黄の章 第2節
FPS。
それは、シューティングゲームの最高峰。
その中ではみな誰もが兵士となり、戦場を駆け、同志と共に死線を潜り抜ける。
FPSの楽しさは、あくまで兵士になれること。
監視カメラのようにその場に固定し、左右に画面を振って階段下から、通路奥からやってくる敵を殺すことではない。断じてないッ‼︎
要は、
「この芋スナ×××××やんぞォッ‼︎‼︎」
銅像の如く一点に留まるスナイパーが許せないのである。
涼風はコントローラーを握り潰さんばかりの勢いで叫び、リスポーンするために□ボタンを連打していた。
「頑張れ涼風」
愛しのエミたんの声援もあり、涼風の興奮度は本日最高潮に達する。
リスポーンしていざ行かんと走り出した直後。
無慈悲にも、7.62×51mmNATO弾が建物の合間を通って彼女の操作キャラの頭を貫いた。百点満点のヘッドショット。
「今度はリスキルかよォッ‼︎⁉︎」
嘆き、大きく仰け反って後頭部を背後のテーブルの角にぶつけ、キャラ共々ダウンする始末。
壊れたスピーカーより騒がしい奴である。
一方で、涼風と画面分割中の光助は、
「敵何処だー?」
敵を追い求めて、マップ中を走り回っていた。因みに、彼は本日一度も敵と遭遇していない。さらに補足すると、今は4ゲーム目だ。
これだけ敵に遭えないとなると、運がいいのか悪いのか、まぁ、両方あり得る。
「涼風、大丈夫?」
咲は倒れた涼風の側に歩み寄り、彼女の顔を覗き込んだ。
さっきテーブルの角に後頭部を打ったせいか、若干涙目になっていた涼風は、
「だめ、だったよ……私には……ガクッ」
死ぬ間際の台詞を口にし、力尽きたように地面に横たわった。
この時、死の騎士が『契約』を切ったのだが、涼風は遊びに夢中で気付いていない。
リザルト画面が表示される。二人とも散々な結果に終わった。光助に至ってはオールゼロ。キルもデスもなく平和主義者のようなスコアを出している。
視界の上に黒希が映った。
黒希と華凪を交互に見ると、頭上の何かを思いついた時にピカーンと光る豆電球にピカーンと光が灯された。
⚠︎実際には、涼風の頭に豆電球はありません。全て彼女のイメージです。
「今度はお兄ちゃんとお姉ちゃんがやって!」
すると、華凪はソファから立ち上がって、
「だってよ黒希?」
やる気満々の調子。
黒希は半眼でリザルト画面を見て、
「……ふ」
「あ! お兄ちゃん今鼻で笑ったでしょ⁉︎」
「さぁな。ていうかお前、俺のアカウント使ってたのかよ」
「えぇ……もしかしてお兄ちゃん、キルデス比を気にするタイプの人?」
「武器の熟練度を気にしてんだよ」
黒希は涼風からコントローラーを受け取って、装備のカスタマイズ画面を開いた。
「……やっぱりな」
「ネチネチ言って……仮にも男でしょ」
「仮にもって……俺は男だ」
「お兄ちゃんが言ってる男っていうのは、×タマがついてる人間のことでしょ。ワタシはハートのことを言ってるんだよ」
その言葉に、咲が顔を赤く染めて、
「ちょっ、涼風! 女の子なんだからそういうことは言わないの!」
「×タマって聞いて照れるなんて、エミたんってば初々しくてカワイッ」
と、リビングの床で少し過激なスキンシップを始める涼風と咲。
「せめて部屋でやれよ」
黒希が言うと、涼風は何かを思い出したようにハッとして、
「あ、お兄ちゃん部屋を見せてくれる約束」
「……ゲームは?」
「やんなくていい」
「どっちだよ……」
案内された黒希の、兄の部屋は、これといった装飾品はなくとても質素だった。
涼風は本棚に歩み寄って、適当に一冊を引き抜いた。
「……ふらんつかふか? 誰これ。どんなラノベ書いてるの?」
「ライトノベルなんか持ってないぞ」
「え⁉︎ ワタシの兄ともあろう人がライトノベルを一冊も持ってないの?」
「……ってことはお前は……」
涼風は胸を張り、
「ま、ざっと五百冊はあるかな」
「……そうか」
涼風は本を戻すと、ピアノに目を向けた。
「あ、ピアノだ! お兄ちゃん、今でもピアノ出来るんだ?」
「今でも……?」
何故か不思議そうな顔をする黒希。
「え? だって、昔も弾いてたよね? ママに教えてもらってたじゃん」
「……」
困惑する黒希を見て、涼風は首を傾げた。
「覚えて、ないの? ママのこと」
「……覚えてない」
「じゃあ、パパのことは?」
訊くと、黒希の顔に少しの怒りが滲み出た。
「……そのことで、お前に話がある」
「なぁに?」
「お前は……龍地のこと、どう思ってる」
その質問の意味が、解らなかった。
「どうって……大好きだよ。優しいもん」
「俺達を地獄に落としたんだぞ」
「それが何?」
そう答えると、黒希はとても驚いた顔をして、
「危険な目に遭わせたんだぞ。実の子を」
「でも、ワタシもお兄ちゃんも生きてるよ。それにね、お父さんはちゃんと謝ってくれたんだよ? だから、もう怒ってない」
最初は、少し怒ってた。一緒に、楽しい時間を共有できなくて、寂しかったから。
でも、今は違うんだ。お兄ちゃんともこうして再会できた。色んな人に会えた。一緒に楽しい時間を共有できる人が、たくさん増えたから。
「……」
「お兄ちゃんは、まだ怒ってるの?」
「……怒ってないって言えば、きっと嘘になる。俺はアイツを殺したい。この手で首をへし折ってやりたい」
そう言った彼の顔は、とても辛そうで、寂しそうで、そう願う自分に怒っているようで、とても複雑だった。
だから、涼風は黒希をそっと抱き締めた。
冷たい。昔は、暖かかったのに。
「……何の、真似だ」
「誰かが辛そうにしてる時は、こうするのが一番だからね。特に、お兄ちゃんにはそんな顔してほしくない。昔みたいにボーッとしてて、けど、とっても優しいお兄ちゃんがワタシは好きだな」
昔みたいに笑ってよ。
昔みたいに悪戯させてよ。
昔みたいに遊ぼうよ。
またみんなで、森をお散歩しようよ。
いつもマイペースで先頭を歩くお兄ちゃんの後ろ姿を、また見たいんだ。
「どうしてもって言うなら、お兄ちゃんは怒ったままでいいよ。でも、パパを殺しちゃダメ。もし殺そうとしたら、ワタシが全力で止めてあげる」
「……こんな兄でごめん」
「いいの。昔はワタシの方が助けてもらってたからさ、今度はワタシがお兄ちゃんを助ける番」
その怒りは、きっと消える。消してみせる。
そう、幼き心で固く決心した。




