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色とりどりの黙示録  作者: owen
序章
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黒の章 第6節

 

 地獄の荒野に堂々と建つ、西ヨーロッパ辺りにありそうな城の内部に黒希はいた。

 今は、武器庫にいる。銃といった科学らしい武器は一切置かれていない。あるのは剣やら盾やら原始的な物だけだ。

 その中から適当に刀剣三本と大剣、革製のベルトを掴み、刀剣一本を右手に残りの二本を腰に、大剣を背に背負った。

「ふむ……」

 動きづらい。そもそも剣など使ったことがない。大鎌と同じ要領でいいのだろうか。

 武器庫を後にしようとすると、頬に冷たい風が当たった。風を感じる方へ、部屋の隅へ歩く。

 調べるため、壁に触れる。

 すると、その周辺の壁が横にズレた。

 隠し扉だ。洒落てんな。

 恐る恐る中を覗き込んでみる。

 通路だ。今まで通ってきた通路とは違う雰囲気を感じた。

 とりあえず、通路を進むことにする。

 気配が、段々と近付いてきた。

 奴が、この近くにいる。恐怖心などなかったが、勝てるかどうかが不安になった。

 一度戦って、奴の強さは理解している。

 一分しか続かない身体能力の爆発的向上で、果たして勝てるのか? 予想はノー。多分勝て

 ない。

 ならどうするか。

 切り札は、ちゃんと用意している。それが通じなかったらその時はアドリブだ。

「あれ……」

 通路は行き止まりだった。他に抜け道のようなものはなく、壁を叩いて調べていると、ふと視界の端に気になるものが映った。

「……?」

『LL』と、小さな文字が壁に刻まれていた。

 それに触れる。電流に近い衝撃が体中を駆け抜けた。


『なぁルナ。ここに通路を創ってもらおうぜ』

『それもアリだね。でもさリヴィア。この真下は広間だよ。落ちたら危ないよ』

『仕掛けは、そうだな……ある部分に触れたら稼働するってのは?』

『聞いてよ!』


「ぅ……何、だ?」

 誰かの会話? この城の持ち主だろうか。にしては声が若い。恐らく十代くらいの少年と少女だ。それが何故、聞こえたんだ?

 会話によると、ある場所に触れれば仕掛けが稼働するらしい。

 とりあえず適当に触ってみる。

 数秒後。

 壁に触れた時、あまりにも唐突に、落下が始まった。

 黒い煙の中に突入した。息苦しい。無数の呻き声が重なって、爆音となって鼓膜を揺さぶる。それは一瞬で終わった。

 死の騎士の姿を捉える。近くにはライカも。

 右手の刀剣を振り上げた。

 騎士と目が合う。

 奇襲は失敗。だが、やる事は同じ。

 刀剣を振り下ろす。騎士が刀剣を振り上げる。

 衝突する。だが、力は拮抗せず黒希の方が吹き飛ばされた。

 空中で体勢を立て直し、上手く着地する。

 これが新体操だったら、審査員達はスタンディングオベーションをしてるところだろうと黒希は心の中で思う。刀剣の切っ先を騎士に向けて言う。

「リベンジマッチだ。付き合ってもらうぞ」

 それに、ライカが驚いた様子で、

「……剣でか?」

「悪いかよ」

 力を使う。

 制限時間は一分。一瞬でも能力を解除すれば時間は回復するが、この戦い、一瞬でも隙を見せば死ぬ可能性がある。

 地面を蹴る。間合いに入ると同時に左手を腰の刀剣に伸ばす。指先がグリップに触れた瞬間、風船が破裂したような音がして、黒希の体がくの字に曲がって後方に吹き飛んだ。

「チィッ……」

 刀剣で床を突き、勢いを殺す。壁との激突を免れた。

 壁を背にし、騎士を睨みつける。

 痛みは酷くなかったが、攻撃が視えなかった。魔術だろう。

 卑怯、とは言えない。これは命を懸けた戦いだ。子供が新聞紙を丸めて叩き合うチャンバラとはわけが違う。

 騎士が剣を軽く振る。

 黒希は直感に従い、横へ、柱の陰へ駆け込んだ。先ほどまで背にしていた壁に小さなヒビが入った。

 柱から飛び出す。一直線には向かわず、柱から柱へと、騎士が放つ魔術的な攻撃を躱しながら距離を詰める。

 二メートルを切った時、黒希は跳んで距離を縮めつつ、刀剣を居合斬りでもするように構え、騎士の首目掛け振り上げた。

 騎士は身を反らし、避けた。

 それを見越して、黒希は左手で今度こそ刀剣を抜いて、騎士の胸へと突き出した。

 騎士は右手の刀剣を振り上げ、黒希が突き出した刀剣を弾いた。

 金属同士の衝突音。火花が散る。

 音と火花が消えるより速く、黒希は両手の剣を振る。果敢に攻める。秒間に、十数もの斬撃を騎士に放つ。

 騎士は、左手の逆手に持った鉈で黒希の斬撃を防ぎ、隙あらば右手の刀剣で反撃した。

 騎士の突き攻撃を、黒希は体勢を低くして避け、そこから、

「ッ‼︎」

 歯を食いしばり、全身に、主に四肢に力を込めて大きく踏み込み、両手の刀剣を交差させて一気に振り切った。

 一際大きな衝突音が広間の空気を揺らす。

 騎士の足が地から離れる。反動を殺しきれず、飛ばされたのだ。

「くっ……ッ」

 黒希の追撃を、騎士は地面を蹴って横に一回転して避けると、そのまま刀剣を振った。遠心力が加わった一撃。

 速い。避けられないと判断した黒希は、迫る刀剣に背を向けた。背負った大剣で刀剣を防ぐ。接触と同時に背中を曲げ、刀剣を滑らせて衝撃を上手く受け流した。その最中、黒希は全身から冷や汗が出るのを感じた。

「とっ……」

 黒希は右手の刀剣を手離し、それを左手で拾い上げて空いた右手で背中の大剣を掴み、適当に振り回した。

 騎士が数歩下がる。

 黒希は大剣を地面に突き刺し、固定した。そしてまた、騎士との近接戦に挑む。

「……お前、何のために戦っている」

 剣を振る手を止めもせず、騎士が訊いてくる。彼は、真っ直ぐにこちらを見つめていた。その表情に焦りや疲労はなく、それなのに余裕がない。無表情でいた。

「涼風を取り戻す。お前を殺してなッ」

 そう言って、黒希は両手の刀剣を同時に振り下ろした。

 騎士は逆手に持った鉈のみで受け止め、

「取り戻して、どうする。彼女の意見も聞かずに連れ帰るのか? それじゃ誘拐と何も変わらないぞ」

 右手の刀剣を突き出す。

 黒希は後方へ軽く跳んで避けた。

「意見は聞く。事実を知りたきゃ教える。だが、何処の誰かもしれねぇ奴に家族を託すわけにはいかねェ」

「ならば証明してみせろ。お前に、彼女を守れる力があると」

「臭ェ台詞セリフかしやがって」

 前へと駆け出し、間合いへと踏み込む。

「お前は経験においては浅はかだ。覚えておくといい。いや、その身に刻め」

 騎士の雰囲気が、変わった。

 黒希は一瞬、躊躇した。このまま踏み込めば、マズイ。だが時間がない。ゼロ距離まで行ければ勝機はある。

 …………踏み込む。

「armas is ea fit of anima…………」

 騎士が何かを唱える。

 唇が止まった直後、彼の左肩に蜃気楼のように揺れる何かが見えた。あれは、翼? だろうか。そんな形をしていた。

 それが、ふっと消える。騎士が持つ得物の刃が白い光に包まれる。それが、黒希にも視えた。つまり魔術ではない。

 視えるなら対処_______________、

 黒希の思考が途切れる。

 あまりにも唐突なその一撃が黒希の思考に空白を生じさせ、視界に赤い点を撒き散らした。

 白い光の尾を引きながら、刀剣が振り上げられていた。

「チィッ……」

 胸を斬られた痛みに顔を歪めながらも、黒希は刀剣を横合いに振った。それが、騎士に触れることはなかった。

 刀剣の刃が、砕けた。騎士が鉈を振り上げ、黒希の刀剣の刃を粉砕した。

 呆然とする黒希の腹に、騎士は突き刺すような蹴りを放った。

「がッ」

 黒希の体が吹き飛び、柱を一本貫通して床を転がってようやく止まった。

「ぁ……くッ……」

 起き上がろうとした。だが、体が思うように動かない。

 騎士が、ゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。鉈を鞘に戻し、ロングコートの内側から西武時代を感じさせる古いリボルバーを取り出した。

「レオン‼︎ 殺す必要は……」

 ライカの言葉を遮り、騎士は、

「ある。お前もよく知っている通り、『契約者』は苦しみ、死ぬために存在する。ハイガミは、それを知ってコイツを産んだ。彼女の弱さがコイツを苦しめているようなものだ」

 カチッと、撃鉄を親指で引き起こす。

「ここで殺してやるのが情けだ。コイツだって、心の奥ではそれを望んでいるはず。違うか? 黒希。もう苦しむのはうんざりだろう」

 騎士は、本当に哀れんでいた。

「……殺るなら殺れよ」

 挑むように黒希は言った。

 銃口が、黒希の額に向けられる。

「復讐で満ちた生涯に悔いは」

 騎士の言葉に、ある少女の後ろ姿が頭の中に浮かんだ。

「……」

 乾いた銃声が、広間に響いた。




 殺してやる。



 そうして始まった人生。



 思えば、それは悪魔のよう。



 一つの事に異様なまでに執着する。それは欲の塊である悪魔のよう。



「……」



 その肩書きは、自分に似合っている。今まで数え切れないほどの命を、特に理由もなく奪ってきた。中には、助けを求める奴や、女や子供もいた。

 楽しんでいた、かもしれない。個人より力があるのはとても気分がいい。そう、強く思う自分がいたのだから、きっと殺しを楽しんでいた。

 そんな自分には、やはり悪魔という肩書きが誰よりも似合っている。



「冷酷かつ温厚。相変わらず、君は矛盾の言葉が誰よりも似合っているね」



「……誰だ」



「あ、そっか。覚えてないんだね……」



「名乗れよ」



「ツキネ」



「つきね……?」



「今の君は確か……黒希、だったよね?」



「さぁな」



「恍けなくてもいいよ。ここには、君と私しかいないから」



 気が付けば、景色は黒一色に染まっていた。あの広間も、騎士やライカさえいない。

「ねぇ」

「ッ」

 背後からの声に、黒希は慌てて振り返った。

 そこにいたのは、少女。

 歳は十くらい。身長は約三十センチ。白いローブに白のニーソックス。髪は茶髪で言うほど長くはなく、瞳は青。あの騎士と同じ瞳だ。そしてその容姿は、

「華凪?」

 気味が悪いくらい、その名の少女の幼い頃にそっくりだった。

 ツキネはクスリと、可愛らしい笑みを浮かべて、

「ううん。私は彼女じゃない」

「……? それは何だ」

 ツキネの背後に、V字を横にしたような黒い物体を見つけた。背景が黒なのに視えたのは、それに白が混じっていたからだろうか。いや、輪郭がはっきりと視えていた。

「これは『刻印』。これが何かを訊く前に、私は君に問いたいことがあるんだ。真面目な話だから正直に答えるように」

 口調まで、華凪そっくりだ。

 もしや、彼女の生き別れの妹か? などと思う黒希であったが、そんな御都合主義な展開はないだろうと、その考えを振り払う。

 ツキネはこちらにじりじりと歩み寄ってきて、もう文字通り目と鼻の先にきてこちらの顔を見上げてくると、

「君は、何のために戦うの?」

「何でお前に……」

「答えなさい」

 と、強めに言ってくるので仕方なく、

「……家族のため」

 ツキネから顔を逸らして、ボソッと呟いた。

「嘘。本音を言って」

「は? これが本音だ」

「私は騙されないよ。君のことを世界中で一番よく理解しているのは私だから」

「……初対面だろ」

 何とか話を変えようとするが、

「本音を言って。君には難しいだろうけど、心の奥底に隠しているものを吐き出して。私に言っても無駄だ、なんて寂しいことは言わないでよ。私は君のために存在してるんだからね」

「……断る」

「言って」

「断る」

「言って!」

「断る」

「言いなさい‼︎」

「…………断る」

「……どうして?」

「これは、俺の問題だ。お前には関係ない」

 すると、ツキネはひどく寂しそうな、今にも泣きそうな顔をして、

「……それなら、私にも関係あるよ」

「は? お前は身内でも何でもないだろうが」

「違う」

 と言って、ツキネは黒希の両手を掴んだ。

「……冷たいけど、痛くない」

「おい」

「関係あるよ。私は、君だもん」

 その優しい声音は、子守唄のように心を落ち着かせる。心が苦しい時は癒してくれる。その声を聞いていると、つい甘えてしまう。

「意味が解らん」

「今の君にはきっと解らない。でも私は解ったよ。こうして触れて、君の心が理解できた」

 ツキネは、悲しそうな顔をした。

 そんな彼女の顔を見て、黒希は、

「……」

「冷酷は君の武器になる。温厚は君を守ってくれる壁になる。この言葉を、決して忘れないで」

 あ、それと、とツキネは付け足した。

「君は悪魔なんかじゃない。ただの不幸者だよ」

「……俺は、アイツらとは違う。俺は産まれついての殺人鬼だ。アイツらは強いられてああなった。まるで別種だ」

「類は友を呼ぶって言葉あるでしょ?」

「……俺の辞書にはない」

「あっそ。相変わらず素直じゃないね。ま、君のそういうところが好きなんだけど」

 色っぽく、ツキネが言ってくる。

 こんな幼子が色っぽさを主張したところで、黒希の心が揺さぶられるはずもなく、

「言っておくが、俺はロリコンじゃねぇぞ」

「ふふ」

 ツキネはこちらに背を向け、V字の物体の方を振り返った。

「これに触れれば、今より強い力を手に入れる代わりに君の『これから』が変わる」

「これからってのは将来のことか」

「うん。きっと、君は死んでしまうよ。もし生き延びられたとしても、精神が壊れてしまう。どちらにしても、良い事は起きない」

「だが力は手に入る」

 黒希は物体に歩み寄り、手を伸ばした。

 ツキネとすれ違う時、

「……君のお父さんがしたことを否定しても、君は救われないよ。君を苦しめている原因は、それじゃないから」

「……元凶はアイツだ。まずは大元を断つ」

「そう……」

 物体に触れる。

 ガラスが砕けたような音がする。



「忘れないで。私は君。誰よりも、君のことを理解しているつもりだけど、でもね、君が求めない限り私は君を救えない。だから……」




 一瞬で勝負はついた。

 放たれた弾丸を、黒希は左手の刀剣で弾き、右手を腰の後ろに伸ばして拳銃ベレッタM92を抜き取り、騎士に向けた。

 その素早さに、騎士は目を見開いて驚く。

 そして、


「黒希……?」


 その声に、黒希は硬直した。

 銃声がする。騎士のリボルバーから特殊な模様が刻まれた弾丸が発射され、黒希の腹を貫く。

 何度も味わい慣れた鈍い痛み。

 体から、徐々に力が抜けていく。

 刀剣が手から滑り落ちる。

 やがて、意識は暗闇の中に沈んだ。


 望んで修羅の道を突き進んだ人生は、一発の銃弾で呆気なく幕を閉じた。








































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