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色とりどりの黙示録  作者: owen
序章
35/97

黒の章 第3節

 

 廃れた街に、黒希と光助は足を踏み入れた。

 光助が言うには、ここに近道があるらしい。

 黒希はビル群を見上げ、

「地獄にも、こんな場所があったんだな」

 まるで、人がいなくなり何百年も経って朽ちた渋谷区のようだと、黒希は思う。

 少し前を歩く光助が振り返り、後ろ向きになり、尚も足を止めずに、

「そういやさ。さっきの鎌、何なんだ?」

 頭から爪先までジロジロと見て、訊いてきた。

 何処にしまったんだと言いたいのだろう。

 しかし、コイツには悪いが、会ったばかりの人を信用するほど、自分はお人好しではない。

「魔法のステッキと同じ要領で消した」

 もちろん嘘だ。

「マジか⁉︎」

 と、光助が興奮気味に目を輝かせる。

「……」

 バカでよかった。

 黒希は鼻で息を吐くと、

「コウスケ、だったよな。お前、生きてる人間のくせに、何で地獄にいるんだ?」

 話題の矛先を自分から逸らす意図も兼ね、彼の素性を探ることにした。

「ん? ああ。それはだな、修行のためだ」

 顔と声色からして、本気で言っている。

 修行のために地獄に来た? どうやらコイツ、筋金入りのバカだ。

「……修行って、筋肉付けるぐらいならジムにでも通えばいいだろ」

「それだけじゃダメなんだ。俺の守りたい人を守るには、もっと力がいる。誰にも負けないぐらいの力が」

 光助は自身の右拳を見つめ、言った。

「……」

 誰かを救うという使命感に駆られ、二次元では活躍、現実では早死にする、典型的な主人公タイプ。それが彼か。

「人間じゃ守れないモノだってあるんだぞ」

「そんなことない。守る気があるかどうかで変わるんだよ」

 光助の言葉に、黒希は目元を僅かに動かした。その感情は、怒りと後悔だった。

「守る気があっても、力が無きゃ何もできない」

「そうかもな。けど、やっぱり勇気は必要だと思うんだ」

「修行しに地獄に来るのは、勇気と言うより無謀って言うんだぞ」

 それでもめげずに、光助は言う。

「無謀な事ほど、成功させた時の対価は大きいもんだぞ?」

 失うものも大きいがな、と黒希は心の中で呟く。

「ここだ」

 光助がビルの前で立ち止まった。

 そのビルを、黒希は見上げた。

 巨大な鉄球でもぶつけられたのか、中央部分が沈み、見える場所にある窓ガラスは全て粉砕されていた。今にも、中央部分からへし折れそうだ。

「ここの二十七階に転移系の魔術式がある」

「魔術式? お前、魔術が使えるのか?」

「いや。涼風が書いた」

「……」

 普通の人間は魔術が使えない。

 つまり涼風は……。

「ライカ」

 口の中で呟く。

『何だ』

 ライカが反応した。頭の中で声がする。

「涼風は、普通の人間じゃないのか?」

『知らない』

「……そうか」

 父親、そうは認めていないが、龍地は科学者だということは覚えている。だが、母親のことは何一つ思い出せない。母親が魔術使いなのだろうか?

「何ボーッと突っ立ってんだ? 行こうぜ」

 光助に声を掛けられ、我に返った。

 ビルの中に入る。

 案の定、中も荒れていた。まるで暴動が起きた後だ。

「……ここで何かあったのか?」

 黒希が訊くと、

「俺が来た時から、ずっとこうだった」

「ふーん……」

 壁の傷から察するに、ここで誰かと誰かが戦ったらしい。

 階段を上がり、二十七階に到達する。

 所々床が抜け落ちてしまっている廊下を歩き、ドアの前に着く。

 見慣れぬ様々な模様、数式まで書かれたドアだ。それらが書かれたのは何年も前らしく、白いチョークで書かれた文字は消えかかっていた。

「ここを通れば、家の押入れに出られる」

「便利だな」

 光助がドアノブに手を伸ばした直後。

 少女のものと思われる悲鳴が、下の方から聞こえてきた。

 反応したのは、ほぼ同時。

 真っ先に行動したのは、光助だった。

 割れた窓から下を覗く。

 黒希もそうする。

 半透明の黒髪の少女が、必死に走っていた。彼女の後ろに目を向けると、地獄に来た時に遭遇した異形の化物達がいた。

 あの少女の走る速度だと、あと数秒で追いつかれるだろう。

 隣で、光助が息を飲む音が聞こえた。それから地面を蹴る音も。

「行ったって手遅れだぞ」

「何もしないよりいいだろうが‼︎」

 と、怒鳴り返され、黒希は何も言えなくなる。

 光助は階段に向け、走り出した。

 黒希は近道の扉を開けようとして、

「……ったく」

 呻くように呟き、窓から外へ飛び出した。

 右手に大鎌を出し、少女に一番近い人型の化物の脳天に振り下ろした。

 人型の化物が奇声を上げ、両手を振り回す。

 横のビルの外壁を破壊する。

「暴れんなよ」

 大鎌を抜き、今度は眉間に大鎌の切っ先を突き刺した。

 化物はさらに大きな奇声を上げ、仰け反った挙句倒れてしまった。

 黒希は少女の前に上手く着地した。

「黒希!」

 背後から光助の声がするが、振り返らない。

「そいつ連れて早く離れろ。邪魔だ」

「分かった」

 光助が走る音が少しずつ遠退いていく。

 十分に距離を置いたところで、前方の化物達に意識を集中する。

 数は、五体。内、三メートル越えは二体。どちらも異形ではあるが、人の原型がある。

 あと三体は、人の形ではあるが四足歩行をしている。不気味だ。

 それらに目を走らせ、黒希はどう動くかを判断した。

「……」

 左手の人差し指で腰に触れる。指先から影が飛び出し、ズボンの表面を通って両足の靴を黒く染め上げた。

 それと同時に地面を蹴る。

 三メートル越えの化物が拳を振り下ろしてくる。

 黒希は横に移動しそれを避け、その化物の顔面に向け大鎌を投げ付けた。当たるかどうかを確認せずに化物の腕に跳び乗り、腕を駆け上がる。

 顔に近付いてきた所で、跳ぶ。

 化物の顔面に、影で包まれ鉄よりも強固となった右足で蹴りを繰り出す。

 三メートル越えの巨大が、軽々と吹っ飛んだ。

 宙に浮いた状態となった黒希へ、もう一体の三メートル越えの化物が拳を振り回してくる。当の化物は意識していないのだろうが、裏拳になっていた。

 黒希は吹き飛ばした化物の右目に突き刺さっていた大鎌を消し、新たに右手に大鎌を作り直し、二メートルの間合いに入った拳の手首から上を斬り落とした。傷口から赤黒い血が溢れ出した。

 そのまま空中で一回転して、三メートル越えの化物の首に向け大鎌を投げる。

 横回転する大鎌が、化物の首を斬り落とす。

 着地し、大鎌を手元に出現させる。

「はぁ……はぁ……」

 黒希の表情に、疲労が色濃くなり始める。

 正直、疲れた。

 四足歩行の人型の化物が、こちらに物凄い剣幕で走り寄ってくる。

 黒希は大鎌を、居合斬りでもするような体勢で構えた。

 残り三体。三太刀だけで、事足りる。

 だが、そうはいかなかった。

 その三体には、どうやら知能があったらしく、黒希の間合いに入る寸前で陣形を変えた。

 一体を犠牲にし、残り二体で黒希を両側から挟み討ちにする、そんな陣形だ。

「……」

 黒希は、構えを解いた。

 それを隙と見た化物達が、飛びかかってくる。

 黒希が左手の指を微かに動かす。

 彼の足元の影が、まるで針のように飛び出し三体の化物達を串刺しにした。

 最初からこうすればよかった、などと黒希は思いながら息を吐いた。

 串刺しにした化物に目を向ける。

「……魂をくっつけてできた化物か」

 地獄に落ちる魂は、何らかの重罪を犯している。罪の重さの基準は曖昧で、殺人を犯しても天国に逝ける魂もあると、ライカは言っていた。

 罪が何であれ、運の悪い亡者だ。誰かの玩具にされるとは。

 影を解く。

 化物が地面に落ちる。

 そして、

「これは思わぬ収穫だな」

 光助ではない男の声に、顔を上げた。視線を前に向けた。

 スーツ姿の、二十代くらいの歳の男がいた。

 アメリカ系の顔立ちに、真っ黒な瞳。

 人間の姿に、全く別の、翼が生えた魔物らしい姿が重なっている。

 人間に取り憑いたのではなく、人間の体を投影させている。その方法で受肉する悪魔は、位が高く、力が強い。上級悪魔、とでも名付けるべきか。

「青い瞳だけでなく、赤い瞳を持つ者まで魔王に貢げる」

 黒希は話に応じずに、大鎌を担ぐように構えて走り、悪魔との距離を詰めた。

 間合いに入る。大鎌を振り下ろす。

「……ん」

 いつの間にか、そこにいたはずの悪魔が消えていた。

 後方から悲鳴が聞こえた。

 慌てて振り返る。

 光助と少女の方へ、悪魔が向かっていた。

 対して光助は、武器も持たずに身構えている。

 アイツの武器、まさか素手か?

 どんな力があろうと、上級悪魔は一筋縄ではいかない相手だ。

 黒希も加勢に向かう。

 瞬間。

 その場に、異変が起きた。

 悪魔が、一瞬にして消えてしまった。

 黒希は足を止めた。

 光助も、黒希同様に驚いている。

 誰がやったのか、それは明らかだった。

 悪魔がいた場所に、別の男がいた。

 二十歳くらいの男。身長は約百八十センチ。黒いティーシャツに同色のロングコート、ジーンズに二本の剣が提げられたベルトが巻かれている。髪は黒く、瞳は青。

 その青い瞳は、黒希に向けられていた。

「……」

 さっきの悪魔とは違うと、直感が囁いた。

 コイツの方が、はるかに強い。

 無意識のうちに、体中の神経が研ぎ澄まされていく。

「あ、シノ! そいつは敵じゃ」

 光助の声が途切れた。

 少女ごと、光助が消えてしまった。

「光助! くそッ……」

 何も視えなかった。男が何かしたような素振りもなかった。

 シノ、そう呼ばれた男が、両手で二本の剣を抜いた。

 右手には刀剣を。

 左手には鉈を。

 敵を見る鋭い視線を黒希に向け、男は口を開き、言った。

「準備は万全か?」



































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