コウの記憶
リーゼと『貪食の黒狗』が動き出した頃、特別刑務所だったところの地下深く――かつて二振りの剣が厳重に保管されていた場所には禍々しいマイアを纏った者たちが集まっていた。双剣があったところを玉座のようにして座っているブロウ、彼と合流したベラード、そして華やかな赤いドレスをまとったミラである。そしてブロウの眼下には、未だに目を覚まさないコウが寝かされていた。
『ようやく……こうして互いに顔を合わせることができたな』
ブロウの感慨深げな声が、ベラードとミラの脳内に響き渡る。二人に笑顔は見られない。
『ミラ……いや、クオーレ。『人間装具』の確保には感謝する』
クオーレと呼ばれたミラはブロウに感謝の言葉を贈られたが、彼女はすぐに様子がおかしいことを悟った。彼女でさえも肌がぴりつくような感触を覚える。
『……で、『アンチ・パターン』はどうした。まだ残っているようだが』
ミラの心臓がびくりと跳ね上がる。
「それは……私がこの子と戦ったときに全部燃やしたはず――」
「いや……まだ残っている」
そこにベラードが口を挟んだ。ミラが怯えた表情でそちらを見つめるのを尻目に、彼はおもむろに黒い本のページをめくる。開かれたページは目映く光っており、ベラード以外には見ることができない。
「ざっと目を通してみたが、どこを探しても首飾りの絵が無い。今までの経験が確かなら、完全に破壊された純粋装具がこの本に追加されるはずだ」
『そういうことだ。そして何より……『アンチ・パターン』が動き出した』
ミラに悪寒が走る。ブロウからただならぬ雰囲気を感じ取ったからだ。この場で殺されるのではないかと思わせるような、不快感の塊が彼女を押し潰そうとしている。
『……クオーレ。今度こそお前が『アンチ・パターン』を焼却しろ。持ち主ごとな』
「……ええ、分かった」
ミラはその場では処罰されなかったことに内心で胸を撫で下ろしたが、ブロウが苛立っていることをひしひしと感じ取っていた。誰が確保したのかは分からないが、今度こそあの首飾りを消し去ろうと恐怖心に突き動かされていた。
『……目覚めたようだ』
ブロウが床に視線を落とすと、閉じられていたコウの瞼がピクリと動き始めた。ミラは反射的に得物に手を伸ばしいつでも『ネオ・ソウル』を抜けるように気を張らせる。
コウはすぐに目を見開きガバリと上体を起こす。息を切らせながら周りを見渡すが、自身が今どこにいるのかを認識するまでには至っていない。あまりにも混乱しているのか、ブロードソードを構えることも忘れている。
するとブロウがコウの首を掴み、目線が同じになるように持ち上げた。コウはブロウの手を引きはがそうとするが、尋常でない握力から逃れることができない。
そして何故か、コウはまるで身体の力が外部へ抜けていく感触を覚えていた。すぐに彼は抵抗できなくなり、力なく両腕をだらりと垂れ下げてしまった。
今まで受けたことのない不気味な感触の中で溺れているように何もできないコウを、ブロウは鎧越しに見つめ、コウの首を掴む力を強める。
『……お前が、真の『人間装具』なら』
俄かに、コウの首元が光り始める。その光景にミラとベラードは戸惑いを隠せていない。
「あ……ああ――」
『俺に見せてみろ。お前に……『人間装具』に宿っている記憶を』
二人を中心に、眩い光が放たれた。
刹那、コウが部屋中にこだまするような大きな叫び声をあげた。頭の中を直接弄られるような感覚を必死に振り払うように。
しかし彼の意識はそれに抗えず真っ白になる――朧げな何かを、視界に映しながら。
――遠い、遠い記憶。それは、シューメルがまだ国家として存在していなかった頃の光景だった。
『コラプス』。
それが、コウの本当の名前だった。
一振りのブロードソードと、子供の肉体を素体とした、『人間装具』だった。
『コラプス』は生み出されてすぐ、戦場に投入された。得物での斬撃、マイアすら凍らせる冷気――瞬く間に他の存在を機能停止させた。他の純粋装具やその使い手も例外ではなかった。氷漬けになり何も物言わぬ存在を、『コラプス』は一瞥もせず取り残していく。
『コラプス』を擁していた時の為政者は、権力を我が物にしようとその勢力を広げていた。『人間装具』の強さがあれば、他は全て不要――『コラプス』が剣を振るう先は、純粋装具を作り出した者たちにも向かった。特殊な方法でマイアを武器等に閉じ込め、劇的な力をもたらす技術。それは『コラプス』によって失われ、欠片の知識すら残ることはなかった。
そして為政者はその力が制御不能になる前に、『ネオ・ソウル』の使い手を派遣した。『コラプス』を封印するために。
寒空の下、何もかもが凍り付いた集落で『コラプス』が彷徨うように歩く。そこに、『ネオ・ソウル』を構えた黒いフードの人物が歩み寄る。
呆然と立ち尽くした『コラプス』に、刃が振るわれた――縦に切り裂かれた胴体から鮮血が吹き出し、視界を覆いつくす。
間もなく、『コラプス』の目の前は黒く閉ざされた。
『コラプス』は生きながら棺に封印された。抜け出そうとしても、棺に施された特殊な技術によってマイアを外に逃がされ拘束されている。
『コラプス』は目を閉じた。
暗く、何もない空間――途方もない時間が流れ、記憶は奥底へと沈んだ。
コウ――『コラプス』は、現代に至るまで封印された。その地は流れ出たマイアに侵され、やがてマイアスの鉱山へと変質した。のちにベリアル山と呼ばれる場所である――
全てを『視た』ブロウが言葉にならない声を上げながら、コウを床に叩きつける。その衝撃でコウは痛みとともに現実へと引き戻された。コウの視界に映っていたのは、息を荒げながら見下ろすブロウ。向けられた殺意に、彼は釘付けになっていた。
ミラとベラードはその剣幕に完全に委縮していた。何を読み取ったのかすら訊くことができない。
『やはり……お前が全ての始まり。全ての元凶……』
その場の全員の脳内に、ブロウの憎悪の乗った声が響く。困惑してコウとブロウを交互に見るしかないミラとベラードを尻目に、コウは泣きそうな顔でブロウを見上げる。
『お前が造られなければ……俺たちがこうなることはなかった……!』
ブロウはコウの胸を勢い良く踏みつけた。コウは力なく床に押し付けられる。
苦渋の表情のコウを、ブロウが容赦なく踏みにじる。コウは抵抗できず、両手でブロウの足首を掴むことしかできない。
『お前という過ちを――』
ブロウの両手に、双剣が握られた。白く光る刃は、コウの頭に否が応でも死を想起させる。
『俺が正す』




