十五話 天才はハーレムを母に怒られる 後編
シュバルツ家の食堂には数百人規模のパーティーにも対応できるだけの広さがある。
そこに一五人の男女が正座させられていた、少し離れた食堂の豪奢な椅子には祐の母親であるシルビアが座り、対面している席にはレインが座る形で異様なお茶会が開かれていた。
シルビアの様子は一見ニコニコと笑っているように見えるが、彼女の後ろには鬼のようなオーラが透けて見えており、傍目に見ても怒りを隠しきれていないことが丸わかりだった。そして結果の見えた裁判が始まる……
「さてユウちゃん! 言い訳を聞きましょう」
「母上……これは違うんです…レインの悪ふざけがエスカレートした結果といいますか……メイド達もやる気が違う方に出てしまったみたいで……」
「なるほど……つまり貴方は悪ふざけで王族であるレインフォルト姫殿下を穢し、やる気を出したメイド達を半裸にして部屋に呼び寄せていたということですか……」
話すシルビアの顔は無表情な顔から怒気をはらんだ顔に変化しており、必殺の気配に祐は泣きそうになりながら話を続けようとするが、そこで名前の挙がったレインから助け舟が入る。
「シルビア……いえお義母様……私達は遊びではなく真剣にお付き合いさせていただいております! 今までご報告が遅れて申し訳ありませんでした」
「お、お義母様? レインフォルト姫殿下……王族である貴方がそのような言葉を軽はずみに言ってはならないことなどお分りでしょう? そもそも貴方はブレーン侯爵の長男であるボルグ様と婚約するはずでは?」
「お父様には御報告したのですが……私とユウくんは婚姻を前提にお付き合いさせて頂きます! ボルグ様には申し訳ありませんが、二人の熱い思いは止められませんわ♡ まだ年齢が年齢ですので、まずは婚約してバラッド王国内外にも発表するつもりでした♡ ね! ユウくん♡」
絶句するシルビアに対して、とても腹黒い笑みを浮かべたレインの顔を見るなり、何か知らないところで罠にはめられたことを悟り祐は必至に抵抗を試みる。
「レイン! ……そんな冗談まだ言ってるの? ウチは侯爵家といってもブレーン家と違い振興の家柄、家格的にも王族と結婚できるわけないじゃないか……」
「あら♡ ユウくんにも伝えようと思ったんだけど、今回のシルビア将軍の遠征での功績も考えれば、シュバルツ家は空位である公爵に昇格させようと思ってたから大丈夫よ♡」
「え……そ、そうだ! 王様も僕なんかよりリグルド兄さんとか優秀な人との結婚を進めるんじゃないかな」
「大丈夫♡ 私とユウくんの愛の深さはお父様にも一月ほどかけて説得しましたから♡」
「で、でも……」
言葉を続けようとする祐にレインはシルビアからは見えない死角をつき数枚の写真を投げてくる……そこには三か月前に修練場で泣き崩れ倒れこんでいた時の写真や、その後修練場で術法ができず情けなく涙を流している写真……などなど祐が封印したい過去の恥ずかしい写真が何枚も飛んでくる……この世界に写真があったことも驚きだが、こんな姿を盗撮されていたとは……祐はレインを見ながら絶句していると、レインは勝ち誇った顔で、まだ何か言うつもり?と無言のプレッシャーを与えていた。
「お義母様! 私とユウくんは愛し合ってます♡ 今回の件もユウくんが若い獣性を持て余してのこと……あまりお責めにならないでください♡」
芝居かかったレインの言葉と王家からの根回しもあり、レインとの関係には何も言えず苦い顔のまま固まるシルビア、しかしその矛先は正座しているモネとティア達にも向けられる。
「レインフォルト殿下との件は、とりあえずおいておきましょうか……それで私の一番弟子でもあるモネまで今回の騒動に参加しているとはどういうことです?」
「し、師匠! 申し訳ありません……私もユウグリッド様のお世話係として他のメイド達に後れを取ることはできず、つい……」
「半裸になってユウちゃんを襲ったと?」
「い、いえ襲うだなんて滅相もありません……ちょっとサプライズ的な何かを……申し訳ありませんでした」
しどろもどろに言い訳を重ねていたモネは、五体投地のような土下座をしながら頭を擦り付ける。
「まあ……モネは後で折檻するとして……この獣人娘達は報告になかったのだけど……」
その言葉にヒィと小さな悲鳴を上げ沈むモネに対して、ティア達を見るシルビアの目には戸惑いがあった。
「シルビア様、申し遅れました……私達獣人族一三名は二カ月ほど前にユウグリッド様に助けていただきまして、その御恩に報いるべくメイドとして働かしていただいております」
「ユウちゃんに助けてもらった? 奴隷か何かでお金を払ってもらったってこと?」
「いえ……奴隷というのは本当ですが、金銭だけではなく言葉通り盗賊達から命を救っていただきました」
「盗賊達から? ユウちゃんが? ……リグルドちゃんの手紙には術法が一切できなくて部屋から出てきてないと報告があったけど……本当なの?」
その言葉にティアが代表して答える。
「はい! 私が王都のスラム街でユウグリッド様と出会い、港から売らる寸前だった仲間を助ける手助けをしていただきました。正直、私は何もできず震えているだけでしたが、ユウグリッド様御一人で盗賊を倒して頂き命を救われました!」
その話を聞き熟考するように動きを止めたシルビア……突然立ち上がると祐に向かって言い放つ。
「分かりました……色々と腑に落ちないことは多いですが、今回の件はユウちゃんが私に勝てたら不問としましょうか♡」
それを聞いた祐は驚いた顔をするがシルビアは答えるのも面倒だと言わんばかりの顔で食堂を歩いていくと修練場に来なさいと言い残し出て行ってしまった。
「ど、どうしてくれるんだよ! レイン! 母上に勝てるわけないだろ!」
「何言ってるのユウくん? この混沌な状態を戦ってチャラにしてくれるなんて大チャンスじゃない! 私との仲も公認されるわけだし♡」
「それに関しては後でじっくり話あおうか……」
「やん♡ その言い方なんかエッチ♡」
「……もういいよ」
二人のアホな会話は放っておいてティア達に関しては祐の独断でメイドにした部分があるのでここでシルビアに勝っておかないと、後で何を言われるか分かったものではないため気合を入れて修練場へ向かう。
修練場に着くころには、シルビアの準備は完了しており、純白の鎧に巨大なメイスという戦場と同じフル装備で待ち構えていた。先ほどまでの怒気は感じられず純粋な戦闘の気配に祐は若干ホッとしていたのだが聖女と言われ王国屈指の神聖術式と闘技を持つ彼女に一矢報いれるか緊張しながら準備をしていた。
「ではルールを言います! 私からは攻撃は一切しません。ユウちゃんはどんな方法を使っても良いことにします、術式でも武器でも好きなものを使用しなさい。その攻撃が私にかすり傷でも与えられたら勝ちとします」
その言葉に普通であれば喜ぶところだが、シルビアの言葉の裏に、本気で行くからね? という副音声が入っていたのを祐は感じていた。最初から本気で行かないと勝負にもならないと考え術法の準備をし開始の言葉を待つ。
「では始め! いつでも来なさいユウちゃん!」
その言葉と同時に祐は地を蹴っていた、戦術術法「スピットステップ」を使用し自身の身体能力を倍加させ一直線にシルビアへと突っ込んでいく。迎え撃つシルビアは薄く微笑むと、体全体が薄く銀色に輝きだす……神聖術法「セイントナイト」――獣人達の気功術と同じ身体能力を大幅に高める術法で高位の神官であれば基本ともいえる術式、しかしシルビアの使うそれはケタ違いの圧力を放っていた。
祐はシルビアの気配が急激に変化した事を受け、突進を一時停止し横合いに変化し戦術術法「フラッシュ」で牽制をかけていく、このフラッシュは名前の通り光系の初歩戦術術法で目を眩ませるだけの単純な術法だが、祐の術法は一つアレンジが加えられていた。アレンジ版は連続で光を発し続けることが可能なのだ。その中を祐は高速移動しシルビアの真後ろから蹴りを上下に放っていく、しかしシルビアの体は動じることなく巨大なメイスでガードされており、後ろにも目があるような動きで弾き返されてしまう……祐の攻撃は一切のダメージを与えることなく終了していた。
「どうしました? その程度で『海龍の首』を潰したなどと言うのですか? どうにも信じるに値しませんね……大方あの獣人達も奴隷市か何かで買ってきたのではないの?」
シルビアは挑発するように祐に言葉を紡ぎ防御の姿勢を崩さない。母親の言葉に祐は若干イライラしながら次の攻撃の準備を整える。
戦術術法「ウインドレイピア」――風系中級術法の一つ、効果は風の刃を作りだし剣のように使用することができる術法だが、効果範囲が狭くあまり一般的には戦闘で使用されない術法だが、祐は倍加させた身体能力を維持しながら近接戦闘に持ち込む、巨大なメイスを振るうシルビアには突きを基本としてレイピアの動きに付いてこれないと踏んでの突撃だったが……あっさりとその考えを覆す動きでシルビアは超高速でメイスを扱いウインドレイピアの一撃はダメージを与えることはなかった。
「もう止めましょうか? ユウちゃん性奴隷用に獣人を大量に購入したのは許してあげます……全員捨ててきなさい……貴方にはまだ早すぎる遊びですよ?」
戦いの観戦していたティア達を見てシルビアは見下したかのような発言をする。こんな獣人風情さっさと捨ててこいと言われた祐は今までの表情から怒りに満ちた顔へと変化していた。
「いくら母上でもティア達を悪く言うのは許さない!」
「口ではなんとでも言えるわよ! 実力で示しなさい!」
シルビアの言葉に爆発的な術法の気配が修練場を満たしていく。それは二か月ほど前盗賊を殲滅した力と同じ光の最上級術法「ライトニングノヴァ」、破滅の光が祐の手のひらに集約していくとシルビアに照準を合わし明滅していた。そこでティア達が叫ぶ。
「ユウ様ダメです! シルビア様を殺す気ですか!?」
「獣人黙ってなさい! これは私と息子の問題です!」
ティアの言葉は一括したシルビアも神聖術式を完成させていた。最上級神聖術式「クルセイド」――効果でいえば先ほど使用してたセイントナイトと同じ効果だが、最上級神聖術式は防御に特化され使用効果も数十倍に引き上げられている正に要塞のような術式を一瞬で顕現させる。
「さあ! ユウちゃん力を見せてみなさい!」
その言葉と同時に「ライトニングノヴァ」の破滅の光がシルビアの体を包み込む、当然普通であれば一瞬で蒸発するほどの巨大な力だが、シルビアの使用している「クルセイド」が拮抗しながら相殺していた。しかも徐々にクルセイドの力に破滅の光が押され始め激突から数秒でライトニングノヴァは消滅していた。力を出し切り消耗の激しい祐は膝を突き、必殺の一撃を完封した聖女の姿を見ると、ところどころから焦げ臭い煙を上げながら膝をついていた。
「お、お見事……ユウちゃん、怒りを引き出さないと力が発揮できないのは減点だけど私に膝を付かせたのはバルド以来だから合格ね♡」
「母上最初から僕を怒らせて力を引き出そうとしていたんですね?」
「息子の本気を見てみたいじゃない! リグルドちゃんは真面目だから殺す気の一撃なんて出してこないし……ママ楽しかったわ♡」
笑顔で語る自らの母親の化け物っぷりに戦慄しつつ、どうにか勝ちを拾えた喜びと安心から祐は気が遠くなっていくのを感じていた。
(ちょっと本気で術法を使いすぎたかな……このパターンは久しぶりだな……)
遠のく意識に苦笑いを浮かべながら倒れる息子に母親はイタズラっ子のような顔で抱き留め一言言い放つのだった。
「ママを怒られると怖いでしょ?」
まったくその通りだと祐が腕の中で思ったか定かではないが……ゆっくりと立ち上がったシルビアの姿は聖女のように美しくもあり凄惨な悪魔のようにも見えたと後にメイド達が語ることなる。
祐がぶっ倒れた修練場では、その後余裕の笑みを浮かべたシルビアからモネやティア達も修練と称した折檻が行われ笑顔のままシルビアは王宮に戻っていくこととなる。
この後、メイド達から圧倒的な恐怖と畏怖を込めてシルビアは敬称される「殲滅聖女」と……




