侵略のセントラルキッチン 2-8
審査員は六名。つまり、ハンバーガーを六皿仕上げなければならない。ひとつひとつ丁寧に。
悔しいけれど、ノックアウトバーガーのキッチン設備は僕の店のものよりも格段に良い。出力の微調整が可能な高級炎術符を使ったかまどに、見たことのないほど水平に作られた鉄板。そして、巨大な魔冷箱……。金の力というやつだ。
けれど、料理は設備ではない。材料でもない。
もちろん、ありとあらゆる最善の手を尽くすことは、最高の料理を作ることに必要なことだ。でも、最後にものを言うのは腕。金じゃない。
真摯に料理に取り組んできた腕を信じる――それだけ。
最善に最善を積み重ねた、僕の……いや、僕らの一品。それをぶつけるために、ここに来たんだ。
勝負の日。出迎えに出てきたのは、ひとりの女性。
「ごきげんよう、マリウス・カリム様。本日はようこそいらっしゃいました」
レイチェル・タイムはいつも通り貼り付けたような笑顔でいる。でも、いつも通りではない部分もある。
「その服――」
ドレスではない。動きやすそうなシャツに、すらっとした長い脚を包む黒のパンツ。そして、腰で縛るタイプの白いエプロン――いや。白かったであろう、エプロン。かなり使い込んできたのだろう。洗っても落ちきらなかった薄い汚れや細かいほつれが、薄汚れた印象を与える。
「あら、お恥ずかしいですわ。わたくしも仕込みがあったものですから」
「……料理人じゃないって言ってたわりに、ずいぶん使い込んだエプロンだな」
「資本家だって料理くらいしますわよ」
そう言って、レイチェル・タイムはキッチンを解放した。
今日は営業せず、貸し切りだ。審査員はのちほど来る。それまでに、仕込みは終わらせておくべきだろう。
「わたくしのほうの仕込みは終わっていますの。ご自由にお使いください」
「設備を提供してくれたこと、感謝する。……今日はいい勝負をしよう、って言っといたほうがいい?」
「いいえ」
否定。続けて、“斑髪の傭兵女王”は言った。
「今日はいい戦争をしましょうね」
ぞっとするほど美しい偽物の笑顔――。レイチェル・タイムは戦争をしに来ているのだと宣言した。いいだろう。勝負だろうが戦争だろうが、僕のやることに変わりはない。
僕自身の最高を提供する。それだけだ。
仕込みはいつも通りにこなす。いつもと違うのは、プリムがいないことだけれど、それも大丈夫。彼女は来てくれると言った。だから、手元が狂うようなことはない。
練習した通り、積み重ねてきた通り、パティをこねあげ、パンを切り、最後の隠し玉が入った鍋もかまどにセットする。
仕込みが終わったあたりで、鈴の音が鳴った。だれかが入ってきたのだ。
「――審査員のテックだ。今日はよろしく頼む」
むさくるしいひげ面の親父は、僕に向かってウインクしてきた。怖い。でも、心強い。
そして、彼と一緒に入ってきたのは、陰鬱な表情の男性と、背の低い女性、そしてジェビィ氏。審査員ではないが、観戦しにきたのだろう。三人そろってウインクしてくる。なんだおまえら。
さらに続けて、女性が入ってきた。
「ジーン・アントワーヌ、参りましたの。本日はよろしくお願いいたしますわね」
可憐な女性。僕の妹は、ちらりとこちらを見て、ウインクした。流行ってんのか?
その女性に付き添うようにして入店したのは、金髪ボブカットの美少年――レイチェル・タイムの従者、ウィステリア・ダブル。貴賓であるジーンをエスコートしてきたのだろう。
彼(彼女?)も僕を見て、すこし迷ってからレイチェル・タイムのほうを見た。レイチェル・タイムは美少年にウインクした。ウィステリアはそれを見てひとつうなずき、僕のほうを見て、なにもせずに席に座った。
「しないのかよ……!」
「ええ、しません。恥ずかしい。そして――私がノックアウトバーガーからの審査員を務めさせていただきます、ウィステリア・ダブルです。私と社長を含めて三人。そちらの側も、あとひとりでそろいますね」
「ああ。うん、たぶんそろそろ来るはず……なんだけど」
時刻は十二時直前。少し不安になってきた。本当に来るんだろうか。来てくれないと困る。悶々としたまま、十二時を十分ほど回ったころ、鈴の音が鳴った。
息せき切って飛び込んできたのは、
「す――すいません、遅刻しましたぁっ! プリム、審査員です!」
赤髪の少女。僕の店の従業員。一昨日と同じ白いワンピースでおめかししている。よかった、来てくれた。
彼女は僕のほうを見た。ウインクはしなかった。……いや、なにを期待しているんだ、僕は。
ともあれ――審査員がそろった。それはつまり、始まりの合図。
こんがりと焼けたもちもちの米粉パン。
スライスしたよく熟したトマト。
上ミスジとケンネ脂のジューシーなパティ。
パティにたっぷりと塗られた真っ白なソース。
ぱりっとした新鮮なレタス。
そして、もう一度米粉パン。
積み重ねたそのサイズ感と、漂う香り。
「どうぞ、召し上がってください」
カウンターに並んで、審査に入る。
がぶりとかぶりつけば、
「……おお……!」
嘆息したのは、ウィステリア君。口の端にパンくずをつけたまま、目を丸くしている。
「おどろきました。見事なハンバーガーですね、これは……。なによりこのパティ。赤身の味がしっかりしているのに、ジューシーさも両立しているなんて。いったい、これは……?」
「ああ、それは――」
種明かしをしていいか、数秒迷った。いちおう企業秘密とかにしたほうがいい気がするし、言わないほうがいいかな。
と、思っていたのに、僕が答えるより先に、レイチェル・タイムが口を挟んできた。
「ケンネ脂ですわね。このすっとした甘さのある脂は。赤身肉のほうは――上ミスジでしょうか。上質な柔らかさの赤身肉ですの」
「――おいおい。マジかよ、あんた。食っただけでわかるのか……!?」
ふつうはわからない。いや――そうか。そういえば、この女はふつうなんかじゃない。
「パンは米粉をブレンドしたものですわよね? パティは上ミスジにケンネ脂――トマトとレタスは特別なものではありませんけれど、新鮮でいいものをお使いになっていますわね」
「…………」
化け物め。どんな舌をしていればそうなるんだ……!?
テックさんはもぐもぐと満面の笑みでハンバーガーを咀嚼し、
「いやあ、こいつぁうまいな! しかし、試作のときよりえらく美味いな。なんでだ?」
ああ、それは――と答える前に、
「――ソースね」
と、プリムがつぶやいた。
「このソース、試作のときはなかったもの。なんだろう。ほのかに甘味があって、ちょっとだけすっぱくて、まろやかで、マヨネーズっぽいけど、それだけじゃない。コク? っていうのかな。これなに?」
「それ? それは――レイチェル・タイム。あんたなら一発でわかっただろ?」
レイチェル・タイムはうなずいた。
「――チーズを使ったソースですわ。チーズを白ワインで溶かして、酢を入れていないマヨネーズと和えたものに、細かく刻んだピクルスと玉ねぎを入れてありますわね」
正解だ。その舌はどこで買えるんだ?
「タルタルソースに近いものがありますけれど、チーズのコクとピクルス、玉ねぎのアクセントが肉汁にぴったりはまっていいですわね。しつこくなりがちな口の中を、トマトとレタスがしっかりさわやかにしてくれますし。ええ、これは――」
レイチェル・タイムは敵である。けれど――彼女は素直に称賛した。
「すばらしいハンバーガーですわ。これなら、銀貨一枚だって売れますわね。さすがはマリウス・カリムさまといったところでしょうか」
「――いいや」
けれど、僕は首を横に振った。ハンバーガーはバランスだ。それはもう疑うべくもない。僕は料理人として、バランスをとっただけなのだ。
「テックさんの目利き、ジェビィさんの職人技、トーアさんにはピクルスと野菜の仕入れ、コロンさんには白ワインと、無理を言って西方のチーズまで仕入れてもらって――みんなの最善を、僕がバランスをとって仕上げただけ」
だからこそ、このハンバーガーは商人円街の切り札なのだ。
顔役四人の最善が詰まった一品。
「負けはしないよ、レイチェル・タイム。あんたの内臓バーガーなんかには、絶対にだ」
勝ったと、そう思った。最高の出来だと。テリヤキバーガーに負けない一品ができたと。
しかし、レイチェル・タイムは――笑った。仮面の笑顔ではなく、おそらく彼女生来の笑み。――肉食獣のような獰猛な笑顔。
「ええ。認めましょう。このハンバーガーは、すばらしいと。ですが――いいですこと?」
“斑髪”は、負けだと思っていない――むしろ、勝利を確信した者の笑み。
「本日の内臓は、少しばかり、手を尽くしてありますの」
そして、レイチェル・タイムの調理が始まり――僕は愕然とした。
なんだ、それは。そんなの聞いていない。
ノックアウトバーガーで提供されているぺらぺらなバンズとパティではなく、分厚いバンズとパティ。
火にかけられた鍋の中では茶褐色のソースが湯気を立て、その香りだけで舌の裏から期待があふれ出す。
「な――おい、それ……テリヤキじゃないのか……!?」
「ええ。こちらも相応の準備をしてきましたもの。――わたくし、あなたがたのことを、決して舐めてかかっていい相手だとは思っておりませんから」
続いてレイチェル・タイムが魔冷箱から取り出したのは、黄色みがかったレバーのような塊。知っている。あれは――たしかに内臓だ。
でもまさか、そんな。ありえない。
あれがこの世界にあるなんて――!
「料理には――王と言われるものがいくつか存在しますわよね」
厚めにスライスされたそれが、鉄板で焼かれ、焦げ目をつけられていく。香りだけで理解する。あれは――ヤバい。絶対にうまい。まずいわけがない。
土台となるバンズ。レタスとトマト。焼き上げられた分厚いパティ。焼き色のついた黄色い内臓のスライス。そしてデミグラスソースの濃厚な香り。最後に黒い小さな塊をスライスして振りかけ、バンズで上から蓋をすれば、
「完成ですわ。ご賞味くださいませ。これが――わたくしの“最善”ですの」
さながらタワーのようなハンバーガー。ソースが光を反射して、美しくきらきらと輝いている。
ごくり、とだれかののどが鳴った。だれかの? いや、全員の、か。
震える手で、僕は皿に手を伸ばす。
「このハンバーガーの名前は、ロッシーニバーガーと言いますわ。もしも、この世にハンバーガーの王となりうる料理があるならば――それが、これですの」




