未曾有の危機
ヴェルデの報告は、決して誇張ではなかった。
石畳の道路は所々陥没し、何十人もの国軍兵士の遺体が転がっていた。表情のない土人形たちは、遺体を踏みつぶしながら兵士たちを薙ぎ払っている。何十体もの土人形の身体には銃弾が突き刺さっていたが、動きは止まっていなかった。通常の兵器では歯が立たず、装具持ちの隊長格が出撃するほかなかった。
「兵士たちを撤退させろ! 一般住民の避難を優先させるんだ! 土人形どもは我々が引き受ける!」
ポールが苦渋の表情を浮かべながら兵士たちに指示を出した。しかし、土人形の攻撃は止むことがない。
一方、中央政府の会議室では緊急会議が開かれていた。
兵糧部では前長官のオールズの死や現副長官のジェイの行方不明により大混乱となっていた。この事態に対処するため、現長官のカリムや一部の議員が会議室に残っていた。その中には、ジェラルドの姿もあった。
「……第十五大隊が半壊したとの報告が入りました! このままでは避難している一般市民にも被害が及びます!」
議員の一人が青ざめながら戦況を報告する。ジェラルドとカリムを除き、会議室には諦めの空気が漂っている。
すると、険しい顔をしたジェラルドが立ち上がった。
「提案があります」
彼の一声で、騒然としていた会議室がいったん静まる。
「我が国に登録されている傭兵を招集して戦力にするのです」
その提案で、会議室は再びどよめきに包まれた。
「何を言ってるんだ!?」
「傭兵どもが市民を襲ったらどうする!? 奴らは金次第で略奪でも裏切りでもやるぞ!?」
「我々の国軍を信用できないのか!?」
会議室には、議員たちの反対の声と怒号が次々に飛び交った。
それを一身に受けながらも、ジェラルドは憤怒の表情で机を叩いた。激しい音が響き渡り、議員たちの声が一斉に止む。
「今の戦況を見てもまだ国軍だけに頼るつもりか! このままだと首都が落ちるのも時間の問題だぞ! もう我々の面子がどうこう言っていられる問題ではない! 背に腹は代えられないのだ!」
ジェラルドの言葉に、誰一人として口を開けなかった。重苦しい沈黙が会議室を包んだ。
「……ジェラルド議員の意見に賛成だ」
沈黙を破ったのは、カリムだった。ジェラルドの意見に反対していた議員たちが愕然とした表情でカリムに視線を向ける。カリムは大きく息を吐いた。
「今は生きるか死ぬかの局面だ。この決定の責任は私が全て取る。今すぐ傭兵たちに『依頼』を出せ」
カリムの命令を受け、議員たちは慌ただしく会議室を出て行った――それぞれの職務を全うするために。
議員たちが出て行った後、カリムとジェラルドだけが会議室に残っていた。カリムはジェラルドの前まで歩み寄り、小さく息を吐いた。
「……ジェイ副長官が関わり、オールズ元長官が主導したあの計画……それ自体が『過ち』だったのかもしれないな」
カリムがぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。ジェラルドはひどく驚いた。
「ご存知だったのですか?」
「元長官が主導した計画だ。長官に就任するときに情報は伝えられたよ。……結局、トロナード家の後ろ盾が強くて計画を凍結させることはできなかったがね」
自嘲気味にカリムが言うことにジェラルドは困惑していた。
「では何故……今になってその話を――」
ジェラルドはカリムに問うのを途中で区切り、青ざめた。
「まさか……ジェイの行方不明とオールズ元長官の死亡は……あの被験者が関わっていると?」
「……そこまでは分からない。ただ、今回の件にあの計画が絡んでいる気がしてならなかった。だから君の意見に賛成した。現長官として、清算したいと考えたからね」
「清算……」
ジェラルドはカリムの覚悟に胸を打たれた。
「今回の一連の事件が、あの計画とどう関わっているのかは分からない。ただ……嫌な予感がする」
カリムの懸念にジェラルドは頷いた。そしてジェラルドはカリムに深く一礼した後、会議室を出て行った。
傭兵への緊急依頼の手紙は、すぐに首都や郊外の傭兵たちに向けて飛ばされた。戦闘から退却した国軍兵士たちを伝令兵として各地へ向かわせることで、瞬く間に依頼は広がった。
そしてその手紙は、ザウバーのもとにも勿論届いていた。彼は手紙を読むなりすぐに装備を整えて首都に急行した。
――ジェラルドさん、コウ、リーゼ……どうか無事でいてくれ……!
彼が崩壊した首都を目の当たりにするのに、さほど時間はかからなかった。




