メーター異常
「いて、いてててちょっとやめてくださいよ解ってますって、痛!…あ、望月先輩、この人は佐々岡凪先輩です。三年生で、バレー部の部長なんですよ、一応。」
相変わらず脇腹を抓られている雪柳君に佐々岡先輩を紹介してもらった。
最後の"一応"という言葉は聞かれたくなかったのか私にだけ聞こえるような小声でぼそりと言っていた。
二人のじゃれ合いに唖然としていた私だったが、佐々岡先輩と目が合って我に返る。
これは出会いイベントの代わりになるのでは?
そうだとしたらいつまでもアホ面をぶら下げているわけにはいかないだろう。
私は取り繕うようにヒロイン用の仮面を装着した。
「初めまして佐々岡先輩、望月あかりです。」
優しい笑顔を心掛けて、佐々岡先輩の好きなタイプである礼儀正しい女性を演じるのよ!と自分に言い聞かせる。
「初めまして、あかりちゃん。蒼斗が迷惑掛けたね。でも、コイツも悪い奴じゃないんだよ。」
「いえいえ、迷惑だ何て思っていませんから。」
私はそう言って微笑んだ。
迷惑だとは思っていない。ただ何故彼は私をバレー部に連れて行こうとしたんだろう?
…ん?っていうか佐々岡先輩、今私の事あかりちゃんって呼んだ?
出会いイベントすっ飛ばした上に名前呼びイベントがもう起きちゃったということだろうか?
いやいやでも名前呼びイベントを起こすにはもうちょっと愛情度上げないと無理だし…
「ところで、あかりちゃんはここで何をしてたのかな?」
やっぱりあかりちゃんって呼ばれてる…。
「私、転校してきたばかりで部活に入っていなくて。だから少し見学してみようかなと思っていたんです。」
私のその言葉に、なるほどと言って頷くバレー部の二人。
「へぇ、転校…。前の学校では、何か部活に入っていたの?」
私がチラリと体育館の中を覗く素振りを見せていると、佐々岡先輩にそう問われる。
「いえ、入ってなかったんです。一応こうして見学してみようとは思ってますが、ここでも入るかどうか…」
あまり深く掘り下げられるとボロが出るのでそろそろ逃げたい。というかイケメン二人と並んでいるだけで若干胃が痛いのでわりと本気で逃げ出したい。
あぁでもなずなが頑張れと言ってくれたからこんなところで逃げてはダメだ…!
と、脳内で葛藤していたところ、視界の隅に入っていた雪柳君の表情が突然明るくなった。
「それならバレー部のマネージャーはどうですか!?バレー部は今マネージャー居ないんですよね、凪先輩!」
握り拳を作りながら佐々岡先輩に言い募る。何故そんなに力説しているのか。
「…うん、今は居ないね。だけど初対面の子に突然マネージャーになって、なんて、言うものじゃないよ、蒼斗。」
佐々岡先輩はゆっくりと、優しく雪柳君を諌めた。
まぁ、確かに佐々岡先輩の言う通りだと思う。ゲームならここで一度マネージャーになるかどうかの選択肢が出るのだけど、こうしてリアルに体験するとそのおかしさに気付く。
初対面で突然マネージャーに誘われて突然マネージャーになります!なんて超展開もいいところだ。
「でも望月先輩みたいな可愛いマネージャーが居てくれれば部員の士気も上がると思います!」
雪柳君は相変わらず力説を続けている。
可愛い、か。元の世界では縁の無い言葉だわ。顔か、やっぱり顔なのか雪柳君。
なんて、ちょっぴり虚しさに苛まれる。
元の世界の私だったらきっと見向きもされないことだろうよ。
「それも、一理あるけどね。そんなわけだから、あかりちゃん、良ければまた見学に来てもらえるかな?」
「え?あぁ、はい。」
そんなわけってどんなわけだろう…と思いつつ、彼等と接点が出来るなら頷いておくべきだろう。
「やった!」
と、雪柳君はガッツポーズを作って喜ぶ。
「えぇと、じゃあ私はそろそろ帰ります。二人とも部活頑張ってくださいね。」
話を終わらせるタイミングだと思ったので、私はここで話を切り上げた。
あまり学校に長居すると瀧野流佳に見付かる可能性もあるし、なずなの家に行く時間が無くなってしまうかもしれないので。
それは避けたい。
バッチリヒロイン笑顔を浮かべた私は、二人に手を振ってその場から離れた。
そんな私の背後では、
「これでレギュラーに一歩近付いた…」
「まだまだだ。」
「いてててて!」
という二人のじゃれ合いが続いていた。
二人って仲良しさんだったんだな。
その後、無事瀧野流佳に見付かる事無くなずなの家に辿り着いた。
彼女の家はかなり大きな神社なので迷う事なんて無い。あちこちに看板もあるし。
「あかりちゃんいらっしゃい!」
と、巫女服姿のなずなに出迎えられました。
うおお何これ可愛い!
可愛いうえに、彼女は本当にお茶を用意して待っていてくれたのだ。
何この子ホント可愛い。こんな嫁の居る家に帰ってこれたらなんと幸せなことだろう。
ああ!何故私は女に生まれてしまったのか!!
「…あかりちゃん?」
「うん、報告会をしよう。」
とりあえず落ち着け私。
純和風で可愛らしいなずなの部屋で、軽く談笑しつつ私はごそごそと日記帳を取り出した。
「聞いてよなずな、私さっき攻略対象キャラクター二人と会話してきたのよ。」
テーブルに日記帳を置き、それをぱらぱらと捲る。
佐々岡先輩と雪柳君、二人のページを開き、出現したであろう愛情度メーターを見せてドヤ顔をしてみせるのだ。そしてあわよくば褒めてもらう!
「二人居たの?」
「そうそう、雪柳君とのイベントが起きるはずだったんだけど、佐々岡先輩も来たんだよ…ね…?」
日記帳をぺらりと捲り、佐々岡先輩のページを開いた時だった。
私はそこにとんでもないものを見た。
「何これ佐々岡先輩の愛情度高ぇ!!!」
佐々岡先輩との愛情度メーターが示していたのは、さっき知り合ったとは思えないレベルの高さだった。どう見てもメーターの半分くらい上がっている。
おかしい、これはおかしい。
このゲームの愛情度初期設定は、難易度の低い邪魔シスがほんの少し高く、難易度の高い教師がほんの少し低く設定されているくらいで他のキャラクターは然程差が無い。
なので現在、邪魔シスことみっちゃんとの愛情度が少しだけ高い状態で、二度目の遭遇を果たしたと言えど雪柳君はほぼ初期設定値。
今日の誘いを蹴った瀧野流佳は初期設定よりほんの少し低い程度だ。
ゲーム通りならば、佐々岡先輩は雪柳君と同じくらいになるはずなのだが。
「あかりちゃん、その佐々岡先輩って人と何してきたの?」
きょとんとした顔で、なずなが尋ねてきた。
「何もしてないよ!喋っただけだよ!」
とはいえ何もせずこの高さはおかしい。
ゲーム内で数ヶ月くらい一緒に居なきゃこの高さにはならないよ。
あ、だから佐々岡先輩は私の事を名前で呼んでいたのか。
…いや待てよ、あの人は最初から私を名前で呼んでいただろう。
ってことは最初から既に…
ぐるぐると考え込んでいたら、なずなが私の目の前にクッキーを差し出してきた。
「低かったわけじゃないからあまり考え込まないで!」
どうやら元気付けてくれようとしているらしい。
「うん、そうだね。高い方が良いもんね。クッキーいただきます。」
ぱちん、と両手を合わせてクッキーを貰った。
「これね、私が焼いたの。あかりちゃんの口に合えば良いなぁ。」
これぞ女子力!
「おいしーい!」
見た目はとても素朴なクッキーだったが、食べてみればさくっとふわっとしていて最強の口当たりの良さで美味しかった。
しばし日記帳から気を逸らし、お茶とクッキーを楽しんだ。
「イレギュラーの方はどうなってるんだろうね…」
彼女はみっちゃん以外の攻略対象キャラクター達と出会いイベントを起こしているはずだし、さっきみっちゃんと会話をしているところも見たし、全員の愛情度メーターが表示されているはずだ。
トータルで見れば、当然私が劣勢なのだが…
「あ、それなんだけどね、ちょっと日記帳を貸してね。」
なずなはそう言って、私の日記帳を手に取った。
何をするのか黙ってなずなの様子を見ていると、彼女は日記帳に手を翳している。
その状態が続く事ほんの数秒。
「よし!これで大丈夫だと思う。中を見てみて。」
言われた通りに日記帳を開いて見てみると、そこには色の違う愛情度メーターが出現していた。
このそこはかとない現実離れ感よ。こういうとこだけ見たら本当に不思議な世界である。
「このメーターは…?」
「イレギュラーと攻略対象キャラクターとのメーターだよ。」
それは、どこからどう見ても私の劣勢だった。
そうだろうとは思っていたけどっ!!!