エピローグ
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扉が開いた音に気が付かなかった。だから、手元が急に暗くなったことに、史華はとても驚いた。
見上げると、よく知った顔が覗いている。彼も驚いたような顔をして、申し訳なさそうに顔を歪めた。
「ごめん。驚かすつもりはなかったんだ」
「いえ。つい集中してしまって」
史華は手帳を閉じてニコリと笑った。
長女が小学校に上がるので、その前に部屋を用意してあげようと物置きにしていたひと部屋を片付けていたのだった。
「それは?」
「日記ですよ、ちょうど付き合い始めた頃の」
「へえ、手書きかあ」
「スマホの調子が悪くなったら予定表が見られなくて困るじゃないですか。だから、予定を書き込むのに使っていて、そのついでに日記も残していたんです」
物置きにこの手帳が置いてあったのは、結婚の前に同棲することになって、自分の荷物を適当にまとめたダンボールをここに突っ込んだままにしてあったからだ。少しずつ荷解きをするはずが妊娠がすぐに発覚。その影響で長らく伏せってしまい、積んだままになっていたという話である。
「十月あたりからは予定と日記がびっちりになってました」
「あ。見覚えがあると思ったら、それに残してあったんだよね。大型の3Dプリンタを使える企業リスト」
なんでじっと手帳を見つめているのかと思えば、そういうことかと史華は納得する。
「ですです。もうこのリストは使えないでしょうけどねえ」
ちゃんとお付き合いをすることにしたのちに、就職の面接を行なった。年が明けてすぐから史華は株式会社ラブロマンスの正社員として働くことになり、その知識と技術を発揮したのだった。
「あれは本当に助かったよ。そのあとの活躍も、ね」
「ふふ。ありがとうございます」
長女の呼ぶ声がする。まもなく長男の泣き声が響いてきた。これは何かやらかしたようだ。
「あ」
史華が向かおうとするのを、悠が制した。
「俺が目を離した隙になにやってんだか」
「あたしもいきますよ。おやつの時間でしょう?」
「ああ、そうだな。それで泣いてるのか……」
しっかりと父親をしている悠だが、彼自身の親子関係に問題があったからか少々難儀している。職場での仕事っぷりからは考えられない姿だ。
「お茶を淹れて休憩にしよう」
「はい」
史華は手帳をあった場所に戻して部屋を出るのだった。
《終わり》
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