透明の章 第1節
2015年10月26日
無色の章から透明の章に名を変更しました
叶は町中を走り回っていた。
その表情は焦り、少しずつ疲労が目立ってきている。かれこれ三十分も走り続けているのだから、無理もないが。
人通りの少ない細い道で立ち止まり、ジーンズのポケットからスマートフォンを取り出した。
時刻は八月六日の午前十一時前。
叶が起きたのは、一時間半前だ。
今日は、昨日の副業もあってか起きるのが遅くなってしまった。そして、そんな日に限って咲が消えた。
最悪だ。黒希から、咲を一人で出歩かせないようにと言われていたのに。このままでは咲が行方不明になったのがバレてしまい、彼の信頼を失ってしまう。
彼を失望させたくない。
絶対に、嫌だ。
「……」
だが、もう、自分には咲を探し出す手段はない。
海留に頼もうか。彼なら、衛星とかそういうのを使って咲を探し出せるかもしれない。
海留に電話をかける。
四回コール音が鳴って、通話中を知らせる音声が流れた。
「何やってんだよ……」
苛立ち、通話を切る。
残るは、一人。
「……」
躊躇いがちに、黒希に、電話をかけた。
四回コール音が鳴って、相手のケータイは電源が入っていないか電波が届かない位置にあるという音声が流れた。
スマートフォンを耳からゆっくり離す。
「おかしい、何かが変だ」
そう、直感が囁いた。
直感の声にしてはハッキリしていて、少年のようだった。
「……急に出てくんなよ、ロキ」
と言って、叶は背後を振り返った。
彼女の背後にいたのは、八歳くらいの少年。
背丈は歳相応、百四十センチくらい。ローブで全身を覆い隠し、顔の左半分を白黒のチェック柄の仮面で隠し、裸足。髪は黒、右の瞳は赤。
ロキという少年がニヤけ面でこちらを見ている。
「いいだろ別に。周りに人はいないんだし」
叶は念のため辺りを見て、
「……で、何かが変って?」
ロキは肩を竦めて、
「お前の直感の代弁をしたまでだよ」
「じゃあ、根拠はなしか」
「直感だぞ? 十分頼りになる」
「……適当だな」
「それでも、お前の直感がこの状況を変だって言ってるぞ」
「変って言ったって、いつもの事だ。そういう仕事をしてるんだから」
それに、ロキは笑って、
「はは、それもそうか」
「お前なら、探せるのか?」
「どうしてそう思う?」
叶は口を開きかけ、躊躇い、だが言った。
「……神、だから」
「悪いけど、神の俺だって万能じゃないんだぞ? 料理はできないし、機械も苦手だ」
「じゃあ、何のために出てきたんだよ」
「随分な言いようだな。朝から、妙な空気を嗅ぎ取ったから、少し気になってな。こう見えても、お前の心配だってしてるんだぞ?」
と、恥ずかしげもなく言ってくる。
叶は照れ隠しでもするように目を泳がせて、
「妙な空気って、咲がいなくなったことと関係あるのか?」
「今は何とも言えないな。ま、あのお嬢ちゃんのことだから、人目がある場所には行かないはずだ」
「咲が行きそうな所は全部……」
叶の言葉を、ロキが遮る。
「だーかーらー、人目がある場所に、そのお嬢ちゃんはいないって」
ロキの言いたいことがイマイチ解らず、叶は言った。
「ナゾナゾに付き合ってる場合じゃないんだよ。要点だけを話せ」
「つまり、この世界から消えたってこと」
ロキは掻い摘んで話したようだが、どっちみち叶は理解できなかった。
「この世界からって、どういう……」
「黒希がお前に咲を預けた時、黒希は何て言ってたっけ?」
「……」
咲と会ったのは、去年。
突然、黒希が真っ白な少女を連れて来て、こう言った。
「コイツの面倒を見てくれ。それと、一つだけ注意しろ。コイツは、多分人間じゃない」
すっかり忘れてしまっていた。
警戒しろ、何て言われたが、警戒すべき点など一つもなかった。咲は物静かで、優しい子だった。
だが確かに、
「人間じゃないって、言ってた」
「そう」
「じゃあ何なの?」
「知らね。とにかくだ。もしも、あのお嬢ちゃんが別世界に行ったんなら、出来ることはない」
別世界、という単語も気になったが、あんな仕事をしているせいか違和感もなく受け入れられた。
「でも……」
「やれることはない。あぁでも、あのメガネ君に電話してこの地球上にいないのを確認することはできるかもな」
「……」
何故だか、自分だけが蚊帳の外にいるように思えた。
目を伏せていると、ロキがこちらの思考が読めているらしく、
「悲観すんなよ。お前を巻き込まないために頼らなかったんだ」
そう言って、励ましてくれる。
それに叶は、変なものでも見るような目つきになって、
「……熱でもあるのか?」
珍しく優しいロキに、寒気を感じた。
「失礼だなぁ。根は優しいんだぜ? それに、俺らは『契約者』であり、一番の親友だろ?」
と、ロキは子供らしい無邪気な笑みを見せた。
「……変なの」
呟き、叶はロキに背を向けた。
「あれ。もしかして、照れてんの?」
笑みを含んだ声。ロキがニヤついている様が安易に想像できた。
「うっさい!」
怒鳴ると、タイミングよくスマートフォンが鳴り出した。
慌てて取り出し、画面を見る。
栄一からだった。
応答する。
「もしもし」
『急で悪いんだが、仕事だ。アラスカに行ってもらう』
本当に急だった。
訊きたいことはあったが、とりあえず、
「『亀裂』?」
『そうだ。一人で行ってもらうが、頼めるか?』
「分かった」
『すまないな。こちらも済み次第、援護に向かう』
そこで、通話が切れる。
「一人で、か……」
一人での仕事は、初めてだった。
任務中での単独行動は何度も経験があるが、一人での仕事は、これが初めて。
「よし。じゃあ、行こうか」
ロキが言って、姿を消す。叶の中に戻る。
叶は一人で、いや、二人で仕事に向かった。




