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色とりどりの黙示録  作者: owen
序章
41/97

透明の章 第2節

 

 アメリカ、アラスカ州のコバック・バレー国立公園付近の森林地帯の前に、叶は車を停めた。

 降りて、目の前に広がる森を見る。

 広く、暗い。まぁ、夜だから当然なのだが。

 この中で亀裂を探さなきゃならないのか。

「……はぁ」

 どれだけ苦労するかを想像してしまい、やる気が一気に削がれた。

「仕事前から疲れるなよ」

 横にロキが現れ、そう言った。

 あまりに急だったので、叶は驚きビクッと肩を震わせた。

「急に出てこないでよ……何しに出てきたの」

「お前一人じゃ『亀裂』を探し出すのは難しいと思って手助けにな」

「そういえば、アンタ『亀裂』の場所が分かるんだっけ」

「まぁな」

 ロキは自慢げに胸を張った。

 少年の姿もあって少し可愛らしく見える。だが、決して表情には出すまいと、叶は唇を噛んだ。

 トランクを開けて、装備を整えた。

 銀の弾が込められたレディースの小型の拳銃と弾倉が二つ。銀のナイフ三本と、伸縮できる警棒を一本。懐中電灯に、ケミカルライトを四つ持ち出す。

 懐中電灯を片手に前方を照らし、ロキを先頭に森の中を進んでいく。

 何も知らない人が見れば肝試しにも見える絵面となってしまっているのが否めない。

「ロキ」

 周囲に懐中電灯を向けるのも退屈になり、叶はロキに声を掛けた。

「んー?」

 こちらを振り返りもせず、ロキは応えた。

「昔、アンタが話してくれたおとぎ話、まだ覚えてる?」

「覚えてるけど……何だ? もう一度話して欲しいのか?」

「いや、そうじゃなくて……、あの話の結末、まだ聞いてない気がしてさ」

「そうだっけ?」

「そうだよ。主人公のライカとレオン、結局どうなったの?」

 訊くと、ロキは少し顔を上げた。

「お前も大きくなったし、話してもいいかな」

「え。そんなに過激なの?」

「そうでもない」

 ロキは一呼吸置いて、

「ノアっていう悪者にレオンを殺されて、ライカはノアに復讐した。それが結末だ」

「え……ハッピーエンドじゃないの?」

「どの物語に言えることだが、過程が幸福に満ちていたとしても、結末が必ずしもハッピーエンドになるとは限らないんだよ。たった一つの歪みで、全てが狂う。それが物語だ」

 と、ロキは感情的に、諭すように言った。まるでそのおとぎ話が現実だとでも言うように。

「……ライカは、どうなったの?」

「力を使い果たして死んだ」

「へぇ……でも、その世界は救われたんでしょ?」

「どうだかな。その世界は、ライカとノアの戦いで氷漬けになっちまった」

「妙にリアルな話だな……」

 こんな仕事をしているせいか、例えおとぎ話だとしても事実という形で自然と受け入れてしまう。

「リアルじゃないとつまんねぇだろ? まぁ、こんなバッドエンドもどうかと思うがな」

「ふーん……あ。あれ『亀裂』じゃない?」

 おもむろに懐中電灯を向けた先に、空間の裂け目を見つけた。

「な。見つかったろ?」

 ドヤ顔で言うロキ。

「すごいすごい。じゃ、さっさと閉じちゃってよ」

 叶は適当にあしらって、辺りの警戒を始める。

 静かだ。足音一つでもすれば、すぐに聞こえるほどに、この森は静寂に包まれている。

 それなのに。

 目の前に鋭利な物が迫っているのに、気付かなかった。

「ッ⁉︎」

 反射的に屈み、後ろに跳び下がった。

 物音で異変に気付き、ロキが、

「『亀裂』閉じたぞ〜……って。悪魔の臭いがしてんな」

「早く憑いてよ」

「はいはい」

 ロキの姿が消える。

 叶の中に憑く。

「さっきのを避けるなんて、いい反射神経してるじゃない、貴女」

 暗闇に慣れた視界に、女が映る。

 二十代の女。背丈は百七十センチほど。服装は黒のシャツに赤のジャケットにジーンズ、黒い長髪。

 顔には、人間というより獣に近い顔が三つも貼り付いている。

 それだけではなく、体全体に、半透明の別の体が貼り付いていた。体毛に覆われた、イヌ科の動物に似た体だ。

「何、あれ……」

 顔に別の顔が貼り付いているのなら何度も見たことがある。しかし、体にまで別の体が貼り付いているのは、初めて見た。

『まずいな……ありゃあケルベロス、上級悪魔だ』

 頭の中で、ロキが言った。

「上級? 強いの?」

『人間じゃ勝てないほどにな。お前なら、多分勝てるかもしれないけど』

「……」

 冗談、ではないか。

「ねぇ、お嬢さん。ここは何ていう世界なの? よければ教えてくれない?」

 ケルベロスが歩み寄ってくる。彼女の両手の爪が三十センチほどに伸びる。

 正直言って、怖い。

 踵を返して逃げ出したい。

 それらの念を押し殺し、叶は両手に銀のナイフを握る。

「断る」

 言い放ち、鋭い瞳でケルベロスを睨む。

 ケルベロスは銀のナイフを見て、目を細めた。

「……貴女、祓魔師《エクソシスト》?」

「違う。でも、お前を殺す知識と技量はある」

 精神的余裕を見せるため、敢えて強気な発言をする。

「威勢がいいのね」

 ケルベロスは愉快そうにクスリと笑い、

「狩るのが楽しみだわ」

 地面を蹴った。

 真っ直ぐに向かってくる。

 その速度は、速い。

 だが、

「黒希より遅いッ」

 突き出された爪を横に軽く跳んで避け、ケルベロスの顔面に腰の回転をきかせたハイキックを叩き込んだ。

 しかし、たかが人間の少女の脚力。

 ケルベロスは僅かに怯むだけで、吹っ飛びはしなかった。

 鼻先を抑え、やや驚いたように、

「人間のくせに、本当にやるものね」

 それに叶は、両手の中でナイフを弄びながら、

「悪魔のくせに弱っちぃな」

 挑発する。

 ケルベロスが目を細めたのを、叶は見逃さなかった。

『どんな状況だろうと、何事も自分のペースに持ち込めば楽だ』

 黒希はそう言っていた。

 だから、そうする。

 再度、ケルベロスが距離を詰めてくる。両腕を振り回して連続で攻撃を繰り出してくる。

 叶は軽やかな動きで、その攻撃を躱す。

 ケルベロスが右手の爪を振り上げた。

 ここだ。

 銀のナイフで、右肘、右脇腹の順で、一筆書きでもするように斬った。

 傷は浅かったが、斬った辺りの皮膚が焦げた。

 ケルベロスは苦痛に顔を歪め、左手の爪を振り回して叶を遠ざけた。

「悪魔は銀に弱い……」

 呟き、叶は腰の後ろに挟んだ拳銃を取り出した。

「銀ならお前を殺せる」

 素早く狙いを定め引き金を引く。

 ケルベロスは人並み外れた動きで弾丸を避けた。

「チッ……」

 銃は通用しない。

 やはり、近接戦闘で倒すしかないか。

『叶。言っておくが、上級悪魔は自分の魔力で器となる人間の体を構築する。だから、手加減しなくていいぞ』

「それ早く言ってよ」

 ケルベロスが跳ぶ。上段から爪を振り下ろしてくる。

 叶はケルベロスの着地点を見極め、少し進んで彼女の真下に立ち、ケルベロスと同じ方向を向いた。そこで、思いっきり地面を蹴る。鉄棒で言う逆上がりのような動きのそれは、サマーソルトと言う。

 スニーカーの爪先が、ケルベロスの鳩尾に直撃した。

「ぐはッ⁉︎」

 宙に浮いたままで強力な一撃を喰らったケルベロスの体は、今度こそ吹っ飛んだ。

『わお。すげぇな今の』

 ロキでさえ賞賛する始末。

 叶は嬉しそうに頬を緩め、

「こ、これぐらい普通だし」

 十数メートルは吹き飛んだケルベロスが、ゆっくりと起き上がった。

「……あの娘に魔力を持って行かれたとは言え、こんなザマになるなんて」

 苦しげに呻き、叶を睨みつける。

 叶は銀のナイフを両手に、走り出した。

 決着をつける。

 上級悪魔を倒したと報告すれば、黒希だって少しは嬉しそうに笑ってくれるだろう。

 ナイフの刃部分を手を切らないよう慎重に持ち、投げた。

 ナイフは高速回転して真っ直ぐにケルベロスの胸に飛び________________________________

 上から降ってきた一筋の紅い光が、叶とケルベロスの間に接地する。

 直後。

 耳を劈く爆音。

 立つことすらままならない地響。

 巻き起こった爆風が叶を吹き飛ばした。






















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