完全無欠のパーフェクトフード 4(了)
万事うまく行きました、みたいな雰囲気を出している僕たちだったけれど、突然婚約が破談になった隣国貴族はたまったものではないだろうな――とサニーさんに苦虫を噛み潰したような顔で言われた。
「ともすれば、国家間で大きな衝突になるところだったが、そのあたり、わかったうえで交渉をしていたのかな?」
いつものカウンター席である。時刻は夜十時過ぎ――夜営業後のこと。
「……いえ、そこまで気が回っていませんでした」
正直に答えると、サニーさんは無言でビールを一息に呷った。なにも考えたくないと言わんばかりに。
「……まあ、もともとはシャルワ家からの打診という形だったわけだ。断る権利があるとはいえ、婿が出発当日に断るとは、急にもほどがあるだろう。いや、シルヴィア様が直々に謝りに行ってくれたからなんとかなったものの……前代の大臣が隣国で頭を下げる意味、わからぬほど愚かではあるまい」
うぐ。……アントワーヌ家は隣国にひとつ貸しを作った――ということだ。
「向こうの令嬢のメンツは丸潰れですわねぇ。うふ、ミスター・カリムったらいったい何人の女性の人生を狂わせるおつもりなのかしら」
当然のようにカウンターに出没してビールジョッキを傾けている妖怪快足斑髪女が言った。
「自分に非がない婚約破棄は応えますわよ? あなた、レディコミならここからザマァされる側の悪い男ですわね」
返す言葉もない。会ったこともないご令嬢に謝罪の意を念じる。それから、母には深い感謝の念を――いや、近いうちに直接言おう。ソーマの取りまとめの会議はアントワーヌ家ですることになっているから、機会はあるはずだ。
「……母は偉大、ということだ。大団円ではないが、納まりがついた――と言えるか。いや、心休まらぬ一ヶ月であった」
「――サニーさん。いろいろ相談に乗ってもらってありがとうございました、本当に。あなたのおかげで乗り切れたようなものです」
「いやなに」
老紳士は手を振って苦笑する。
「行きつけの店に潰れてほしくなかっただけだよ。感謝ならば、レイチェル・タイム嬢にもすべきでは? 彼女の力がなければ、ソーマを使った料理を作るのは現実的ではなかっただろう」
レイチェルをちらりと見る。ピースしていた。ムカつくなぁ……。
――けれど、実際にそうなのだ。この女、”傭兵女王”のレイチェル・タイムはなんと驚いたことに自分の足で走ってナラム地域に行ったのだ。海を泳いで渡り、ナラム地域までまた走り――そしてソーマ粉の詰まった袋を手に入れ、また走ったり泳いだり跳んだり跳ねたりしながら帰ってきた。
往復五日で。
革鎧に身を包み、髪をひとまとめに結んだレイチェルは、約束の日前日の深夜に汗だくでダイナー『マリウス』にたどり着いた。通常なら往復二か月。馬を数頭乗り潰し、海路の天候が安定していたとしても、少なくとも往復一ヶ月はかかる距離にも関わらず、だ。
魔術や身体強化の加護、魔法薬や術符の補助、そういったものを総動員した、レイチェル・タイムの底力だった。大精霊すら怖れるその才女が、ただのお使いのために全力を尽くしてくれたのだ。いくら感謝してもし足りない――。
僕はレイチェルに向き直り、「レイチェル、ありがとう」と言った。彼女は心底気持ち悪そうな顔をした。
「なんで!?」
「いえ、あなたから感謝されるの、予想以上に不気味で……こわっ」
「くそ、たまに素直になればこれだ……!」
「けれど、わたくしとしても協力しなければならない場面でしたもの。あなた抜きでは、ソーマの商談は成り立ちませんから。……そして、ソーマを扱えるとなれば、そりゃもう貧困層の健康状態を底から向上させられますし、そうなれば労働力もガッツリ増えますの! これからガッポガッポ稼げますわね……ああ、幸せな未来! ――その点は、わたくしもあなたに感謝しなければなりませんわね。ありがとうございますわ、ミスター・カリム」
「こわっ」
「ほら! ほら! そうなるでしょう? そういうことですの!」
そんな僕らを見て、サニーさんが楽しそうに笑った。
「キミたち、意外と仲がいいのだね」
「「違います(の)」」
声がそろってしまった。
ジーンの味覚は戻る気配を見せない。ダフネは嘆息しつつ、けれどやる気を出していた。
「せっかく皆様に商品開発に携わる機会をいただけたのです。ぜひともジーン様にも味わっていただきたいですから、味覚を回復させるお手伝いは私の最優先事項です。師匠にも全力で挑めと激励されました」
「ありがとね、ダフネさん。……ところで、お手伝いって具体的にはなにをしているの?」
「ストレスなくワクワクさせるのがいいだろう、と聞いたので、恋バナだったり面白いジョークだったりが多いです。昨日は抱腹絶倒の面白ジョーク集なる本を一緒に読みました」
真顔でそんなことを言うので、僕はふと気になって聞いてしまった。
「あんまり笑いたくないのって、どうして? 聞いてもいいことかわかんないんだけど」
「……ああ、その」
ダフネは軽く頬を染めて、視線を右の方へ揺らめかせた。
「八重歯が……恥ずかしくて」
とがっているんのが、魔物みたいに見えて――と言う。無言で聞いていたプリムが、ダフネを捕まえて抱き寄せ、ワシャワシャ撫でまわし始めた。
「あの、プリムさん?」
「……かわいいなぁ……食べちゃいたいくらいかわいいなぁ……」
「プリムさん? 離していただけると――プリムさん? ええと、シェフ、助けていただきたいのですが――シェフ? どこへ行かれるのです? シェフ? どうしてそんなに満面の笑みで――あの、助けて――?」
さて、夜営業の仕込みをしなければ。もみくちゃにされたダフネが解放されたのは、十分以上経ってからだった。
一日も休まず営業を続けていたダイナー『マリウス』に、その夜、常連ではないお客さんがやってきた。もっと早く来てもおかしくないとは思っていたけれど、彼女は彼女で忙しかったのだろう。ゾト様である。
「婚約おめでとう、マリウスよ。わらわも婚姻の儀には呼んでくれるのだろう? 舞うぞ? わらわ、舞うぞ? ――氏族に代々伝わる第二夫人の舞をな!」
「ゾト様、いつナラム地域に戻られるのですか? ――式はそのあとにします」
「意地でも舞ってほしくないのだな! よいよい! ――わらわも意地でも舞うからの……!」
面倒な巫女にハンバーガーのプレートを差し出しつつ、言う。
「実際、そろそろ帰らないと、族長も心配なさるのでは」
「うむ? 父上とは手紙でやりとりしておるが、しばらくはこちらにいろと命じられたぞ」
うそだろ。
「帝国とナラムのソーマの商売に関しては、わらわが氏族側の代表になったのでな? 活動拠点をこちらにも置くことになりそうだ。レイチェルもやる気を出して、ナラム地域の街道の整備やら高速大型魔導車なるよくわからんものの開発やら、いろいろ計画してくれておるからの! いやあ、ナラムはどんどん豊かになるな! おぬしを追ってこちらに来て正解だったわ!」
「魔導車――って」
今度はトラックでも作るつもりだろうか。異世界トラック運送業、レイチェル・タイム……あの女ならやりとげそうだ。少し楽しみでもある。流通が早くなれば、いろいろな食材を扱えるようになるし――。
「うむ、このばーがーもうまい! レイチェルが作ってくれたろっしーにばーがーなるものもうまかったが、こちらも負けておらんな!」
「それはどうも――え? ロッシーニバーガーに負けてないですか?」
僕が五年前、大敗を喫した”ハンバーガーの王様”の名前がぽろりと出てきて、少し焦る。
「うむ、どちらもうまい」
――それは、それは。
僕も、多少なりとも成長できているのかも、と思わずニコニコしていると、両手に空いた皿を持ってカウンターに戻ってきたプリムが目を眇めて「ほゅーん」と言った。どこから出てるんだ、その鳴き声。
「おお、第一夫人! どうじゃ、そろそろわらわを認める気に――あの、そんな目で見ないで……わらわ、こわい……」
どんな目で見ているかはご想像にお任せする。
「申し訳ないんですけどォ、マリウスの第一夫人から第百夫人までぜんぶあたしなんでェ」
「ひぇえ……」
元ヤンの威圧に、巫女が涙目になっている。かわいそうだとは思うけど、これで折れてくれるだろう。こうなったプリムは魔獣より怖い。
「じゃ、じゃあ……わらわ……第百一夫人で……」
なかなか折れてくれないようだ。
「百一から先もぜんぶあたし! マリウスにはあたしだけでいいの!」
大声でそう言ってから、プリムはハッとして、店内からニヤニヤした視線が自分に飛んできていることに気づき、顔を真っ赤にして僕を叩いた。いてぇ。なんで僕なの。
そのとき、からんとベルが鳴って、意外なお客さんが入って来た。身なりのいい、十歳くらいの男の子だ。どこかで見たことがある、と思ったら。
「――あの、おにいさん」
と、いきなりそう呼ばれたので面食らった。どこかで見たことあるはずだ。ジーンの婚約者である。思わずおまえにおにいさんと呼ばれる筋合いはないと言いそうになったけれど、僕はそんなことを言える立場ではないので我慢した。いや、直々に勘当されたから、実際にもうおにいさんではないんだけども。
「ハンバーガーをください」
挑むような表情で銀貨を差し出された。え、なに? どういうこと? 受け取りつつ困惑してプリムを見ると、「なるほどなぁ」と頷いている。
「挑まれる側になったんだよ、マリウスは。ジーンちゃんがブラコンなのは見ればわかるしな」
「……どういうこと?」
「頑張ってね、お貴族様――あたしのマリウスは手ごわいよ?」
「はい、がんばります!」
素直ないい子なのはわかったから、だれか僕にも説明してくれないか。もう少し話を聞こうとしたところで、またベルがからんからんと連続で鳴る。
「いやぁ、優秀な弟子を持って幸せじゃの。どれ、今日は祝杯じゃ――好きなものを頼んでええし、好きなだけ飲んでええぞ」
「師匠、私はまだ飲める歳では……」
「私はダフネちゃんの歳ごろにはもう”樽飲み”とか”エール樽”とか言われてたわよ? 大丈夫大丈夫」
「あれ、成人前の飲酒が禁じられてなかったのって、もう八十年以上前じゃ――」
「テック、それ以上は言うな。巻き込まれて死にたくない……!」
がやがや、と商人円街のみんながやってきて、テーブルに着く。
「お酒とおつまみちょーだい!」
「こんばんは。いや、盛況なようでなによりです。――味盗みに来たゼ、オイ」
酔っぱらいの魔女や、さわやかになっちゃった不良もやってきて、今日も店は騒がしい――。くすりと横でプリムが笑った。
「忙しくなってきたね」
緩くなってきたのか、布で結んだ髪を一度解放してから、手早く結びなおす。――その左手の薬指には、銀色の輝きがひとつ。僕の左手の薬指にあるものと同じ輝きがあった。婚約の証。
「――? どうしたの?」
「ううん、ただ――毎日、幸せだなって」
「そうだね! あたしも毎日幸せで――うん。きらきらしてるよ」
毎日、同じように店を開ける。
場所は帝都の商人円街、赤毛の美女が目印だ。
昼は十一時から十五時まで。夜は十八時から二十二時まで。
オススメのメニューは、日替わりのハンバーガー。
明日はどんなバーガーにしようか。いや、明日のことはわからない。どんな騒動が待ち受けているか、わからない。
僕らは愚かで、無責任で、自分勝手で、これからも失敗だらけの人生を往くだろう。
だけど、だからこそ――思うのだ。
今日だけじゃない。明日も、明後日も、それから先も――どんなことがあっても、僕らは一緒に料理をしていたい、と。
一緒に笑い、一緒に泣き、慰めあい、励ましあい、そうやって生きていく。
一緒にきらきらと輝く未来を求めて、愚かで無責任で自分勝手な馬鹿者なりに、あがくのだ。
それがきっと、生きるということなんだって、僕らはもう知っているから。
からん、とベルが鳴る。
僕らは開いた扉から入ってくるお客様に向かって、声を合わせて言うのだ。
「「いらっしゃいませ!」」
――異世界ダイナー『マリウス』は今日も騒がしく営業中だ。
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電子書籍もありますのでおうちでの読書にどうぞ。
たくさん売れると続きが書けます。
特に昨今のコロナや出版不況の中で続きを出せるかどうかは、
「作者の力ではどうにもできない部分」にかかってきます。
皆様のお力が必要です。
下部コーナーの★での評価や、ブックマーク登録、レビューなどいただければ、これほど力強い応援はございません。
私自身、まだまだたくさんの物語を書きたいと思っておりますので、
応援していただける方は何卒、書籍のご購入も検討してくださればと思います。
罠火擽
2020.4.23




