。美奈、無事か⁉︎」
まるで実体を持ったかのような粘度の高い空気は蛇の如く絡みつく。そしてそれは次第に黒く、密度を増していった。
やがて……
「コイツは……糸? いや……髪か⁉︎」
彼らの身体に纏わりついた黒い“糸”。それはまさしく髪の毛だった。その一本一本が生き物のようにうねり、彼らを絡めとっていく。
「クッ……ソ! どうなってるんだ? ……っと、それより美菜ちゃん、大丈夫か⁉︎」
「何、コレ⁉︎ ……って礼司さん、胸! 思いっきり胸掴んでる!」
「あっ、ごめ……」
反射的に手を離してしまい、
「しまった!」
「きゃっ⁉︎」
引き離されてしまう。礼司は慌てて手を伸ばすが、空を切った。
「これは、マズi……」
「エ゛ッ⁉︎ 何なんスかコレー! ちょっ、そんなところまで潜り込むの⁉︎ 礼司さんのスケベー! エロゲマスター! 責任取れーッ!」
「ヲイ……」
案外余裕かもしれない、と礼司は思う。
(……それよりも、だ。コイツの根元に何があるのか?)
礼司は泳ぐように“髪”をかき分ける。
と、急速に密度が高くなっていくのを感じた。
そして、目の前には毛玉の様な髪の塊。
(……そこか!)
それを掴むと共に更にかき分け……
「……ッ⁉︎」
現れたのは、中年の男と思しき冴えない顔。
(……何でおっさんなんだよ。しかもハゲ散らかしてるし。こういう時に出てくるのは美女というのが相場だろうがよォ!)
何故か落胆。と……
「……ふひっ!」
(コイツ……ッ!)
それがニチャっと、笑った。礼司は思わずイラつき……。
「……ッ!」
「ふべェっ⁉︎」
思わず殴りつけてしまった。
(えっ……俺は何を? というか、手応えあり? ならば……もう一丁!)
『ふぎィ!』
殴った。
『ふぎょおッ』
殴った。
『ふギャッ!』
殴った。
『ンぎょッ! むゲッ! ふゴッ!』
更に、殴った。
『ンギャヲッ! ふギャッ! ほギョッ!』
二発、三発と、殴った。さらに、殴り続けた。無言、無表情のまま、ひたすらに。
そして、
『ふギぃアぁaaァーッ‼︎』
とうとう……断末魔の叫びと共に、霧散した。
同時に髪も消えていく。
「フッ……ハア、ハァ……ヤツはどうにかなった、か……。とはいえやはり暴力は全てを解決する……のか?」
と、その時、
「どうした⁉︎」
「何があったの⁉︎」
隣室で片付けなどをしていたミヤビと永羽が駆け込んでくる。
「! その手、どうしたの⁉︎ 腫れてるじゃない!」
「ん? 手?」
駆け寄る永羽。
「……って、痛ェ!」
よく見れば腫れ上がっている。
殴りすぎて、炎症を起こしているようだ。
「えっと……湿布! 薬箱とか、どこ⁉︎」
「それよりも、だ」
ミヤビが礼司の腕を取る。そして、
「!」
淡い光が宿った。
「ッ! これは……!」
(痛みが、引いた?)
「まぁ、多少はマシになるだろう」
(魔法的なモノ、か。ここ数日、色々ありすぎて何か感覚がマシしそうだな)
礼司は何度か指を動かしてみる。
「それはそうと、一応湿布はしておけよ」
「わかった」
「じゃあ、手を出して」
「ああ」
丁度そこに永羽が薬箱を持ってきた。
そして手早く湿布を巻く。
「これでよし、ね」
「ありがとう」
とりあえず、手はどうにかなりそうだ。
「それより、だ。奥を確かめよう。また“何か”あると困る」
「ふむ。礼司はそこで休んでいろ」
そしてミヤビは納戸の奥に向かい……
「ふん!」
壁を一気に引き剥がす。
そこから現れたのは黒い“何か”。
「! これは一体……うわっ!」
それは、髪の束。そしてそれにはいくつもの札が付けられている。
「呪いの髪、なのか? ……ン?」
その近くに一枚の紙が落ちていた。相当年月を経た和紙だ。
「何だ? この紙……読めん」
流暢な字で書かれているため、礼司では解読できない。
「貸してみろ」
ミヤビが受け取り、目を走らせる。と、
「う……む、これは」
こめかみを押さえた。
「……どうした?」
「うむ、この内容はな……」
そうして彼女は話し始めた。
その内容は……
江戸の街に、一人の髪結いがいた。その男は見栄えは悪かったが、腕が良いとの評判だった。吉原の遊女たちも通うほどの腕であったらしい。
しかしある時、その一人に手を出した。
……手を出して、しまった。それも、人気の遊女に。
そして、追っ手が放たれた。
そして彼は……この辺りに流れ着いた。そして、俺たちの先祖によって匿われたとか。
だがある日、男は死んでしまった……。匿われていたこの場所で。
男の首に巻き付いていたのが、この髪の束であったらしい。
それ以来、家の中で妙なことが頻発したという。
この髪の束は一度は厄払いのために神社に預けられていたが、いつの間にかこの場所に戻っていた、と。
故に、この場所で封じることになったらしい。
見れば、剥がした板の内側にもびっしりとお札が貼られている。
「なるほど。荷物を出したせいでこの板が動き、隙間ができたんだろうか? そこから“何か”が吹き出した、と」
「じゃ、じゃあ……神主さんとか呼んで、またお祓いをしてもらわないといけないの?」
「いや……もう“これ”からは何も感じぬよ。何が起きたか分からぬが」
ミヤビは首を捻っている。
「あー、それな。中にいたヤツを殴った」
「……は?」
「いやまー、髪の塊の中から変なおっさんが出てきたんで、つい……」
「ちょっ……礼司さんって、意外と暴力的?」
「いやだって、どう考えても目の前にいるの元凶だろ? このままじゃ埒があかんし死なば諸共、さ」
「そ……そっか」
少し引かれた……かもしれない。
「さて……とりあえず、コレだけは戻しておこう。髪の束の処置はいずれ、と」
「ああ」
ミヤビと礼司は板を元の位置に設置し直す。
「けど、これを片付けないとな」
室内に積まれた荷物を見て肩を落とした。
「とりあえず、夕飯にしましょ? 面倒臭いことは明日でいいじゃない」
「さんせー!」
「うむ」
「そうするか」
永羽の言に一同は賛意を示す。
そして、その日は暮れていく。
なおその晩、寝室の寝場所で一悶着したのであった……。




