侵略のセントラルキッチン 3-1
がたがたと馬車が揺れる。
草原の中で一本伸びる土の道。幌馬車が二台余裕をもってすれ違える程度の道幅。
ここは帝都の南――帝都の外。
幌馬車の、ふたりがけの御者席で、僕はぼんやりと空を見上げている。本日も晴天なり。草原に吹く風は清涼なり。されど我が心空虚なり。そんな感じ。
「――どうかされましたか?」
と、隣から声をかけられた。
横目で見やると、金髪をゆるやかに風に遊ばせる美少年が、にこりと笑って僕を見ている。その手には手綱が握られていて、幌馬車を引く馬を器用に操っていた。
ウィステリア・ダブル。レイチェル・タイムの従者。
「いや……いい天気だなって」
「ふふ、そうですね。こんな日は、日向ぼっこして眠ると気持ちよさそうですよね」
猫かきみは。しかし、たしかに絶好の昼寝日和に見える。
「寝てもいいんですよ? 寝不足のようですし」
「……いや、いい。この揺れじゃ眠れそうにない」
「でも、ここで眠っておかないと、ついたあとつらいですよ。――この一週間、まともに眠れていないんでしょう?」
一週間。たしかにそうだ。眠れていない。
レイチェル・タイムに敗北したあの日から、まともに眠れていない。忙しかったとかじゃない。目を閉じると、悪夢で目覚めてしまうだけ。
そう、悪夢――負ける夢で。
夢の中で、僕はいろんな料理を作るのだけれど、その料理すべてがレイチェル・タイムの作った料理に敗北するのだ。トラウマにもほどがある。
「……なんで寝てないってわかるんだ」
「見ればわかります。お嬢さまも一週間徹夜すると同じようなクマができますし」
「……いいのか? お嬢さまって呼んでも。社長って呼ばなきゃいけないんじゃないの?」
「そうですね。その通りです――でもここにはいませんから」
いいのかそれで。と思わなくもないけれど、まあどうでもいいか。呼び方なら僕よりマシだ。
「それに、ほら。ミスター・カリム――あなただって、ここではお嬢さまのことを『あの女』だなんて呼んでいるじゃありませんか」
「……告げ口とかしないよね?」
「ええ、しませんよ。いつなんどきたりとも『敬愛なる我が主さま』と呼ぶだなんて、かなり厳しいところがあるでしょうし」
「よく考えたら厳しいっていうか痛々しいよな、ただただ痛々しいよなコレ」
呼ぶ僕も――呼ばれるあの女も。敬愛なる我が主さまって。正気か。正気じゃないか。正気じゃないわ。僕もあの女も前世の記憶あるとか言ってるしな。
「まあ、許してあげてください。お嬢さまはいやがらせが趣味なんです」
「いやな趣味だ……」
「生きがいなんです」
「性根が腐ってる……」
というか、
「ウィステリアくん。きみの主人に対する悪態をここまでスルーしていいの?」
「お嬢さまがいやな趣味で性根が腐っているのは事実ですから」
「きみ涼しい顔してなかなかなことを言うよね」
たぶん、この美少年も正気ではないんだろう。大丈夫かこの会社。
と、そうだ。
会社――ノックアウトバーガーは会社なのだ。おどろいたことに、レイチェル・タイム所有のノックアウト社が経営するハンバーガーチェーン店という立ち位置らしい。店名考えたやつセンスないよね。あの女のことだけど。
ただし、会社とはいっても株式などないこの世界のことなので、レイチェル・タイムの固有資産で経営されている単なる事業である。
「……ずっと気になっていたんだけれど、レイチェル・タイムもどうしてこんな面倒な方法でやってるんだ?」
「あれ、ミスター・カリムはお嬢さまの目的を聞いていませんでしたっけ」
「聞いたから、だね……」
世界征服。ハンバーガーチェーンで世界征服ってよく考えたらすごいこと言っているよね。
「では、おわかりになるかと思います。ミスター・カリムはお嬢さまと同郷だというお話ですし、なおさらすぐにわかるのではありませんか?」
「……聞いたのか」
「ええ。私とお嬢さまはごみの山で生まれて以来、ずっと共に過ごしてきた仲です。知らぬ道理もありません。あなたもおそらくはそうだ、と聞いています」
「……そうか」
美少年は、薄く微笑んだ。
「正直、私はあなたがうらやましい。ミスター・カリム。私はお嬢さまと共に過ごしてきましたが、同じ目線でものを見たことなど一度もありません。しかし――あなたなら、それができる」
「……そんなに簡単な話じゃないよ。彼女と僕の知識の量の差は、砂粒と大山くらいの差があるもの」
「そうでしょうね。それは見ていればわかりました――失礼ながら。けれど――それでも、やはりうらやましいのです。私には、どれくらいの差があるかさえ推し測れないのですから。私には、お嬢さまと私を比べて測るものさしすらないのです」
ものさし。基準となるもの。比べるために必要な絶対の尺度。
レイチェル・タイムがなにをしようとしているのか、僕にはわかるはずだ――と、ウィステリア・ダブルはそう言っているのだ。
彼女がどうしてハンバーガーチェーンを世界征服の手段に選んだのかはわからないけれど――わからないなりに、なぜわからないかを測るものさしはある。レイチェル・タイムがしようとしていることは、システムの崩壊と再構築だ。ギルドというシステムを壊すために動いているように見える。それがヒントだろう。
「……話は変わるけれど、ウィステリアくん」
「わからなかったんですね」
ヒントがあるからといって解けるわけではないのが問題というものである。くつくつと静かに笑うウィステリアくんに若干イラつきを覚えつつ――僕も僕で心が狭い――僕は、気になっていたことを聞くことにした。
「ウィステリアくん。結局のところ、僕はタイム領に行ってなにをすればいいんだい」
「あなたのお仕事を、ですよ。ミスター。私が私の仕事をするように、あなたはあなたの仕事をすればいい。ですが、まずは――見学をなさればよろしいかと思います」
「見学?」
「ええ。ミスター・カリムは冒険者時代、いろいろな村を回ったと聞いています。みな一様に素朴な暮らしの村だったと思いますが、しかし、これから向かうタイム領カシ村は――きっと、見たことのない光景をご覧になれますよ」
「見たことのない――か」
レイチェル・タイムの所有物となって一週間。さまざまなことがあったけれど、この辞令を受け取ったとき、レイチェル・タイムは僕にこう言った。
『わたくしのキッチンをお見せしますわ。タイム領カシ村――ノックアウトバーガーのセントラルキッチンを』
集中調理施設。興味がなかったといえば、うそになる。
だけど、到着が楽しみかといえば、それも違う。むしろ、こわい。
「……まあ、こわくても行かざるをえないんだけどね」
ぼそりとつぶやく。敬愛なる我が主さまのご要望とあらばドナドナ連れていかれるのもやむなし、だ。
上を見れば、やっぱりいい天気。死にたくなるほど快晴。
あー、と呻いて、僕は硬い木製の背もたれに深く身体を預け、目を閉じた。
「ちょっと、寝てみる」
「着いたら起こしますね」
ウィステリアくんの柔らかい声に見送られて、僕は夢の世界へと旅立った。起きたら一週間前になってないかな、とか思いつつ。しかしながら、当たり前だけど、起きても現実は変わっていなかった。どころか、しかつめらしい顔つきのおっさんが僕の顔を覗き込んでいた。
「……」
「…………」
無言の応酬。
よく見れば端正な顔つきのおっさんだけれど、そのしかめっ面が悪いほうに作用して、冷淡な男に見える。だれだこのひと。記憶を掘り返してもわからないので、知らないひとだと判断した。なんだ知らないひとか。
僕は目を閉じた。
「……ぐぅ」
「寝るな」
スパンと頭をはたかれた。痛い――わけじゃないけれど、こう、冷ややかな目線と相まって、説教されている気分になる。
見れば、あたりはすっかり暗くなっており、木製の建物が立ち並ぶ村に到着していた。じゃあ、ここがカシ村か。ウィステリアくんの姿を探すと、馬車を降りたところで若い男となにやら話している。起こしてよ。
と、目の前にずいっとおっさんの手が差し出された。
「ローランだ」
「……はい?」
「名前だよ。ローラン。ここの管理責任者をやっている」
「かんり――あ、村長さんですか。僕は――」
「知っている。マリウス・カリム……だろう?」
知られていた。わーい僕有名人。いや、間違いなくレイチェル・タイムかウィステリア・ダブルが知らせておいたんだろうと思うけれども。
「あと、おれは村長じゃない。管理責任者だ。……そうだな、村長ではないが――工場長と呼ばれることはある」
「工場長……?」
「セントラルキッチンのな。好きなように呼ぶといい」
「はあ……」
「滞在中、よろしく頼む。期待している」
そう言って、ローランさんは離れていこうとしたので、僕は慌てて呼び止めた。
「あ、あの、よろしくって――なにをですか?」
「なんだ。社長から聞いてないのか」
聞いてません。
「あんたの仕事をするんだよ、ミスター・カリム」
「し、仕事? って、なんですか……」
ウィステリアくんも言っていたけれど、僕の仕事ってなんなんだ。まだ聞いてないんだけど。
そう伝えると、ローランさんはさらに怪訝そうな顔をした。
「あんた、料理人じゃないのか」
「……そうですけど」
「なら、わかりきった話じゃないか。あんたは料理人で、あんたはあんたの仕事をする。ようするに、あれだ」
料理当番、とローランさんは言った。
僕の店、カフェ・カリムがノックアウトバーガーの四店舗目になってしまう――のは、もう仕方がないことだ。未練がないといえばうそになる。どころか未練しかない。時間巻き戻れマジで。でも、現実は非常で、僕にはこの惑星のまわりをぐるぐる飛び回って時間を巻き戻すスーパーパワーはないのだった。
……正直な話、料理以外がよかった。圧倒的な実力の差を見せつけられた人間は、奮起するか、諦めるか、絶望するかのみっつの選択肢からひとつを選ぶことになる。
例えば部活。すごくバスケが上手なやつがいて、自分では到底追いつけないくらい才能があるとして。
そこで、それでも追いつこうとがんばって、努力を惜しまないのか。
それとも、諦めてなあなあで部活を続けていくのか。
あるいは――絶望しバスケをやめてしまうのか。
僕はふたつめを選ぶタイプの人間だ。なにごとも中途半端で、なにごともなあなあで。けれど、今回ばかりはみっつめの気分だった。自分でもおどろいたことに――僕は、僕が思うよりもずっと、料理が好きだったみたい。だからこそ絶望して、だからこそもうやめたくなっていた――のに。
「ま、お嬢の考えることなんて気にしても無駄ッスよ。どうせいやがらせなんで」
と、明るい茶髪の青年が笑いながら言った。
彼はエノタイドくん。僕にセントラルキッチンの案内をしてくれるそうだ。
「ただ、まあ……いやがらせにしか思えないことでも、案外意味があったりするんで、きっちり考えていかないんスよね」
「……いや、単なるいやがらせでしょ、これは。僕はあの女のおもちゃらしいし、うん」
控えめに言って最悪だ。底意地が悪いどころではない。
料理当番。料理当番だって? あそこまで完膚なきまでに叩きのめしておいて、任じる仕事は――料理当番。どうかしている。
「右手をご覧ください。家です。――というか、お嬢は一緒じゃないんッスね。ちょっと残念ッス」
「うん、家だ。木造の。見ればわかる。――レイチェル・タイムは貴族で、家族として認識されている従者のウィステリアくんが外にいるからね」
帝都にいなければならない人質法。それによって、レイチェル・タイムとウィステリア・ダブルは同時に帝都を出ることができない。
家族を増やせばいいのに――と思うけれど、“斑髪”の結婚となると、そう簡単にはいかないだろう。
「左手をご覧ください。家です。――まーでも、ちょっと残念な反面、ありがたいッス」
「うん、家だ。木造の。見ればわかる。バカにしてんのかおまえ。――なんでありがたいの?」
この村は、道も家々もよく整備されていて、どこか新しい印象を受ける。レイチェル・タイムの手が入っているのだろう。
「じゃあ正面をご覧ください。セントラルキッチンです。――いやがらせされるんで」
「うん、セントラルキッチンだ。レンガ造りだね。っていうかデカいな。村に入ったときから見えてたけど、デカいな。――いやがらせって、本当にこう……あの女はブレないんだな……!」
まわりの木造の建物とは全然違う。レンガを組み上げて形成されたその威容は、どこか既視感を覚える。レンガ造りの建物は、帝都にだってある。けれど、これは――そう。
「工場みたいだな」
具体的にいうと、地球世界の一九〇〇年代アメリカとかにありそうな工場。同じ構造の三棟がぴしっと横並びに形成されていて、なおさら工場っぽい。
へへ、とエノタイドくんは得意げに鼻をこすりながら、
「ま、村って言ったって大したことはないんッスよ。あの工場以外には。この村はあの工場が中心で、俺らはその周りの社宅に住んでるだけなんで」
「え、社宅だったの? あの家――まさかぜんぶ?」
「そうッス。ぜんぶ社宅。だから、この村の案内ってことは、つまり、あのセントラルキッチンの案内ってことになるわけッスね」
「……なるほど。それで見学、ね」
さしずめ工場見学。ウィステリアくんが、見たことのない光景と言っていたことを思い出す。
そりゃそうだ。この世界で初のセントラルキッチンなのだから。
そして、遅ればせながら、僕はようやく気付いた。
この村は――セントラルキッチンのある村なんかじゃない。
この村そのものが、セントラルキッチンのためにあるんだ。
「んじゃまあ、あらためて――ようこそ、ミスター・カリム」
得意げに――誇り高く、エノタイドくんは言った。
「おれたちのセントラルキッチンへ」




