侵略のセントラルキッチン 3-4
大勢のために料理を急いで作らないといけないときは、可能な限り、ひとつに対する作業工程を減らすことが大事だ。
ハンバーグを例に挙げてみよう。成形までの作業はまとめてできるけれど、成形からは別だ。焼き上げも、大きな鉄板を使えばかなり時間を短縮することができるけれど、それだってひとつひとつひっくり返していかなければならないことに変わりはない。つまり、ハンバーガーの材料があるからといって、安易にハンバーガーを作るのは得策ではない、ということ。
では、この場においてはなにを作るべきか。
「汁物を作ります。パンは、焦げがひどいところを切り落としておいてください。ミンチ肉はパティと同じ要領で練っておいてください。味付けも塩コショウで結構です。野菜はあるものを一口大に切って、皮とかはよく洗ってからこっちに回してください。それと、肉あるんだから、牛骨もありますよね? それもこっちに回してください」
おばちゃんたちに指示を飛ばすと、彼女たちは予想以上に迅速に対応してくれた。
「社長が来ると、けっこう好き勝手にこき使ってくれるからねぇ。慣れてるよ、このくらいは。なんならもっと言ってきな。やってやるから」
頼もしすぎる。
ともあれ、時間が増えるわけではないので、僕も全力でやっていく。まずは回ってきた牛骨――「いまからダシとってたんじゃ間に合わないよ」と言われた――の中の一本を手に取る。地球ではあまり馴染みのない食材だった。
BSE――いわゆる狂牛病。牛の脳をスポンジ状にしてしまうという、聞くだけだとなにかスタンド攻撃じゃないかと思うようなこの病気は、なんと人間にも感染の恐れがある。その媒体となる部位はいくつかあるけれど、脊椎もその一部だ。テールスープや牛骨スープが流行しなかった理由が、ここにある。もちろん、お店で提供される場合、安全を確認された牛のものを使っているのだろうけれど、ただ『牛骨である』というだけで忌避されがちになってしまい、お客のほうから敬遠してしまったという背景がある。
同じようなことは、ほかにもあった。食中毒を多発させたレバ刺しなんかは、僕が学生の頃の話だっただろうか。レイチェル・タイムは安全性を確認したうえでレバーペーストの使用を決めたといっていた。村人を実験体にして。
では、この世界でも牛骨は危険なのかというと、そうではない。帝都を含む多くの地域では牛骨はかなりメジャーな食材で、伝統食の一種にも牛骨のスープがある。少なくとも帝国なら、牛骨スープは使っても問題ない部類の食材だ。
でも、ダシをとる時間がないという指摘は、まったくもってその通りだ。だから、裏技を使う。
まず、熱湯に骨を入れる。数分で湯から上げて、キッチンに置いてあったバカでかい包丁の背でたたき折る。ガッチガチに硬いので、久々に魔力を身体に回して身体強化の真似事までした。それから、骨の内部にある骨髄をスプーンで掻き出す。
牛大腿骨の骨髄――モアロ。
ここからは、非常に濃厚なダシが出る。もちろん、骨ごと煮出したほうがおいしいんだけど、時間がないならないで工夫すべきところだ。ばらけないように綿の袋に入れて、さらにそこによく洗った玉ねぎの皮、ジャガイモの皮、キャベツの芯などの野菜くずも入れていく。捨てられてしまう部位にも、うまみは残っている。
できあがったのは、即席のダシ袋。これを鍋の中に入れて、湯を沸かす。二十分ほど灰汁をとりながら煮出すと、黄金色のスープが出来上がった。
「ふぅん、あんた、なかなかやるわね」
おばちゃんのひとりがツンデレみたいなセリフで褒めてくれた。
「これで生計立てましたからね、いちおう」
つぶしたトマトを大量に入れれば、黄金色のスープが真っ赤に染まった。ここで一度味を見て、塩コショウで味を調える。火の通りにくい野菜から順に入れていく。練ってもらったパティを手にとり、親指と人差し指でわっかを作り、握りしめるようにして押し出せば、肉団子になる。それの表面に小麦粉をまぶして、一度油で揚げてから、スープに投下していく。表面を揚げることで、中で煮崩れしにくくなるし、うまみも閉じ込められる。量はとにかく多めに作っておいた。八十人分近くはできたはずだ。お代わりも十分できるはず。概算だけど。
これで一品。パンはそのままスープにつけて食べるようにすればいいとして、
「スープとパンだけじゃ寂しいな……」
残りは十五分。いけるか? レイチェル・タイムの指令では、栄養価のことにも言及していた。だから、
「卵、用意してください。付け合わせにゆで卵を作ります」
あいよー、やっとくよー、という威勢のいい掛け声とともに、手際よく鍋と卵が用意されていく。
あとは――なんだっけ。栄養のバランスがよく、おいしくて、労働者のためになる料理――。労働者のためになる、という言葉が、妙に引っかかった。
労働者のためになる。彼らは長時間働いて、疲れ果てて、けれど明日も仕事を抱えてここに来る。ふと脳裏によぎるのは、エノタイドくん。彼は労働者だ。明日に希望を持ち、毎日を必死に生きている労働者。働くことだけが生きることじゃない、とは思う。でも、それは――きっと、働かなくても、最低限の保証がある環境で育った、僕だから思うことなんだろう。彼らにとって、職を失うことは、死ぬことだ。
毎日を生きている彼らに、必要なもの。それが労働者のための料理。労働者といえば、カフェ・カリムの常連たちも、仕事終わりに来ていたんだったか。彼らは、日々の愚痴を言いあいながら、それでもこれからどう働くかのことを相談しあい、騒いでいた。その傍らには、いつも――あれがあった。ここにあるかはわからない。でも、きっとある――と思う。あの女なら、如才なく用意していると、僕の貧弱な想像力でも予想できた。
考え込んだ僕を、手伝いのおばちゃんたちは、なぜか緊張の面持ちで見ていた。
「……あの」
考えていても仕方がないので、僕は聞いてみることにした。
「ここ、酒っておいてありますか? エールとか」
おばちゃんたちが、なぜか嬉しそうに、
「あるよ。さ、配膳しようか」
と笑った。
がやがやと食堂に活気が満ちる中、一足先にやってきたローランさんが、合格だ、と僕が作ったごはんを食べつつ、言った。
「味も申し分ないし、栄養価もまあ、及第点だろう。ばあさん連中が知らない技術も見せてくれたようだし、そのままいくつか帝都で使っているような技術を教えてやってくれ。知ってるメニューが少ない上に、材料もワンパターンだから、どうしても単調になっちまうんでな」
ぐい、とエールを飲んで、ローランさんは無表情だけれど満足そうに息を吐いた。
「なにより、これだ。意地の悪いテストで悪かった。社長から、酒を隠しとけって言われてたもんでな」
「らしいですね」
そう。僕は、試されていたのだ。労働者のために、エールを……つまり、嗜好品を用意できるかどうかを。おばちゃんたちが緊張の面持ちで見ていたわけだ。
「一日の活力ってわけじゃねえが、料理に一杯これがついてるだけで、おれたちは元気になれる。そんで、いい気分で家帰って横になって、こう思うのさ。『今日はよく働いた。明日もがんばって働こう』ってな」
ちら、とこちらに目線をくれる。気を遣ってくれているんだ。このひとは……大人だ。レイチェル・タイムが管理責任者を任せるわけだ。だったらいまは、その気遣いに甘えよう。
「エノタイドくん、どこにいますか? ちゃんと謝罪したいんです」
さっきは言えなかったから。
「あいつはいつも、右端の列で食う。まわり、バカが集まりがちだから気をつけろよ」
「ああ、それなら大丈夫です」
笑って言う。
「僕もバカなんで」
違いないな、とローランさんは薄く笑った。
歩いていくと、まわりから、微妙な目線をもらう。さっきの、エノタイドくんとのやり取りを見ていたひとたちだろう。仕方のないことだけど、やっぱりいたたまれない。でも、いたたまれないなりに、僕は前に進んでいかなきゃいけないんだ。
エノタイドくんは、僕に気づくと、気まずそうな顔をした。
「……どもッス」
「あ、うん。さっきぶり、だね」
きっと、僕も同じように、気まずい顔をしていることだろう。彼の周囲では、労働者仲間が身構えている。一触即発、みたいな雰囲気だ。僕がなにか物申しに来たように見えるんだろう。
「……飲んでるかい?」
「え? あ、はい。いただいてます」
「そっか」
沈黙。
ふと、前世のことを思い出した。小学校のころ、喧嘩した友達と三日間ずっと気まずいままだった。あれはどっちから謝ったんだっけ。どっちが悪かったんだっけ。忘れてしまったけれど、いまはとにかく僕が悪いし、僕はもう子供じゃない。――少なくとも、大人になりたいと、そう思う。
「エノタイドくん。さっきは――ごめん。キミの……キミたちの希望を汚したことは、許されることじゃないけれど、それでも、ごめん」
頭を下げると、エノタイドくんは、うぇえ、と妙な声をあげて慌てた。わかりやすい。
「あ、頭をあげてくださいッス! そんな、気にしちゃいないッスから!」
「……本当に、申し訳なかった」
「ああもう、本当にめんどくさいひとッスね、アンタ! もう……じゃあ、一個だけ言わせてもらっていいッスか?」
どうせなにか言わなきゃ満足しないんでしょ、とエノタイドくんは口を尖らせた。
「これ! このスープ!」
「……口に合わなかった?」
「うまいッス! ダシも味付けも絶妙だし、肉団子はじゅわっと肉汁があふれてうまいし、野菜にもしっかり味が染みていて、超うまいッスよ!」
ほほを膨らませて、エノタイドくんは言った。
「こんなにうまいのにお代わりが一回だけなんて、ひどいッス!」
ぶふ、とだれかが噴きだして笑った。それにつられて、まただれかがくっくっと笑う。笑いは伝染していって、次第にみんなが笑い始めた。
「な、なんで笑うんッスか?」
エノタイドくんは顔を赤くしてみんなをにらむ。それに対して、ころころと鈴の音のように笑う美少年が、歩み出て応えた。
「あなたが良いひとで、素直だからですよ。そこまで素直だと、逆にちょっと心配です」
笑い声の中で、美少年――ウィステリア・ダブルがビールジョッキを掲げた。
「さて、いつもは一杯だけですが、私が許します。みんな、もう一杯飲んでいいですよ。私の奢りです」
歓声が、笑い声を打ち消した。みんながビールジョッキを持って調理場のカウンターに並んで、新しい一杯を注いでもらっていく。外はもう暗くて、ふつうの農村ではみんな寝ている時間だけれど、カシ村ではまだ騒ぐ時間帯だ。帝都のように。帝都よりも元気に。
「さあ、みんな持ちましたね? では――おいしい料理と、素直な若者に! 乾杯!」
みんながビールジョッキを高く持ち上げて、それから、一気に飲み干した。ダン、と飲み干したビールジョッキをテーブルに叩き付ける音が続く。最後のひとりが音を立てて叩き付けると、わあっとみんなが沸いた。
セントラルキッチンは毎日稼働している。ほろ酔い気分の労働者たちは、自分の寝床へと戻っていく。明日も働くために。明日も、その明日も。そんな毎日の積み重ねが希望に届くと信じて。
僕は調理場に残って、テーブルを拭いていた。テーブルをきれいに拭いたあとは、食器を洗って……やることはたくさんある。疲労を感じつつ、同時に――僕は、充実を感じていた。
「どうでしたか。初日から盛りだくさんだったようですけれど」
「……ウィステリアくん」
「片付け、終わりそうですか? 少しお話があるんですが」
「いや、まだ少しかかりそうだけど……」
そこで、調理場のほうから「行っといで!」というおばちゃんの声が届いた。どんな地獄耳だ。顔を見合わせて苦笑しつつ、お言葉に甘えることにした。
「外へ行きましょう。この辺りは星がきれいに見えるんです。帝都もきれいですけれど、なんというか、あそこは――埃っぽいでしょう?」
いたずらっぽく笑って、ウィステリアくんは僕の手を引いた。




