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返却すべき食器を不要品に分別してしまっていたなんて!
しかも、地面に直置きして積み重ねちゃった!
ーー御主人様が悪いんじゃない、あたしのせいだ! 御主人様に要る要らないを三秒ルールで判断させたから……自分の物じゃないって答える余裕をあげなかったから!
「ご、御主人様! あたし、不要品に分別しちゃいましっ……」
空腹感が吹っ飛び、焦るあたしに。
「ん? 大丈夫だよ、カノコ」
御主人様は穏やかな笑みを浮かべ、言った。
「食器未返却について、業者にクレームを言われたことは一度もないから」
「……は、はい?」
いえ、御主人様。
それはクレームじゃなく、正当な主張です!
※※※※※※※※※※※※※※
陽が落ち、空にお月様が現れ。
異世界での、初めての夜を迎えた。
「あ~、もうお腹いっぱいです。御主人様、ごちそうさまでした。美味しかったです!」
食事前に一悶着(?)ありましたが。
とりあえず、無事に夕食をいただくことができた。
お母さんの濃いめの味付けに慣れたあたしには、ちょっと薄味だったけれど。
異世界での初めての食事は、どれも美味しかった。
届けられていた食事は一人前とはいえ量が多く、二人で食べるのに充分な量だった。
御主人様が言うには、元々宅配業者さんは一人前の契約でも、量的には二人前位を用意するのが定番のようだった。
お客様から量が少ないと苦情を言われるよりは、最初から多めにしたほうが……という感じみたい。
「それは良かった。カノコの味覚が人間と同じで、本当に良かったよ。言い伝えのように生魚や生肉を好むようなら、君の食事は専門業者に頼まなければならなかったからね」
……どうやら御主人様は、魚や肉は生食タブーな国の人らしいのよね。
すみません、御主人様!
実はあたし、刺身も馬刺しも大好物なんです!
言ったらどん引きされそうだから、内緒にしておこう……。
「え、あ、はい! そうですね、あははっ……」
空になった食器に映った燭台の炎が、ゆるやかに揺れ。
壁に備え付けられたランタンの灯りが、部屋を優しく照らしていた。
馴染みのないランタンの灯りは電気の照明器具と違って暗いけれど、不便なほど暗いわけじゃなく……なんというか、すっごく雰囲気があって……映画の世界のみたいで素敵だった。
まぁ、映画どころか異世界なんですけどね。
「この食卓で食事をしたのは、ちゃんと椅子に座って食べたのはいつぶりだろう? 食卓や椅子があったことすら忘れかけていたからね……だから、最近は立って食べてたんだ」
「そ、そうですか……」
食後のコーヒーを飲み終わり、白磁のカップを優雅な仕種でソーサーに置くその姿からは、汚部屋でお皿を持って立ったまま食事をする姿なんて想像できっ…………あ、できちゃった。
この汚部屋を片付けたあたしには、美形は部屋も綺麗なんてことは幻想だと分かってるし。
今までのバイト経験から、汚部屋の住人の皆様は外見的には身だしなみがきちんとしている人が多いと知っているしね~。
「片付け魔のカノコが僕の使い魔になってくれたから、これからは立って食事をすることも"黒き悪魔"に脅かされることもない。うん、大満足だよ……」
ムーディーな蝋燭の灯りで美形度三割増しの御主人様の、満足げな微笑み…………でも、あたしの視線はその御主人様ではなく、彼の背後に釘漬けだった。
ランタンの灯りにぼんやりと浮かび上がる、こんもりとした物体……。
「ッ……御主人様にご満足いただけて何よりです。…………っが!!」
が。
がっ!
が、なのよ!
「え? が?」
「が!! これで片付けが終わりなのではありません!」
大満足だと言ってくれる御主人様と違い。
空腹が満たされたあたしの内心は、ギリギリと歯噛みするような悔しい思いで満ち始めていた。
「これは片付け魔のあたしにとって、始まりに過ぎないのですっ!」
その理由は、片付けの出来が。
あたしが納得いく出来とは、ほど遠かったからだった。
なんと、御主人様は本来あるべき基本の収納アイテムを何一つ持っていなかった。
衣装ダンスも本棚も、小物入れすらなかった。
断捨離後に残った物をしまうところが、いっさい無かったのよぉおおおおお~!!
段ボール箱等でとりあえず的に片付けたくても、ここには段ボール箱という文明の利器(?)は存在しなかった。
細かな物をまとめたくても、百均にプラスチックケース等を買いに行くこともできない。
すっきりキッチリ収納まで終えたいのに、収納できなぁあああ~い!
あたし的には、今日のお仕事はまだまだ未完状態というか。
ゴミの分別と簡単な掃除だけ終えたという、不完全燃焼なんです!
「御主人様! この家には本棚や箪笥等の収納家具が必要です! 明日、家具屋に行きましょう! 家具を買って下さい! あたしと素敵な(=収納力のある)家具を選びましょう!」
「え? 家具っ!?」
御主人様が、ぴたりと動きを止めた。
鳩が豆鉄砲喰らったって表現って、こういう顔に使うのかな?
宝石のような蒼い眼を見開き、口は半開きという間抜け顔でも美形は美形だった。
美形って、本当に得よね~。
「カノコッ……き、君は僕に家具を買って欲しいの? しかも、一緒に行って、一緒に選びたいのかい?」
「ええ、そうです! 本当は、今すぐにでも買いに行きたいくらいなんです!」
夜になっちゃったから、さすがに今すぐっていうのは無理だろうから我慢しますが!
とにかく、収納に使える家具が欲しいんです!
御主人様、あなたが一緒に行くに決まってるでしょう!?
あたしはお金を持ってないから、御主人様がお財布なんですから!
御主人様、多分お金持ちだから家具でも何でもガンガン買えるでしょう!?
……片付けしていて分かったけれど、御主人様は絶対に富裕層だもの!
すごく高そうなカップやグラスも、毛皮のコートもきらきらしたアクセサリーも、御主人様にとっては不要品扱いだった。
御主人様、あなたはあたしにっとってこの世界でのお財布です!
ゴールドカード、いえ、ブラックカードです!
「……今すぐ? 君は最高位の片付け魔で、僕は魔術師とはいえ所詮は人間だ。上位魔族の君から見たら、人間なんて下等生物じゃないのかい?」
は?
下等生物って、こんな美形のくせに何言ってるのよ!?
御主人様みたいな美形が下等生物だったら、あたしなんてミジンコレベルになっちゃうじゃないですか!
「あたし、御主人様が下等生物なんて思っていません! あたしと家具屋さんに行って、一緒に収納家具を選んでください! どうかお願いします!」
あたしは椅子から腰を上げ。
向かいに座っていた御主人様の傍に移動して、勢いよく頭を下げてお願いをした。
収納する物がないと、とりあえず畳んで重ね置きしてる洋服にも壁際に積み上げた大量の本にも安住の地がないんです!
このままじゃ、完璧な整理整頓ができないんです!
「………………………………………………カノコ。君の情熱には負けたよ。明日、家具を買いに行こう。二人で」
「ありがとうございまっ……え?」
「カノコ……」
椅子から立ち上がった御主人様は、長身を屈め。
「ッ!?」
両手をあたしの腰へと回し、ぎゅっと抱きしめ。
「君の求婚を受けるよ、カノコ」
と、そう。
「喜んで僕は君を、妻に迎えよう」
仰いましっ……………………つっつつつ、、妻ぁあああ!?
「えっ? あ、あのっ、あたっ」
「カノコ。今から君は、僕の使い魔であり婚約者だ」
「こっ、こ、ここここっ」
こ、こここ婚約者ぁああああ!?
求婚なんてした覚えは、まった~くないんですが!?
「婚約者って……えっと、あれ? え? え?」
「あらためて、よろしく頼むよ婚約者さん」
「ッ!?」
そして。
重ねられた唇からは、ほのかにコーヒーの香りが……。
「……こ、婚約者っ……」
どうやら、あたし。
異世界で、片付けられない魔術師様の婚約者になっちゃったみたいです!!
※いったん完結とさせていだだきましたが、後日(すみません。時期は未定です)連載設定に戻して続きの章の『異世界で、片付けられない魔術師様の婚約者になりました!』を投稿予定です※