第十七話 「クロシェルの試練」
ああ、この世界には普通なんてものはないんだ。
むしろ、この光景が異常だと感じている俺のほうこそが異常なのでは?
そんな葛藤を覚えながら、俺とテラは約30分間立ち尽くしていた。
――訂正しよう、立ち尽くしていたのは二人だが葛藤を抱いていたのは俺だけだ。
なぜならテラはそれを微笑ましい顔で見ているばかりか、なにやら解説までしているのだから。
高速倒立スクワット。
これは俺が見た最初の光景だ。
以前説明したとおり、倒立した状態で腕を折り曲げては伸ばしを繰り返す筋肉トレーニングだ。
テラ曰く驚くべきはその速度と体幹にあるらしく、本気を出せば秒間3回の速度をバランスを崩すことなく繰り返せるらしい。
といってもベッドのような柔らかい床でなければできないらしい。驚異的な握力で床に体を固定することで速度が出せるというのだ。
「僕が見てすごいと思ったのは、岩肌でそれを行った時だね。ああ、もちろん体は水平だよ」
想像したそのシュールな光景に俺は動揺を隠せないでいた。
そして始まったのが腹筋ジャンプ。
うつぶせになった状態から何の予備動作も無く空中に浮くのだ。
まるで魚がピチピチと跳ねている様子を連想した。
これは解説を聞くまでわけがわからなかったが、腹筋の力を限界まで高めると、力を入れた瞬間の反動で体が浮くのだとか。
「今日は病み上がりだからかな? いつもは腹筋バク宙まで見せてくれるんだけど」
どこまで体を鍛えているというのか。
というか、そこまで体を鍛えてどうするつもりなのだろうか。
見た目的には軍人のような鍛え上げられた筋肉という感じで、ボディビルダー的な魅せる筋肉ではないが。
――そうこうしていくつかの超人的筋肉トレーニングも終わりを迎え、クロシェルはこちらを振り向いた。
「はっはっは、すまんすまん。筋トレは日課でな。来訪者には気づいていたが、中断はせん主義なのだ」
はにかんで白い歯を見せる。
体格はもう言うまでもないが、思ったよりも優しそうな顔をしている。
短く切り揃えた銀髪を後ろにかきあげ、ギシリとベッドを軋ませた。
「お久しぶりですね、クロシェルさん。元気そうで何よりです」
「フン、俺があれくらいでへこたれるわけがないだろう、なんたって最強の肉体だぞ」
……優しそうな顔から、なにか突拍子のない単語が聞こえるがまぁ置いておこう。
とりあえずテラとクロシェルの会話に耳を傾けておく。
「詳しく聞いていないんですけれど、遠征中に一体何が?」
「む、そうか。かくいう俺も良くわかっていないのが事実だ」
「そうなんですか?」
記憶では、確かクロシェル隊は遠征中に何者かに襲撃を受け、負傷したんだったな。
それによって撤退をしてきた、って話だ。
「ネセサリービルなのか、世界政府の者なのか、全くな。なんせ目に見えない敵だった」
「目に見えない……透明ってことですか?」
「そうだ。交戦したからわかる。俺の拳が奴を捉えはした……が、その後奴に食らった毒が効いてな」
「交戦したんですか? ネセサリービルや不可解な敵との交戦は避けるのでは」
むむ、話のテンポがやや速い。
要は、正体不明の透明の敵に襲撃され、クロシェルは毒を受けた、ってことなんだろうが。
原則ネセサリービルとの交戦はしないことになっているのか。それは初耳だな。
世界政府の戦力はある程度把握しているからいいが、実力未知数であれば交戦しないほうがいいってのは納得だ。
戦ってみたら敵が超強くて死んでしまいました、じゃ話にならない。
RPGのように、主人公のレベルに合わせたモンスターが出現するシステムがあるわけでもないのだから。
「もちろん最初は逃走を指示しようとしたが……先の憑依体との交戦でセレンが足を痛めていた」
「……なるほど」
「俺の拳で敵は撤退したようだが、結果的に俺の体は動かなくなってな……セレンの治療を受けて死にはしなかったが、撤退を余儀なくされたわけだ」
あのセレンが怪我をしていたため、撤退はできなかったということか。
いやおかしいな。確かセレンって治癒能力があるんじゃなかったか?
足の怪我くらいなら、なんとかできようものだろう。
なんたってこの世界の医療ってのは失った耳が元に戻るくらいの技術なんだぜ?
「今はもう毒の影響は無いんですか?」
「ほぼ、な。セレンの治療は的確だ。何度も命を救われている」
「ですね、僕も彼女のスキルに関しては信頼してます」
やはり、彼女は治癒能力があるのだ。
治せるものに制限があるというのだろうか。
「うむ……だがどちらかというと、俺よりも彼女のほうが良くない状況にある」
「セレン、ですか? 足の状態が?」
「いや、足は問題ない。走れはしなかったが、俺を担いでここまで戻ってこれるくらいには大丈夫だ」
……まてまて。
今なんと言った?
セレンはこの筋肉の塊を担いで戻ってきた?
俺はごくりと唾を飲み込みながら、クロシェルの体を舐めまわすように見る。
どこからどう見ても、100キロは優に超えている。
あの華奢な体系のセレンが、担ぐことなんてできるものか。
……いや、脳の力を解放すれば、それくらいできるのだろうか。
火事場の馬鹿力というのもあることだし、初級解放の肉体強化を使えば余裕なのかもしれない。
そういえば彼女は、トイレにこもっている俺を助けるべく扉を引き剥がしたんだった。
うん、現実味を帯びてきた。
「問題は、遠征部隊の中での風当たりが強くなったことだ」
ん?
セレンに起きた問題……風当たり?
「……撤退の原因を作ったから、ですね」
「ああ、代わりに遠征に出たところは知っているだろ?」
「ええ、ベズニット隊ですね」
ちょっと待ってくれ。
流石にこれ以上は気になって黙って聞いているのもしんどいぞ。
理解しなくていいというのであれば聞き流すが、一応この軍のことだろうし知っておきたいからな。
「……その話の前に、クロシェルさん」
テラは一旦話の節を折って、俺に目配せをした。
俺の気持ちを感じ取ってくれたのであろう。助かる。
……思えば、こうやって相手のしてほしいことをパっと理解し行動できるってのは、かなりのモテポイントだよな。
”色欲”という性質上、そうやって異性を落とすのも技術のうちってことか。
「ん、なんだこのもやしは。先ほどから風景と一体化していたぞ」
も、もやし!?
初めて言われた。
俺の体型はパッと見細く見えるが、散々続けてきた夜間バイトで鍛えられているほうだ。
少なくとも隣に居るテラよりは、太く見えるはずなのだが……。
「ごめんよエル、クロシェルさんは人を”密度”で判断するから……」
「密度?」
よくわからなかったので聞き返すと、テラではなくクロシェルが口を開いた。
「なんだ新入りだったか。ならば仕方ないな。お前は圧倒的に密度が小さい。筋密度も、骨密度も、あらゆる細胞の密度が小さい。
いうなればスカスカのもやしというところだ」
ぐさり。
あまりにもストレートに言われたのでいっそすがすがしくすらあるが、
肉体に関しては鍛えていなかったわけではないので、ちょっとばかりショックだった。
「クロシェルさん、新入りってわかっているならそこまで言うことないでしょう? まだ初級解放の鍛錬の途中なんですから」
「おおそうか、それはすまなかった」
「い、いえ……」
目を伏せがちにして答ると、俺の視界がすっと影に覆われた。
「!?」
「ふむ」
気づけば目の前に立っていたクロシェルは、無言のまま俺の二の腕を掴んで頷いた。
「素養はあるな。一ヶ月も鍛えればすぐに初級くらいマスターできるだろう」
その言葉に、ぞわっと鳥肌が立った。
それじゃ、だめなんだ。
俺にはタイムリミットがある。
だがこの肉体強化のプロとも言えるクロシェルにされる宣告は一ヶ月だという。
それでは到底間に合わない。
「それなんですけど、クロシェルさん」
「む?」
俺の腕を放し、再びベッドに腰掛けたクロシェルにテラは言う。
「それをあと3日で終わらせようと思っています」
ピク、とクロシェルの体が動いた。
「僕の隊は次で遠征に出ることが決まっています。新しく入隊したエルは戦力にはなりませんが、連れて行く予定でした」
「だろうな。隊に所属するということはそういうことだ。遠征に出れない場合は除隊がルールだからな。カタチだけでも出るべきだろう」
「はい。ですがそこで父さんが横槍を入れてきまして」
「ほう、ギガがな」
クロシェルは支部長のことを呼び捨てしていた。
歳はそう変わらない感じか?
クロシェルのほうが若く感じるが、まぁ革命軍での年季ってのもあるだろう。
「どんな横槍だ」
クロシェルはやや身を乗り出して訊いた。
「端的に言えば、遠征までに使い物にならなければ殺す、と」
「……ほう!!」
テラの言葉に、クロシェルは大きな声を上げて笑い始めた。
何がおかしいかわからないが、少し機嫌がよくなった気がする。
「はっはっは、面白いな。ギガめ何でそんなことをする? 熱い男ではあったが、そんな趣味はなかっただろうに」
確かに、悪趣味だよな。
俺もそう思う。
確かに俺は傲慢であって、癇に障るような態度や行動を取っていたかもしれないが、
何も殺すなんて脅す必要はないでしょうに……。
「それはきっと、このエルがシンさんの息子だからですよ」
「……!」
その言葉を聞いたクロシェルは目を細めて俺を見つめた。
「確かに、面影はあるな。はっ、それでか」
ちょっとちょっと。
当の本人が何もわかっていないのに、二人でわかったような顔をしないでいただきたい。
「で、次の遠征が来週か。ちょうど4日後だな。で、3日と」
「ええ、中級は賭けにも近いところはあるので」
「そうだな……」
クロシェルはそう呟いて、ふぅと息をついた。
「つまり、俺に鍛えてくれと、そう言いに来たわけだな、テラ」
「はい、師匠」
テラの師匠は俺を見つめている。
つまるところ、テラのカリキュラムでは俺はこの人に無理やり鍛えてもらうことになっていたのだろう。
普通は一ヶ月かかるところの初級解放を、3日で終わらせるために。
「暴食は呼んであるのか」
「ロズには声をかけてあります、詳しくは知らせてませんし、今は寝ていると思いますけど」
「いいだろう」
おいおい、俺はOKともお願いしますとも口にしていないが、どんどん話が進んでいくぞ。
いやもちろん断るつもりなんて無いけれどね?
一応こういうのって本人の意思を確認しながら進めていくものだと思うのだけれど。
「セレンは俺が呼んでおこう。明日の朝来い」
「ありがとうございます」
クロシェルの承諾に、テラは深々と頭を下げた。
俺ははっとして追うように頭を下げた。
きっと、この人の協力なしでは成し遂げられないことなのだろう。
この一週間という短い期間で、中級覚醒者になるという偉業は。
俺は頭痛が治まりかけているのを感じながら、病室を後にした。
「初めからこのつもりだったのか?」
「んー?」
病室を出て居住区へと歩きながら訊いてみた。
「半分ね。本当は明日頭を下げに行って、その夜に始めるつもりだったけれど、少し前倒しした感じかなぁ」
それは俺が思ったよりも早く脳の許容量を広げたからだろう。
嬉しい誤算といっていたやつだ。
「で、具体的にどんなことをやるんだ? 一ヶ月のところを3日って言うんだから、決して楽じゃないのはわかるんだが。また結合したりするのか?」
俺の問いにテラは前髪をねじりながら横目で答える。
「や、今回は現実でやるよ。結合だと副作用が混じるし、時間がかかるからね」
そういえば、そんなことを言っていた気がする。
皮膚硬化や肉体強化の反復を効率よく行うには、その副作用の管理が大事なのだ。
「具体的にって言われると……説明しがたいんだけど……ああ、さっき言ってた密度を上げるんだよ。ちょっと無理やりだけどね」
「密度を?」
「そう」
テラは歩くスピードを一定に保ったまま、ジェスチャーを交えながら説明してくれた。
「皮膚硬化ってのは、実はそのまんま皮膚の細胞の密度を上げることなんだよ」
「ふむ……?」
皮膚の細胞の密度?
「エルは針治療って知ってるかい?」
「ああ、受けたことは無いけどな」
「あれは体を針が貫通することもあるんだけど、不思議と血が出ないだろう」
「ん、確かに不思議だな」
俺が見たことあるのは、手のひらに何十本もの針が突き立てられ、手のひらを貫通していた映像だ。
普通なら出血は免れないところなのだが、なぜか血が一滴も流れ出さないのだ。
「細胞には隙間があるからね。その隙間を縫うように針は通るから、血管などの組織を傷つけることなく貫通できるんだよ。蚊なんかも似たようなものさ」
な、なるほど。そうだったのか。
確かに蚊は人間から血を吸い取っていくが、出血することはないよな。
組織を傷つけることなく、体内に侵入していくからなのか。
「ここに、密度が大きくかかわってくる。同じ細胞同士なら、密度が大きいほうが小さいほうの細胞を押しのけて、隙間を抜けることが出来るんだよ」
「は?」
ちょっとよくわからない。
「例えば、今僕が人差し指の密度を大きくしてエルの体に突き立てるとするだろう? すると密度の小さいエルの体は僕の指をするりと受け入れてしまうのさ」
ま、まじかよ。
いや、待て。確かにある。
俺は経験した。
するりと体内へ、指が入ってくるのを。
「当然そこに害意を持てば、血管を傷つけることも出来るし皮膚を切り裂くこともできる。言ってしまえば、内蔵を貫くこともできるね」
皮膚を切り裂くという言葉で、俺は完全に思い出していた。
まるでプリンにスプーンを入れるがごとく、俺の腹が指によってゆっくりと割かれていくあのシーン。
バイオスに捉えられ、拷問をされた時だ。
「これが皮膚硬化だ。当然細胞以外にも、刃物であってもその密度よりも皮膚の密度が大きければ、刃物によって皮膚が傷つくことは無い。逆に刃こぼれさせるくらいさ」
似たような話を学んだことがある。
モース硬度、だったか。
これの大小で、傷がつくかつかないかが決まる、硬さの基準だ。
ちなみにダイヤモンドが10で、最も硬度が高い部類とされている。
つまり人間の皮膚も似たようなもので、物体と触れ合うときに、その物体よりも密度、つまり硬度が低いほうが負けるってメカニズムなのか。
「言ってしまえば肉体強化も同じようなものでさ、骨密度や筋密度を上げることで肉体のパフォーマンスが跳ね上がるんだ。
人間の脳には永続的に、そして一時的に細胞の密度を高める能力が備わっていたんだ」
……でもその力は副作用が大きい。
だからこそ普通の人間は、リミッターがかけられているわけだ。理性というリミッターが。
それを外せてしまう俺たちは、もはや刃物すら通さぬ別次元の存在となれてしまうのか。
テラの話をそうこうして纏めていると、あっというまにテラハウスへと戻ってきていた。
テラはもう今日の鍛錬は抜きにして、明日に備えたほうがいいと言う。
荒療治をするわけだから、体調は万全にしておかなければならないしな。
「あ……おかえり、エル君」
ロフトに上がると、ロズが体を震わせながら横になっていた。
未だに副作用に悩まされている様子だ。
まぁまだ口を開ける分、収まってきている印象を受けるが。
俺はロズに謝りながら体をまたぎ、奥のシーツを手にとって横になる。
すぐ隣でロズがいるわけだが、雑念は持つまい。
俺の中の小動物は頑丈な檻の中に閉じ込められているのだ。
「ねぇ、エル君」
「……ん?」
さて変な気を起こさないうちに寝てしまおう、そう思った矢先、ロズが小声で話しかけてきた。
「あたし、動けないよ? 襲ってもいけちゃうよ?」
「はっ!?」
――何を言っているんだこの人は!!!
ガシャンガシャンと檻の中で獣が暴れている。
よせ、よすんだ。
「襲いません」
「えー、チャンスなのになぁ」
……なにがチャンスなんだよ。
もしことが進めば、ロズは被害者でしかないでしかないでしょうに、何を唆しているのやら。
「ロズは大事な仲間ですから。乱暴なことはできません」
「っ」
俺はロズに背を向けてからそう言い放った。
ロズは何も言わなくなった。
「明日は、よろしくおねがいします」
「んっ!? う、うん?」
クロシェルは暴食が必要であると言っていた。
きっと明日の鍛錬にはロズの力を借りることになるのだろう。
ロズはわかっていないようだったが、まぁ明日になったらわかる。
結局具体的に何をするのか聞けなかったので見当もつかないが……。
とりあえずよろしくおねがいします、ということで。
俺はゆっくりと眠りに落ちていった。
朝。
俺はクロシェルの居る病室へと来ていた。
テラはよろしくお願いしますと言っていち早く病室を出て行ってしまってもういない。
つまり部屋には俺とクロシェルと、きょろきょろしているロズとむすっとしているセレンの4人なわけだ。
「え、えっと……クロシェルさん、なんであたしはここに……?」
「む? テラから聞いてなかったのか?」
「えっと、テラからはエル君の鍛錬で能力が必要になるから、その時はよろしくってだけ……」
「ふむ、そうか」
やはりロズも詳しくは知らないようだ。
「で、なんでうちも?」
「お前も手伝うからに決まっているだろう」
「えー……なんでコイツのために」
セレンはぼそぼそと言っているつもりだが、完全に丸聞こえである。
「セレンとロズはあくまでも手伝いという立場にあるが、的確に能力を駆使する訓練にもなる。なに、かなりのカロリーを消費するだろうと、食料も大量に用意してある。インターバル時に食っていい」
「わお、ほんとですか」
「がんばります」
食料と聞いて、二人は目を輝かせた。
病室の奥にはなにやらダンボールが積まれており、おそらくその中に食料が入っているのだろう。
その量からして、かなりのものだ。これだけの食料を二人が処理してしまう計算ということか?
……裏を返せば、それだけ能力を行使しなければこの鍛錬は成立しないというわけだ。
ごくり。
生唾を飲み込みつつ、膝が震えるのを感じる。
一体、細胞の密度を上げるといったってどうするつもりだ。
「じゃあ、始めるぞ。二人は能力を行使し続けろ。的確にな」
「え?え?」
クロシェルはそれだけ言うと、俺の両手を掴んだ。
両腕が持ち上げられ、前ならえの姿勢になっている。
「手を掴まなくても行使できるな?」
「あ、はい、一応体に触れていれば……」
「じゃあそれでやれ。そっちにはいかないようにコントロールする」
「えっ……わかりました」
ロズはよくわかっていない様子だが、とりあえず頷いて俺の肩に手を乗せた。
「どうせ、すぐ音を上げるに決まってる……」
セレンは相変わらずの不機嫌そうな表情でもう片方の肩に手を乗せた。
「最後に問うぞ、覚悟はいいか?」
クロシェルはまっすぐとした視線で俺を見て言う。
橙色の瞳が仄かに光を宿していくのがわかる。
「……もちろんです」
今の今まで本人の意思など確認してこなかったくせに、ここに来て覚悟はいいか、ですって。
ここでやっぱやめておきますなんて言える訳が無かろう。
やってやるぜ。
俺の覚悟を見せてやる。
「いい眼だ。長丁場になる。とにかく耐えろ。意識を保て」
「……はい」
耐えろ? 意識を保て?
まてまてまて、そういえば具体的に何を始めるのかを聞いていませんが。
そんな俺の想いもむなしく、クロシェルは息を大きく吸った。
――始まる。
そう確信した瞬間、クロシェルの瞳が光を放った。
橙色の光……”強欲”の能力行使だ。
――キィィィィィィィン
どこからか、甲高い音が聞こえる。
なんだ、この音は。
耳鳴りにも近い、不快な音だが一体どこから――
――ブチブチブチッ!!
わけがわからなかった。
音が聞こえた。その音の出所を探った。
だがその瞬間、何かが引きちぎられる音が重なったのだ。
「ぐ……」
何が引きちぎられたかって?
もうわかるだろう。
「ぐあああああああああああああああッッ!?!?!?」
俺の全身の筋肉は、突如襲ってきた振動によってズタズタに切り刻まれていた。




