令和鬼合戦:鬼の釜、再燃~人桃衆~
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九番隊隊長・源雲切が麓で巨鬼と死闘を繰り広げるその背後で、羅夢多たちはついに鬼城山の頂、人桃衆の聖域へと踏み込みます。
そこで待っていたのは、長い間、この国の「裏側」を冷徹に支配し続けてきた老人たち。
石段を駆け上がった先、視界が開けたそこは、鬼城山頂上の儀式場だった。
中央には巨大な魂脈増幅炉――通称「鬼の釜」が、陽炎のような歪んだ熱気を放ち、その周囲を囲むように、古風な装束を纏った五人の老人たちが微動だにせず座していた。
「……来たか。犬牙衆よ」
中心に座る、雪のような白髪を蓄えた老人が、感情を排した声で口を開く。
「何者じゃ、貴様ら」
尾上犬牙衆総大将が、地を這うような低い声で問い、一歩踏み出す。その足元から殺気が渦を巻いて広がっていく。
「人桃衆長老会筆頭、初代桃太郎とでも名乗っておこうか」
「長老会?……初代桃太郎だと? ふざけるな!」
尾上の怒号が響くが、老人は柳に風と受け流す。隣でモモが冷静に、しかし鋭い眼差しで割って入った。
「待って、総大将。……話しなさい。これが何かを話してもらわないと」
「面白いお嬢さんだ。よかろう、真実を教えてやろう。この世界の『理』をな」
初代桃太郎と名乗った男が語る。
「地獄とこの現世は、コインの表と裏じゃ。鬼が死ねば地上で命が芽吹き、地上の生き物が死ねば地獄で鬼が産まれる。……だがな、その均衡はとっくに壊れておったのだ」
初代桃太郎を自称する老人は、目を細めて夜空を仰いだ。
「地獄の鬼どもは争いを忘れ、ただ歩き、ただ存在するだけで満たされるようになった。食いもせず、飲みもせず、五百年もの時を無為に過ごす。……それでは魂が回らぬ。かつてはその滞った魂を、『極楽』に住まう者たちがバランスをとっていた。成仏か、屠殺か……方法は知らぬが、それが極楽の役目だった」
「極楽……? バランスが崩れたっていうの?」
モモが問いかけると、老人は皮肉めいた笑みを浮かべた。
「賢いお嬢さんだ。そのとおり。地獄の管理人としてな。だがある時、その極楽に異端が産まれた。……それが温羅だ。奴は何を血迷ったか、自らの故郷である極楽を壊滅状態に追い込み、地上へと逃げ延びたのだ。管理者を失った地獄の鬼は溢れ返り、現世の命は枯れ果てる寸前までいった」
「待て」
羅夢多が、鋭く遮った。十字の瞳が老人を射抜く。
「温羅が極楽を壊した……? 奴の目的は何だったんだ」
「温羅は門を開き、鬼を現世へ解き放った。我ら人桃衆は、奴を捕らえ、長い拷問の末にようやく理解したのだ。温羅の目的は世界の破壊。……そして、管理者のいなくなった世界で命を繋ぐには、我ら人間が鬼を呼び込み、殺し続けるしかないのだとな」
「……ふざけるな」
尾上が拳を握りしめ、骨の鳴る音が響く。
「それが真実なら、なぜもっと早く公表しなんだ! 忍の総力を挙げ、知恵を絞れば、他に道はあったはずじゃ!」
「公表したことはある。その結果どうなったと?愚か者が忍者狩りを命じ我らは滅亡寸前までいった。何とか踏みとどまったがもう間違いは犯すまいと誓った」
「なんでそんなことに……」
「バカな有力者が理解できなかっただけだ」
「でも……」
「門の出現場所も規模も制御できんのだぞ? 予報も出せぬ災害を、どう管理しろと言う。我ら人桃衆は、汚名を被ってでも、この『使命』を全うし、管理し続ける道を選んだのだ。……」
「新種の鬼も作っているの?新種の鬼が最近になって産まれたのはなぜ?」
モモが声を震わせる。
「新種は分からないことが多い。鬼人王は新種だったと言われている。新種は門を超えてくることはない、何故かはわからん。新種は自然に発生する場合もあるが、最近になってようやく作り出すことに成功した。さらに強い個体を作ることにも成功している」
「強い個体を作っても制御できないなら意味がない」
「その通りだ。だが、地獄の門を開くことができるのもあと少しだけと分かった。鬼の力と人の知性を併せ持ち、地獄へ送り込んでも自我を保ち、永遠に鬼を狩り続ける『自律型管理者』。それが我らの到達点だ」
「そんなことできるはずがない」
「やらねばならんのだ。この百年で自然発生で出現した門は五つ、その一つがこの前の札幌じゃ。他の四つは開いてすぐに勝手に閉じてしまった。これではバランスはとれない」
モモが思いついたように何かを考えている。
「今、麓で戦っているあの巨鬼は、本来温厚すぎて失敗作だと思っていた。だが、お前たちが火をつけてくれた。奴が怒りに目覚めれば、地獄を焼き尽くす最強の猟犬となるだろう」
「何が正解かはわからんが、今はおぬしたちを止めさせてもらうぞ!」
尾上総大将が叫んだ。モモたちも同意するように頷いている。
「邪魔はさせんと言ったはずだ。……お前たちの相手は、別に用意してある」
老人が杖を地面に叩きつけた瞬間、山全体がこれまでとは比較にならないほど激しく鳴動した。
鬼城山の麓、巨大なトラックの搬入口が、内側から凄まじい力でこじ開けられる。鋼鉄の扉が紙細工のように引き裂かれ、暗闇の中から這い出してきたのは、神話の中にのみ存在を許された絶望の具現だった。
「なっ……何よ、あれ……嘘でしょ!? ビル一棟分くらいあるじゃない!」
モモが解析端末を握りしめ、悲鳴に近い声を上げる。
八つの頭部が、それぞれ異なる色相の毒々しい魂脈を撒き散らし、月に向かって咆哮を上げる。山肌をその巨大な爪で削り取り、地響きを立てて這い上がってくるその姿は、まさに生ける天災。
伝説の怪物、八岐大蛇。
人桃衆が長い歴史の闇で「培養」し続けてきた、最強にして最古の生物兵器。
羅夢多の「十字の瞳」が、その八つの首の付け根に、赤黒く脈打つ不自然な「動力源」を捉えた。
「……あれが、あんたたちの守りたかった『平和』の正体か」
羅夢多が刀の柄に手をかける。
神話の怪物を相手に、夜の鬼城山は、真の地獄へと変貌しようとしていた。
第五十九話をお読みいただきありがとうございました!
ついに語られた世界の真実。温羅が極楽を滅ぼしたという衝撃の過去と、生命を繋ぐために鬼を殺し続けるという人桃衆の「狂気の正義」。
そして、山そのものを揺るがす八岐大蛇の出現。
神話の怪物に対し、羅夢多たちはどう立ち向かうのか。
次回、お楽しみに!




