異世界から来たガイア 1
第1章
ドゥルクハン帝国。
皇后エンラー。
テヌは私が通れるよう脇に退き、松明で最後の数段を照らす。
その炎は、私より前にこの場所へ降りてきた多くの神官たちによって削られた溝を浮かび上がらせる。
私は聖なる洞窟の最下層へと降りる。
床に刻まれ、白墨でなぞられた円の中、聖なる水溜まりの両脇で二つの火鉢が燃えている。
ブナとモミの燃える匂いが空気に満ちる。
私たちは二人きりだ。これが理想的な状態である。これから行うことは、密やかになされねばならない。
私は先ほど生贄に捧げたばかりの山羊の皮を頭に被る。一筋の血が私の額を伝い落ちる。
私は水溜まりに近づき、両手を広げる。
血の滴が水溜まりの中に落ちる。呪文の妨げにならぬことを願う。
私は深く息を吸う。
火鉢から立ち上る煙が喉を刺すが、決して咳き込みはしない。
「ドゥルクハンの神々よ、帝国の守護者たちよ。汝らの僕にして『戴冠の炎』、皇帝スッピルマ一世の妃たる私が、差し迫る破滅から帝国を救うため、一人の生贄を乞い願う」私は膝をつき、背筋を伸ばし、頭を垂れて両手を合わせる。「どこからでも構わぬ、国も宗教も人種も問わぬ。一人の生贄を私に与えよ。帝国を救うための娘を与えよ!」
まるで水溜まりの中に石が落ちたかのように、その中心から波紋が広がる。
一人の少女が現れる。神々が私に遣わそうとしているのは、彼女だ。
長い赤髪に緑の瞳、繊細な顔立ち。彼女はチュニックを身に着けておらず、腕を覆い前が開いた何かを羽織り、胴を腰まで覆う衣には奇妙なルーン文字が描かれている。腰にはベルトを巻き、脚は独特で風変わりな青い装束に包まれている。
彼女がどこから来たのか見当もつかないが、そんなことはどうでもよい。
私は彼女に手を届かせるため、その中に両手を浸す。
彼女の血をもって、私は夫の他の子らをすべて殺める。私の息子だけが、皇帝となるのだ。
現代のイタリア。
ガイア。
マッティアが私の前に立ち、微笑む。広告に出てくるみたいに真っ白な歯を見せ、顔を少しこちらへ寄せた。
一筋の陽光が彼の黒髪を通り抜け、私の目に飛び込んでくる。私は目を細めた。
彼がキスをする。
優しく。唇は柔らかく、さっき飲んだコーヒーの味がして、男らしい強い香りが鼻をつく。
日差しのせいで目を閉じていたのを、彼は誘い文句だと受け取ったに違いない。でも、それはすごく気分がいい。彼の首に腕を回す。髪の毛は柔らかい。
いつキスしてくれるんだろう、ってずっと思っていた。
舌で彼に触れると、彼は口を開き、私たちの舌が優しく絡み合う。
マッティアが私の腰を強く抱き寄せた。
少しだけ目を開けてみる。彼は目を閉じていた。
やったわ、彼は本当に夢中になっている。背が高くて、しかも私の赤毛だけが目的じゃない男の子を見つけるのがどれだけ大変か。
マッティアが離れ、自分の額を私の額にぴたりとつけた。
私たちは笑う。
「お尻に手を回さなかったのは評価するわ」
「ガイア、信じて。しないようにするのは大変だったんだ。ただ……」
「ただ?」
「初めてのキスだし、そんなの場違いな気がして」
「いいわね、最高の答えよ」ご褒美に彼の唇に軽くキスをする。まさに期待通りの答えだった。
彼は微笑む。私より緊張しているのが見て取れる。失敗するのが怖くてたまらなかったんだろう。
「とにかく」彼は背中に流れる私の髪を撫でた。「俺たちが付き合ってることは、すぐには公表しないつもりでいてほしいんだ」
えっ! 付き合ってる? もう?
「いや、ガイア、変に取らないで。君のことは好きだよ……。そう、赤毛なところも含めてね」彼は笑う。「でも、まずは二人だけでゆっくり進みたいんだ」
そう言われると悪くない。「わかった。その響き、気に入ったわ」
そして今度は、彼の方から私にキスをした。
そのとき、何かがジーンズの裾を掴んだ。
冷たくて濡れた指が、まるで水そのもののように中へ入り込み、私の足首を濡らす。
背筋に冷たい震えが走った。
私はマッティアから身を引き離す。
何が起きているの?
水たまりから水の手が伸びて、私を引っ張っている。
水たまりの中に、誰かの顔が見えた気がした。
私は叫び、本能的にその水たまりを思い切り踏みつける。
手は崩れ、顔は消えた。
「おい、どうしたんだ?」
「見た……? 今の見た?」私は水たまりから目を逸らすことができない。
「何を見たって?」
私の想像だったの? 確かにそう考えるのが自然だわ、あんなの現実であるはずがないもの。彼にしがみつく。「なんでもない。見間違いだったみたい」
「まだ彼氏ですらない相手」に、頭がおかしいと思われるのだけは勘弁だわ。
***
歴史の教科書を閉じる。日曜日なのに、しかもマッティアとキスをした後だというのに、勉強をおろそかにはしなかった。なかなかの頑張り屋だと思う。寝る前にクッキーを一枚食べるくらいの資格はあるはずだ。
机から立ち上がり、掛けてある弓を撫でる。カーボン製のフレームに積もった埃を払った。明後日、怪我からようやく復帰する。マッティアが、私がスポーツをしていること、それもダンスやバレーボールとは違う競技をやっていることを変に思わないタイプで本当に良かった。少なくとも、彼が私に撃たれるのを怖がっている様子はない。
スマホを置いたはずの場所に手を伸ばす。筆箱の横にはない。でも、確かにここに置いたはず。筆箱、歴史、数学の本をどかしてみるが、どこにもない。カバンの中はあり得ない。掛けてあるし、まだ触ってもいないのだから。ズボンのポケット? ない。ジャージのポケット? ない。
まさか、洗面所に忘れたのかしら?
部屋を出て洗面所へ向かう。
ドアが少し開いている。私はそれを押し開けた。
妹が鏡の前で自撮りをしていた。髪を高いお団子にして、口をアヒルみたいに突き出している。でも何より、私のスマホを手に持っている!
「ソフィア!!」
妹がびくっと跳ね上がる。
手を差し出す。「返して。今すぐ」
彼女の方へ歩み寄り、スマホをひったくる。二度強く引っ張ると、彼女は手を離した。十一歳なんだから、自分の立場をわきまえてもらわないと。そうじゃないと、あと二、三年もすれば私のメイク道具や服まで盗むようになるに決まっている。
「いったい何をしてたの?」
「写真を撮ってたの」
「ええ、知ってるわ。でも、なんで私にすぐ持ってこなかったの?」
彼女はできるだけ無邪気で無実に見えるよう、視線を落とした。「だって、ここに置きっぱなしだったし、メッセージが届いたんだもん」
マッティアからのじゃないことを祈る。
「じゃあ、その自撮りは何の関係があるの?」
「だって、マッティアが写真を送ってきて、一枚送ってって言ってたから」彼女はにやりと笑う。
私は天を仰いだ。
最悪。
「パパとママも知ってるよ。ママが通知のプレビューと彼の写真を見てたから」
なんで私は物を出しっぱなしにするのか! 際どいことや、変なことを彼が言ったりしたりしていなければいいけれど。そうでなければ、パパが彼を弓の的にしてしまう。
チャットを開く。彼が庭で撮った自撮りが送られていた。いい光の下で撮れていて格好いい。「犬の散歩をしてきた」とあり、「今何をしてるの?」と聞いている。
よし。彼は額の真ん中に矢を撃ち込まれずに済んだようだ。
指でソフィアの鼻をぴしっと弾く。「次からはすぐに持ってきなさい。さもないと、寝ている間に髪を切るわよ。ベリーショートにね」
彼女の唇が震える。三歳の時にシラミがわいて短髪にされた時の恐怖が、まだトラウマなのだ。
キッチンに行って被害を確認した方が良さそうだ。特に、私の「ほぼ彼氏」に、パパには気をつけろと警告しておかなければならないのなら。
階段を下りる。また、私の年齢の時には服と男の子のことしか考えていなかったママから、私がどれだけ女の子らしくないかという説教が始まるのは目に見えている。
一方、パパは私のことを(誇張しすぎだけど)アーチェリー界の期待の星だと思っていて、恋愛においては「赤毛のスーパーパワー」を信じ込んでいる。
私はキッチンの開いたドアの陰に身を潜める。
パパがぶつぶつと文句を言っている。
「あなた、無駄よ。ガイアに彼氏ができるのを否定なんてできないわ。十七歳なんだから普通でしょ」ママの声は落ち着いているようだ。
「ああ、だが気に入らん。あいつが甘ったるいことにうつつを抜かすのは嫌なんだ」
「うつつを抜かすって、何よ。ただのキスくらいで?」
「分かっているだろう、私が何を言いたいか」
「オリンピックの金メダルが危うくなるとでも?」
私は片目だけでそっと覗き込む。
パパはテーブルに座っていて、ママは冷蔵庫に背を預けて腕を組んで立っている。
パパは首を横に振り、溜息をついた。
「そういうことじゃない。いや、もちろん金メダルは嬉しいさ。それが彼女自身にとっても喜ばしいことだろうからな」
まあ、オリンピックに出るのは、アーチェリーを始めた時からの私の夢だし。
「問題はな……」パパがざらついた顎ひげに触れる。「あいつは他の子とは違うんだ。頭の中に、何か別のものがある。うまく説明できないが」
「親なら自分の子を特別だと思うのは当然よ。でもね、私たちだって同じくらいの年齢だった時があるのよ、忘れなさいな」
「自分を見失って、浅はかで軽い女の子になってしまうんじゃないかと心配なんだ」
「はあ。じゃあ、ちょっと整理させて」ママが冷蔵庫から離れて、キッチンを行ったり来たりし始める。
「あなたは、十七歳……もう一度言うわよ、十歳じゃなくて十七歳の女の子が、男の子のことを考えて、彼氏が欲しいと思って、自分を綺麗に保ちたい、綺麗だと思いたいって願うことが、どこにでもいるような馬鹿な子になるってことだと思ってるの?」
パパ、これは今夜ソファで寝ることになりそうだね。
「だって、あなとの目の前にいる私は、まさにそういうタイプの女の子だったのよ。同じ年の頃はそういうことが最優先だったし、十七歳の時は男の子たちが列をなして私を追いかけていたわ。それは私の自慢だったし、その頃にはもう五人と付き合っていたもの」ママがパパの前で立ち止まる。何かを思い出しようとするように、唇に人差し指を当てた。「ああ、そうそう。あなたもその列に並ぼうと必死だったわよね。私とデートにこぎつけるまで二年かかったんだから」
パパが笑う。いつもママを「根負けさせた」って言っている。城攻めみたいなものだった、とも。今の時代なら、一部の人にはストーカー扱いされそうだけど。
「だから」ママが続ける。「私たちのガイアに変なことが起きているわけじゃないの。あの子のこと、そしてあの子が選ぶ相手をもっと信じてあげなさいな」
「努力はしてみる。最悪の場合は、あいつを的にして射るだけだ」
二人を安心させるために、何か言いにいった方がいいわね。私はキッチンに入る。
「ねえ、ちょっと聞こえちゃった。ソフィからも何があったか聞いたし」私は唇を噛む。安心させるために何て言えばいいんだろう。あらかじめ考えておくべきだった。
パパはうつむき、ママは申し訳なさそうに、私の登場に驚いて口元に手を当てて微笑む。「あら、私の声、大きすぎたかしら?」
「それもあるわね」私は椅子を引いてテーブルに座る。
「それで、あなたから何か言うことはある?」ママが野次馬根性を出してきた。
「信じてほしいってことかな。私はそんなに簡単に男の子に流されるようなタイプじゃないし、今まで一度も家に男の子を連れてきたことなんてないでしょ」
「私たちが知らないだけかもしれないわよ?」
「ママ……」
「だって、機会ならいくらでもあったはずだし、私なら全部活用してたわ」
「そう、でも私はママじゃないの。ただ顔が格好いいだけじゃ満足できない。学校も弓も目標があるし、スタイルを維持しているのはイケてる女に見られたいからじゃなくて、自分がそうしたいからなの」ママなら、十七歳で三人同時に付き合っていてもお祝いしてくれそう。
「まあ、それのどこが悪いのよ」
パパが大きくため息をつく。「つまり、この子はそういうタイプじゃないってことだ。このマッティアってやつ、きっと何か特別なものがあったんだろうな」
「その通りよ」やばい、納得された。「それに、彼は私を尊重してくれるし、私がスポーツをしていることに反対もしてない」
「で、いつ紹介してくれるの?」
やっぱりママは聞かずにはいられないのね。じゃないと今夜は眠れないんだろうな。「まだ早すぎるわよ。だって誰にも言ってないし、二人が知ったのも偶然なんだから」
「洗面所にスマホを置きっぱなしにしたあなたが悪いのよ。私の頃なら絶対にそんなことしなかったわ」
「そりゃ、ママたちの時代にはスマホなんてなかったでしょ」
パパが顎をさする。「それより、スマホを肌身離さず持っているのは、何か隠し事があるからか?」
ママは頭をのけぞらせて笑う。「やることが山ほどあるのに、他の人の相手をする時間なんてどこにあるのよ? それに、あなたと知り合ってから、私の基準も上がっちゃったしね」パパにウインクをする。
状況はコントロール下にあるみたいだし、今日のところは大騒ぎにならずに済みそう。
夜に飲むための水を持って、私は部屋へ戻ることにする。
階段を上がりながら、一口飲む。
ボトルの底に、顔が浮かんだ。
あの水たまりで見かけたのと同じ顔だ。




