因縁との邂逅
それぞれの得物を構え直したライト、ヴェルデ、そしてビスト。その中で、ビストがおもむろに姿勢を低くした。
「団長、副団長。先に俺にいかせてくれ」
ライトとヴェルデはともに頷いた。
その一瞬後、弾き出されたかのようにビストの巨体がその場から消えた。
ビストが真っ先に狙ったのは、トーリアだった。トーリアは大鎌を構えてなんとか反応するが、それが精一杯だった。彼女は悲鳴とともにビストの大斧に吹き飛ばされ、レンガでできた建物に突っ込んだ。
そこで隙を晒すようなビストではない。トーリアを吹き飛ばした直後に大斧から突風を巻き起こし、残りの三人――ミゼ、リオ、プティを足止めする。踊り子たちは立っていられないほどの風圧だが、同じ黒狗の二人は微動だにしない。ヴェルデは鉤爪の先をミゼの胸に定め、ライトは無防備のプティへ大剣を振り下ろす。
「隙だらけだ」
プティは怯えきった表情で、マイアの壁を張りライトの一撃を防ごうとする。大剣と透明な壁がぶつかり轟音を響かせたと思いきや、壁は耐え切れず砕けてしまい、その余波でプティは吹き飛び石畳を転がる。
「プティ!」
これほどまでにやられて黙っている踊り子たちではなかった。一人だけ攻撃のターゲットにならなかったリオがライトにクロスボウを構え、まるで砲弾のように太いボルトを射出した。風を切る音が立ちながら一直線に放たれたが、ライトはこれも一振りで切り払った――彼の眼前で爆発が起こったが、爆風で後ずさることなく意にも介していない。
ライトが二人を圧倒している一方で、ヴェルデもまたミゼを一方的に攻め立てていた。身体を捻って鉤爪を薙いだかと思えば、顔面に向けて風を切る音とともに突きを繰り出し、攻撃させる隙を与えない。ミゼはヴェルデの連撃をいなすことに精一杯で、踊り子たちは完全に分断されている。
「どうしたの? 私達を殺してでも通るんじゃなかったの?」
「うるさいですわ!」
ヴェルデの挑発にミゼは怒鳴りつけるが、威勢がいいのは声だけで、彼女の手刀から伸びるマイアの刃は徐々に短くなり、その光も弱まっている。
刹那、ミゼの身体のバランスが崩れた。ヴェルデの鉤爪に気を取られていたところに足払いを食らったのだ。右足の痛みを感じるより先に、ミゼは呆気なく転倒した。
「この――」
「もうあんたたちの底は見えたわ。片付けてあげる」
ヴェルデは残念そうに振る舞うが、口元には笑みが浮かんでいた。彼は後ろに飛び退いたかと思うと、地面に鉤爪を突き刺した。
「何を――」
わざわざ距離を取ったヴェルデを訝しむミゼは上体を起こして体勢を立て直そうとする。
が、遅かった。
ヴェルデの鉤爪が光ったと思うと、土から生成された巨大な針がミゼの腹を貫いた。ミゼは短い悲鳴とともに血を吐き、そのまま力なく地面に崩れ落ち、ほどなくしてその身体から完全に力が抜けた。
ミゼの死に対し最初に悲痛な叫び声を上げたのはプティだった。彼女は半狂乱になりながらヴェルデの頭上にマイアの塊を降らせる。しかしヴェルデはそれすら察知していた――透明なマイアの塊とはいえ、僅かながら影を作ったからだ。彼は鉤爪を光らせ、土をドーム状にして自身を覆い、膨大な量のマイアの塊を凌ぐ。降り注いだマイアの塊は着弾後爆発したが、土のシェルターを崩すには至らなかった。
「余所見をしている余裕があるのか?」
「死ねっ! 死ねえっ!」
プティのおっとりとした口調はすでに面影すら無くなっている。彼女は自棄になっているかのようにマイアの塊を生成し、ライトに投げつける。
更にライトの背後ではリオがクロスボウを構えており、プティが投擲したと同時にマイアのボルトを連射した。前後からの挟み撃ち。これで逃げ場はない――リオとプティは確信していた。
するとライトは大剣をおもむろに地面に突き刺し刀身を光らせた。その膨大なマイアを感じ取ったリオとプティは寒気を覚えた。
刹那、ライトを中心に衝撃波が発生。リオとプティの攻撃は容易にかき消され、比較的近くにいたプティはそれに直接巻き込まれ尋常ではない量のマイアに全身を焼かれ切り裂かれた。地面に数回叩きつけられ転がった後、プティはピクリとも動かなくなった。
「あ、あぁ……」
リオは衝撃波に巻き込まれこそしなかったものの、その余波で吹き飛ばされクロスボウを落としていた。全身の痛みに悶えながら這って自身の得物まで近寄ろうとするが、彼女に影が落ちる。見上げると、そこには大剣を構えたライトが立っていた。
「い……嫌――」
絶望しきったリオを、ライトは路傍の石でも見るように見下ろした。
大剣がリオの胴体に容赦なく突き立てられる。彼女の口から空気が漏れる音がしたかと思うと、やがて首を垂れた。血だまりができる中、大剣を引き抜いたライトは歯牙にもかけずその場を立ち去る。
ビストはライトとヴェルデの戦いに決着が付いたことには気付かず、トーリアを追撃していた。刃を打ち付けあう鈍い音が響く中、余裕そうな表情のビストに対して、トーリアは憔悴しきっていた。空元気を振り絞るかのように絶叫しながら斬撃を見舞うトーリアだが、ビストはそのことごとくを持ち前の膂力で弾き返す。
「温いな。てめえの力はこんなもんかよ」
「黙れっす!」
肺の空気をすべて吐き出すような叫び声とともに、トーリアは大鎌を横に薙ぐ。しかしそれもビストにはお見通しだったようで、いとも簡単に弾き返された。
「これで終いだ」
ビストの目の色が変わった。先ほどまでとは違い、視線で射抜かれただけで命を取られると思ってしまうほどの気迫である。
トーリアが思わず飛び退くとビストは雄たけびを上げながら大斧を振り下ろした。
その一撃は当たらない――はずだった。
大斧の刃に纏われたマイアが飛び出し、トーリアの胴体を大鎌ごと裂いた。彼女は声を上げることなく血を吹き出しながらそのまま倒れ伏す。
「ビスト、終わったか」
「ああ。思ったよりも歯ごたえのねえ奴だったよ」
「……ま、私達を満足させる相手ではなかったってことね」
『貪食の黒狗』は、その黒ずくめの出で立ちに傷すらつくことなく『ソウル舞踏団』の面々を駆逐した。三人は先に行ったリーゼとミアータを追いかけるために先を急ぐ。
既に首都に入っていたザウバーは、襲い掛かってくる土人形たちの胴体を二挺拳銃で撃ち抜きながら中央政府の建物に向かっていた。周囲にはカリムの『依頼』を受け取った傭兵たちも複数おり、土人形たちを装具で撃退している。ザウバーは自身の進行方向にいる土人形だけを撃ち倒し、残りは他の傭兵たちに任せて突き進む。
中央政府に行けば、ジェラルドの安否を確認できるかもしれない。あわよくば、この『依頼』をリーゼたちも受け取っているかもしれない――そう願いながら、一刻も早く到着しようと街道を走り抜ける。
だが、中央政府に近付くにつれ、彼は妙な胸騒ぎを覚えていた。コウやリーゼのものではない。敵として嫌でも心に刻まれているミラのものでもない。今まで感じたことのないマイアが、肌を刺すように伝わってくる。
「……手遅れになってないといいが」
そう独り言ち、ザウバーは襲い掛かる土人形を撃ち倒しながらひたすらに中央政府へと走っていった。
リーゼとミアータもまた、中央政府に向かって突き進んでいた。道中で現れた土人形たちはリーゼが一閃のもとに斬り伏せ、その刃を逃れたものだけを、ミアータが炎で胸部を正確に射抜いて仕留めていく。もう少しで中央政府に辿り着く――二人がそう考える反面、不愉快な圧迫感も覚えていた。特にリーゼは、それをより鮮明に感じ取っていた。思わず二人は立ち止まる。
「……何か、とんでもないものがいる、気がする……」
「リーゼもそう思った? 私もなんだか気味が悪くて」
それぞれの得物を構えながら、二人はその『とんでもないもの』に神経を集中させる。圧迫感の出所すら掴めない。前後左右、いや、どこから襲われてもおかしくない――二人にそう思わせるには十分だった。
刹那、リーゼの脳内に火花が散るような感覚が走った。
――下から!?
「ミアータ! 跳んで!」
リーゼが跳び上がると同時に、ミアータも訳も分からず跳び上がった。
その直後、二人がいた地面は針山になった。土でできた針が何十本と飛び出ており、あと一瞬跳ぶのが遅ければ、二人とも串刺しになっていただろう。跳び上がったはいいが、このままでは着地する場所がない――ミアータは火球を針山へ叩き込み、爆発で土の針をまとめて吹き飛ばした。
無事に着地することができた二人は、土煙の中で冷や汗を垂らしていた。周囲には今まで感じたことのないマイアが滞留し、肌を刺すような緊張感が消えない。
「……リーゼ、どうして下からくるって分かったの?」
「私にも……分からない。ただ――」
そう言うと、リーゼは首飾りに手を当てた。
「これを付けてから……なんだか変な感じになってるの。異様なマイアを感じ取れるっていうか……どこにどんなマイアがあるのが分かるっていうか……」
リーゼは、かつてネオンが付けていた首飾りを付けてからマイアの感じ方が明らかに変わったことを自覚していた。首都に入る前に起こった爆発からも、コウのマイアを感じ取っていた。しかし、彼女は先を急がざるをえなかったため、その感覚を気味悪がる暇すらなかった。
「私達は、その首飾りに助けられたってわけね」
「うん。ネオン君が、守ってくれた……のかな」
リーゼは、首飾りにネオンの面影を重ねた。彼女の中で、その首飾りはもはや呪いではなく、ネオンから遺された想いへと変わり始めていた。
「やっと止まってくれたね。お姉ちゃんたち」
荒れ果てた街中に似つかわしくない、あどけない声。リーゼとミアータは思わずその声がした方向を向いた。
土煙が晴れると、そこにはボロボロの白いワンピースを着て虚ろな目をした一人の少女――モナが笑顔を貼り付けて立っていた。




