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色とりどりの黙示録  作者: owen
第2章 開幕
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サイドストーリー.3-1

 

 レオンとライカは、太平洋の何処かにある熱帯の孤島にいた。浜辺で潮風に身を当てて、今後について話し合っているところだ。

 結果、とにかく島を歩き回ることにする。

 熱帯林を汗一つ流さずに歩いている時、ふとレオンが、

「ライカ。この世界は、俺達の世界と比べるととても穏やかだな」

「そうか? どちらとしても、同族嫌悪には何の変わりもないだろ」

「それにしても、静かでいい」


 全ての者が神になれる素質を宿す世界、通称『二番目の世界』。一部を除く者達はみな、力を得ようと争い、血を流し命を落とした。まるでそれが当然のように。誰かが創った理に沿うように。

 そんな世界で、血を流さず、涙を流して神になった者を知っている。

 氷を司る女神。

 誰かを想い、傷付き、傷付くことを怖れて心を氷に閉ざし痲痺させてしまった哀しき女神。

 自分から外界へ干渉しようとは思わず、誰かの訪問を孤独に願う日々。それは、死にそうなくらい退屈なもので、何百年も続いた。

 そんな日々に終止符を打ったのは、世間知らずのただの剣士。永い間続く戦いを終わらせるという、冗談にもならない願望を抱いた愚かな青年。


「なぁレオン」

 ライカの思い悩むような低めの声で、レオンは立ち止まった。

「ん?」

 ライカの方を振り返る。彼女は少し後ろで立ち止まり、必死に涙を堪えているようで肩を震わせていた。本当に幼子のようだ。

「神は、私が世界を、住む場所を奪ったから私を殺そうとしてるのか?」

 酷く悲しそうな声。自分以外のみんなが遊ぶ様子を遠くから独り眺める子供のような瞳。

 レオンは、ゆっくりとライカに歩み寄り、彼女の前で屈んだ。

「そうだとしたら、神ごときが決めたルールに、お前を絞め殺させはしない。それは俺が許さない」

「……」

 ライカが感情に揺れる赤い瞳をこちらに向けてくる。

 レオンは彼女の瞳を見据え、言う。

「この存在いのちはお前を守るためにある。そう誓った。だから、そんな不甲斐ない顔をするな。お前には拙い笑顔がよく似合う」

 ライカはほんのりと頬を赤く染めて、

「拙いって……褒めてんのかよ!」

「もちろんだ」

 元気が出たようで、よかった。

 レオンがホッと息を吐いた直後。

 背後。ある一点からの痛々しい視線に気付く。鋭利なものが風を切る音にも。それは夜の闇を裂き、一直線にこちらに迫っている。

 レオンはバネのようにバッと立ち上がり、振り向きざまに刀剣を抜き放って、『それ』を弾いた。明後日の方向に飛ぶ『それ』を、レオンとライカは視認した。

 矢だ。

「何者だ」

 声を張り上げた時、ライカが大鎌を右手に出現させたのが分かった。

「相変わらず、見事な動きをしますね。討つ隙がなかった」

 前方の木の陰から、月光を浴びて銀色に輝く長髪を揺らす美しい女が歩み出てきた。

「アテナ……ということは、さっきの矢はアルテミスの物か。ライカ、頼む」

「分かった」

 ライカは頷き、闇夜の中へ消えた。

「ライカの結界を破ってまで来るとは、よほど重要な用事か?」

「ええ。貴方とライカの首を天界に持って帰らなければなりません」

「……ゼウスのめいか」

 アテナは呆れた調子で肩を竦めて、

「正直、ノアとやらが消えた今では、貴方達と争う理由が私には分かりません」

「……互いに退くわけにはいかないのか」

「退く? 逃げるのですか?」

 アテナの表情が気丈なものになった。戦闘においては彼女は礼を尽くす。背を向けられるのが嫌だったのだろう。

 これは、あらゆる意味で逃げるわけにはいかないようだ。

 レオンは、一度深呼吸をして左手で鉈を引き抜いた。

 それを見て、アテナは強気な笑みを浮かべた。

「……それでこそ、我が好敵手。イージス」

 ある名を呟く。

 すると、髪飾りと思われる赤の宝石と青の宝石が砕け散り、赤と青の光の粒子となり、赤は右手に剣の形を、青は左腕に盾の形を成した。

「貴方と戦う機会は滅多にないもの。最初から出来る限りの全力で行かせてもらいます。アイギス」

 今度は、彼女の全身に光が纏わり付いた。光の正体は、甲冑。肩と胸、両手と両足に甲冑が装着される。

「さぁ、貴方も武装を」

 アテナは全力を出すと言った。それは、虚言ではないと嫌でも分かる。

 幽体の今、全力を尽くしても勝機は薄い。だが、やらねばライカが殺られる。

「armas is ea fit of anima……」

 詠唱を終える。

 レオンの左肩に、片翼の形をした蜃気楼が現れ、消える。両手の得物の刃が、純白の光に包まれる。どんな物質よりも尊く、強固な魂で武器を強化する術。これは、危険な術だ。魂が壊れれば、その者は本当の『死』を迎えることになるのだから。だが、その魂を破壊できる者は数える程しか存在せず、アテナはその内にいない。

 二人は、ほぼ同時に地面を蹴った。両者の足元の地面が抉れる。

 姿が霞むほどのスピードで距離を縮める。

  激突する。

 凄まじい衝突音、衝撃波が捲き起こる。

 吹き飛ばされたのは、レオン。

 まるで、先ほどの二人の衝突のエネルギーがレオンだけに向かったように、彼の体は物凄い勢いで木々を薙ぎ倒しながら吹き飛ばされた。

 アテナが何かした訳ではない。ただ、レオンの斬撃を左腕に装着した盾で受け止めただけ。

 そしてそれが、彼を吹き飛ばした原因。

「イージス……くそッ、忘れてた」

 彼女の盾は、受けた衝撃を倍にして瞬発的に返すという厄介な性能がある。

 アテナは攻めではなく守りに特化している。

 防御こそが、彼女の最大の攻撃。

 闇の中からアテナが飛び出してくる。とんでもなく速い。アイギスという甲冑が、彼女に何らかの効果を与えているのだろう。レオンは横に転がり、アテナの突き攻撃を避けた。暴風にも等しい剣圧が、その周辺の草木を薙ぎ払った。

 レオンは鉈を握る左手を前へ伸ばし、ガラスに近い形状の魔術的な防御壁を造り、剣圧を防いだ。

「……ッ」

 改めて、神の力を実感する。

 だが、退かない。

 レオンは短く何かを唱えると、剣先をアテナに向けた。

「?」

 アテナは目を細め、すぐに何かに勘付き盾を構えた。

 盾に何かがぶつかり、火花を散らした。

 それだけ。それ以上は、何も起こらない。

 レオンは、また詠唱を始めた。

 今度は、赤々と燃え盛る炎が剣先から噴き出す。

 アテナは剣を伏せ、そして力強く振り上げ炎を斬り消した。

 その炎の後ろに身を潜めていたレオンが、大股で前へ踏み出し、右手の刀剣を斜めに、イージスの盾に触れないように振り下ろした。

 当たる。だが、深くはない。甲冑アイギスが何らかの恩恵を与えているのか、アテナの皮膚は鉄のように頑丈になっていた。続けざまに鉈を振る。当たる。回転し、刀剣と、逆手に持ち替えた鉈を思いっきり強く振る。

 アテナは盾で受け止めた。

 衝撃が倍となり、レオンに跳ね返ってくる。

 レオンは、両手の得物を手離した。衝撃を自分へ伝わらないようにするためだ。刀剣と鉈が、何処へ飛んで行ってしまう。

「なっ……」

 驚くアテナの額に、レオンはロングコートの内ポケットに潜めていた、黒希を撃つのに使用した例のリボルバーの銃口を押し付けた。

「勝敗は決まった。退け。お前を殺す気はない」

「また……貴方は殺さぬと言うのですか。騎士に慈悲は無用とあれほど……」

「俺は、俺が決めたルールで動く。無意味な殺生はしない」

「……実に、貴方らしい。ですが……退くわけにはいきません」

「……そうか。なら……」

 引き金に躊躇する指を当てた直後。

「ニケよ」

 アテナが、消えた。

「……ッ⁉︎」

 背後を振り返る。

 アテナの剣尖が、慌てて仰け反ったレオンの頬を掠めた。

「チィッ‼︎」

 照準をアテナに定める。

 しかし、アテナは瞬時に反応し、回し蹴りでレオンの手からリボルバーを蹴り飛ばした。そのまま回転して、盾を突き出す。レオンの腹を殴る。衝撃は倍増し、レオンを島の中心から浜辺へと吹き飛ばした。

「がぁッ……くっ」

 何とか意識を保ち、両手に光を失った刀剣と鉈を呼び戻した。

 息を吐く間も与えまいとしたのか、アテナが矢のように飛んできた。

 再度、魂で武器の強化を意識するが、

「間に合わないか……」

 今のアテナは、ニケという勝利をもたらす女神の加護を受けている。ニケの加護とは、受者が敵と認識した者を上回る戦闘能力を与え給うというもの。

 つまり、速度、力、神経共に、こちらが勝てる要素は何一つとしてない。

 彼女にとって、予想外イレギュラーな展開が起きない限りは。

 アテナが盾を構え、突進してくる。

 レオンは、鉈を逆手に持って姿勢を低くした。

 受け止めるまではない。

「natiom……」

 呟くと同時。

 アテナの左腕からイージスの盾が消失した。

「何ッ⁉︎」

 アテナに生じる空白。

 レオンが見出した僅かな勝機。

 あの時、アテナがイージスで受け止めたのは、転移系魔術の式だったのだ。今頃、イージスの盾は何処かの木陰に飛ばされているだろう。

 アテナが手元に盾を呼び戻す前に、無力化する。

 レオンは、全力をその一瞬に注いだ。

 恐らく、ニケの加護を受けたアテナですら霞むほどの速度で、秒間に数十の斬撃を放つ。

 アテナは剣と甲冑アイギスを装着した左手で受け止め、受け流すが、限界が来たのだろう。表情が明らかに険しくなってきている。

「くっ……イージス!」

 己の盾の名を呼ぶ

 させるか。

 レオンは左肘でアテナの胸を突き、怯ませ、彼女が苦し紛れに振り下ろしてきた剣を紙一重で避け、彼女の腹を斬り裂いた。

 アテナの左腕に、イージスの盾が現れた。突き出してくる。

 レオンは逆手に持った鉈で受け、衝撃で数メートル吹き飛ばされた。鉈の刃が砕けてしまう。

「その傷で、まだ戦うか」

 アテナの腹部から、決して少なくない量の血が流れ出ている。苦痛に顔を歪ませ、

「これしき、どうということはありません」

 と、それに応じる別の者の声がする。

「私がいるからでしょ。感謝しなさい!」

 レオンは警戒し、刀剣を構えて辺りを見回した。

 背後が明るんでいることに気付く。振り向く。洒落にならない大きさの炎の波が、もうすぐそこまで迫っていた。なのに、全く熱を感じなかった。

「ヘスティア‼︎ 邪魔をするつもりですか!」

 アテナが、何処かへ向けてそう叫んだ。

 突然のことに呆気に取られるレオンは、命の危険があると生存本能で自身を鼓舞し、アテナも警戒して全方位に透明の防御壁を張った。

 レオンの姿が炎の波に飲まれ、消えた。


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