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異世界ダイナー 異世界に赤と黄色のハンバーガーチェーンが出店してきて僕の店がヤバい  作者: ヤマモトユウスケ@#壊れた地球の歩き方 発売中!


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完全無欠のパーフェクトフード 2-1


 持ち帰ったカツサンドは悔しくなってしまうほどうまくて、レシピを考案したであろうレイチェル・タイムだけでなく、調理したハーマンの心遣いを感じられる出来だった。丁寧に焼かれたパンに、きちんと端まで塗られたマスタードとウスターソース。さくさくのカツは揚げ具合が絶妙で、中心まできっちりと火を通しつつも、肉汁の蒸発をギリギリまで抑えた見事なピンク色の断面が見えていて。

 ――そんなことから、あの若者は依然変わらず、未来へと進んでいるんだと、しみじみ思う。一歩を踏み出し続けているのだと。

「……悔しいな」

 ぽつりと、漏らした。僕がではない。一緒に食べていたプリムが、だ。テイクアウトしたふたつのうち、ひとつは当然プリムのぶんだ。ダイナー『マリウス』の夜営業前に、腹ごしらえで食べるつもりで買ったものだから、ふたりしてこうやって食べている。

「アイツ、すごいね」

「……だね」

 プリムは立ち上がって、きゅっとエプロンを締めなおした。

「夜の仕込み、見直していい?」

「……えっ、いまから?」

「うん、いまから」

 挑戦的な微笑みで、赤毛を揺らす。

「アイツ、あたしのこと、妹みたいって言ったんでしょ?」

 軽くどんな会話をしたか、なんて聞かれたので、プロポーズ云々はそれとなく伏せつつ、「妹分だと言っていた」ような話をしたのだ。

「まあ、そんなようなことを」

「だったら、なおさら。兄貴……っていうには、ちょっと不思議な関係だけどさ。孤児同士、仲良くやってて……喧嘩もして。頼ったり、頼られたり。そういう関係の一個年上のバカには、負けたくないじゃん」

「……きょうだいげんか、的な?」

「だから、兄妹じゃないって。それに喧嘩でもないかなぁ。なんていうんだろう」

 首をかしげて、プリムは笑った。

「うーん……意地の張り合い、かな。『見てろよ』って。『どうだ、すごいだろ』って。そういう張り合いができる相手、なのかもね。ライバルともちょっと違うし……そういう意味では、たしかにあいつは兄貴分だった、と思う」

「特別なんだね」

「……うん」

 恥ずかしそうにプリムは照れ笑いを浮かべて、「でも」と付け加えた。

「あたしがいま一番特別なのは、マリウスだけどね」

「……え?」

 えへへ、と笑ってプリムはさっと背を向けた。うなじも真っ赤だ。

「さ! 仕込み、見直して……もっと美味しく!」

「プリム、もっかいさっきのセリフ言って。一番特別、ってやつ」

「もー! マリウス、自分はそういうことぜんぜん言ってくれないくせに!」

 最大級の照れでプリムは大雑把に話題を変えてきた。

「ていうかさ! マリウスのほうが、こういう気持ち、わかるんじゃないの?」

「え? なんで?」

「なんで、って……ジーンちゃんと、そういう意地の張り合いとか、したことないの?」

 言われて、はたと思いいたる。ほとんどない……いや、一度もないんじゃないか? 喧嘩も意地の張り合いもしたことがない。いや、喧嘩するのが仲の良いきょうだいだ……なんていう気はさらさらないけれど。僕は転生者で、ジーンよりもずいぶんと経験だけはあったし、精神的にも早熟ではあったから――喧嘩もなにも起こさなかった。ジーンも聞き分けのいい子供だったし、僕とジーンの間に、それこそ意地の張り合いみたいなものも存在しなかった――。

「……マリウス?」

「ん? ああ、いや、大丈夫だよ。なんでもない」

 なんでもない、なんて言って、僕は心の中のもやもやを振り払った。僕とジーンは兄妹だけれど、あまり兄妹らしいことをしてこなかったんじゃないか、という不安とか、後悔とか、そういうものだ。だけど、今は後回し。

 そんなことより、夜営業だ――僕もハーマンに負けていられない。


 夜営業中、ピークタイムを過ぎた九時ごろだ。からん、とベルを鳴らしてひとりの少女が店を訪れた。無表情ながらも礼儀正しく会釈して、ダフネはカウンターに座った。

「特製ハンバーガーを。トッピングはなしで。……答え合わせに来ました」

 瓶をひとつ、カウンターに置く。中には黄色いものが詰められている。やや、表面が荒く泡立ってはいるものの――。

「プリンです。少し失敗しましたが」

「……作り方を聞いても?」

「温めた牛乳に砂糖を溶かし、卵液と混ぜて網目の細かいざるで濾して、瓶ごと低温で湯煎しました」

「正解。すごいね、ダフネさん。自分でたどり着くなんて。それも一晩で」

「いえ。師匠がヒントをくれたので。――パンと同じく温度が大切なんだ、と」

 言葉少なく、しかし若干の悔しさをにじませつつ、ダフネは言った。僕はスプーンを取って、彼女の作ったプリンを掬う。表面が少し荒く、気泡が出来てしまっているけれど、それ以外は滑らかな仕上がりのプリンだ。甘味は僕の作ったものよりも控えめで、そのぶん卵の味が濃い。牛乳の比率を下げてあるようだ。このあたりはダフネの好みだろう。大した量もなかったので、手早く全部いただいた。うまい。

「ちなみに、気泡が出来てしまう理由はわかる?」

 いわゆる『ス』が入る、というやつだ。プリンの失敗理由の大半を占める難敵である。

「蒸発です」

 やはり端的に言うダフネ。注文のハンバーガーを作るべく、パティを鉄フライパンにそっと載せる。接したところから、激しい音とかぐわしい香り、そして蒸気が上がった。

「水は常にその水面から蒸発しています。温度が上がれば上がるほど蒸発は激しくなり、蒸発は水面だけでなく内部からも発生するようになり、最後には激しく沸騰します。卵液を固めるためには熱を入れる必要がありますが、その温度は水が蒸発する温度よりも低い。卵液が固まる温度で、その間を蒸発した水分が通り抜けていくと、通った道が穴となって残るのです」

 パティをフライパンに押し付ける。さらに激しく音が鳴った。

「気泡を入れず滑らかに固めるためには、卵が固まる温度を保ちつつ、水分が内部から蒸発する温度を超えないように、慎重に気を配る必要があります。一度固まった卵を元に戻すことはできませんから」

「――いや、すごいね。さすがジェビィさんの弟子だ」

 パティをひっくり返す。――卵液が固まる温度は摂氏で約75℃以上。白身と黄身で固まる温度が異なるけれど、プリンを作るのであれば、およそ80℃程度をキープしつつ、温度がそれ以上にならないよう注意しなければならない。じっくりと加熱を続けるうちに、卵液中の水分の温度が想定よりも上がってしまうこともあるので、温度は可能な限り低くしてやるのがいい。これが難しくて、家で作るプリンは失敗しがちなのだ。調理器具が乏しいこの世界では、なおさら難しいだろう。ダフネはその難しさを乗り越えて、プリンを作った。

「誇っていい。キミは素晴らしいパン職人になるよ、ダフネさん」

「ありがとうございます」

 素直に言葉を受け取って、頭を下げる。彼女の横に座っているお客さんも、うんうんと頷いている。――ん?

「ホント、素晴らしいですわね。察するに、少ないヒントからプリンを再現したということなんでしょうけれども、いかがです? わたくしの会社に就職しませんこと?」

 まったく違和感なく会話に混ざってきたその女性を見て、僕は腰が抜けるかと思った。いつ座った? というか、いつ店に入ってきた? 最後に鳴ったベルはダフネが入ってきたときのものだし、そのとき、彼女はひとりで入ってきていたはずだ。

 銀と白が斑に入り混じった複雑怪奇な色の髪や貴族然とした華美なドレスは、だれがどう見たって目立つのに――まったく気づかなかった。

「ところで、そうですわね、わたくしも特製バーガーをいただけます? いい匂いがしますの。トッピングは全部のっけてくださいな。こういうのは我慢したら負けですの」

「な――なんで」

 そんな情けない声が出た。二度と姿を見せるな、と言ったのは彼女だと記憶しているけれど――まさか、彼女の方から出向いてくるとは。

「なんで……なんで? なぜか、と聞かれましたら、おなかが空いているからとしか答えようがありませんわね。先ほど帝都に帰ってきたばかりで、夕食を食べておりませんの」

 とぼけた返答。五年前からその美貌は一切衰えていない。――いや、むしろ磨きがかかったようにさえ見える。しかしながら、その表情は僕の記憶通り、張り付けたような笑顔だった。

「マリウス、パティちゃんと見てる? ――ってあれ、いつの間にお客さんが増えひゃわおッなんでここにいるんだオマエなんだオマエやんのかコラオマエコラあァん!?」

 プリムがカウンターに戻ってきて僕を注意してカウンターに座る貴族に気づいて奇声を上げて戦闘態勢を取った。行動のサイクルが早くて健康的だ。かわいいね。

 ――しかしながら、プリムはいま一番大切なことを思い出させてくれた。僕はパティの具合を確かめ、もう数秒焼いてから引きあげ、バンズに具材を積み上げていく。

「はい、ダフネさん、おまたせ」

「ありがとうございます、シェフ。いただきます。あと――」

 ダフネは隣の女性に、怪訝な顔を向けた。

「――はじめまして。レイチェル・タイム様ですね。私はパン屋を継ぐのでそちらに就職はしません。ごめんなさい」

 しっかりしているのかマイペースなのかわからなくなってきたな。


 なんにせよ、間違いなく当代随一のやり手経営者であるレイチェル・タイムが、いつの間にか店内にいたのだ。ハンバーガーを小さな口でもふもふと食べているダフネ以外のお客さんは、興味深そうにこちらを見ている――が、レイチェルが笑顔で手を振ると、みんな一様に目を逸らした。触らぬ神に祟りなし。対岸の火事は対岸だから安心できるのだ――自ら燃やされに来るバカはそういない。

「……はあ。銀貨一枚と白銅貨二枚になります、タイムさん」

「あら、他人行儀な呼び方ですわね。昔みたいに敬愛する我が主様と呼んでくださいな」

「他人行儀もなにもアンタは他人だし、昔みたいな呼び方は一生涯しないと固く誓っているんだよ、こっちは」

「つれないですわねぇ。まあわたくしも、正直あなたとは会いたくなかったんですけれど」

 じゃあ帰ってくれないかな。

「ふたつ、事情がありまして。手っ取り早く、大事なほうの用件からお伝えしますけれど――あなた、ナラム地域で智者(ソフィア)の称号を得ましたわね?」

 僕は手を止めて、彼女の瞳を正面から見た。それだけで、彼女がなにを求めてここに来たのか、僕にはわかった。

 商売人が、商売のタネをかぎつけてやってきたのだ。

「どこでそれを――いや、ナラム地域まで行ったのなら、知っててもおかしくはないか。でも無理だよ。おおかた、ナラム地域でタイム家がソーマを直接買い付けられるよう認めさせるのに力を貸せってところだろうけど……無理。ナラムの大精霊はそれを望んでいない。僕にはどうしようもないよ。僕はあくまで客人で、ナラム地域に介入する権限も権力もないんだから」

「あらあら。ゾト様が悲しみますわよ、そんな冷たい言い方したら」

 ゾト様――ナラムの巫女だ。顔に『巫』の一文字を彫り込んだ姫である。プリムがじっとりと僕を横目で見ている。

「ゾトって、たしか例の巫女さんの名前だよね。へぇ、悲しむんだ……へぇーえ。ほぉーん。ふぅーん」

「……プリム、ホント、前に説明した以上のことはなにもないから。ホントに」

「はぁーん。ほぇーん」

 じとー、とした半目でプリムはカウンターを出て、テーブル席を片付けに行った。それを見送ったダフネが首をかしげる。

「プリムさん、妙な鳴き声みたいなの出してるけど、どうしたんですか?」

「惚れた男が甲斐性なしな上に浮気性だから、ですわね。ダフネさんと言いましたわね。――このマリウス・カリムという男には気を付けた方がよくってよ。毒牙を持っておりますから」

「甲斐性なしは認めるところだけれども、浮気性は違うよ! したことないよ!」

「わかりました、気をつけます」

「ダフネさんまで!」

「女性のいうことはひとまず信じろ、と。師匠の教えなので」

 ジェビィ氏らしい教えだけれども、ダフネさんの素直さと相まって面白いことになっている。いや、僕の現状は面白くないんだけれども! ダフネはマイペースにもふもふと付け合わせのポテトをかじり始めた。食べるのはあまり早くないらしい。

 少女から目を離して、僕は妖怪『神出鬼没の斑髪女』に向き直った。

「……で、もうひとつの理由は?」

 僕はレイチェルのぶんのバーガーを作りつつ聞いた。客として来た以上、僕と彼女の間にどんな因縁があろうとも、料理はいつも通りに作って、いつも通りに出す。それに――彼女が、いまの僕が作る料理にどのような反応を見せるのかも、気にならないと言えばうそになる。五年間、いろいろなところでいろいろな料理を食べてきた。当然、僕なんか足元にも及ばない、洗練された料理人は何人もいたし、学ばせてもらった。

 だからこそ、わかったのだ。レイチェル・タイムは――その態度がどうあれ――僕がこの五年間で見てきた料理人に引けを取らない、ホンモノ中のホンモノ。食文化の探求者なのだと。惨敗を喫した五年前と、いまの僕。彼女の舌はなにを感じるか――試してみたい。

「五年ぶりですもの。せっかくですし、顔を見ようと思いまして」

 ……。なるほど。

「なにを企んでいる……!?」

「心外ですわねぇ。本当に、顔を見に来ただけですわよ」

 レイチェル・タイムは、そこで作り笑顔をやめて――いつだったかも僕に見せた、本物の微笑みを浮かべた。

「あなたとは浅からぬ因縁がありますから――ね」

「レイチェル・タイム……」

 昨日の敵は今日の友、という言葉を信じているわけではないけれど、思わず心に響いた。そうだった、彼女は悪役ではあっても、人の心がないわけではないのだ。貧民円街に雇用を生み出したり、滅びの運命にあった村を巻き込んで工場を作ったり、偽悪的な言動に隠された本性は、そう――未来のために一歩踏み出せる、慈悲にあふれた勇者のものであるのだ。

「――ええ、その因縁浅からぬ相手が政略に巻き込まれててんやわんやしていると聞いたらいてもたってもいられず、どんな顔で苦しんでいるのかわたくしもう気になって気になって」

「ひとの心がないのか、貴様には」

 思わず貴様などというめったに使わない言葉まで漏れてしまった。僕の感動を返してくれ。というか、今日帰ってきたのにもう知っているとは。さすがの情報力だ。

「わたくし、もう少し外国にいる予定でしたけれど、所用あって帰ってきて――よかったですわ。あなたの顔が見られて――いいぞ、もっと苦しめ……!」

「くそ、本当にいい笑顔するようになったなアンタ……!」

 ポテトを食べ終わったダフネが僕とレイチェルを順番に見て、「なるほど」と呟いた。

「お二人は仲がいいんですね」

「「違います(わ)」」

 声がそろってしまった。



書籍第一巻発売中です!

電子書籍もありますのでおうちでの読書にどうぞ。

たくさん売れると続きが書けます。

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