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色とりどりの黙示録  作者: owen
第2章 開幕
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サイドストーリー.4

 

 矢島叶は何処にでもいる少女。

 成長過程に多少の問題はあるが、彼女は普通の人間だ。

 対して、彼女の憧れの存在である黒希は人間には近いが、大雑把な区切りだと人外となる。その上、女神と互角に渡り合える実力を持つ。つまり、彼の力は神にも匹敵する。

 ロキの理想を現実にする力で、叶は黒希の力を完璧に複製し、使用することができる。

 力を複製するには、一つだけ問題がある。

 黒希の能力ちからの詳細を知らないということ。

 初めてケルベロスと一戦交えた時は、咄嗟に思い浮かべた黒希の姿を自分に重ねた。それで、ああなった。

 今度は、慎重に。

『お前は人間だ。それを忘れちゃいけない』

 そう、ロキは言った。

『あの力の欠片程度なら、人間でも扱えるはずだ』

「……」

 あの力の欠片程度を知るには、幼少期の記憶を見るのが最適だろう。

 どういうわけだか、彼の記憶が見える。それも鮮明に。

 まるで、私自身が黒希みたいだ。



 最初は、そうだな。

 俺には感情ってものが無かった。

 誰を殺しても何も感じないし、思えない。

 両手が血で汚れても、公園で泥遊びをする子供と同じ、ただ『汚れた』としか思わない。

 それまでは、俺は強かった。

 感情が無いからどんな事も出来た。

 彼女に会ってから、俺は弱くなった。

 誰かを傷付けると胸が苦しい。

 手が血で汚れると、不快感がする。

 でも、それで良いと思う。

 強さってのは、誰かを殺せる事じゃない。

 誰かを守る事でもない。

 どうすべきかを考えられる事だと思う。

 考えた結果の行動が良くも悪くも、思考次第。

 その強さで言うなら、俺は強くなったんじゃないかな。

 彼女が教えてくれた優しさ。

 家族が俺に与えた憎しみ。

 その二つで、力の強弱をコントロールするんだ。

 冷徹と優しさ。矛盾してる、なんて言うなよ。芸術は狂気と紙一重なんて言うだろ? そんなのと同じだ。

 いや、もっと具体的な表現があったな。

 守る力と傷付ける力ってのは、所詮はどっちも同じ力なんだ。使い方次第で意味が変わる。

 この表現が一番解りやすいんじゃないかな。



「……冷酷と優しさか」

 胸の内に満ちる『黒』が、思考回路まで染め上げていく。

 やり場のない怒り。

 それを消そうとしてくれる優しさ。

 矛盾したもの身に宿し、叶はケルベロスを見た。

 右手に握る銀のナイフを逆手に持ち…………、


 まだだ。



「?」

 脳が、誰かに揺さぶられたような感覚がする。


 まだ、欲しいだろ?


「何……」

 男の声? その声は黒希によく似ていたが、別人だと分かる。


 力があれば、お前が望む存在ものは全て手に入る。


「何、これ……ロキ。ロキ?」

 応答する声はない。


 受け入れろ。お前が欲した力だぞ。


「……」


 受け入れて、気に食わない存在を殲滅しろ。

 そうして、己が望む存在ものを手にするがいい。


「望む……もの……」

 力。

 黒希みたいに、誰にも負けない力が欲しい。



「……ん?」

 敵対する少女の気配が変化したことに、ケルベロスは目を細めた。

 殺気…………いや、これは違う。

 誰もが逃れられないもの。

『死』だ。

「……ッ‼︎⁉︎」

 動く、そんなものじゃない。

 壊す、それだけでは収まらない。

 目の前にいた少女の右肩からは真っ黒な片翼が飛び出し、右手には、片翼同様真っ黒な大鎌が握られていた。

 咄嗟に身を引くケルベロス。少女の一撃を躱す。

 彼女の背にある光景に、ケルベロスは目を見開いた。

 風景に生じたヒビ。ただ地面を蹴る行為だけで、その異様な出来事は起きたというのか。

 そして今、それを成した女は、まさに『死』の体現者に相応しい存在となっていた。

 まるで死神。

 いや、これは…………、

「貴様…………『死の神』か‼︎」

 噂程度にしか知らない、その存在。

 ただ、皆が、魔王でさえも口を揃えてこう言う。


 アレに遭遇すれば、死する他ないと。


 そんな奴が今、目の前にいる。

『後継者』ではなく、その『後継者』というシステムを創り上げた張本人が、そこにいる。

 何故だ。

 アレは、ただの人間の女のはずだ。

 それが何故、神になどなる。

 アレは、一体何なんだ。

 二撃目が迫る。大鎌ではなく、何か冷気のようなものを纏う右手が伸びてくる。

『魂を破壊する力』。『死の神』のみが手にする、絶対死を与える恐ろしい能力ちから

 その力が宿るのは、右手。

 ケルベロスは、逃亡を選択した。賢明な判断だ。ただでさえ位が違いすぎるのに、相手はその中でも抜きん出た強さを誇る神。逆立ちしようが勝てっこない。

 少女に背を向け、民家の屋根へと跳ぶ。全力で駆ける。

 背後で、音がした。何かに亀裂が入ったような小さな音だ。

 肩越しに後ろを見る。

 そこで、ケルベロスの意識は途切れた。



 その挙動は轟音を伴う。

 その挙動は世界そのものに負担をかける。大鎌を一振りしただけで、周囲の景色は破壊される。


 ケルベロスの脳天に踵を振り下ろす。その衝撃だけで、周囲の民家の屋根まで吹き飛んだ。

 巻き起こる突風で帽子が吹き飛ぶが、彼女にそれを気にする気配はない。

 半壊した民家の中に降り立ち、瀕死のケルベロスを見下ろした。

「……ふむ。人間の魂を堕落させて造り上げた生物か。にしても、仕組みを変えるだけでここまでの力を手に入れるとはな」

 そう言った叶(?)の表情は感心ではなく、呆れた様子だった。

「魔王め。奇異なものを……」

「それ、アンタが言うの?」

 頭上から声が掛けられた。

「……ロキか」

 叶(?)の背後に、黒のローブで全身を覆い、顔半分を仮面で隠した少年が飛び降りてきた。

「俺をそいつから弾き出してまで取り憑いたんだ。よっぽど重要な用事で出てきたんだろうな」

「いやなに、俺の『刻印』が二つから三つに増えたんでな。興味本位で三つ目を持つ器に取り憑いてみたら、こうなったわけだ」

「……なら、もう目的は果たしただろ。そいつの中からさっさと出て行け」

「……断る」

「何?」

「どういう生涯を辿ってきたかは知らんが、この女は純粋過ぎる。この様に他の者に染まるほどな。これでは後々、『アイツ』と同じになる。そうなってしまえばどうなるのか、想像できるか?」

 そう言って、叶(?)はロキの方を振り返った。

「……解放しろ。無傷でな」

 その答えに、叶は深くため息を吐いて首を横に振った。

「今さら、誰かを守りたいとでも言いたいのか?」

「悪いか」

「ああ、悪い。たった一人のために数百億の魂を消滅させるためにはいかない」

 少数を切り捨て多数が救えるなら、それでいいと彼は言う。それは間違いではない。だが、正しくもない。

『全て』を救えないで、何が神か。

「そんな浅はかな考えで、テメェらは『後継者』を造ったって言うのか?」

「そうだ。少数を犠牲にし多数を救う、これに関して善し悪しなんてない。誰かがこの結果に救われている事実がある。それだけで、『後継者』の存在価値はあるだろう」

 ロキの表情が怒りで歪む。拳を握りしめ、こう言い返す。

「存在価値なんてどうだっていい! 俺は、アイツらに生きてて欲しかった。ただそれだけだったのに……」

 それなのに、奪われた。

 もう、あんな光景は見たくない。

「二度と、テメェに俺の親友を奪われてたまるか」

 叶(?)は少しの間口を開けて惚けていた。呆れ果てて言葉を失ったのか。

 やがて口を閉じると、こちらに鋭い視線を向けてきた。

「……俺と戦うという事か? ずっと逃げ続けていたお前が?」

「ああ。反撃開始だ」

 沈黙が訪れる。

 それも長くは続かず、叶(?)が言った。

「……この器じゃ、お前には勝てん。そもそも、お前も戦う気はないだろう。この娘が大事ならな」

「……」

「心配するな。今回は大人しく帰る。去る前に、一つだけ忠告しておこう」

 ロキは緊張を解き、尚も警戒を忘れずその言葉の続きに耳を傾けた。

「『後継者』を救おうとするな。彼らは望んでああなった。彼らを救うという事は、彼らに望みを棄てろと言っているようなものだぞ」

「……それなら、この世界そのものを変える」

「それはつまり、『終焉ラスト』の解放を望むと」

「……」

「奴らへの挑戦権は『後継者』にある。お前が世界を変える事は出来ない」

「……さっさと失せろ」

 叶(?)の手から大鎌が消え、右肩からは黒い片翼が消えた。彼女の身体が芯を失ったように倒れてしまった。

「叶!」

 ロキは慌てて叶の元に駆け寄った。

 すると、

「黒希ぃ……それは醤油じゃなくてコーラだよぉ」

 …………………………寝言、だろうか。

 あまりにも緊張感のないその声と内容に、ロキは思わず彼女を揺すり、耳元で叫んだ。

「起きろテメェ‼︎ 人が心配してるって時になに自分の願望を夢に見てんだよ!」

「ふぇッ⁉︎」

 叶が変な呻き声を発し目を覚ました。

「な、なんなの? …………ケルベロスは?」

「ん」

 ロキが指差す方を見ると、そこには無残な姿で床に減り込むケルベロスがいた。生きているのだろうか。

「あれ、誰が……?」

 叶は動じなかった。寧ろ、どうしてこうなったのかが気になった。

「お前がやった。多分、黒希の能力ちからを複製した影響で記憶が飛んだんじゃないか?」

 自分の性能以上の能力を発揮した時の代償というやつか。叶は納得し、ふといつも視界の上にある物が無いことに気付いた。

 頭をペタペタと触り、

「帽子は……?」

 視界の上にはいつも黒い帽子の黒いつばがあったはずだ。

「落としたんじゃないか?」

 ロキの言葉に、意識を取り戻して初めて辺りを見回した叶は、周囲の崩壊っぷりを見て顔を真っ青にした。

「これ……もしかして私が……?」

「そーだぞ」

『死の神』に取り憑かれた叶がやったのだが、反応見たさについロキはそう言った。

 にしても、体に異変はないようで安心した。自分に起きた事よりも帽子の方が大事、これこそ叶の通常だ。

「はぁ……修繕費、いくらかかるのかな……」

「新曲結構売れたんだし、いくらかかってもいいんじゃねぇの?」

「よくない! ……黒希に怒られちゃうよ」

 黒希黒希と、叶は何かとあれば黒希がどうのこうと言う。どうしてこう、彼女は誰かの目を気にするのか。

「アイツ、お前が何かやらかした時に怒った事あるか?」

「ないけど……」

 不思議と、黒希は誰かを叱るという事はしない。誰かに対して本気で怒るという事もない。あんな不良っぽいなりをしておいて、本当に変わった奴だ。

「とにかく、帽子を探さないと」

 立ち上がり、服についた木片を手で払う叶。

「あのボロ帽子、まだ買い替えないのか?」

「……替えない」

「黒希からの貰いもんってのは知ってるけど、それならアイツにもう一度買ってもらえばいいじゃん」

「あの帽子は、私の大事な物だから」

「だよな」


 外に出ると、叶は何かに気付いた様子で立ち止まった。

「……人の気配がない」

 それに、いつの間にか叶の中に戻っていたロキが応えた。

『その事なんだが、一つ解った事があるんだ』

「なに?」

『この街の住人はナイトメアっていう悪魔の幻術で操られてるっつーことと、街の住人の九割がある一点に集まってるってこと』

「……魔術的な儀式かな」

『だろうな。そんで、どうする? 仲間か儀式の阻止か』

 そんなの考えるまでもなく、叶は即答した。

「仲間。咲と光助の居場所は、どうせもう突き止めてあるんでしょ?」

『まぁな。ただ、急いだ方がいいぞ。結構ピンチっぽい』

「アンタ、瞬間移動で私をアラスカから運んだって言ってなかったっけ?」

『悪魔が魔術妨害の結界で街を覆っててな。着地点が定まらない。お前達がここに来た時みたいに、まぁ、下手すりゃ体がバラけるって事もあり得る』

「じゃあ……あ」

 辺りを見ると、何台も車が停まっていた。アレを使えば脚を使うより何倍も速い。盗難に変わりないが、この際だ、気にする者は誰もいないだろう。

 叶は、肘で窓ガラスを割って鍵を開け、運転席に着いた。幸いにも鍵が挿さったままだったので、エンジンをかける。

「ナビよろしく」

『帽子は?』

「……仲間が先」

 それから少し間があって、

『真っ直ぐ行って右。出来るだけ安全運転を心がけるようにな』

 心なしか、その声には笑みが含まれているように感じた。

「ふん。出来るだけ心がけるよ」

 叶は薄く笑って、アクセルを強めに踏みつけた。




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