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異世界ダイナー 異世界に赤と黄色のハンバーガーチェーンが出店してきて僕の店がヤバい  作者: ヤマモトユウスケ@#壊れた地球の歩き方 発売中!


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侵略のセントラルキッチン 4-6

 と、終わればきれいだったけれど、現実はそんなに甘くないというか、なんというか。

 僕がやっぱりどうにも無気力に過ごしていると、営業していないカフェ・カリムにテックさんをはじめとしたいつもの四人が集まって、勝手に酒盛りを始めたある夜。冷静になるとなんだこのシチュエーション。自分のとこでやれ。

 話題は当然、テックさんの新しい事業のことになった。

「どうなの、実際。うまくいってるの?」

「楽しいぜ? うまくいってはいねえがな」

 ガハハと笑ってテックさんは言った。笑ってる場合か。

「話を聞いた段階では、うまくいきそうな話だと思ったのだがね」

「いや、売れてねえわけじゃねえんだ。だが、大儲けってほどでもねえ。ノックアウトバーガーのほうがまだまだウケてる、って感じだな」

「ヨーグルトソース、あれ、レシピもらえんか? パンに使いたいんじゃが」

「企業秘密だ、言えねえよ。――カリムも言うなよ? あれはおれが買ったレシピだ」

「言いませんよ、別に。」

 ガバガバと持ち込んだ酒を飲むテックさんに、なし崩し的に作らされたツマミのカプレーゼの皿を渡しつつ、僕も席について安物のショットを一杯煽った。

「お、今日は飲むのか。珍しい」

「むしろなんでアンタらがここで飲んでるんだ……? 閉店中だぞ……?」

「開店する予定はあるの?」

 コロンさんにそんな風に問われ、僕は返す言葉を失って、黙って酒をもう一杯飲んだ。

「あら、残念ね。テックのところで料理の教導してたの、ちらっと見たけど。とっても楽しそうだったわよ、あなた」

「……料理は楽しいです。やることがあるのも、悪くなかったです」

 手元に集中する時間は、自分自身がいかに空っぽかということから目をそらせた。

「でも、違うのね?」

 と、コロンさんは優しく笑った。トーアさんが静かに自分のグラスを僕のショットにぶつけて、

「キミは若い。それがいいことかはわからないがね。キミ次第でいいことにはなるだろう」

 この人にしては珍しく、口を弓の形にして言うのだ。

「すまないね。私たちは、キミに……押し付けていたように思う。考えることを、キミに」

 酔っているな、私は。とトーアさんは静かに言葉を挟んでから、つまりは酔いに任せて、恥ずかしいことを言います宣言をした。

「考えて、行動する。自由にやれる。それがどういうことか……どうすればそうなるのか……私には、まだ、なんともわからないことだが」

「……僕にも、わかりませんよ」

「きっと、それでいいんだろうと、そう思う。だって、そうだろう? テックを見てみるがいい」

「ん?」

 カプレーゼのトマトとモッツァレラチーズを六層に重ねて口に持っていこうとしていた男を見つつ、トーアさんはしみじみと言った。

「この男もきっと、よくはわかっちゃいないが……それでもやってみれば、面白いこともある。そういうことなんだろうね」

「わからなくても、見えるものがあるんだって」

 テックさんは空になった皿を僕に差し出しつつ――なんだそれは、おかわり希望ってことか?――楽しそうに言った。

「成功のビジョンってやつだな。現状、うまくいってねぇが、それがどうすればうまくいくのか、若い衆やら、屋台の連中と一緒に頭抱えてやってんだよ」

「それ、ただの理想っていうんじゃないかの」

「いいじゃねえか、理想。理想があって、それを阻む問題があって、おれたちは今それに立ち向かっている。夢見るだけじゃねえ、現実にするんだっていう挑戦なわけだ」

「……で、テックはいまどういう問題を抱えているわけ?」

「思ったほど売れてねえ、ってのが第一の問題だな」

「ちゃんと宣伝しとるのか? まだ一週間じゃろ。まずは知ってもらわんと」

「知名度の問題もあるだろうし、それは適宜やっていってるが、それ以上にノックアウトバーガーがやっぱり強いんだわ、これが。出店してない東西のエリアはそれなりに売り上げがあるんだが、かといってそこに屋台が密集すると一台一台の売り上げは下がるからなぁ。あ、これ、第二の問題な。屋台出す場所で喧嘩があったんだよ、昨日」

 貸し出すだけで、どこでやるかは自由。そういうやりかただと、「稼げるエリア」の奪い合いが始まってしまう。それは、テックさん的にも避けたいことなのだろう。

 と、カウンターで飲んでいたトリオデさんが、胡乱な瞳でこちらを見て、言った。いやちょっと待って。なんでアンタまでいるの。

「ウチも食べたけど、あれ、おいしいよねぇ。稼げるエリアが欲しいんなら、あの屋台、ダンジョンの前とか、街道沿いに出してよ。ぜったい儲かるで」

「ねえ、トリオデさんはいつ入ってきたの? そしてなんでウチで飲んでるの?」

「いや、ダンジョンつっても、街ほど人がいるわけじゃねぇだろう。街道沿いもそうだ。人通りがどれくらいあって、一日に何食くらい売れるのかってのもあるし……」

「街から一番近いダンジョンで試してみる、ってのはどうかしら。迷いの森なら、冒険者以外に行商人も寄るし、ちょっとした町くらいの規模あるわよ? 実際、キャンプ町って言われてるくらいだし」

「ねえ、トリオデさん?」

「んー、ありな気がしてきたなぁ。……だが、いや、ダメだ。屋台が外を走ることを想定してねぇ。街中ならまだしも、外のことを想定するなら、それ用の屋台をまた作らなきゃならねえ。そうなると、ただの木組みじゃいけねえだろ。建築できるやつにも依頼入れつつ、街の外で商売する話の権利関係も確認しつつ……そうなると、その特別な屋台を作る金がねえやな」

「お金、ねぇ。どっかにパトロンとかおればええのにねぇ」

「トリオデさん、目をそらさないで。こっち向いて。ねぇ。おいこっち向け」

 妙齢の魔女は流し目をくれた。

「そういう意味じゃねぇ……!」

「いやだって、久々に灯りがついててんもん、てっきり営業してるんやと思って……」

 なんやかんやなし崩し的に人が増えていく気配がする。これはまずい。ひとまず、もうこれ以上ひとが入ってこないように、慌てて立ち上がって入り口を厳重に施錠しようとしたところで、

「おや、やはりやってはいないのかい」

 紳士な貴族、サニーさんが、そこにいた。

「……ええ。ちょっと、酔っ払いが勝手に上がり込んできただけで……」

「そうか。それは、残念だ。いや、残念だ――ねぇ、お嬢さん」

 彼のうしろに、隠れるようにして、給仕姿の少女が――いた。

 慌てて駆けてきたのだろう。息を切らしている。

「マスター……あの、お店、するのかと思って……急いできたんだけど……」

「――プリム」

「ダメ、かな……?」

 潤んだ瞳で、そう聞かれて。なんだかもう、ぜんぶ、仕方がないかな、という気分になってしまった。つくづく、僕という男は意思が弱い。

「……食材もお酒もほとんどないんだ。テックさんたちが勝手に持ち込んだ分があるだけ。お客さん、これ以上は入れないからね」

「……じゃあっ」

「今日だけだから。――明日はやらないよ」

 僕はふたりを招き入れて、今度こそ、しっかりと施錠した。

それじゃ、料理しよっか。

 テックさんが持ち込んだのは、それなりの量の味付けされた鶏肉――というか、屋台用に用意したけれど、余ったケバブのようだった。大串に刺し重ねる前の。

「すでに味付けされてるからね。串とオーブンもあるから、ケバブは焼けるけど、それじゃ――」

「――つまらない、でしょ?」

 プリムを傍らにおいて料理するのは、なんだかとても久しぶりな気がする。嬉しくないといえば、嘘になる。

「さすが、プリムはよくわかってるね」

「ンふっへへ」

 どういう笑い方だそれは。

「いやちょっと、嬉しさがこみ上げちゃって……つい」

 なんか推しに会ったときのオタクみたいな笑い方したよね、今ね。ともあれ、

「まずはこの下処理済みの鶏を、鉄板で焼く。鶏ももの部分を選んでもらっていい?」

「わかった。ジューシーなほうがいいってことだね」

 プリムは楽しそうに、肉の山から人数分のもも肉を引っ張り出してきた。

「そう。よくおぼえてるね」

「マスターの言ったことだからねー。それに……アタシも、ちょっと、料理しようかなって思って」

「……作るより食べるほうが好きなプリムが?」

「食べるほうが好きだけど、それはアタシにはそんなことできないって思ってたから。でも、アタシには新しいことを始める自由があって、できないことをできることに変える努力をする自由もあって……そう思ったら、なんか、やってみたいなって思ったんだよ。そしたら、ほら」

 はにかむように笑って、言うのだ。

「アタシだって、勇者だ」

 その言葉は、とても温かく、優しく、そして鋭く、僕の心の深いところにまで、すっと突き刺さって、満たした。そっか。僕は勇者にはなれない。それが、ひとつの虚無だった。お助けキャラ。僕はそれでいい。そんな風に考えて。けれど、当たり前だけれど、お助けキャラも、彼自身の人生を生きている。テックさんも、トーアさんも、ジェビィさんも、コロンさんも。そして、プリムも。僕だって!

 僕自身を生きなきゃ。だから。

「――僕も、なんか始めてみよっかな。新しいこと、やったことないこと……してみても、いいのかな」

 すると、プリムはくすりと笑った。

「だれに聞いてるんだよ、マスター。いいに決まってるでしょ。あなたのことは、あなたが決めていいの」

「……ありがとう」

 自然と、そんな言葉が出た。

「どういたしまして。さ、マスター。料理、しましょ?」

 プリムは酒をかぱかぱ飲んでいる大人たちを指さして、言った。

「じゃないと、腹ペコさんたちが暴れだしちゃうかもよ?」

「それは困る。それじゃ――」

 油を入れて温めておいたフライパンに、皮を下にして鶏もも肉を並べるわけだけれど、その前にすりこまれたスパイスのソースをきっちりと拭っておく。焦げるからね。味はすでにしっかりと染み込んでいる。鉄板の上で、じっくりと待つ。皮から脂があふれてきて、じうじう、ぱちぱちと音を立てるけれど、焦げ付き防止のために軽く動かすくらいで、ただ待つ。皮をパリッと仕上げるにはいくつかコツがあるけれど、遠赤外線を用いずに仕上げるのであれば、鶏自体から出た脂で皮を揚げ焼きのようにしてしまうのが、一番楽だ。その分、もちろん脂っぽい仕上がりになるけれど、それでいい。

 あわせるのは、トマトとモッツァレラ。さきほどカプレーゼに使ったものの余りを刻んで、和えて、こちらもフライパンで温める。鶏の脂を少し加えて、こちらも焦げないようにかき回していると、トマトから出た水分が脂と合わさり乳化して、とろみのあるソース状になる。

 鶏肉は、皮がこんがりとして、下半分ほどが白く火が通っているようなら、ひっくりかえして、さらに三分ほど待つ。三分待ったら皿に移して、余熱でじっくりと火を通す。これで、ふっくらとジューシーに焼きあがる。

 ジェビィさんが持ってきた白パン――今朝焼いて、売れ残ったものだろう。少し硬くなっているので、薄く切り、こちらもはしっこがかりっとする程度にあぶったら、レタスとチキンを挟み、トマトとモッツァレラの簡易ソースをかけて、できあがり。ケバブバーガー……いや、スパイシークラブサンドといったところだろうか。ヨーグルトソースではなく、モッツァレラが辛味をやわらげつつ、コクのある調和を生み出してくれる。

「どうぞ。……けっこう、手抜きだけどね」

「手抜きでこれなら上出来だろ。うめぇ」

「皮のパリッとした食感がいいわよね。鶏だけど、しっかりこってり脂がのってるのもいいわ。お酒が進んじゃう」

「……だが、トマトとチーズの組み合わせは、さきほどのカプレーゼと同じだ。……カリム、これで終わりじゃないだろう?」

 聞かれて、僕は頷く。もちろんだ。

「これはもも肉です。むね肉のほうも持ってきてくれていたので――プリム、できた?」

「うんっ」

 にこにこと、彼女が大皿に盛りつけた揚げ物を持ってきた。それは、スパイスで味付けされたむね肉を揚げたフライドチキン。

 もともと味付けはしてあったし、僕が揚げ物を作る様子を、彼女は何度も見てきていたから、そこまで厄介な料理ではなかっただろう。油の温度や、揚げるタイミングなどは、僕から細かい指示を出したし。でも、これはプリムが作った、はじめてひとに出す料理なのだ。

「どうぞ! ちょっと焦げちゃったのもあるけど……おいしいよ! 二個つまみ食いしたからわかる」

「素直に申告したら許されるシステムではないんだけども」

 まあいいか。いつの間にか寄ってきていたトリオデさんが真っ先に手を伸ばし、「いっただきぃ!」と叫んでいる。僕もひとつ、アツアツのそれをざくりと噛んで、味わう。うめぇ。脂肪分の少ない胸肉ではあるものの、その旨味はきちんと片栗粉の衣の中に封じ込められていて、噛みしめるほどに、辛味と旨味を感じられる。衣のカリカリ、ザクっとした食感もちょうどよくて、やみつきになる味だ。

「おいしいよ、プリム」

「ンふっへへ」

 ジイさんがそんな僕らを「いちゃつきにためらいがなくなってきておるの、こいつら……」と驚愕の目で見ているが、それはさておき。

「サニーさんも、せっかくですし……こっちで飲みませんか?」

 いつも通り、カウンター席でひとり嗜む老紳士を、誘ってみる。

「……いいのかい?」

 その場にいる面々を見ると、みんな、笑顔で頷いたので、サニーさん用に椅子をもうひとつ用意する。老紳士はすらりとした指をチキンに伸ばし、かぶりついた。

「うん。このチキン、おいしいね。屋台のケバブサンドも食べたが、あれはやはり、カリムくんの料理だったか」

「好評みたいで、よかったです」

「そうだね、屋台をひとつ、次の園遊会に呼びたいと思っているくらいだ。――どうだね、テックくん」

 急に話を振られたテックさんは、驚いた顔で「お、おれ?」と言っている。屋台やってるのはアンタなんだから、アンタ以外いないだろう。

「いいんですかい、おれの屋台なんかで」

「もちろんだとも。なんなら、私もあの屋台を始めたいくらいだ」

「はっは、そりゃ御冗談がすぎますぜ、ダンナ」ダンナ呼びするまでマッハだったなこの人。

「いや、それがあながち冗談でもなくてねぇ」

 サニーさんは笑って、指を二本立てた。

「ひとつめの理由。貴族は領地収入で暮らしている。つまりは、領地に課す税で生きているわけだが、この帝都のように、テックくんのように――いずれは各領地でも自由な商業活動への運動が興るはずだ。もしそれを抑えつけたとすれば、領地からの人口流出、特に人権を買い戻さない状態での脱走は避けられないだろうね。領民は帝都か、あるいはタイム領を目指すことになるだろう。あそこには自由があるぞ、とね」

 人が減れば、領地は力を失う。税収は減り、働き手も減り……今以上に、帝都とレイチェルの立場が強くなるだろう。

「だから、私はこう思うわけだ。それならば、貴族も帝都同様に領地内での商業許状の発行を緩和し、多くの民が自由な商売で切磋琢磨できるようにすればいい、と。帝都に行かずとも、帝都同様の自由を得られる領地ならば、力は失うまい。――むしろ、近隣の領地から、人口が流入して、さらなる発展が望めるだろう? このあたり、先んじた方が強いのは、言うまでもない」

 指をひとつ折りたたみながらw、サニーさんは続ける。

「だが、ゼロから始めるのはハードルが高い。自分の仕事以外の知識を得るチャンスのない平民ならば、なおさらそうだ。ならば――モデルケースを提示し、それを真似するところから始めるべきだと思わないかい?」

「……おれの屋台を、アンタの領地に持っていく、ってことか?」

「そうなる。まあ、聞き流してくれて構わない。酒に酔う場での思索に過ぎない――」

「いや、待ってくれ。ちょっと待て。考えるから――よし考えた。ダンナ、条件をひとつ、呑んでくれるなら、おれはやるぜ」

 と、テックさんが食い気味に返した。顔役の残り三人や、トリオデさんは固唾をのんで見守っている。僕はフライドチキンをひとつ摘まんで、プリムと「これ本当によく揚がってるよ。さすがだねぇ」「ンふっへへ」みたいな会話をしていた。

「帝都の外のある場所に、少し特別な屋台を出したい……と、思っているんだが、資金が足りねぇから屋台が作れねぇ。それに、うまくいくかもわからねぇし、そこに出す金もねぇ。そこにアンタ、出資してくれねえか? 金をどぶに捨てるかもしれねぇことを、一緒にやってくれたりはしねぇか」

「ふむ。それは――面白いことかね?」

「確実に、おもしれえ」

「だったら、やろう」

 サニーさんは、二本目の指を折りたたんだ。

「ふたつめの理由だ。自分で商売をする自由は、レイチェル・タイム同様に私たち貴族にもある――それは、非常に面白そうなことだと思わないかね?」

「……ダンナともっと早く酒を飲んでりゃよかったぜ」

 硬く握手を交わす二人を見て、僕はなんだか、とてもうれしくて、それでいてどこかうらやましい気持ちになった。僕の関与しないところで、話が進んでいく――そういう悔しさと、喜びだ。。

 ぱんぱん、とコロンさんが手をたたいて、

「さ、仕事の話は酔いがさめてからしなさいな。じゃないと――このチキン、ぜんぶアタシらが食べちゃうわよ」

「というか、わしはもうこっそりお主らのキープ分に手を出しておるぞ」

 テックさんとサニーさんは顔を見合わせて、慌ててフライドチキンに手を伸ばした。

「やっぱうめぇな! これ油で揚げるだけか? うちの屋台でもできるか?」

「うん、うまい。いや、しかしさすがはカリム君だね。この肉のベースの味付けや、屋台で売っているアレ。たしか、ケバブとは南方の料理だろう?」

「え? あ、はい。そうですね、中東とかの――あれ?」

「やはりか。いや、若いころ、学友と見聞旅行をしたんだが、同じものを共和国の端で食べた思い出があってねぇ。そのとき、世界は広く、うまいものがまだまだたくさんあると感動したものだ」

 酒に酔った脳で、がんばってサニーさんの言葉をかみ砕く。え、ええと……その。

「その地でも、その料理はケバブと呼ばれていたんですか……?」

「うん? そうだったと思うが……いや、どうだったかな。なにぶん、もう半世紀近くも前のことだからねぇ……それが、どうかしたかい?」

「……いえ。大したことでは」

 そうか。そりゃそうだ。僕がいて、レイチェル・タイムがいて、それ以外がいないなんて――そんなわけはないのだ。世界は広いんだから、転生者のひとりやふたりや、十人や二十人や――ひょっとすると何千人も、いるのだ。

「南方――共和国のあたり、でしたよね」

「ああ。興味があるなら、今度、当時の記録を見てみよう。詳しい地名もわかるはずだ」

「ええ、ぜひ」

 酒精に揺れる頭でも、おぼろげながら、僕のやりたいことの輪郭が、見えてきたような気がした。

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