緑の章 第3節
昔から誰かの布団で誰かと一緒に寝るのが好きだった____________________今日までは。
「ううっ、もうお嫁さんに行けないよ……」
事後。ベッドの中、乱れた服を整えながら、咲は嘆いていた。
そんな彼女の横で、すっかり満足した様子の涼風が、
「大丈夫だよエミたん。ワタシがエミたんを一生大事にするから」
咲に抱きつき、体の『ある』部分を触る。
「ひゃうっ⁉︎」
「カワイイ声出しちゃって♪」
「やめてください!」
と叫んで、涼風の腕から、ベッドからスルリと抜け出す。
「魔力をくれたのには感謝します。ですけど、私は目的があってここに来たんです」
訴えるように、咲は言う。
「目的って?」
涼風が上半身を起こして、訊いてきた。
「人を探してるんです。亡者さんじゃなくて、生きてる人を」
「そうなの? あ! じゃあ、いい所に連れて行ってあげるよ」
涼風がベッドから抜け出し、咲の手を取った。
「え……あ」
何かを言いかけた時には、周囲の景色は一変していた。
屋外の、少し高い場所。高台だろうか。
確かに見渡しがいいが、人を見つけられるかと問われたら、無理だ。
「ここにはね、シノが生きてる人探しに使う術式があるんだ」
涼風が咲から少し離れた場所で屈み、指先で地面に触れた。
「シノって?」
「死の騎士、だから、シノ。ワタシの師匠なんだ」
「師匠さん、ですか」
「そ。エミたんの探してる人の身体的特徴は?」
「それは……よく分からないんです。最後に会ったのは六年くらい前なので。名前でもいいですか?」
「んー……名前検索は無理っぽいなぁ。あ、でも、今地獄にいる生きてる人を全員検索して、その人のイメージをエミたんに送るってのはどう?」
それに、咲は少し考えた。
最後に会った時より、彼は成長しているだろう。見分けがつくが心配だが、やらなければ一生見つからないままだ。
「お願いします」
「了解」
涼風が、小声で何かを唱えた。
すると、彼女の足元の地面に、光の線で描かれた術式が浮かび上がった。
無数の光の線が式から飛び出し、地表を駆けるように四方八方へ散って行った。
咲もよく知る、探索魔術の一種に似ていた。
十数秒して光が戻ってくる。
すると、咲の視界に何かの映像が横切った。
見えたのは、一人の少年だ。
大鎌を持ち、誰かと刃を交えている。
「……黒希?」
その少年の名を呟くと、涼風はビクッと肩を震わせた。
「……今、黒希って言った?」
「言いましたけど……彼は私の探してる人じゃないです。でも、どうしてあの人が地獄に……」
「今黒希って言ったよね⁉︎」
と、涼風がジリジリと詰め寄ってきて、顔をぐいっと寄せてきた。
咲は気圧されながらも、
「言いましたけど……」
答えると、涼風はパッと顔を輝かせて、
「やった‼︎ やっと来てくれたんだ!」
「あの……黒希と知り合いなんですか?」
「黒希はワタシのおにーちゃんなんだよ」
「お兄ちゃん?」
咲は、まず涼風の顔を見つめ、それから黒希の顔を思い浮かべた。
______________似てない。性格すら似てない。
あまり喋らない、無表情の黒希。
よく喋る、常に明るい表情の涼風。
対比が大きい。
「エミたん、もしかしておにーちゃんと一緒に来たの?」
咲は首を横に振って応えた。
何故か地獄にいる黒希。その黒希を兄だと言って喜ぶ涼風。
黒希は妹を探してここに来たのだろうか?
咲は、黒希が地獄にいることに対して、あまり驚かなかった。彼の力から考えると驚くこともない。
「じゃ、早くエミたんの探してる人を見つけて、おにーちゃんに会いに行かないと」
その言葉に、咲は涼風の顔を見上げて、
「……まだ協力してくれるんですか?」
「もちろんだよ。言ったでしょ。ワタシは美少女の味方だって」
逆の意味を捉えると、女の子以外には味方しないということになるが、この際気にしない。
咲は笑顔を見せて、
「ありがとうございます」
涼風はそんな咲を抱き締めて、
「いいんだよ。好きなだけお願いして。ワタシもエミたんに好きなだけお願いするから」
後半の言葉が心に引っかかったが、咲は何も言わなかった。
「あらあらぁ」
「ん?」
女性の声がして、涼風は背後を振り返った。
そこにいた女性を見て、
「げ……」
涼風が苦い物でも噛み潰したような表情を浮かべた。
咲は涼風の腕の中から抜け出し、涼風が見つめる先を見た。
こちらに視線を向ける、若い女性。身長は百七十センチくらい。黒色のティーシャツに濃い赤色の革ジャケット、ジーンズ。金髪に、真っ暗な瞳。かなりの美人だが、その姿には醜く、化物じみた女の姿が重なって見えた。
悪魔だ。
「元祖年増おばさんじゃん。何でここにいるの」
嫌悪感丸出しで、涼風が問い掛けた。
女性は妖艶な笑みを浮かべて、
「貴女の持ち物を貰いに来たの。ケルベロスを向かわせたのに、中々帰ってこないから私直々に出向いたってわけよ」
ケルベロスとは、咲が地獄に来て最初に遭遇した悪魔だろう。
「どうしてエミたんを狙うのって訊くのが、こういう展開のセオリーだろうけど、おばさん達の目的はどうでもいいんだ。どうしてもエミたんが欲しいって言うなら、このワタシを倒して奪うことをおオススメするよ!」
涼風は咲を守るように、彼女の前に立って言い放った。
「スズカ……私も戦うよ」
すると涼風はこちらを振り返って、
「いいから、ここは私に任せてよ。今度こそカッコいいとこ見せてあげる」
ニカッと笑い、言った。
その彼女の橙色の瞳の奥に、何かが見えた気がした。
記号、だろうか。とにかく見たことのない文字が彼女の瞳の奥にあった気がした。
「あぁそうだ。言い忘れてたけど、多分私一人じゃ勝てないのよね」
「それで、何? 降参?」
涼風の言葉に、悪魔は悪どい笑みを浮かべ、
「いいえ。助っ人を呼んだの」
助っ人? 咲と涼風が首を傾げた直後。
地獄には気温というものがないはずなのに、二人は急激な気温低下に襲われた。
「リリス。この娘で間違いはないんだな?」
背後から、今度は男の声がした。
後ろを振り返ると、若い男がいた。背は百八十センチくらい。全身を白いスーツに包んでいる。髪は茶色で、瞳は青。
その人間の姿には、白い彫像が重なっていた。表情はなく、無機質な姿だ。
「えぇ。匂いが他の者と違う。間違いなく、女神の娘です」
「そうか」
男と目が合った瞬間、咲の背筋は凍り付いた。
直感的に、彼は危険だと判断する。いや、危険だと知っていた。
「ルシファー……」
その者の名を呟く。
ルシファー。現世でも名の知れた、堕天使。天界から追放されて地獄に堕ち、魔王となった話は有名かつ事実だ。
咲は、その名を持つ者をよく知っていた。母から聞かされていた。絶対に会ってはいけないと、よく言い聞かされていた。
咲は無意識に涼風の手を握った。
スズカはそれを強く握り返し、
「魔王様が出てくれば、ワタシが怖がってエミたんを渡すとでも?」
挑発的に涼風は言う。
そして、また景色が一瞬にして変わった。
だが、首根っこを引っ張られたような感覚がすると、首をルシファーに掴まれていた。
「エミたん!」
涼風に名を叫ばれ、それでようやく、自分がルシファーに捕まったのだと分かる。
涼風が移動魔術を使ったが、ルシファーに阻止されたようだ。
「うっ……」
ルシファーの腕から流れ込んできた冷気が、意識を蝕んでいく。
「エミたんを離せ‼︎」
涼風の叫び。
間も無く、意識が暗闇に沈んだ。




